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74 琉球漆器
しおりを挟む「この蘇鉄はそのままにはしておけない。チルーだけの問題じゃない。誰かが間違って食ってしまったら十六夜はお仕舞いだ。料理で死人を出した料亭になど誰も来ない」
蝋燭の炎が揺れた。台風の隙間風は木造家屋を通り抜ける。
「河南さん、どうすれば……」
もう、味付けもしてある。
誰が見ても食べ物にしか見えない。
「捨ててくる。これは穴を掘って埋めなければならない」
「外は台風なのに穴を掘るなんて」
蝋燭が消えた。眇眇と荒野の一軒家のように闇に陥った台所で河南は腕組みをした。
「持っておこうか。鍋ごと部屋に持っていく。始末するのは後からでも良い」
女が釜戸の灰の中から炭火を出した。蝋燭の芯が短くてなかなか点かない。
やっとで灯った炎が、ほやあと辺りを照らす。
河南は、一人分には多い量の蘇鉄の鍋をひょいと持ち上げてみた。鍋は軽いがまだ少し鍋肌が熱い。一番奥の鉈の部屋までは、火傷に近い症状になるかもしれない。指先は大事だ。
「御盆はあるか」
出されたのは琉球漆器の見事なアカバナーの塗りの、飾り物になるような高級な御盆だった。
「お前、これに熱のあるものを載せたら塗りが駄目になる。覚えておけよ。布巾をくれ」
布巾二枚で軽い鍋を持って台所の上がり框から女の手を掴む。ぐいと引っ張って土間から引き上げた。
「鉈、こいつは蘇鉄を食って死のうとした。話を聞いた方がいいんじゃないか」
そのままにはしておけない。目の前で、確実に死ぬことになる蘇鉄を食ったのだ。例え通りすがりだとしても「俺はみっふぁすことはできない」と河南は言った。
女も、琉球漆器に似ているのかもしれない。美しく塗り込めて飾って出来上がった女でも、熱には弱い儚い生き物なのかもしれない。
「付いていらっしゃい」
と鉈は言ったが、女のしなが顕れていることに気づかない。すっかり男であることを脱ぎ捨てて、薄暗い廊下を、蝋燭一本で明るく照らしながら進む。
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