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王総御前試合編

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「さながら水園の宴(うたげ)を守りし番狼(ばんろう)かな。スオウザカエイト。精霊杯での貴様の試合の記録を見させてもらった。カードファンの間では審官のカードのおかげで勝てたと言われているが……我方はそうは思わなかった。たしかな技術があるからこそ強力なカードを使いこなすことができる、と。そのため、いささかこの対戦も期待するところではあった。どちらが英傑(えいけつ)たりうるか……ここで決せん。いざ参る」

 いよいよ控えのカードを切ってくるか。ここからはより緻密な領域となり、正確な予断が求められる。

「不可思議(ふかしぎ)の夜城に水の賢者おとずれ、叡智(えいち)にて魔を祓(はら)わん。出でよ、知の巨獣『カトゥンカイルス』」

 あらわれたのは、500本以上だろうか、数え切れないほどの細かい触手をもつタコのようなイカのような姿をした巨大な怪物だった。まだ幼いキゼーノとの対比でより大きく見える。
 相手の控えのカードは聖札究道杯でも使っていた賢者のカードだと予想していたが、あきらかにそれとはちがう。
 なんだ、このカードは……!? 見たことも聞いたこともない。

 フォッシャにも前に言ったがカードゲームはより多くのカードの効果を知っているほど有利になる。全部とはいかないだろうが自分も普段からかなりの量のカードを調べているから、それだけ頭に入っている。たとえば、今までキゼーノが使ってきたカードのこともすべて知っている。
 しかし、あのカトゥンカイルスとやらは初めてみる。審官と同じ未知のカードだということか。

 どういう能力を持っているのか全くデータがない以上、相当の警戒が必要となるだろう。あんなカードを隠し持っていたとは。
 いきなり、カイルスはその大きな触手のひとつを俺の前にいたベボイに振り下ろしてきた。ベボイは動きが素早いので難なく避ける。床が触手の形にえぐれ、城がわずかに揺れるほどの威力があった。だが、狼のついていないカードに攻撃したことで、カウンターが入る。
 しかし怪物に狼の牙の魔法はまるで効いていないのか、カイルスは攻撃があたったところをすこしかゆそうにさするようなそぶりを見せた。

「これは……物理耐性持ちか」

 なるほど。それにあの触手、スキル発動なしであれだけの威力を持っているということはおそらくなにかある。当たったらただのダメージでは済まないかもしれない。そのうえ、あの怪物があらわれたことでこの大広間からスペースはかなり無くなり、こちらは身動きがとりづらい。

「この墨は曇(くも)らすためにあらず。深海の魔物の目を醒(さ)まさせる力なり【深海の秘煙<ブルー・インク>】」

 カイルスの口から青い煙(けむり)が放出され、それらが味方のウォリアー、そしてキゼーノたちを取り囲んだ。それぞれの体のどこかに、青い紋章が浮かび上がる。

「エイト、わかってるでしょうけれどあれはなにか意味がある。おそらく水属性の威力がアップする、とか……ね」

 ローグの忠告をうけ、二人に指示を返す。

「攻撃がきたら通常より長く間合いをとってください」

「了解です!」と、ハイロは敵に注視したまま返事をする。

 自分自身も敵カードの動向を注意深く観察する。
 ローグの予想は見事にあたり、敵カードの使う魔法の威力が増していた。水龍の使う【ダイヤモンドスライド】という水の高速噴射が、建物を壊す勢いで猛威をふるう。ただ破壊力がふえたというだけではなく、それぞれの敵カードのスピード、そして体をかすめたときのダメージがあきらかに倍増している。

 だが敵の猛攻を、ハイロとテネレモがうまく防いでくれる。時折押されそうになっても、ベボイのスリップギミックが相手の動きの邪魔になって効いていた。相手に読まれはしたもののやはりベボイは優秀なカードだ。
 また相手は小回りの効くナミノリを失い、水龍とカイルスもスピードはないので接近戦における機動性を欠いている。近接戦闘ではこちらにやや分があるかもしれない。審官の読みを外せたのは望外に大きかったかもしれない。
 狼憑きのカウンターが刺さり、今度は水龍にダメージが入った。狼のついているローグかハイロか自分か、あるいはその他カードたちのどれかに攻撃があたるまでカウンターは続く。

「どれに狼がついているかわからないなら……すべてに攻撃をあてればよい」

 そうつぶやき、キゼーノが動いてきた。今の状況は向こうにとって都合の良いものではないはず。おそらくなにか仕掛けてくるならここだ。

「トリックカード……【大河の洪水 <フラッディング>】……【濁流(だくりゅう)】…………【毒聖水(どくせいすい)<ホーリーポイズン>】……スキル【小落下傘機雷(しょうらっかさきらい)】……!」

 4枚のカードを一気に切ってきた。突如として大量の水が周囲に沸き起こり、濁流となってこちらに向かってくる。毒魔法と機雷も同時にまざっており、まともにくらえばこれだけで試合が終わってしまうことが容易に想像できた。
 キゼーノの魔法コンビネーション。ここを耐えられるかどうかが勝敗の分かれ道となる。

「トリックカード。【逆流(ぎゃくりゅう)<バックカレント>】」

 対応として使ったのは、聖札究道杯決勝でキゼーノの敗因となったカード。価値が高く本来入手は困難だが、王都のカードショップのなかで一店舗だけこのカードが店頭で売られていたのを覚えていた。
 キゼーノ対策、メタとして用意した。やはり使う場面がきたか。
 しかし、

「なにっ……!?」

 逆流の魔法で一瞬洪水を押し返したように見えたが、防波堤が決壊するかのようにこちら側に水は勢い良くなだれこんできた。

「賢人(けんじん)過ちを二度しらず。先の大会ではその魔法にやられたが……すでに見切っている。ブルーインクの効果により水属性の威力が増幅された今……このゲキリュウは止められない!」

 キゼーノのそういう声が聞こえたのも束の間、荒々しい水の衝撃が全身を襲い、完全に流れに飲まれこんでしまった。
 まずい。【濁流】のカードはたしかボードヴァーサスでは相手ウォリアーを手札に戻す魔法。エンシェントでもおそらく分断系のわざだろう。ここで味方が全員バラバラの部屋に流され隔離されては、勝機がない。

 おそらく【毒聖水】と【小落下傘機雷】は攻撃手段であると同時にその分断の狙いを隠すための目くらましだと考えられる。言うまでも無く強力なコンボだ。
 逆流のカードで押し返せなかった今、このコンビネーションを防ぐ手立てが用意できない。とにかく、自分とカードたちが【毒聖水】と【小落下傘機雷】をもろに食らったとしても、クイーンであるローグだけはなんとしてでも守られなければならない。

 激流で呼吸もできず、体の自由も奪われているなかで、運よく視界のすみにローグとハイロたちをとらえた。彼女たちも流れにあらがえないなかで、なんとかわずかでもダメージを軽減しようと機雷を避けたり弾き返したりしていた。
 苦し紛れだが『ポッピンスライム』のカードを手に取り、発動した。水の威力でこのトリックカードは破れるが魔法は成立する。ボール状の魔法がローグとハイロ、そのカードたちを包み込み、押し運ばれていく。さすがにこの魔法の範囲はこちらまでは届かなかったが、ローグを孤立させずに済むはずだ。
 
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