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偽の「貸し切り」
しおりを挟むある晩、常連さんから電話が入って「今日も貸し切りなのか」と訊かれました。
驚いて、暫く顔を出せなかったから照れ隠しのジョークを言ってるのだと思い「え、貸し切り。あれぇ、ええ、そうなんです。貸し切りだけどいらしてください」などと支離滅裂なことを言ったのが恥ずかしいです。
「どういう意味か。いいから、ママに変わって」
私では埒が明かないと思われてしまいました。電話をママに代わってもらい、直ぐにカウンターに戻ってニコニコ顔のヤマショウの相手をしていたら、ママが表を見てきてと言うのです。
カウンターを離れかけた時、出勤してきたチーママが「表に貸し切りって張り紙があるけど」と入ってきました。
私は小走りで外に出てドアの表を確認しました。
黒々としたマジックで『貸し切り』と書かれて貼られている白い紙。その紙を剥がすように言われました。
「誰がこんな悪戯を」
ママが訝しげに呟いて、私も首を傾げました。思い当たることがなかったからです。
私たちはヤマショウを疑うことはありませんでした。今思うと、何故疑わなかったのか不思議でならないのですが……
ヤマショウひとりが毎晩貸し切り状態でちやほやされて自分の店のようにのびのび楽しんでいたのに、です。
数日間の客足のなかった理由は解明され、取り敢えず悪戯対策にはマメに表を確認することだということになって、お客さんも戻ってきました。
時代は平成初期。スマホもタブレットもなく、ビデオテープ全盛期で、ストーカーと言う言葉すらなく、集団ストーカーなるものの存在など全く知らなかった時代です。
ヤマショウに比べたら私たちはみんな、人を疑うこともなく簡単に陥れられる能天気な善良おバカでした。
ですから、それとこれとは、いいえ、殺人事件ですよね。はい。関係性ですか。話が長い……わかりました。では……
★★★
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