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第1章 狂人の恋

(3)イスパノスイザ・アルフォンソ13世

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「第一発見者は病院だよね」


  その言葉にカナンデラも立ち上がり、片手に洒落た色味のトレンチコートを担ぐ。

  地球という異世界の第一次世界大戦後に、一般市民も着用するようになったトレンチ(塹壕ざんごう)コートは、元は軍事用にデザインされたものだったが、この時代、裏地のバーバリー・チェックが世界を席巻して驚くほどの流行を見せる。

  中折れ帽子を、艶やかな黒いオールバックの短髪に片手でかぶり直す指先も、綺麗に磨がれている洒落者だ。


「生きているかな……」

「目撃者が転落した外階段は後付けの階段らしい。木製で老朽化してて、手摺も腐っていたんだ。花屋の三階はあの部屋と花屋の屋根裏部屋だけで、壁で隔てられて行き来はできない。どのみちあの階段でなければ現場には行けない。落ちた人も登るときは用心したはずだが、階段が壊れた今は使い物にならない」

「それを見に行く」


  イスパノ・スイザのアルフォンソ十三世はスペイン王室ゆかりの華麗な自動車だ。工場はフランスにあるのに、社名の意味は『スペインとスイス』という国際的ネーミング。

  アントローサ総監が、愛娘ラナンタータをアルビノ狩りから守る為に、ショーファー兼ボディガードのラルポア付きで与えたのが5年前。ラナンタータが14才、ラルポアは18才だった。 

  コンパーチブルタイプにカスタムしたオーダーメイドの幌屋根は、春の夜風に曝されて音をたてる。ラナンタータは過ぎ行く町を眺めやり質問を投げた。


「ねぇ、サディはどうやって保護したの。花屋の中から3階のアパートに上がれるの」

「あそこはベランダがぐるりと作ってあって、そこに植木鉢を飾っている。隣接する建物の窓から花屋のベランダに、身の軽い大人ならば飛び移れる。まぁ、そんな無茶な真似はしなかったらしいがね。事故の起きた部屋を確認するために入った捜査員が、ああ、奴は俺様の元相棒だが、花屋の夫婦の死体とサディを発見した。そこでだな、いくら頑丈な板を渡してあったとしてもだな、命綱付けててもな、捜査員は子供を抱っこして渡るのは怖かったとさ」 


  助手席から振り返ったカナンデラが答えた。


「サディはさぞかし震えてただろうね」


  ラナンタータの質問には意味がある。


「そんなことはない。8歳でも殺人を犯すほどなのだから顔色一つ変えなかったんだ。抱っこして板を渡った警官は、泣き出されたり動かれたらヤバいと心配したらしいが、そんな心配は微塵もいらなかったとさ。取り調べもスムーズに行われた。あれだ、世の中にはいるんだな、気の触れた子供も」


  元同僚の捜査員から聞いた話だ。小一時間前に自身でもサディの様子を確認している。渡されたセルロイドの人形を死人のような目付きで撫でていた。

  運転席からラルポアが口を挟む。


「あの子は一年くらい前からこの辺の飲み屋に花を届けていたんだよ。花屋が実の親じゃないのは皆が知ってる。可愛いから大きくなったら働きにおいでと、飲み屋でも娼館でも可愛いがられていたんだけどなぁ……あ、飲み屋にも娼館にも知り合いがいるので、こほん……ま、サディは花屋の配達を……」


 街に出れば必ず女性の視線を集めるラルポアだ。知り合いに事欠かない。


「花屋とは知り合いなの、ラルポア」

「いいや、知り合いと言うわけでは……ただ、花屋の女主人に子供ができずに、店の前で行き倒れになった旅人の子供を引き取ったとは聞いていたんだよ。その子も弱っていたそうだ。心暖まる話しだったのに、育ての親を殺すなんて、ちょっと考えられない」


  心優しいラルポアは言葉を詰まらせた。
 

「ねぇ、手法はベラドンナの毒物だったっけ。何処から入手するの。子供にベラドンナが買える訳がないよね、ね」

「花屋だから、主人夫婦が持っていたとか……怪しい薬を扱っている連中にも花を届けていた様だし……」

「なるほどね。それを8歳の子供が使ったって。何故、夫婦はあの部屋に行ったのだろうね。あの子も」

「確かに。子供部屋ではないはずだ」


  カナンデラは後部座席のラナンタータと顔を見合わせた。

   魔の森を挟んでフランスに隣接する小国の一地方都市。小さな繁華街を車で抜けた後は、森に繋がる田園風景が広がる。第一次世界大戦が終結して新しい時代が幕開けたかに見えるも、夜の田園地帯はただ暗く更けてゆく。


「病院ってセントナデリア医院……」

「そうだ。あの悪名高き黒い病院だ」





飲み屋にも娼館にも
知り合いがいるって……?
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