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41 台風
しおりを挟む鉈は途中で雨に濡れたと言う。いつもの近習はいない。
「独りか」
頷く鉈を掻き抱いて台所の戸を開ける。雨は豪雨になって叩きつけ、裏庭のクロトンの木の枝を折りアカバナーを散らす。風が強い。
「台風かな……」
その口を塞いで土間から床の間に倒れ込む。鉈は濡れた着物を気にして微かな抵抗をみせた。河南は力で押さえる。ひとしきり口づけしたあとで「もう帰さない」と言った。
雨が半開きの戸口を叩く。戸がバウンと風を孕んで鳴った。
「待っててくれ」
河南の馬小屋は窓が開いたままだ。それを思い出して雨の中に出る。
小さな小屋に馬の顔はなく、身体を斜めにして雨を避けていた。
「よしよし、お前、賢いぞ」
馬は人間の言葉のほとんどを聞く。特に自分に向けられる言葉は完璧に理解している。専門的な分野に疎いだけで、馬が人間の言葉を操れたなら、人間は馬の敬虔な信仰を知ることができただろう。
「ひんひん、ひん」
と喜んで、河南の顔に鼻面を付けようとする。
「待て待て、ミドゥンが来ている。お前と遊んでいられない」
窓を閉めながら、馬糞に気づいて木製のスコップで外に掃けた。雨が流す。
買い込んだばかりの藁を近くに寄せると馬は嬉しそうに頭を上下させて食み始める。河南はその長い首を撫でて再び雨の中に飛び出し、馬小屋の雨戸を締め切って戻った。
鉈はジーファーを抜いて、髪の毛を垂らし震えている。身体が冷えて唇が黒ずんでいた。
「鉈、着物を脱げ」
言いながら自分も帯を緩め床の間の片隅に投げた。着物とステテコを次々と脱ぎ捨てて褌も外す。一糸纏わぬ姿になると、河南は筋肉質のみっしりと皮膚の目の詰まった身体付きをしている。
鉈も着物を脱ぐ。河南にはぐずっているように思える動きだ。優しい手つきで脱がせて、雨で艶やかに光る鎖骨に口づけした。鉈の藍染の着物は水で色移りする。自分の着物の横に投げた。
鉈は河南とは全く違う生き物だ。
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