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占い師は何故芋掘り人夫になったか
しおりを挟むノーベスラゥナの首都エルダヨには、大きな市場を囲む小さな駅が多数ある。そこでは馬の売り買いが盛んに行われ、パルマメドンのあとから始まった贈り物攻勢に活躍している。
女御者のナダヤは二十代前半の屈強な元戦士だが、パルマメドンに生き残って剣を捨てて騎士をやめた。
パルマメドンは世界を無惨な残骸に変えたが、生き残った人々は神に感謝して新たな歴史を紡ぎつつある。
そんなある日のこと、市場で元伯爵のエレングリーク卿が馬車に乗り、ナダヤの前に積み上げられた贈り物を馬車に運び込んだところで、いきなり赤い髪の男ガラクーナが飛び込んで来た。
ガラクーナはエレングリーク老人の孫だと言い、母親からの贈り物を携えて来たと話して気を失った。
ナダヤはガラクーナと一度戦場でまみえている。彼はイヴンゼリクス王国側の兵士だった。リンジャンゲルハルト帝国をバックボーンにして強大な兵力を誇るイヴンゼリクス王国だ。外国人傭兵として雇われるからには、かなりの使い手だったはずだ。
深手を負ったナダヤが助かったのは、天空に巨大なパルマメドンの脅威が迫り、人間同士で戦っている場合ではないと判断した両国陣営が共に撤退命令を出したからだ。
そのパルマメドンは今は第二の月となって、その巨大な姿で昼間は太陽の三分の一を隠す。熱帯の地域は爽やかに過ごせるようになったが、寒冷地は氷の地獄と化した。
ナダヤは、気を失った男ガラクーナとエレングリーク老人と贈り物を館に次々と運ぶ。
三日間眠り続けていたガラクーナはナダヤの帰宅と共に目覚め「お前はあの時の、俺が仕留め損ねた女騎士か」と問う。
「そうだ。何ならここで決着をつけるか」全てを失い死に損なった思いが口を走らせた。
エレングリーク老人は二人を止めて、長く離れて暮らす愛娘に会うために、ナダヤに馬車を出させた。
怒ったのはエレングリーク老人の長男である現当主のカイル・エレングリークとその息子、つまりガラクーナにとっての伯父と従兄弟だった。
「父上、その男が私の甥だと言う証拠はありません。贈り物など、妹が生きている証拠にはならないからです。何故、ご自分で遠方へお出掛けになるのですか」
「その通りです、お祖父様。僕が参ります。僕はおば様の顔を覚えているので、本物ならお連れしますよ」
「いや、彼の国は急いでも三ヶ月はかかる。イヴンゼリクス王国を挟んで往復で半年はかかるのだ。到着して三日間も眠ったのは旅路が過酷だったからだろう。彼の馬も痩せて、直ぐの出立は無理だ。それにお前には荷が重すぎる」
結局、ガラクーナはナダヤと二人だけで母親を迎えに行くことに。
その旅路は長く、間に挟む山脈を越えて三ヶ月が過ぎた。若い男女が一緒にいてもナダヤの記憶には殺伐とした戦闘の記憶が根強く、ガラクーナもまた元女騎士ナダヤに対して気を許せずにいた。
ガラクーナの国は華やかなノーベスラゥナと比べようもないほど小さく、また壊滅的被害の有り様が残っていた。生き残った者が少なく農地も荒れて村人も荒んでいた。
ガラクーナの母親は体調を崩して痩せ細り、死期が近いとナダヤは踏んだ。このままノーベスラゥナに連れ帰ることはできない。
仕方なく、ガラクーナの家で寝泊まりして、昼間は畑に出て一緒に暮らした。
そのうちに、ナダヤはガラクーナとその母親に親愛の情を抱くようになり、様々な局面を乗り越えて互いに激情を覚え、それも自然な流れとしてガラクーナとナダヤは寝所を共にした。
いつしか一年が過ぎて、母親は持ち直し、すっかり回復した。それならばノーベスラゥナのエレングリーク老人の元に行こうではないかと話し合っていた。
そんな時に、パルマメドンの使者が天から降りてきた。人々は驚き怪しんだが、パルマメドンの使者は「世界中の家の立っている初子」を献上物として求め、それが一人でも隠されたなら地上を焼き尽くすと公布した。
ナダヤのお腹にもガラクーナとの初子が宿っていたから、パルマメドン公布は悩みの種となった。
人間は如何にしてその共物を捧げずに済ますことができるか。ナダヤもガラークナも、母親も悩んだ。
ナダヤが安定期に入ると、三人はノーベスラゥナを目指して馬車を繰った。お腹の子が五ヶ月に差し掛かったとき、イヴンゼリクス王国の外れで一人の占い師の言葉を聞いた。
「おい、そこの脳筋バカっプル。おいおい、お前らだ。腹が目立つのう。その子が生まれたら、あの憎いパルマメドンにくれてやるのだろ。しかし、パルマメドンは何故、初子を欲しがると思う。いいからここへ来い。特別に宣托を与えてやるから有難く涙しろ。いいか、初子はな、女の胎を開く先駆者だ。その初子を人質にしてだな、えー、おほん、こほん、ここからは幾らか包めよ。うーん、少ないが、まあ、良しとしよう。やつらはな、お前らを奴隷にするつもりなのだ。パルマメドンはお前らの主になる。いいか、口を慎め。誰にも言うなよ。企業秘密だからな。ペラペラしゃべる能無しは奴隷にされて鞭打たれる。天には目も耳もあるぞ。パルマメドン恐るべし」
奴隷と聞いて三人は青くなった。
長旅を続けてやっと帰国すると、エレングリーク卿は待ちわびた愛娘との再会に喜び、カイル・エレングリークも涙を流して抱き合った。ナダヤとガラクーナの簡単な結婚式も取り行った。
その夜「俺たちの子を奴隷になどさせはしない」とガラクーナは断言したが、それは叶わないだろうとナダヤは溜め息と共にお腹を撫でた。
子が生まれてしばらく経つと、ナダヤとガラークナの間に亀裂が生まれた。二人は剣を取り戦う意志を示した。
「ガラクーナ、子を捧げなければ世界は焼き尽くされるのよ」
「ナダヤ、それが母親の言うことか」
「私は命さえも犠牲にすると誓って剣士になった女。国を守る為に全てを犠牲にした。あなたも自分の母親を守る為に犠牲を払うでしょ」
「お前は女だから、また産めばよいと思っているのだな。敵だった俺の子だからか。俺は男だ、父親だ。自分の子を奪われるのは父親の沽券に関わる許せん事態だ。どうしても子を捧げるのなら俺を倒せ」
「あなたこそ、その信念を通すのなら私を倒すのね」
「望むところだ。元々お前は俺が仕留め損なったたった一人の鳥だからな」
二人の剣が火花を散らした。
エレングリーク卿とガラクーナの母親は、生まれた子を取り上げられないように隠す手段を考えていた。現当主カイルとその息子が慌てて駆け込んで来た。
「待て、戦いをやめろ。初子とは私だ。私のことだ」
現当主カイル・エレングリークこそ、エレングリーク家の長子であり、パルマメドンの望む初子だった。
「父上、それならば僕も初子ではありませんか」
「いや。その家の家督を継いだ長子こそ、初子なのだ。お前はまだ家督を継いでいない。だから、立っているとは言えないのだ」
エレングリーク老人初め、全ての者が驚き悲嘆にくれてカイルに取りすがる中、窓辺に光が差し込んだ。
「この家の初子は誰ですか」
「私です。カイル・エレングリークです」
「あなたに霊の導きを与えます。これより初子はパルマメドンの法律に添って、自分の家の者を教えるように。以前のように人間同士で戦い合う野蛮な星に戻れば、天から攻撃されると心しておくように」
ナダヤとガラクーナは真っ赤になって恥を忍び、二人で子を挟み抱き合った。
「ああ、俺たちはなんという過ちを……」
「あなたも初子よね。ふふ、これで私を仕留めることはできなくなったわね」
「そうかい。俺は恥と共に剣を捨てて、もう二度と剣を交えぬようハートでナダヤを仕留めるつもりだけどな」
ところで、イヴンゼリクス王国外れの道端のあの占い師は、占いをやめて顔を隠し、芋掘人夫になっていた。そして、芋と天気の関係について空を見上げては、サボるな能無しっ、と罵声を浴びせられている。
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