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老いた英雄と生け贄の少年
しおりを挟む英雄マルベノの子孫の傍流の子孫の傍流の子孫の傍流の末裔に、エシュアという当代随一の英雄がいたが、その話はまた別の話。
今回は幾星霜を経て、年には勝てず隠居の末に痴ほう症になったエシュアの最後の話。
「空が呼んでいる」
エシュア卿は甲冑を着込んで武具を持ち、いくらかの金子と夢を抱いて家を後にした。白い愛馬シメオンに股がって森を抜け山を越え川を渡り、ある日はっと目覚めたら、若い日はとうに過ぎ去って老いた身体に鞭打つのが苦痛になっていた。
それでは家に帰ろうかと腰を上げて再びシメオンの手綱を握ると、そこに村人らしき少年が姿を現した。
「お願いです。助けてください」
「お前は何から逃げてきたのか」
「奴隷として売られるところでした」
「売られる身で逃げると家族はどうなる」
「家族はいません。毎年、ダンジョンの生け贄を捧げる習わしなので、今年は俺が選ばれて半殺しにされてダンジョンに放り込まれるのです。私は農民です。幼い頃から畑仕事を手伝って、他には何も知りません。剣の振り方も知らないのです。ダンジョンには恐ろしいモンスターがいると言うのに」
「だが、お前を助ける方法を私は知らない。共にダンジョンに行けば良いのか」
「一緒にこの森を越えさせてください。お願いです。逃がしてください」
そこにこの地の領主の騎兵隊がやってきた。エシュアの目の前で少年は捕縛されて藤籠の中に押し込められ連れ去られた。
騒動の収まった森の中でひとり、エシュアは何事が起きたのかと考えた。
ダンジョンにはモンスターが住んでいる。そのモンスターには生け贄が必要で、だからあの少年を生け贄としてダンジョンに放り込む。何故そのようなことが起きているのか。私は英雄としてモンスター退治に人生を捧げたではないか。どうしたと言うのだ。モンスターを退治する者がいないのか。だから、生け贄などと……ああ、私があの頃のように若ければ……
エシュアは激しい頭痛に倒れた。鼓動が激しくなり息もできない。
「ここで死ぬのか。心残りはあの少年だ。何とか助けてやれなかったものか」
シメオンはその名前の通り『聞く者』として、主の死の間際の言葉を耳にした。
ふと、苦痛が和らいで辺りをみると暗い岩穴の中だ。いつ甲冑を脱いだのか、衣服が軽装になっている。立ち上がろうとして、誰かの腕が触れていたことに気づいた。見ると甲冑の老人が倒れている。
「こんな暗い穴の中で自分の姿を目にしようとは。そうか。私は死んだのか。いや、まだ死んではおらぬようだな。虫の息と言うところか」
傍らに白い馬が主の死を悼むように項垂れていた。
「シメオン、お前、どうした」
ブルルんと小首を振ってシメオンは嬉しげに鼻面を擦り付ける。
「シメオン、お前が連れてきてくれたのか。ここは何処だ。おや」
靴が木と布を張り合わせた靴なのは驚いた。髪の毛もボサボサで背中に鞭打たれたような痛みがある。
「ううっ、この痛みはあの少年の受けた虐待の痛みなのか」
エシュアは自分の死体から甲冑や装備を脱がせて身に付けると、シメオンに股がった。
「いざ行かん。再び生け贄を捧げることなきようモンスターを始末せねば」
この物語はここで終わる。だって当然、若返ったエシュアが無双バリバリでモンスターを退治して、満足して死ぬストーリーだから。
えっ、生け贄の少年はどうなったのかって。エシュアの支配的な記憶が消えても戦闘スキルは少年の脳ミソのシナプスを繋げて肉体に残ったので、少年はダンジョンを出た後、ご都合主義の作者の好みで無双英雄として人生を全うしたとさ。ご都合主義万歳。めでたしめでたし。
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