毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第1章 狂人の恋

(9)舞姫イサドラ・ダンカン

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  ドアがノック無しに開いた。


「あら、男同士で何の密談かしら」


  極上の薄手タフタに透けたシフォンを纏わせた、ギリシャ風露出の高いドレスの若い女が立っている。高い位置のスリットから片方のナマ足を出して腰に手を当てた姿は、撮影ポーズのまんま。


「ぉ、噂に違わぬ上玉。あなたが今をときめく舞姫、イサドラ・ダンカンですね。いやぁ、おフランスのムーランルージュでギリシャ風創作ダンスを踊って世界に名を馳せた天才ダンサーが、こぉんなにお若いなんて……嘘でしょネノ・ヴェルタ。しかしあなた、サディをご存知ですね。あなたに会いたがっていますよ」


  ザカリエンタスでの否定は印象が強い。裁判なら有罪を意味する語彙だ。イサドラがふっと微笑む。



  パーティーの参加者が全て揃ってから現れる主役並みに、目立つタイプはどこにでもいるものだ。


「おいおい、美味しい部分は残しておいてくれよ」
 

  毛皮のコートを羽織った美女を従えたカナンデラが、壁の秘密のドアから現れた。


「まさかもまさか、花屋の三階が伏魔殿だったとはな……こちら、この町きっての大スター、イサドラ・ダンカンさん……の名前をかたっている成り済まし舞姫ミス・サディ」

「「「「サディ……」」」」


  マヌエラ夫人初めアロムナワ子爵とゲオルグ、ラルポアが同時に絶句した。当のイサドラ・ダンカンも言い当てられて驚いている。


ネノ・ヴェルタ違うわ……」


  ラナンタータは澄まし顔で、毛皮のイサドラこと第三のサディに貴婦人の挨拶をして「マ・メィラ私はラナンタータ」と、にっこり笑う。片方の頬がひきつっただけの笑顔だが、ラナンタータは品良く口火を切った。


「あなたが犯人ですね、成り済ましさん。目撃者の口を封じたおつもりでしょうけれど」


  白っぽいラナンタータの唇の端が吊り上がる図は、魔力に似ている。


「あら、お嬢様、何の話でしょう。私はサディではありません。そこの探偵さんに、幼いサディが会いたがっていると言われて付いてきただけですわ」


  アルビノのラナンタータと稀代の殺人鬼イラドラ・ナリスが初めて会いまみえた場面、緊張が支配する。


  イサドラは毛皮のコートの首元を合わせ直す。五月でも夜は気温が十度を下回ることがある。特に痩せた若い女には、夜風は骨身に凍みるのだろう。


「わははは、会いたがっているとは口から出任せだ」


  カナンデラの高笑いを無視して、ラナンタータが尋ねる。


「会いたがっているから来たと」

「小さな女の子ですわ。罪を犯したとか。私に会いたがっているのでしたら慰めてあげようと思いまして」

「大スターならではの心遣いですか、成り済ましさん。あなたが偽物だと云うことは周知の事実です」


  ラナンタータはにっこり笑った積もりだ。ただの痙攣にしか見えなくとも、ラナンタータとしては確かに微笑んだ。


「さて、紳士淑女の皆さん。ここに二人のサディ、いいえ、正確には三人のサディが揃いました」

「「「三人……」」」

「ええ。マヌエラ夫人、あなたが初代のサディですね」

「ぇ……何故それを……」

「あなたはある冨貴族に見初められる前は、この花屋で働いていた孤児でした。あなたの有名なサクセスストーリーである、孤児と田舎の冨貴族とのシンデレラストーリーは、実は花屋のスタッフでありながら売春婦という裏の顔を持っていたあなたを『水揚げ』した話しだったのです。そうですね。その田舎の富貴族に死に別れたあなたは、この花屋の夫婦を思いだして、再びこの町に舞い戻ることにしたのです。顔馴染みが多いですからね。そして娼館を経営した。私も、花屋のスタッフのサクセスストーリーだとばかり思っていました。この国では娼婦は裁かれない。そういう法律がないからです。ところが、です。毎晩のように小さなサディが花を持って娼館に来たはずです。その子供をあなたはどうしましたか」

「私は……確かに私は初代のサディです」


  マヌエラ夫人の告白に、イサドラを名乗る女の肩が揺れた。


「サディ……あなたが初代のサディ。あなたをどんなに憎んだか……あなたが開発したベラドンナの鎮痙剤で私はどんなに苦しんだか……」


  マヌエラ夫人は俯いた。


「サ、サディ……ごめんなさい。ごめんね、サディ」

「そんな言葉では許されませんよ、マダム」

「ええ。私は……幼い頃にこの花屋の夫婦に拾われてアヘンを仕込まれました。そして、花を買いに来たある身分の高い方の慰み者になったのです。幼い私にはベラドンナの鎮痙剤が必要でした。私は何も見えていない者のようにぼうっとしていたそうです。そうならなければ耐えられなかった……大人同士の間で取り決めが行われ、その方のお屋敷に引き取られて田舎に参りました。それは養女として、だったのですが、アヘンを絶つことが出来たのは、正妻である継母の目が恐ろしかったことと、田舎暮らしだったからです」


  マヌエラ夫人の声が途絶え、ラナンタータが突っ込む。


「折角、絶つことが出来たアヘンをあなたは再び……いえ、アヘンを求めてやって来たのですね。花屋夫婦は第二第三のサディを育てていた。あなたの娼館でサディを見た客のうちの幾人かは、この部屋を訪れたことでしょう」


  カナンデラが忌々しそうに言葉を継ぐ。

「勿論、外階段など使わずに花屋の中から屋根裏部屋を通って、この秘密の本棚からだ。この部屋はその為に作られた、ロリコン野郎の穢れた欲望を満たす恐ろしい部屋だ。この国の法律は、幼児に対する性行為を禁じているというのに、何故」

「何故と申されましても」


  マヌエラ夫人は自分の両腕で自分の両肩を抱いた。寒そうに震える。ラナンタータは静かな口調で言った。


「そうですよね。あなたはただ、あの子の名前はサディだと、そう言うだけで、男たちは目の色を変える。サディは伝説の名前。あの七才のサディに、あなたは自分がされた忌まわしいことをさせたのですよね」


  ラナンタータの声は悲しみを含んでいた。


「あああああああぁぁぁぁ……あああぁぁぁ」


  マヌエラ夫人は床に崩れ落ちた。




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