113 / 169
王総御前試合編
39
しおりを挟むこれほど優れた名手と戦っていると、思い出してくる感情がある。頭のなかのなにかが刺激されて、今まで対戦してきた数々のプレイヤーたちとの試合の記憶が鮮明によみがえってくる。
苦しい勝負になったとき、いつも助けてくれたのはあのカードだった。このキゼーノに勝るとも劣らないほどの使い手だったデイモン氏との一戦もそうだ。
『暁の冒険者』は兄の形見のカードだ。いつもカードのことばかり考えてボーっとしていた俺は、いつも周りから浮いていてなじめていなかった。
そんな俺の数少ない理解者である兄が使うカードが『暁の冒険者』だった。どれだけこちらが色んな策をつかって押し込んでいても、あのカードが出てくるとたちまちやられてしまう。
俺は兄のようなプレイヤーになりたいと思って残されたこのカードを使った。
あのカードは俺たちの友情の証だった。ただ強いというだけじゃない、苦しい展開でも戦える不思議な力をくれたんだ。
どんな逆境にも負けない最高のカードゲーマー。
どんなに追い詰められても、知恵と勇気で跳ね除ける。
いつしかそんな風になれたらと、このカードに見合うくらい強いカードゲーマーになれたらと思うようになっていた。
そして俺はあのカードとずっと一緒にたたかって、デイモン氏との時のような厳しい勝負をいくつものりこえて、ようやく世界の舞台でたたかうチャンスを得た。
あと少しだったんだ。あと少しで、世界大会で優勝することもできたんだ。なのに俺は……
キゼーノとの勝負が俺の忘れていた感覚を呼び覚ます。カードゲーマーとしての感情を。本気で戦っていたときの、怒り、悲しみ、笑い、楽しみ、失くしたはずのそれら強い気持ちが波のように俺の心のド真ん中に押し寄せてきた。
勝ちたい……勝ちたい……ッ!
だけど頭をフル回転しても、口から憤(いきどお)りの息がもれでるばかりで、なにも策が浮かばない。
「くッ……」
ハイロが敵のヴァングと戦いつつ、こちらのほうまで下がってきた。
「エイトさん! ……私のことを、信じてほしいとは言いません。私も、自信がありませんから……。ただ、遠慮せず思い切りやってください。私のことをカードだと思って」
ハイロに檄(げき)を飛ばされて、俺ははっと我に返る。
ハイロたちのことをカードだと思って、か。そうだった、と思いなおる。俺の役目はコマンド。すべきことは、キゼーノを倒すことじゃない、味方を支援して相手のクイーンを倒すことだ。
おちつけ。戦況をよくみるんだ。
この御前試合のチーム戦は通常のエンシェントに比べるとよりカードゲームに近い。プレイヤーの存在がルールのなかに組み込まれていると考えればいい。実際にそういう種類のカードゲームもあった。
自分がプレイヤーだと考えろ。ローグ、ハイロをカードだとする。戦力比較は、AからGまででAを最高値とするとキゼーノがAを越えたS、敵のほかふたりはB、俺とハイロがB、ローグがAと言ったところだ。
状況によってもかわるので厄介度として考えると相手のナミノリドッグがC、練水探偵がA、水龍がB、くらげ傘がB。こちらはウルフB、ルプーリンDベボイC、テネレモBといったところか。
ローグの守りが固い分敵も攻めあぐねているとはいえ、コマンドを担う俺とキゼーノの差のせいで押し込められてしまっている。
知識量と熟練度のちがい。やつはヴァーサスを根本から知り尽くしている。カードゲームにおいてこの差は致命的だ。
こういうカードの試合で劣勢のとき、俺はいつもエースカードである『暁の冒険者』に助けられてきた。今はあんなに逆境に強いカードは手持ちにはない。せめて『宿命の魔審官』があれば。
そうやって頼りたい気持ちはある。だけどあの審官の訴える目は、俺にそんなことを思わせるために向けたんじゃないはずだ。
キゼーノは審官のカードを倒せたと言った。あのカードがそんなにヤワじゃない。それを証明できるのは、他でもない俺だけだ。
こんなところで情けない姿をさらしていたら、あのカードに顔向けできない。
ハイロのおかげで意識がそれたからか、いつのまにか震えは止まっていた。
思考にジャマな重い防具を脱ぎ捨て、再度カードを構える。
「トリックカード……【魂の測知】」
俺が切ったのは、前にローグが俺に対して使おうとしたカードだ。今回ある目的のために編成に入れた。キゼーノを倒すためには必要不可欠な手段だと考えたからだ。
「珍しいカードを持っているな。思念と記憶をよみ取る古代の魔法。どうするつもりだ? 至近距離でなければそのカードは使えないはず」
キゼーノの言うとおりだ。だが優れた先読み能力のあるお前も、俺の過去までは知らないだろう。
「このカードを……俺自身に使う。あんたと対等に戦える一番カードに集中できていたときまで記憶をさかのぼる。昔の状態を取り戻すために」
微笑を浮かべるキゼーノ。なにを考えているのかわからない。期待できる、とでも思っての笑みなのだろうか。だがそんな余裕はいつまでも持たせはしない。
魔法を使ってから、より具体的な戦術のヴィジョンが見えてきた。キゼーノを倒せるはずがないと諦めかけていた心まで、それに呼応してよみがえるように自信が満ちてくる。
キゼーノとの戦いの中でつかみかけていた感覚、その足りなかった最後のピースがようやくハマったかのようだった。
俺は、俺たちカードゲーマーは、己(おのれ)がカードゲーマーとして優れていることを証明する。自分のえらんだカードとデッキが優れていることを証明する。そんな崇高な目的で誇りをかけて戦っていた。そして今もそうだ。
キゼーノは【湖】のカードでこんどはハイロに急襲をかけてきた。ナミノリドッグとくらげ傘が2体でハイロを挟み撃ちにする。
そこで1枚のカードを切る。
「人狼が狼の守護霊となる。トリックカード【狼憑(おおかみつ)き】」
ローグの前にいた狼男が白無垢の毛並みの狼へと姿をかえ、見えなくなる。すると同時にナミノリドッグとくらげ傘に、斬撃のような激しい衝撃波がぶつかった。2体はあきらかに傷を負ったうえに出鼻をくじかれて後退していく。
【狼憑(おおかみつ)き】。狼のウォリアーがいて、かつ味方ウォリアーが場に3体以上で使用可能。エンシェントのルールでは、ランダムで決まる味方のうち1体に攻撃あたるまでカウンターを続けるという効果だ。
そして今まさしく気高き狼の防護が、敵に反撃の一打を放った。
「カードゲームを……はじめましょうか。こちらの味方のだれかに本物の狼が隠れている。それに攻撃をあてるまでそちらが攻撃するたびに牙の魔法があなたたちに突き刺さる」
と、宣言してみせる。久しい感覚だった。
狼憑きのカードは狼族が場に出ているときのみ使える、トリックカードの中でも限定的な状況でのみ使える【専門魔法】という種類に分類されるカードだ。
プライドゥウルフのスキルだとすでにキゼーノには知られている可能性が高い。だがこの専門魔法までは意識の外にあったようだ。いくらキゼーノといえど、審官のカードがくると読んでいたところに狼のカードがきてその応用的な魔法を組み合わされては、とっさに対処はできない。
「どんなに試合の展開を先読みできるあなたでも、偶然がからむ未来までは見通せない」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる