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1 死の運命
しおりを挟む今日、私は死ぬ。
一年前そう決まった。なにか国のお偉い様方たちがくじ引きなどで決めるらしい。
私の前に何人も死んでいった女の子たちがいる。それでも、そのほとんどが貧しい家の出身で、裕福な家からは選ばれないそうだ。
英雄ほどの名誉を受けることができるそれは――
――神の巫女。
聞こえはいいけれど、ようはイケニエだ。
神としか言いようのない存在を、しずめるための。
なんの希望もわいてこない。なぜなら、突然イケニエがいらなくなるような奇跡なんて起こるはずはないんだから。
そもそももしそんな奇跡があるのなら、とっくに世界は平和でだれも苦しまないはずだ。
巫女として、宮殿の一部に私は軟禁されていた。
いよいよ儀式の時間がせまりくる。建物の一室、担当の人間の指示で私は衣装を整えさせられる。
担当のその女性は、私に同情してくれているのかつらそうにしつつも、まるで死に化粧のようにきれいにすべてをほどこしてくれた。
ああ、地味で目立たないこんな私でも、これだけやってもらえるとすこしは女の子らしく見えるんだな。
死が迫っているのに、生気の失せた顔は人形のようで、はじめて自分をもっと表情に愛嬌があったらかわいいのかもしれないなとそう思えた。
ふと部屋の窓の外をみると、曇り空と自分の過ごした街が見える。
私の心もこんな気分だ。悲しい、悔しいという感情より、ああこんなものか、というあきらめが感情という器を満たしている。
このときはまだ思いもよらなかった。この最悪の状況が、さらなる最悪によってぬりかえるられるということに。
どこかで、なにかの破裂するような音がした。まるで雷がおちたかのような。
すこし間があって、もういちど同じものが聞こえる。今度は空気が揺れるほど近くで。部屋の壁がくずれ、私を閉じ込めていた分厚い檻(おり)に大きな穴があいた。
そこには、フード付きのマントを被った何者かが立っていた。どうやら侵入者であるらしい。口から上は不気味な仮面をつけていて、正体はわからない。
だがもっとわからないのは、ここになにをしにきたのかということだった。私にはこんな知り合いはいない。
「お前をいただく」
すこし首を斜めにさせて、その人は言った。
とても幼い声だった。子供のような。
彼はひょいと私を軽々片手で抱きあげ、壁の外へと連れ出した。
彼の足と手には、魔法のきらめきがまとわれていた。自在に高い建物の壁や屋上をバッタのように飛び回る。手すりに触れていなくとも、彼が手を伸ばしただけで魔法がそこにからみついてロープのようになりしなる。
信じられない曲芸を体感しているような気分だった。彼は壁の側面を文字通り歩いたり、かけあがることができるのである。
だが兵士も能無しではない。私たちを逃すまいと総出で追いかけてくる。
誘拐犯はその兵士たちでさえ、風が通り過ぎるかのように一瞬でなぎたおしていく。私のことなど片手で石ころを持っているかのような軽快な動きで、もう片方の手と足を繰り出すだけで屈強なはずの兵が気を失っていく。こちらも超人的な躍動に、目が回る。
とうとう時計塔のてっぺんまで来たところで、銃を持ち武装した数十人の兵士たちに囲まれた。
しかし私をさらおうとした誘拐犯は、とくに慌てる様子もなく、こんな状況はなんでもないと言いたげに悠然と微笑んだ。私をその場におろすと、自分の顔の仮面を指でつまんではずそうとする。
兵士は口上や名乗りなどは待ってはくれない。無慈悲に最も近くにいた兵が引き金をひき、銃弾が誘拐犯のほうへと発射される。
「自らの悲しみにおぼれろ」
一瞬のことで理解できなかったが、誘拐犯は仮面をはずし、その仮面で銃弾を弾き飛ばした。けれど錯覚ではない。現に私たちは屋上の隅へと追い込まれていたため、遥か下方へと仮面の破片が散らばって落ちて行くのが見えた。
そうして次には兵士たちが次々とその場に倒れだした。頭をかかえてもがきくるしんでいる。気絶している者もいたが、ほとんどは涙をながし、なにか懺悔(ざんげ)のことばなどを口にしていた。
何が起きているのか……おそらく、この誘拐犯がなにかやったらしい。彼の横顔を見上げると、悪魔のような赤と黄色の混じった異常な瞳が兵士たちをその小さな世界のなかにとらえていた。
素顔は――彼はまだ、子どもだった。
私よりふたまわり小さな彼が、目的はわからないが城の要塞を突破した。たったひとりで。その事実に、逆に夢でもみているのかという気になる。
上空に小さな飛空舟(ひくうせん)が到着する。ふたたび誘拐犯は私を抱きかかえ、時計塔を足場に高く飛んだ。人間離れした脚力で宙を上昇していく。
「50年に一度の周期で――」
幼い声で彼が言いながら、飛空舟の底につながり垂れていたヒモをつかむ。下を見れば、私のとらえられていた部屋が、小さくちっぽけに見える。
ヒモは伸縮性があり、誘拐犯は自らの体重で器用にヒモを伸ばしその反動をつかって舟上へと空中で回転して着地した。
空飛ぶ舟の床のうえへと乱暴に私をおろし、見下げて言葉の続きを言う。
「怪物が海底から目を覚ます。封印のため、かならずだれかひとり犠牲となるイケニエが選ばれる……それがお前だな、女」
「……あなたは……なんなの? このままじゃ……」
感謝よりも、侮蔑(ぶべつ)のような感情を向けてしまった。私がいなくなったせいで国が混乱する、そんなことも考えた。心のどこかでは助けられたことをよろこんでいるのかもしれない。混乱しつつ、おそらくどちらも心で思った自分に嫌気がさしながら誘拐犯にたずねる。
「どうして私をさらったの……?」
「理由は簡単だ」
風に揺られながら、淡々とその少年は答える。
「世界を終わらせるためだ。このくさった、な」
言葉とは裏腹に、さわやかで澄み切ったような晴れやかな表情をしている。それがますます私をとまどわせた。
彼は世界を終わらせると、笑顔で言ったのだ。どういうことかまるで私にはわからない。
「――なにを言って……」
「つまり、滅亡させる」
私の様子をさっして、まるで自分より小さな子供に言い聞かせるように彼は言う。
「俺はこの世界がなくなってほしいんだ。そのためにはむしろ、サヴェリがよみがえってくれたほうが都合がいい」
こちらに顔を向けていう。幼く丸い瞳のどこかに、なにか見覚えのある暗いものがある。
「それが俺の夢だから」
判然としている。ここまでわずかな時間彼と一緒にいたけれど、おかしなことにこのときがもっとも生気のある表情をしていた。
だがどこかさびしげにも見える。さびしげというより、心のよりどころを見失っているような。破壊というものにすがっているようにも感じられる。憧れているかのような言い振りだからだろうか。
そうだ、ついさいきん同じものを見たんだった。鏡を見た時、私はこんな目をしていた。
それも気になるけれど、今はそれよりも生贄(いけにえ)のことだ。
サヴェリ、とこの少年が呼んだ名前は、サヴェリ様。いわゆる土地神のことだ。50年に一度海から目覚める。
それを阻止するために儀式に命をささげるイケニエが選ばれる。
しかしこのサヴェリが守る土地は代々、不思議と災害は起きず、海も土も毎年豊穣である。ゆえに、その因習は何千年も続いていた。
「あなたがだれだか知らないけど……それなら意味はないわ。イケニエになにかあったときのために何人も候補がいる。儀式はとどこおりなくおこなわれる……私じゃない、だれかが死ぬだけ」
なにか不満をもらすように私は言っていた。自分の無力をうらむかのようだった。自分が助かったことで、だれかが犠牲になる。そういう罪悪感がある。
「だれも、儀式を止めることはできなかった。どんな手段でも」
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