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魔物の孤児院イナカハイムは、広大な敷地のなかに学校と宿泊施設がある。
それまでの広くきれいな屋敷にくらべればなんてことのない平凡な建物だが、よい意味でイズーにとってここは別世界だった。
まずイズーと同じように魔物の子供だらけだから、の目をむけられたりしない。だれもいじめたり怖がったりもしてこない。保母さんたちはそれまでの出会った人間とまるでちがいとてもやさしい。
さいしょはむしろ居心地のあまりのよさにイズーはとまどった。それまでドブ川に住んでいたのが、急にきれいなプールにほうりこまれたようなものだった。
だがだんだんと孤児院でのさわがしい日々をたのしみはじめた。
ここでは毎日あまかったりしょっぱかったりのお菓子が出てくるし、ご飯もおいしい。
誕生日をいわったりもした。その日はケーキ屋豪華な食事が出る。
なぜかイズーのときだけ魔法がつかえるという祈祷師がまねかれて、をねがってお祈りの儀式をした。
魔物の仲間たちには屋敷でのように気づかいをしなくていい。イズーはここでの時間をすばらしく感じ生まれてはじめて生きていることに感謝した。まったく時間がかからずこの場所が好きになった。
なにより、ここでは本が読める。読み書きを授業でおそわったイズーはのめりこむように図書室にかよい本や図鑑をよみあさった。
そこで家族というものの存在を知った。たしかに思い返せばブライター家には家族というものがあり、自分にはない。イズーはそう気づく。自分の家族はどこにいるのだろう、と不思議だった。
ミイラ先生にききたかったがイズーのクラスの担当じゃないらしく彼はいつもイズーのそばにはいなかった。今後イズーのことはツルギユウリという人間の女の先生がみてくれるのだと彼は言う。
ほかの保母さんたちにも会ったが、まだイズーは心をひらいてはいない。ミイラ先生いわくツルギ先生は「俺のしるかぎりもっとも優しい人らしい」らしい。
しかしイズーからすると彼女がすこし怖い。
いつもだれかしらほかの生徒たちをしかっているし、イズーにたいしても本を読むばかりじゃなくもっとほかの生徒と関われといつもうるさいのだ。
イズーはたしかにここにきてからだれともしゃべってない。実は今まで命令にしたがってばかりだったので会話のしかたがわからないのだ。
それをミイラ先生に告げると本で知識をつけるのもいいけどまずは慣れてみたほうがいいとツルギ先生とおなじような期待外れのことを言われる。
でも怖い。むかしブライター家で口答えしようものならムチでたたかれたり地下牢にいれられたからだ。助けてくれたミイラ先生ともうひとり心やさしいブロッコ先生以外とはしゃべれない。
ミイラ先生にもイズーは話し相手になってほしいけれどミイラ先生いわく、「俺は男だから女の子の世話はあまりしないことになってる。お前は魔物でも、世の中にはそれに興奮するようなやつもいる。それにここにいる生徒同士のトラブルはふせがなきゃいけない。異性がらみでも、いたずらでもなんでも……」
「ミイラ先生はそんな人じゃない」イズーは言う。
「ありがとう。でも、俺がそうじゃなくても世の中には危険な悪人がたくさんひそんでるからさ。ブライター一家なんてまだかわいいってくらいの悪人が、お前も気をつけろよ」
言ったそばから、トラブルが起きる。
そう魔物の孤児院ではつねになにかしらの問題が起きるのだ。なにせ魔物の子供たちが集まっているのだから。
そのなかでもとりわけトラブルメーカーなのは、今日はそこらじゅうに落書きしてるネシャという少年である。
バカだなぁとまわりは笑っているが、本人は職員にしかられても勝ち誇ったような態度でいる。ミイラはそれをしかったり監視する役目でいそがしいようだった。
「わるい子なの?」とイズーはツルギにたずねたことがある。「そうじゃない。世の中いろんなやつがいる。イズーみたいにほかの生徒と話せない子もいれば、ネシャみたいにわんぱく小僧もいる。ふつうじゃないけど、ある意味ふつう。そんなとこだな」
ツルギはそういう言い方をしていたけれど、ネシャがああいう行動をする理由は本で知識をつけた今のイズーにはわかる。彼はさみしいだけなんだと。自分をみせつけたくて目立とうとする。親がいない心のすきまをうめようとして。
ある日遊び場でほかの生徒たちが遊具やおにごっこなどであそぶなか、イズーが建物のすみっこで物語の本を読んでいるとそのネシャがからんできた。
「お前いつもひとりだな」とか「なんかしゃべれねえの」とからかうような態度でいる。
「ぷっ。しゃべれないんだお前。まあしゃべれない魔物もいるけどさ」
それにムッとなり、イズーは言い返す。
「なぜいつもいたずらをするの。先生たちのしごとがふえるでしょ」
「いや、ばーか。きまってんだろ。俺のげーじゅつでもっとこの施設をあかるくさせようとしてるわけ!」
「窓ガラスをわるのもげーじゅつなの」
「いや、ばーか。俺が割ったのは授業やる教室の窓だけだろー? あそこはいきがつまるから風通しをよくしてやったんだ」
「夏はありかもしれないけど、冬はさむいよ」
「お前、くらいやつ」
げんなりとした顔でネシャは言う。
「お前親は?」とネシャがイズーにきいた。
「わからない」
「ここにいるってことは、いないか、……」ネシャはそこで言葉をとめる。
「なに?」
「いや、なんでもねえ。俺の両親はさあ魔物の内戦で立派にたたかって死んだんだ……」
そこに「おーいネシャどこいった!? パンが盗まれてたんだけどお前じゃねえよなあ?」とミイラ先生の彼を探す声がひびく。
「やべっ。またこんどはなそうぜー! おまえさみしそーだからな」
「……君のほうこそ」
ぼそりときこえないくらいの声でイズーは言う。
すこしおくれて、意外と話そうとすれば生徒とも話せるのだと自分でおどろいた。
魔物の孤児院イナカハイムは、広大な敷地のなかに学校と宿泊施設がある。
それまでの広くきれいな屋敷にくらべればなんてことのない平凡な建物だが、よい意味でイズーにとってここは別世界だった。
まずイズーと同じように魔物の子供だらけだから、の目をむけられたりしない。だれもいじめたり怖がったりもしてこない。保母さんたちはそれまでの出会った人間とまるでちがいとてもやさしい。
さいしょはむしろ居心地のあまりのよさにイズーはとまどった。それまでドブ川に住んでいたのが、急にきれいなプールにほうりこまれたようなものだった。
だがだんだんと孤児院でのさわがしい日々をたのしみはじめた。
ここでは毎日あまかったりしょっぱかったりのお菓子が出てくるし、ご飯もおいしい。
誕生日をいわったりもした。その日はケーキ屋豪華な食事が出る。
なぜかイズーのときだけ魔法がつかえるという祈祷師がまねかれて、をねがってお祈りの儀式をした。
魔物の仲間たちには屋敷でのように気づかいをしなくていい。イズーはここでの時間をすばらしく感じ生まれてはじめて生きていることに感謝した。まったく時間がかからずこの場所が好きになった。
なにより、ここでは本が読める。読み書きを授業でおそわったイズーはのめりこむように図書室にかよい本や図鑑をよみあさった。
そこで家族というものの存在を知った。たしかに思い返せばブライター家には家族というものがあり、自分にはない。イズーはそう気づく。自分の家族はどこにいるのだろう、と不思議だった。
ミイラ先生にききたかったがイズーのクラスの担当じゃないらしく彼はいつもイズーのそばにはいなかった。今後イズーのことはツルギユウリという人間の女の先生がみてくれるのだと彼は言う。
ほかの保母さんたちにも会ったが、まだイズーは心をひらいてはいない。ミイラ先生いわくツルギ先生は「俺のしるかぎりもっとも優しい人らしい」らしい。
しかしイズーからすると彼女がすこし怖い。
いつもだれかしらほかの生徒たちをしかっているし、イズーにたいしても本を読むばかりじゃなくもっとほかの生徒と関われといつもうるさいのだ。
イズーはたしかにここにきてからだれともしゃべってない。実は今まで命令にしたがってばかりだったので会話のしかたがわからないのだ。
それをミイラ先生に告げると本で知識をつけるのもいいけどまずは慣れてみたほうがいいとツルギ先生とおなじような期待外れのことを言われる。
でも怖い。むかしブライター家で口答えしようものならムチでたたかれたり地下牢にいれられたからだ。助けてくれたミイラ先生ともうひとり心やさしいブロッコ先生以外とはしゃべれない。
ミイラ先生にもイズーは話し相手になってほしいけれどミイラ先生いわく、「俺は男だから女の子の世話はあまりしないことになってる。お前は魔物でも、世の中にはそれに興奮するようなやつもいる。それにここにいる生徒同士のトラブルはふせがなきゃいけない。異性がらみでも、いたずらでもなんでも……」
「ミイラ先生はそんな人じゃない」イズーは言う。
「ありがとう。でも、俺がそうじゃなくても世の中には危険な悪人がたくさんひそんでるからさ。ブライター一家なんてまだかわいいってくらいの悪人が、お前も気をつけろよ」
言ったそばから、トラブルが起きる。
そう魔物の孤児院ではつねになにかしらの問題が起きるのだ。なにせ魔物の子供たちが集まっているのだから。
そのなかでもとりわけトラブルメーカーなのは、今日はそこらじゅうに落書きしてるネシャという少年である。
バカだなぁとまわりは笑っているが、本人は職員にしかられても勝ち誇ったような態度でいる。ミイラはそれをしかったり監視する役目でいそがしいようだった。
「わるい子なの?」とイズーはツルギにたずねたことがある。「そうじゃない。世の中いろんなやつがいる。イズーみたいにほかの生徒と話せない子もいれば、ネシャみたいにわんぱく小僧もいる。ふつうじゃないけど、ある意味ふつう。そんなとこだな」
ツルギはそういう言い方をしていたけれど、ネシャがああいう行動をする理由は本で知識をつけた今のイズーにはわかる。彼はさみしいだけなんだと。自分をみせつけたくて目立とうとする。親がいない心のすきまをうめようとして。
ある日遊び場でほかの生徒たちが遊具やおにごっこなどであそぶなか、イズーが建物のすみっこで物語の本を読んでいるとそのネシャがからんできた。
「お前いつもひとりだな」とか「なんかしゃべれねえの」とからかうような態度でいる。
「ぷっ。しゃべれないんだお前。まあしゃべれない魔物もいるけどさ」
それにムッとなり、イズーは言い返す。
「なぜいつもいたずらをするの。先生たちのしごとがふえるでしょ」
「いや、ばーか。きまってんだろ。俺のげーじゅつでもっとこの施設をあかるくさせようとしてるわけ!」
「窓ガラスをわるのもげーじゅつなの」
「いや、ばーか。俺が割ったのは授業やる教室の窓だけだろー? あそこはいきがつまるから風通しをよくしてやったんだ」
「夏はありかもしれないけど、冬はさむいよ」
「お前、くらいやつ」
げんなりとした顔でネシャは言う。
「お前親は?」とネシャがイズーにきいた。
「わからない」
「ここにいるってことは、いないか、……」ネシャはそこで言葉をとめる。
「なに?」
「いや、なんでもねえ。俺の両親はさあ魔物の内戦で立派にたたかって死んだんだ……」
そこに「おーいネシャどこいった!? パンが盗まれてたんだけどお前じゃねえよなあ?」とミイラ先生の彼を探す声がひびく。
「やべっ。またこんどはなそうぜー! おまえさみしそーだからな」
「……君のほうこそ」
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