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88 メガンサ死なないで

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男はメガンサを背中に担ぐと、よろよろとふらつきながら灌木の間を進んで道に出た。その間もメガンサの手首から血が滴る。

男の腰縄で肘の上を縛ったのが良かった。出血量は少ない。

メガンサは太陽の下に出た。直射日光はメガンサのデリケートな皮膚を膨れ上がらせる。それを知らない男は木陰を選ばず、気ばかりが急いてふらふらと歩く。

女神の家に連れていこう……

男の肩から前に垂れる白いメガンサの腕は手首から滴る血が男の動きによっては男の爪先に落ちた。腕が跳ねて血が左右に滴る。

昭和二年のまだ舗装されていない白い道に、黒々とした影と点々と続く赤い血がメガンサの酒造りの家を目指す。

男は腹を空かせていた。目眩がする。腰縄を外したぼろぼろの作務衣の上着ははだけて、栄養失調か、悪寒に襲われた。

馬が走って来た。男は馬を恐れて道端の影に入った。馬は恐ろしい速度だったが、その速度が落ちる。

「メガンサっ」

馬上から、男に担がれている白く長い髪の毛を見たライラは息が止まるほど驚いた。手首は赤く染まっている。目にした一瞬でライラは馬から降りてメガンサに声を掛けた。

「メガンサ」

「もう、駄目かも知れないよ」

「そんなっ。兎に角、馬に乗せよう。あなたは恩人だから一緒に、いや、有り難うございます。今は急ぐのでお礼は後で……メガンサが大怪我をしたと酒造所に知らせてください。お願いします」

ライラは言いながら男の背中からメガンサを抱え直し、馬に乗せる。一刻も早くメガンサの手当てをしてくれる処に行かなければ。

「お願いします。知らせてください」

昭和二年、宮古島に病院と呼べる医療機関はない。ライラはツル産婆を訪ねた。

大きな井戸のある屋敷はツル産婆の旦那が警察官で保険所の所長を兼任しているからだ。当時の保健所は人数もほんの数名の小さな処で、医療ではなく衛生管理の仕事が主だったから、怪我人を運ばれても困ったのに違いない。

ツル産婆は自転車から降りる処だったが、メガンサを見るなり家に向かって「消毒液を準備して、ゴム菅も」と指示する。

ライラがメガンサを抱っこして「早く早く」と招かれた縁側から座敷に上がる。

分娩室には当時は珍しい外国製の鉄パイプのベッドがあって、メガンサをそのベッドに寝かせた。

「顔色が悪いね」

ツルは娘たちの持ってきたゴム菅で手首の上と肘の上の二ヵ所を縛った。腰縄を外す。荒い腰縄はきつめに縛られていたが、ゴム菅の止血は確実に血を止める。

ツルはメガンサの腕を、消毒液を染み込ませた真綿で拭いた。昭和時代は、切り傷などは雑菌による化膿を止めるという考えで消毒をするのが一般的だった。

しかし、消毒液は皮膚細胞を弱らせ、回復を送らせる危険も伴う。消毒の様子を見つめながらライラは「助かりますか」と聞いた。心が焦る。

「名前を呼びなさい。呼び掛けて、意識が戻るまでずっと、話しかけなさい。死とは容赦ないものだ。年齢に関係なく弱れば連れ去ろうとする。絶対にメガンサを死に渡してはならない」

思えば、メガンサはツル産婆に取り上げてもらい、女神として育てるようにと白子を迫害から守るお墨付きを戴いて、大切に育てられたのだ。

ツルにとっては、取り上げた赤子は自分の子のようにも思える。その命が成長して自殺するなどとあってはならない悲しいことだ。

「メガンサ、メガンサ。ライラだよ、メガンサ。何故、こんな真似を……メガンサ、気をしっかり持って。死なないで……」






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