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王総御前試合編
65
しおりを挟む研究室の廊下で、俺は足早なローグのあとを追う。
「きいてもいいか」と俺は声をかける。
「ことによるわね」
ローグは振り向かずにこたえる。
あのチェイスとかいう女性兵、あきらかにローグを敵視していた。ローグは元護衛部隊副隊長のはず。そうであるならなぜあそこまで折り合いが悪い。なにか理由があるはずだ。
「個人的な事情なら話してくれなくていい。でも試合に関わることなら教えてくれ。やつとなにがあった」
そう言うとローグはいったん立ち止まり、歩くペースをおとしはじめた。
「私は呪いのカードがきっかけで、部隊を離れたのよ。彼女は私の後継者で、教え子でもある。私は秘密任務としてとあるカードを護衛していた」
彼女がはなしている間に研究室へとたどりつく。
中に入るとすでにミジルとハイロがおり、ソファーのうえでくつろいでいた。試合のあとで疲れているのだろう。
「あ、お二人とも」
「おそかったじゃない」
ハイロとミジルの声も気にせず、ローグはむかしのことを語り続けてくれた。
「結論からいえば任務は失敗した。ある犯罪集団によって機密だったカードを奪われた。やつらは呪いのカードを使用していて、こちらは勝ち目がなかった。強すぎる力によって敵自身もただではすまなかったけれど、私の部隊の兵は重傷を負ったわ。私は運よく生き残ったけれど、ほかは……ほかの仲間はオドの加護のほとんどを失い、兵士として引退をよぎなくされた」
驚きだった。ローグにも呪いのカードとの因縁があったのか。
「自分に力がないばかりに仲間を危険にさらした。私には副隊長は務まらないとわかったの。だから部隊を離れたのだけど……あの子、チェイスからすれば私は逃げたも同然でしょうね」
「えっ。な、なんの話?」
話においつけない、といった感じにミジルはとまどっている。
「でも今度こそは……災厄から、あなたたちを守ってみせる。いえ、この街の人、カードを愛する人すべてを」
ローグはしずかに、ただ力強く声をふるわせて言った。
呪いのカードのせいで部隊が壊滅、か。その過去をきくと、ラジトバウムでの俺とフォッシャに対する彼女の行動も理解できる気がする。
そう言ったあとでローグは「それにしてもやつらが自分たちを犠牲にしてまで手に入れたあのカードの一部……どうしてその復活に失敗したのやら。オドの加護だとすると……今回も助けがあることを祈るべきね」と意味のわからないことをつぶやいていた。
「よ、よくわからないけど……呪いのカードを止めよう、って気持ちはすごくつたわったわ」
「災厄は絶対に……とめなければいけませんよね」
ミジルとハイロもなんとなく話を察して、それぞれおもうところがあるようだ。となりのラトリーだけはなんの話しだかまったくわからないという風に首をかしげていた。
「そうだな」
ローグたちの言うとおりだ。俺も自分にできることをやろう。たとえどういう結果になっても。
「さっそく、決勝のあいての研究と行くか」
カードをつかって試合の画面をうつす。反対ブロックの準決勝の動画だ。
決勝にあがってきたのは、ワードハープチーム。
「特にやっかいなのはノコウ選手。『破壊(はかい)の天使(てんし)』とよばれ恐れられています。カードをわずかですが回復することができ、ダメージを恐れずちゅうちょなく攻撃をしかけてきます」
と試合をみながらハイロが解説してくれる。
「再生能力……か」
カードゲームでも墓地からカードを復活させる魔法はあったりする。このノコウの場合傷ついたカードを回復できるとなると、エンシェントにおいては相当厄介な能力だ。
「センリ選手にいたっては、まだスキルが判明していません。チェイス選手は王都護衛の副隊長。手ごわいチームです」
「このセンリという選手……注意が必要ね。たしかアマチュア最大の大会、ホープ杯の優勝者」とローグが指摘する。
「はい。私は準決勝でノコウ選手に負けてしまいましたが、センリ選手はそのノコウ選手をあっさりと倒していました」
センリ・ワードハープ。病気を治したあの美少年が決勝の相手とは。これもなにかの因縁か。
「作戦をかんがえるまえに、みんなに言っておかなきゃいけないことがある」
俺は立ち上がって、これから待ち受ける出来事について説明をする。
「巫女の占いによれば、この大会には災厄のカードがまぎれこんでいる。おそらく決勝はかなり危険なものになる」
「あれ。王都にある呪いのカードは、エイトさんたちがもう破ったはずじゃ……」
「それが……たぶん巫女が予言したカードは、呪いのカードを引き寄せるカード。つまりまだ何枚もヤバいのがでてくるかもしれない」
「呪いのカードを……ひきよせるカード?」
さすがのミジルも事態の深刻さに唖然となっていた。
「想像できません。こわいです」と、ハイロは身をちぢこませる。
「この都(みやこ)のどこかにまだそれは潜伏してる……と、俺はみてる」
「それってもうカードの大会どころじゃないんじゃないの?」
ミジルがきいてくる。話すべきか迷っていたが、今かかえている情報はできるだけ共有しておきたい。
「ミジル、ラジトバウムでの事件は知ってるか。ローグが解決したことになってるあれだ」
「そりゃね。オドの加護がたすけてくれたって話でしょ」
「ゼルクフギアを倒したのは、俺たちなんだ。フォッシャには特別な力がある」
俺はテーブルの上に手を置き、
「巫女は俺たちに呪いを仕留めさせようとしてる。放置して街に被害がでるより、大会のなかで解決してほしいってことなんだろうな」
そんな説明で納得いってくれたかどうかわからないが、ミジルの様子をみるにその努力はしてくれているようだった。
「ラトリー、この件はお前には危険すぎる。今はあまり俺たちのそばにいないほうがいい」
心配する気持ちからそう言ったが、ラトリーは強気にこばんだ。
「わ……私もチームの一員です! だれかがケガしても私が治します!」
この子の気持ちはわかるし、尊敬もするが、そんなことを言っている場合じゃない。
俺が注意しようとするのをさえぎるように、ミジルは言った。
「そのくらい手ごたえがあると、むしろやる気がでてくるわ」
「やりましょう。ここで逃げたらカードゲーマーじゃないですよ」
ハイロ、そしてローグまでもが呪いのカードを目前にしてひるむどころか立ち向かおうとしていた。
「私は言うまでもないわね。エイト、あなたもそうでしょう?」
「あ……ああ」
俺は彼女たちの勇気に圧倒されるばかりで、意気地のある声はだせなかった。俺がおかしいのだろうか。いや、彼女たちの見通しは甘い。
病がはやったときもそうだ。オドの加護があるからこの世界の人たちは妙に危機感がない。ローグたちも、死をまえにした顔ではない。
俺は何度も呪いのカードとかかわってきたからわかる。そしてゼルクフギアと向かい合ったときより強く感じた。死という感覚を。
人は……死ぬんだぞ。彼女たちは……わかって、いるのか。
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