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家に戻ると、すでに俺の部屋にノパもいた。
なんだか蜂に刺されたかのように体中を赤くはらして、別の生き物のように見える。
「おかえり……」
「ただいま。どうしたんだ」
「東京とかいう都会のほうでまたダンジョンに穴が開いたから、なんとか対処してきたよ……」
「そうか。えらいな」
「そっちはどうだった? アルスの手掛かりを探してきたんだよね。なにかわかったの」
気まずくなり、目を逸らす。
「……あー……ほとんどなにもわからなかった。資料が残ってなくて……」
「……残ってなかった?」
うなずき、肩をすくめつつあることを思い出す。
「うん……。あ。愛妻家(あいさいか)ってことは聞いたよ。精霊王と……仲が良かったって」
「……ぼ、僕が必死にブラムを退治してる間に、アルスは愛妻家だったってことがわかったんだね。つまり、きみはなんの手がかりも得ていなかったっていうのかい!?」
食い気味に声を荒げるノパ。はっきり言って、そのとおりだ。
「……しょうがない。裏切りの英雄はタブーみたいな存在で、記録が残ってなかったんだ……あ。待て、魔法を教えてもらったぞ」
「え!? うそうそ、どんなの!?」
「ヒール」
俺はノパに向かって、癒しの呪文をとなえてやる。
しかしノパの傷がよくなった風には見えない。
「……という感じなんだが」
「そう。お疲れ様。この世界はもう終わりだね」
淡泊(たんぱく)に言いながら、ノパは俺のベッドで先に眠り始めた。
「なんか……すまん」
俺は頭をかいて、さっさと部屋の電気を消してベッドに入った。
「なあ、俺の場所がわかったなら、精霊王の場所はわからないのか。俺よりそいつに世界救ってもらったほうがいいんじゃないのか」
俺はノパに語り掛ける。
「精霊王ならもう死んだって言ったでしょ。生まれ変わってたら、魔力でわかるはず。つまりまだいないんだよ。アルスの場所がわかるのは、僕をつくったのがアルスだから」
と返ってきた。「そうだった」と俺は短く返し、さっさと眠った。
次の日、昼間はノパにダンジョンの様子を監視してもらい、授業が終わるなり俺はきのうのダンス部の活動場所に向かった。
広い部室で音楽にあわせて踊り、汗をかいて、部活動にはげんでいる。
部活が終わるまですこしあるので、そばの校舎裏で座り込み、ノパに質問する。
「魔法を使うコツとかないのか」
「もちろんあるにはあるけど、ソウはそれ以前の問題っていうか……魔力が感じられないんだよね」
「どういうことだ」
「感じるオーラが、アルスはアルスなんだけど、魔法が使えないアルスみたいで」
「それじゃあ、本当に俺に魔法が使えるのか怪しいな」
「でもなにかのきっかけで、本来の力を取り戻せるんじゃないかと思うんだよね。やっぱりアルスはアルスなんだし」
「きっかけってどういう」
「わからない……。とにかく、何度も集中して魔法をためしてみたら」
ノパの言う通りやってみることにする。
俺欠けている細い木の枝を拾い、何度も何度もヒールととなえてみる。
特になにも起きないが、そのうちに「あーっ!」と後ろから女性のすごい大きな声がした。
一階の窓から身を乗り出して、あの女子生徒がこちらを見ていた。部活用に動きやすそうな服を着ている。
「きのうのストーカー!」
俺を見て驚いた顔になるなり叫び、上履(うわば)きのまま窓から飛び出てきて、すごい剣幕で俺に詰め寄ってくる。
「なんなの、あなた! 用があるならはっきり言ってよ」
どうやらやはり気づかれていたらしい。
「す、ストーカーというわけじゃない。だけど不快にさせたことは謝(あやま)る……ごめん」
素直に謝ると、急に彼女はしおらしくなる。と思いきや、
「う、うん……。あ、わかった! あなたあたしのファンなんでしょ!?」
意地悪い笑みを浮かべて、そんなことを言ってくる。
「いや……そういうわけじゃなくて、理由が……」
俺を見ていた彼女の視線が、つと俺の顔の横にいるノパに向く。
「えっ。なにこの生き物!?」
彼女はそう言って自分の口に手をあてる。
「見えるのか!?」
どうやらノパのことが見えているようだった。
「実はさいきん出たオブジェとも関係があることで、あの、話があるからきいてもらえませんか」
「わーこれってあたし知ってる! たしかフェネックって生き物だよねえ。実物ははじめてだなぁー」
「聞いてます?」
彼女はなにか勘違いして、目を輝かせてノパに目を奪われていた。
「萌音(もね)。練習するよ」
背の高い女子が窓からこちらを見つけて言う。
「はーい。ごめんね、話はあとできくから!」
そそくさと女子生徒は窓から戻っていった。萌音さんというのか。俺が奏之(そうの)佑(すけ)だから、比べると今どきな名前だな。
「なにあの男子、知り合い?」
「あたしのファンだってー」
「うそでしょー。ひやかしだよ」
「そんなことないよ! あとでサイン書いてあげよーっと」
部室からそんな会話がきこえてきた。
「なんか動物と勘違いされてたな」俺はノパに話しかける。
「でも、見えるんだ。びっくりしちゃった」
「ああ。でもこれで話はしやすくなった」
それから日がしずみだし、部活動が終わってから俺は萌音さんのいる教室をのぞいた。
他の部員たちはぞろぞろと帰っていくなか、萌音さんだけがまだ練習中のようだった。踊っては転んでを繰り返している。
「萌音さあ、ほどほどにしなよ? ケガしたらシャレになんないからね」
「うん、大丈夫」
さきほどの友人と思わしき女子生徒が忠告し、萌音さんがそう答える。やがてその女子生徒も帰っていく。
機を見はからって、窓から声をかけた。
「あの、話があるんだが……」
「うわぁ!? あなたまだいたの!? やっぱりストーカー……?」
「そっちが待ってろって言ったんじゃないですか」
「あれ? そうだった! ごめんごめん、あとすこしで終わるからさ」
それから彼女はまた、ダンスの動きの確認のようなことをはじめた。
「ソウ、早く話を済ませちゃわないと、いつブラムが……ってキタぁ!?」
ノパが向いた方向を見上げると、ブラムの群れがあきらかにここに集まってきていた。
とにかく萌音さんを一度連れ出さないと。
「萌音さんとか言ったな。やばいことになってるから逃げるぞ!」
「へ?」
俺が土足のまま窓のなかに入り、彼女に声をかける。
「いいから、信じて来てくれ! ブラムが……」
しかし彼女は戸惑うばかりで、ついてきてこようとしてくれない。まあ当然か。
まだなにも説明していないのだから、彼女からすると彼女のファンがいきなり暴走しているように見えるのかもしれない。
部屋の窓ガラスが割れ、ブラムが侵入してくる。
「こっちへ!」
廊下に出て、萌音さんに言う。萌音にもブラムが見えているのか、さすがにあわてて後をついてきた。
「なんなのあれ!?」
「あれはブラム……だけど説明してる余裕がない!」
廊下を二人で走り抜けながら、窓ガラスや校舎を破壊して中に侵入してくるブラムを俺は剣で斃(たお)していく。
雑魚は逃げながら戦っているうちにあらかた倒したようだが、一体だけ異色のやつがいた。
銀と水色の身体を持つ、液体状の巨大なクモのようなブラムがこちらを追いかけてくる。
剣を振って炎を当てているのだが、効いていないのか突進の勢いが止まらない。
ついに俺たちは逃れられず、二階まできた。
俺の横にいた萌音に向かって、後ろから水(みず)蜘蛛(ぐも)の吐いた水鉄砲のような糸が伸びる。
俺はそれを剣で断ち切るが、おどろいた拍子に萌音が転んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ごめん……足くじいちゃったかも……」
萌音はすぐには立ち上がれそうにない。そうしているあいだにもクモは近づいてくる。
俺は渾身(こんしん)の力を込めて剣を振り払い炎の渦を飛ばしたが、クモの液体の身体にはやはり通用していないように見える。
「くっ……」
「ここは僕が!」
威勢(いせい)よくノパがクモにつっこんでいったが、クモは近づく前に糸とは違う玉のようなものを吐いてきて、それがノパに当たる。
ノパは「ぎゃあ」と言いながら俺の足元にもどってきた。
「ノパ、脱出させてくれ」
「了解!」
回復が早く、ノパが窓ガラスに身体を向けると強風のような魔法の衝撃が起き俺の横の窓が吹き飛ぶ。
「失礼するぞ」
「えっ!?」
俺は萌音を見ていい、申し訳なく思いながら彼女を抱きかかえた。
そうして窓から飛び降りる。着地で足を痛めるかと思ったがノパのおかげなのか俺たちの身体は風に受け止められるかのように軽くなり、ふわりと地に足をつける。
しかしあのクモも水の魔法のようなもので二階の壁を破壊し、地上に降りてくる。
校庭の近くまで移動したところで俺は萌音をいったん地面におろし、どうにかなるとも思えなかったが剣をたずさえる。
「ソウ、なんとかしないと!」
「ああわかってる」
だがダメージを与えていない炎の魔法と、回復させるための魔法だけではどうにもできない。
このままじゃ……
そのとき、俺の右腕の甲に字のようなものが浮かびあがっているのを視界の端にとらえた。
見たこともないようなその字のことを読めはしないが、どういうわけか俺はこの字の意味をすでに知っているような気がする。
俺は剣を持っていたほうの袖(そで)をめくる。すると、そこにも字が光って描かれている。そこの部分だけは不思議と読める。
なぜかそれを見た時、萌音さんのことやヨサラのこと、そしてナモさんのことやアクリル村の人のことを思い出した。そしてそのうちの何人かが言っていた、ある魔術師の名のことも。
「アルスデュラント……」
【魔術師アルスデュラントの契約】、と俺の腕にはそう書かれている。
俺の足元に青白く輝く魔法陣があらわれ、俺は気が付くとかがんでそこに片手を思い切り当てていた。
すると魔法陣が砕けるように壊れて、別の魔法へと変わっていく。
激しい雷(いかづち)のような電気の嵐が出現し、鳥のような形になるとクモに突進した。
直撃すると、敵の身体を震わせ溶かしていく。弾(はじ)けるようなまばゆい光と凄まじい風が巻き起こる。
魔法とともに、嘘のように一瞬で、クモは蒸発(じょうはつ)し消え去った。
「今のは……」
おそらく魔法を使った本人である俺も、呆然(ぼうぜん)となっていた。
「おいおいソウ! ついにアルスの力に目覚めたんだな!」
ノパが嬉しそうに近づいてくる。
「いや……たまたま今の魔法が頭に浮かんで……できたんだ」
「そ、そうか……。でもすごい威力だったな! これならダンジョンもどうにかできるかも……。でも、なんで突然魔法が使えるようになったんだ。特別なことがなにかあったかな……」
めまぐるしく表情を変えながら、ノパは言った。周囲を見渡したり、俺や萌音を見やったりしている。
「足はどうですか」
俺は座り込んで、ぽかんとしている萌音さんのそばにいきたずねる。
「あ、はい。痛いです……」
萌音は目をぱちくりさせて答える。まあ俺も同じ心情だが、俺の場合は残念ながら驚いていられる暇(ひま)もなかったな。
「失礼」
彼女の足首に手をかざす。どうかと思ったが、またも手の甲に字があらわれて、魔法が発動した。
「うそ……治ったかも」
おどろきながら萌音はゆっくりと立ち上がって見せる。
俺はふたたび自分の手を見ると、すでに字は消えていた。
手首をみたり手の平のほうもひっくり返して見たが、それらしきものはない。どういうわけで使えたり使えなかったりしているんだ? 自分でもわからない。
「すごいな! なあ、アルスなら回復魔法でもあの粉々になった校舎を直せるんじゃないのか」
「……やってみるか?」
ノパが気軽にいったことを俺は真に受けて乗る。
校舎のほうに近づいて手をかざすと、まるで時が逆流するかのように吹き飛んだ物質が元の場所にもどっていく。
これはさすがに驚いたが、やがて校舎はバラバラになったパズルが組まれたかのように完全に元通り修復された。
破れた窓ガラスや壁も傷の名残もないほどに直っている。
こんなことができたなら、もっと早くできるようになっていてほしかったものだ。そうしたら楽にブラムも倒せたのに。
「こんなことができるならもっと早くやってくれよ!」
ノパも同じことを指摘(してき)してくる。
「どうしてかわからないけど、今はじめてできるようになった。それにあいかわらず他の魔法のことは知らないしな……アルス=デュラント……我ながらわからんやつだ」
俺は校舎とノパを交互に何度も見ながら、やれやれと頭(かぶり)をふり、自分の額(ひたい)をさわった。
「あなた……なんなの」
せっかく足が治って立っていた萌音が、目を丸くしながらその場にへたりこんだ。そうか、結局彼女にはまだなにも説明できてなかったな。
「魔法使いだった……らしい」
「魔法、使い?」
「ああ。まだ3つくらいしか呪文を使えないけど」
萌音は困惑(こんわく)した表情を俺に向けていたが、やがてあまり目を合わせなくなる。
「すごい……けど、ちょっと、こわい」
声を小さくして彼女はつぶやく。
「それは俺も同じだよ。……君はこれからたぶん、同じような目にあい続ける。助かるためにも、俺たちの話をきいてもらえないか」
萌音は困惑していたが、やがてすこし苦しそうに微笑んで「……わかった」と返してきた。
「心配ないよ! アルスがこの調子でどんどん力をとりもどして、ちゃちゃっと全部なんとかしてくれるからね!」
期待をこめてノパは俺の頬にだきついてくる。そんなノパを見て、萌音はすこし気が抜けたのかクスッと笑っていた。
「だから、なんでもどったかわからないって言ってるだろ……」
「でもさ。あの雷の魔法を使う前と後でなにがちがうか考えたら、もしかしてあの女の子と知り合ったおかげ……? なんてね」
ノパがくだらない冗談を言ってくるので、俺はやつの身体をつまんで放り投げる。
「……まさか精霊王、なのか?」
あの子が精霊王で、再会したからアルスの力をとりもどせた? そんな魔法みたいな話があるか。
たしかにかの裏切りの英雄は精霊王とやらを深く愛していたらしいが……
俺はそんなキャラじゃないしな。
まったく、なんの手がかりもなしでこんなとんでもない役割をおしつけてくれるとは。アルス=デュラント……我ながら、なんてやつだ。
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