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4)世界はやり直せるか
しおりを挟む冬菜、世界はやり直せるか
老婆が車椅子に凭れて訊く。
璃人と共に老婆を迎えに来た琥珀が驚く。小麦色の肌に輝く黒い大きな目が、その驚愕の度合いを示す。車椅子を押す琥珀の手が震えた。
冬菜の声が老婆の口を通して答える。
「やり直さなきゃあ……」
車椅子を先導する璃人の胸が踊る。
琥珀は璃人に尋ねた。
「今のは……なに……」
「ウプンマガの脳内に誰かが入った」
璃人は廊下を曲がってこっそり答えた。
琥珀は訝しげにウプンマガを見つめる。
「祈祷無しでトラップ……」
その視線に気づくこと無く老婆が冬菜に呟く。
冬菜、ふゆちゃん
お前さんは読み物書きだろう
ふひゃひゃ……
世界に蔓延した
緑の毒の存在を暴け……
散布者はトライアングルと
緋芙美だ
世界を変えることが可能かも
ふひゃひゃひゃ……
「トライアングルと緋芙美……何者……世界を変える……私の小説に書けって言うの……もう、止めたんだよ、書くのは」
車椅子を押す琥珀の手が震え、璃人も戦慄く。
「小説で世界が変わるのですか」
琥珀の声は尖っている。
琥珀はエクストラの小説を知らない。山の中で静かに暮らす分には、スマホやPCやタブレットなど必要無いと、璃人を斜めに見てきた。
第一、小説で世界が変わるのなら祈祷の意味が無くなるではないか、それに、現存する小説家は何をしているのだと琥珀は呟きそうになる。
「わからないけど、私の書いた通りに事件や災害が起きたの……怖いくらいに……だから怖くなって」
ふひゃ……
お前さんが世界を変えてきたのか
それとも世界の方向を
先読み出来ただけだったのか
わからないのだろう
「もしも予知しただけなら世界を変えるなんて出来ないってわけよね」
むむむ……
私とお前さんがこうして
あり得ない時間を共有しているのには
何か訳があると思わないかね
何かの理由が……
「小説ではそういった転生ものは山ほどあるから……同居タイプの転生って……身体の元の持ち主の記憶が残っているというような」
ふうん、成る程
この老いぼれたは
ただの記憶だと言うのか
もう死んだとか……
ううう……
それはならん
絶対に死ねない
お前さんだって
死んではいないはずだ
老婆はもぐもぐと口を動かした。
「そうですね。あなたは死んではいないみたいですね。あなたがただの記憶なら、私と会話なんてできないはずだもの」
冬菜、ふゆちゃん
お前さんには
私の身体を動かすことは出来るかい
璃人が割り込む。
「ウプンマガ、今はお止めください。玄関に到着しました。僕は車を廻しますから、此処で大人しく待っていてもらえますか」
璃人、琥珀
私はさっき
足を挫いたみたいだから動けない
「足を……どの足ですか」
琥珀が車椅子を止めて、璃人がウプンマガの前に膝をつく。
「右だよ」
「失礼します」
璃人がウプンマガの右足を触った。
「ひぃえああぁ……うわぁぁ、きゅんきゅんするっ」
ウプンマガの口から黄色い声が飛び出す。しわしわの顔が赤らんで両手を頬に当てた。そのまま斜めになる。
車椅子の後ろで
「ウプンマガ……冬菜さん……痛みますか」
と、琥珀が尋ねた。
いや、大した痛みではないよ
ふひゃひゃ
それよりも、冬菜
身体を動かせたことが……
老婆のしゃがれ声が琥珀の脳内を過り、老婆の口から出る冬菜の嬌声が鼓膜に飛び込んだ。
「む、胸が痛ぁい……きゅん死するぅ……」
冬菜は駆けっこでもしたかのように鼓動が治まらない。頬を染めて璃人を見つめた。
きゃあぁ、イケメン
夢よね
夢を見ているんだ
転移とか転生なんて
あるわけない
璃人が立ち上がる。
「ウプンマガ、待っていてください」
老人ホーム藤森のエントランスで、車椅子の老婆が頬に手を当てていやいやと身を振る。
「ああん、早く戻ってね、リッヒー」
その黄色い声に思わず足早に立ち去る璃人からは、血の気の引く音がする。
リッヒー……
誰だ、そいつは……
僕のことか……
頭を振る。
僕は15才の少女の書いた
小説を読んでいたのか……
そして、その少女が
世界を変えると……
足が震える
一体何が起きたんだ
ウプンマガの身体に憑依いた
白目を剥いた顔が浮かぶ
ジャージ姿で眼鏡がずれていた
そして世界を変えると言う
正気か……
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