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イヴンゼリクス帝国の宇宙論争の種

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私、エオア-レルは永い時を
天界の片隅にいて
勿論、宇宙論争については
造反する者たちのために
戦いが起きたことも知ってはいたが

第一に、神に対して造反する等と
意識のうちに微塵もないことから
造反者の誘いに乗りようのない
巨大な軍勢の末尾の一人だ

宇宙論争の種の人間とは
神の与えた完全性を自ら捨てて
不完全な生き物に成り下がった
生ける魂


不憫でならない



エオア-レルも知識として知ってはいたが、イヴンゼリクス帝国に降り立って「まさか、ここまでとは……」と、驚いた。


平民や貴族も目先の利得に惑わされる生き方をして、思い通りの人生を歩めていない。

宮殿でも、正邪に関して天使には納得できない決定を下す第一皇子リーを間近に見て、呆れ果てた。

エオア-レルと同じ考えを表す大臣X号が皇子を嗜める。


「リー皇子様、言葉ですら心の有り様を表し、行いは真実の姿を表現することになるのですから、でき得る限り清廉潔白に生きてください。聖女ヴーヴァレネ様には、神殿での隠遁生活以外の道はございません」


リー皇子は血の繋がりの無いヴーヴァレネを実の妹と信じていながらも、堕天使ベルエーロによって唆されたが故に尋常でない恋慕の情を示して、大臣X号をハラハラさせている。


「ボケるには早いぞ大臣X号。我々皇族は代々血族結婚だから、ヴーヴァレネが聖女を辞めれば良いことなのだ」


大臣X号と並んで共に頭を降る私こと天使エオア-レルは、人間の目には映らない。


「大臣X号、お前がヴーヴァレネを説き伏せてみるか。このリー皇子様の嫁になれば皇后にしてやると確約するぞ。ついでに、お前の家からも誰か娶るか」


大臣X号は飛び上がった。


「本心ですか」


勿論、聖女を嫁にすれば
リー皇子の皇位継承は確実だ
皇帝は、寵妃の息子である第二皇子に
継承させたいのだろうが
リー皇子が皇帝になれば
私も権力を持つことになる
娘を側妃として差し出して
緊密な繋がりを持てば
将来、私良ければ宰相か
リー皇帝支える筆頭大臣として
帝国に君臨できる


大臣X号は退室して長い廊下に出た。大臣X号を挟んでエオアーレルと堕天使ベルエーロが共に歩く。

エオアーレルは大臣X号の顔色が変わったことに気づいた。大臣X号は手揉みまでしているではないか。エオアーレルは天使の役職として大臣X号に囁く。


「この点では、あなた自身があなたの人生に対する責任者ですよ。他人に従って悪を容認してもいいと思うのですか。聖女ヴーヴァレネにリー皇子との結婚の意志はありません。あなたの娘さんにも、その意志はないでしょう。何故、リー皇子に従おうと思うのですか。リー皇子があなたに有利な条件を提示したからですよね。彼の動機を知っていて従うのですか」


その声が彼に届くことはないが、大臣X号を挟んでほくそえむ堕天使ベルエーロと目がぶつかる。


「ふはは。人間とは儚い生き物だから目先の欲得に転ぶ。こいつにしろ先見の明はないから、悪を選んで人間同士で貶め合う」

「それはあなた方堕天使が人間にちょっかいをだすからだ」

「それが人間の選択しやすい道筋だからさ。人間の本能だよ。我々はそのことを十分に理解して手助けをしているだけだ。お前は正義を説いて人間の邪魔立てをするのか」

「人間は神が作り賜うた生き物だ。人間は、宇宙の高い公正の基準を学べる生き物」

「笑える。宇宙の基準が人間にとって何になる。幸不孝は人間自身が決める。いいか、神が人気に与えた人権利として奴らに自己決定権がある以上、生き残るにしても滅ぶにしてもどのような自分でいるべきかは個々の人間が決めるのだ」

「ならば手出しをするな。誘惑するな。陥れるな。そなたら堕天使は自らの言葉にも違反しているではないか」

「ふはは、先に言っただろう。手助けをして人間の望みを叶えてやっているのだと。不完全な生き物の本能の目指す処へ。そうそう、人間は我らを神と崇める。我らと戦うことを勧めるな。お前らのことは『残酷な天使のテーゼ』などとと歌われているぞ」

「残酷などではない。人間にできる道を示唆しているにすぎない」

「あのな、何度も言うが、不完全な生き物にとってはな、お前らの正邪の基準は高すぎて高すぎて、人間の望みを叶える我らの方が馴染みやすいのさ。我々と戦うなんてそんな清廉潔白な生き方は、そもそも不完全な生き物には選択し難いものなのだ。第一に、この世は神を認めることすら容易ならざる事象が起きているではないか。人間が欲得にまみれずに生きるなどと、ふはは、笑わせる」


  回廊を曲がると、庭にヴーヴァレネが姿を表した。光を浴びた白い髪の毛の反射が後光のように見える。ヴーヴァレネは侍女を伴って庭から回廊への階段を上がった。


「姫様、帝国を照らす聖なる方、ご挨拶申し上げます」


  大臣X号がボウアンドスクレイプの正式なお辞儀をする。


「大臣X号。私は今朝も、帝国の平安とそれを支える民の繁栄と皇帝の安寧を祈りました。神は私の喜び。全ての存在は神に許されて存在しており、アガペーの対象となっています。憐れみ深い神に賛美を捧げます。私たちは共にこの時代の平和に貢献しましょう」

「はい。誠に仰せの通りであらせまする。不精大臣X号、聖女様のお言葉に心を打たれます」


ヴーヴァレネが立ち去った後、大臣X号は項垂れて溜め息をついた。庭に出る。

エオアーレルの目には、大木の下でうつむく大臣X号の姿が憐れに思える。


「彼は重要な選択を誤ろうとしたことに気づいているのだな」

「そうかな。次の悪いことを考えているのではないか。人間の心は泥沼と同じだ」

「救いとはその泥沼から引き上げることだ」

「俺は泥沼が不完全な生き物の安住の棲み処だと思うがな」

「人間は完全になれる。そなたも知っているはすだ。神が与える許しによって、いつか必ず完全にされる日が来ると」

「やめろ。ハルマゲドンの後の話ではないか。宇宙論争の種をすっかり消滅させようとの神の魂胆を、ここで持ち出しても意味がない。人間は迷い続けて死ぬのだ。人間とは、自分で決めた道筋すらもまっすぐに歩むことなどできぬ生き物だからな。完全などと笑止千万」


天使と堕天使の間で大臣X号は笑いだした。


「あははは。くよくよ悩んでも始まらない。生きている限り、良いことはあるさ。なるべく後悔しないような生き方をしたいものだ」


  堕天使ベルエーロは「そうそう、それだ。後悔しないような生き方をさせてやるぞ。お前の娘を妾として差し出せ」と勝ち誇ってほくそ笑み

天使エオアーレルは「大臣X号、ヴーヴァレネを説き伏せるはずの罪を犯さなかったことは認めるぞ。迷った気持ちを悔い改めて、今後も正しい道を選ぶのだ」と温かな眼差しでうなづく。


  宇宙論争の種である人間を挟んで、天使と堕天使は自説をまげない。

さて、大臣X号はどうするのだろうか。それはあなたの選択です。

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