107 / 169
王総御前試合編
34
しおりを挟む王総御前試合、一回戦当日。
室内の通路にて、入場の合図を待つ。
緊張しているのかハイロの足取りがふらつき、後ろからローグが両肩を持って支える。
「大丈夫? しっかりね」
「は、ふぁい……ありがとう……ございます……」
ハイロのやつ、だいじょうぶなんだろうか。うつむき気味であきらかに表情に余裕がない。あのキゼーノが相手だから無理もないが。
この一戦おそらくハイロが鍵になる。しっかりしてくれないと困るので、すこし心配だ。かと言ってこの試合前になんと言葉をかけたらいいのか俺にはわからない。
「がんばるワヌ!」
フォッシャが笑顔で言う。彼女のその一言に、ハイロもすこし表情を和らげた。これでいくらかリラックスしてくれたならいい。
俺はなにをするでもなく、目をつむったまま立って、とにかく余計な雑念や情報を入れないようにしていた。
自分でもわかるほど落ち着いている。妙な力みはなく疲れもない。
状態に問題ないとはいえ実戦でどれだけやれるのかはわからないが、できれば昔デイモン氏と戦ったときのような調子で入りたいものだ。
王都のこの巨大な闘技場は、ベレキスラテーブルという名らしい。
何度か下見にはおとずれていたがこうして超満員の観客が入るとその時とは雰囲気がまるでちがう。体感したことのないほどの圧迫感、熱気、声量。筋金入りのカード狂たちが、この闘技場を埋めつくしている。
ここから先はひとりずつの入場だ。まず俺が最初に通路を抜け、広大な舞台へと踏み入れる。
この御前試合、コマンドがもっとも多くのカードを使うことになる。クイーンとヴァングがトリックを2、3枚までしか使えないのに対しコマンドは20枚。重要な役割だ。
コマンドがすぐに使える手札は5枚まで。トリックは自動補充、選択補充、時間補充がある。相手の出かたをうかがいつつ、味方のうごきも常にハアクする必要がある。うまく立ち回らなければ。
----------
会場のほうでは観客のけたたましい騒音が鳴り響いている。その音を覆うように、美しい賛美歌のようなものがきこえる。国歌斉唱か、あるいは大会の聖歌(アンセム)だろうか。その歌が気分を高揚させてくれ、とうとう舞台へと着いた。
まず最初に、相手チームの代表と礼の交換を行う。その際おたがいにウォリアーカードを1枚ずつ出しておく。これから一戦交えますよという、カードゲームでいう挨拶代わりだそうだ。
俺はテネレモを、キゼーノは『くらげ傘(がさ)』という妨害系のウォリアーを出し、それから向かい合って頭を下げる。
そのあいだ歓声はやや静まったのだが、観客席のほうから一部笑い声のようなものもきこえた。愉快そうなそれではなく、嘲笑的な声だった。「なんだあのスオウザカの出したカードは」「おいおい正気かよ。あれでキゼに勝つつもりか?」
俺は考えをもってちゃんと編成を組んだつもりだ。この程度の冷やかしでは迷いも後悔も全く生じない。実際テネレモはたしかにボードヴァーサスでは扱いが難しいが、エンシェントでは優秀な壁役としていつも活躍してくれた。
だがテネレモのほうはそう思わないかもしれない。こいつは人の言葉を理解していないようで、よくわかっている。試合前に自信を喪失させるわけにはいかない。形だけでも励ましておきたい。
試合前なので気分が波立っているのだが、俺はできるだけ優しい風に心がけて檄(げき)を飛ばした。
「俺は本気だぜ。お前がこの試合に勝つ秘策なんだ」
テネレモは特に反応は示さなかったが、きっと思いは伝わったはずだ。
「あいつカードに話しかけてるぞ……」と観客は俺の行動にどよめいていた。キゼーノの顔色をちらと伺うと、やはり観察するようにこちらを見ている。その表情に驚きはなく、「ほう」と言わんばかりに余裕の微笑を浮かべていた。
キゼーノと俺がふたりともカードをかまえたとき、試合開始となる。キゼーノはすでに準備ができている。いつでもいける、というような眼差しを俺に向けてきた。
こちらも勝つつもりでここにきている。引く気は一歩もない。俺はにらみを返し、カードを構えた。
次にまばたきしたとき、一瞬にして、観客も闘技場も俺の視界から姿を消した。
魔法のフィールドだ。この大会では最初から特定のフィールドがランダムで出現し、プレイヤーはそのなかで戦うことになる。ローグが俺とのエンシェントの結闘で使った【辺境のお化け屋敷<ホーンテッドハウス>】と同じ種類のものがおそらく使われている。
みたところ、それこそホーンテッドハウスやこのまえ訪れた怪しげな洋館に酷似しているステージだった。だがえらく天井が高く館というよりかはおとぎ話に出てきそうなお城という感じだ。
石造(いしづく)りの廊下に俺は立っていた。闇夜のように暗い道を、オレンジ色のほのかな明かりが照っている。地面を踏むと、カツンと高音が響く。あたりには誰もいないようでまるで雑音がない。が、外で雨が降っているかのような水の流れる音がかすかにどこからか聞こえてくる。
カードを空中に出現させ、ハイロと連絡をとる。
「ステージは室内ですか。なにか立派なお城のなかみたいですね」
「フォッシャと合流できたか?」
「はい。ヴァングとクイーンは近い位置でスタートできますから」
「クイーンがやられたら即ゲーム終了だからな。そっちは任せた。とにかく合流をめざす。作戦通りにいくぞ」
「了解です」
事前研究によればステージにはそこまで広いものはない。ハイロたちは必ず近くにいるはずであるし、また敵も遠くはないはずだ。
「こちらの状況は逐一連絡します。健闘を祈ります」
あっちのことはハイロに任せておけば問題ないだろう。ただ先手はとりたい。早いところ合流しないと。
壁がところどころ壊れており、通路がつながっていて見通しはいい。
進んでいるとやがて大きな広間にでた。噴水のような、滝のような見事なオブジェがある。
しかし水があるとなんだか嫌な予感がするな。キゼーノは事前の調査で水系のカードをよく使うことがわかっている。
ここは目印になりそうな場所だ。ハイロと連絡をとろうとしたとき、複数の足音がきこえた。テネレモを抱えて来た道を戻り、壁の後ろに身を潜める。
敵がふたり。キゼーノではない。カードが最も得意なキゼーノがコマンドのはずだから、おそらくクイーンとヴァングだ。マスクをしていて顔はよくみえないが体つきに獣人族の特徴がある。
キゼーノ以外の相手メンバーは情報がない。ヴァングとクイーンはコマンドより使えるカードの枚数が極端に少ないとはいえ、情報がない相手に単騎で挑むのは難しいか。
だが裏を返せばこれは奇襲のチャンスでもある。キゼーノがいない今、あるいはこれが最初で最後の勝機になるかもしれない。
壁に背をつけたまま部屋をのぞきこみ、『べボイ・トリックスタ』のカードを構える。
なにかが飛んできて、俺の顔面付近の壁がえぐれて吹き飛んだ。とっさに身を翻(ひるがえ)して直撃は免(まぬがれ)れる。
「大いなる破壊を前に愚かにして優れた者がいどみ
裁きは免れ天地に安永がもたらされる」
キゼーノの声だ。広間のどこからかする。
まずいな、どうする、いや逃げられない。こういう時に備えて緊急逃亡手段はあるにはあるが、この場所では脱出経路が俺の後ろに続く道一本だけだ。これだとキゼーノの追撃はかわせない。
敵はすでに合流していて、あえてヴァングとクイーンを先行させて俺をおびき寄せる作戦だったのか。
まんまと手に乗ってしまった。戦うしかない。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー
ジミー凌我
ファンタジー
日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。
仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。
そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。
そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。
忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。
生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。
ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。
この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。
冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。
なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる