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52 ハル
しおりを挟む七月も半ばになると蝉の鳴き声が五月蝿く降る。
豆屋はメガンサが来なくなったので暇を持て余してごろりと横になり、蝉時雨に煩わされて昔を思い出す。
明治四十一年の夏の暑い日に、六歳違いの弟が産まれた。
弟で良かったよ
嫁さん貰って
跡取り生んでくれたら
言うこと無しだ
俺はしかしその当時はまだ子供だったから、自分が何者なのかわからなかった。近所の子供同士でチンチン比べでオシッコ飛ばしをしていても、まだ男に性的な興奮は覚えなかった。
俺は友達数人と林の中に入って女の足を見た。木から釣り下がった足だ。上を見上げてぎょっとした。知っている顔。父親の妾だった。
木の傍に梯子が倒れて畳んだ着物の上になっていた。死人は上物の着物でやって来て、それを何故か畳んでから梯子を上り、蹴り倒して首吊りしたらしい。
大人を呼びに走った。弟の誕生に纏わる我が家の暗い事件。
俺は「お父さん、ハルが首吊りした」と玄関口から叫んで家に駆け上がった。父親は休みの日で、お産の手伝いに近所の女連中が来ている中に、独り裏庭に向かって三味線を弾いていた。
父親は血相を変えて「何処だ」と草履を履いた。その後、父親は暫く家に帰って来れなかった。
俺と友達も駐在に呼ばれた。
「お父さんの妾に間違いないか」
「はい。名前はハルです」
「ハルさんはどんな人だったの」
「優しい人でした」
「違うよ、河南。ハルは酔っぱらいだ。いつも酔っぱらっていた」
「河南の母ちゃんに赤ちゃんができるから、河南の父ちゃんはハルと別れると言って、ハルは酔っぱらってガーの傍で寝ていたと、うちの母ちゃんが話していた」
「ハルはうちの母ちゃんとも喧嘩した。男はあんたの旦那だけじゃないと言っていた」
皆が俺の知らなかったハルの話をした。
「お前の母ちゃんは嫌いだと言って、頭を殴られた」
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「眉唾だろう」
父親の口調を真似たが、嘘じゃないと頑なに睨まれた。
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