上 下
105 / 169
王総御前試合編

32

しおりを挟む

 夕食のあと、フォッシャに頼んで『氷の魔女』と二人きりで話すことにした。
 池のある庭に出る。もう日が沈み、この街は灯かりもすくないのでかなり暗い。
 自分でもなぜそうしたのかよくわからない。ただローグに「まだカードの力を引き出しきれていない」と言われて、悔しかったからかもしれない。とにかくただ話をしてみたかった。
 世間話ではなく、彼女自身のことをだ。

「どうしたの、ヴァール」

 氷の魔女。その姿はまるで雪の妖精のようで、やはり普通の人間とはどこかちがう。

「……カードの力を引き出せてないって言われて、ちょっと悔しくてさ。……話をしてみようと思って」

 カードはただのオドの魔法だと、ハイロもフォッシャも言う。しかしただの魔法なら実体化したときにどうして人格まで宿る。ローグもハイロもそこには納得がいっていないはずだ。フォッシャ自身も理屈がわかっているのかどうかあやしい。
 俺は縁側に腰掛けて、『氷の魔女』にそのことを告げた。
 カードが魔法であることや、俺がカードについて知っていることすべてを。

「カードはただの魔法、か……」

 彼女は月を見上げ、さみしそうにぽつりとつぶやく。

「魔法がどうして喋る?」と、なにか納得いっていないらしい調子で言う。

「わからないけど、フォッシャの力らしい」

「あのお嬢さんか……なるほど。ふしぎなものだな」

「巫女ってえらい人の話じゃ、カードにはモデルになった伝承が存在することがあるらしい。あんたも、そうなのかもしれないな」

「私は……おぼえている」

「おぼえているって、なにを?」

「自分の名前……それに、ふるさとのことまで。たしかにオドに動かされているような感じがするが、今も生きているときと変わらない気分だよ」

 予想していなかった彼女の言葉に、おどろきすぎて思わず息を呑んだ。ほとんど眠りかけていた頭が急に動き始めたような感覚がして、自分の額を手でおさえる。

「どういう……ことなんだろうな。ただのオドの魔法……なのに記憶に人格もある……。いや、そういうふうにそもそもオドに作られた、とか? それこそ……」

「私にもわからない。マエストラ・フォッシャならわかるのかもしれないけれど……」

 そうだな。これ以上はあいつの口から聞かないとわからないか。いずれあいつのほうから話してくれるのだろうか。それとも聞かないほうがいいことなのかもしれない。

「ああ、カードといえば、審官のカード……彼は実にすばらしい戦士だったね」

 彼女の言葉で思い出す。あのカードのことは忘れることはないだろう。
 審官のカード。フォッシャの力でシークレットスキルを解放し、自らが破れることと引き換えにゼルクフギアを封印した。
 あのカードがあったから勝てた。あのカードに勝算を見出したから、ゼルクフギアに挑む勇気が後押しされた。
 別れ際、審官はまるで俺になにかを託すかのように強い眼差しを向けていた。今となってはあの真意はわからない。

「俺がもっとヴァルフとして強かったら……審官は破られずに済んだのかもな」

「……人生は儚(はかな)い。火のついたカードはいずれ燃え尽きる。なに、これからどうするかさ。私もまたこうして友ができたのだから、第二の人生を楽しませてもらうよ」

 俺を励ますように、あるいは、自分自身にも言っているように思えた。

「こんど、御前試合って大会に出る。優勝すれば【探索】ってカードが手に入って、フォッシャの力と組み合わせて呪いのカードの場所もつきとめられるようになる」

「……なるほど。立派なことだね。私もベストをつくすよ。私が破られないように、うまく援護を頼んだよ、ヴァール」

「やってみる」

 満足そうに微笑むと氷の魔女は消えていき、カードの中へと戻った。

 自分の部屋へともどろうというとき、通りがかった一室から話し声がして立ち止まった。

「ミジルのいうことは気にしなくてよい。あいつはお前がいなくなるのがさみしいだけだろう……お前のやりたいことをやりなさい」

「……ありがとうございます」

「しかし……プロとなれば話は別だ。成功できれば良いが、負けて生き恥をさらすような事態になってはいかん」

 ハイロと、ハイロのおばあさんの声だった。

「やるからにはハイロ。ウェルケン家はどんな勝負事にも負けてはならぬ。たとえプロになれても、負けてばかりいるようでは家名に傷がつく。その名を背負い、勝ちつづけなくてはならんぞ」

「……わかっております」

 真剣な話し合いという感じで、いつもの彼らの家族の間にある和やかな雰囲気ではなかった。

「もしこれから公式大会で一度でも負けたときは……いさぎよく引退いたします」

 俺は自分の部屋にもどるまえに、ハイロたちの部屋につながる廊下のところで、彼女がくるのを待った。
 チーム戦は慣れていないが、大会前にちゃんとコミュニケーションをとっておいたほうがいいだろう。

 ほどなくして、ハイロの姿がみえた。着物のようなゆったりとした服を着てはいるが、表情はいつもどおりやわらかかった。

「プロになるのが……夢だったのか」

 特にどういう風に話しかけるべきか考えてはいなかったが、口をついて出たのはそういう言葉だった。女の子と話すとなるといまだに緊張する。

「はい。簡単ではありませんけどね」

「盗み聞きするつもりじゃなかったんだけどさ……カードの大会に……ずいぶんおおげさな話じゃないか? 負けて生き恥がどうとか……」

「……いえ。おばあ様のおっしゃる通りなんですよ。プロは厳しい世界です。エンシェントは神聖な儀式でもあり、一大エンターテイメントでもあるんです。武家の名門ウェルケン家の出の者が無様な試合をすれば、一門の歴史に迷惑をかけることになってしまいます。もしひどい試合をしてしまったら……。私の汚名はまたたく間に世界中に広がり、ウェルケン家の評判はガタ落ちです。……生半可な覚悟でやっていいことではありません」

「カードの大会って……そんな大ごとなのか……」

「はい、でも……エイトさんのように楽しくカードをやられているのも、すばらしいことだと思います」

 そうだったな、この世界はカードに対する重みがちがうんだ。まるで生活よりも大事な儀式かなにかみたいに扱われている。精霊杯を棄権した俺がカードファンから評判がよくないのと同じように、無様な試合をすれば名声は落ちる、か。

「それに御前試合で負けているようでは……私はプロでは一切通用しないでしょう」

 あいにくプロのレベルは俺はよく知らないが、ハイロが言うならそうなんだろう。

「この大会が最後にならないように、がんばらないと」

「……そうだな」

「でも御前試合であれば……ある意味のぞみどおりかもしれません」

「え?」

「子供のころ、いちどだけ家の付き添いで王都にきたことがあったんです。たまたま街角で、御前試合の決勝戦のカード中継をしていて……そのとき思ったんです。なんてかっこいいんだろうって。わたしもいつか、素敵なカードと一緒に、あそこで戦いたいと……ずっと憧れていた舞台なんです」

 ハイロの目には、しずかな決意が感じ取れた。
 憧れ、か。御前試合はハイロにとって元々ひとつの目標だったわけだ。

「私……子どものころから争いごとってあまり好きではなくて。カードもどちらかというと魔法やキャラクターのかわいさが好きで……。真剣勝負のプロの世界では、やっていけないんじゃないかって怖かったんです。自分じゃムリなんじゃないかって、いつも自滅してしまって……。だけど今は、大切な人たちを災厄から守りたい。私のカードでそうしたいと、強く思えるんです」

 その言葉に、ウソはないようだった。

「……あしたからまた練習がんばろうぜ。おやすみ」

「おやすみなさい……。もうすごく眠いです……」

 ハイロはあくびをこらえていたのか、目をこすってごまかすように笑う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!

沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました! 定番の転生しました、前世アラサー女子です。 前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。 ・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで? どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。 しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前? ええーっ! まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。 しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる! 家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。 えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動? そんなの知らなーい! みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす! え?違う? とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。 R15は保険です。 更新は不定期です。 「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。 2021/8/21 改めて投稿し直しました。

処理中です...