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56 パラダイムの申し子

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「河南、ずっとこうしていたいけど、帰るね」

「ああ、少し眠って行けば良いのに」

「風呂に入る」

「十六夜にはポンプがあるんだったな」

「うん。それを風呂場に引いてあるから便利なの。此処では河南に迷惑かけちゃう」

「水だけさっと浴びれば。男の臭いがするぞ」


河南の心配は、この関係を他人に壊されることだ。夢の中で鉈が強姦された。河南は島の男たちを全員殺してやりたいと思ったが、悪夢が動機とは正当性のない思いだ。


「やだ……わかった」


河南は水売りから水を買う。馬車で売りに来る年輩の男が河南を契約者と見なして毎日来る。馬に飲ませる水と、飯を炊く水、行水の水、手水ちょうず用にも必要だ。

近くにもガーがあるから汲めないことはないのだが、面倒なことは極力避けて、女子供の集まるガーには行かないことにしている。

河南は余った水をたらいに貯めて自生の檸檬茅レモングラスを入れておく。その水で行水すると、爽やかな檸檬の香りで気分までリフレッシュする。ハルから習った。それを鉈に勧める。鉈は珍しがって喜んだ。


「盥に入って良いぞ」


鉈は下を洗ってから盥に浸かった。台所の土間の隅で盥に入る鉈の、日の当たらない暮らしで褪めた白い肌に、手拭いの水が音をたてるのかきらめくのか、河南の目にいとおしく映る。


中国に行ったら
酷い暮らしを
させてしまうかもしれない


決して手広くはないが、豆屋は白米もキビもアワも扱う。昆布や鰹節、あおさ、切り干し大根といった乾物も売れる。客はほとんど女だが、稼ぎは良い。

この仕事に大して情熱があるわけでもないから鉈の為に閉めて中国に渡っても良いと思うのだが、言葉を知らない中国で、何をするのだ。貧しい暮らしをさせるわけにはいかないではないか。鉈は十六夜を棄てることになるのだぞ。


俺はパラダイムの申し子だ
この世のにどっぷり浸かっている

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