上 下
92 / 169
王総御前試合編

20

しおりを挟む

「この館、なんかおかしい……」と彼女はつぶやく。
 そういえばさっきフォッシャも同じようなこと言っていた。たしかになにか変だ。もう俺たちがこの部屋に落ちてから何分か経っている。だが一向にフォッシャたちが戻ってくる気配すらない。

「だれもこないな。……さすがにそろそろ気づいてもいいころだよな……」

 俺たちがいなくなったのに気づいてない、という可能性もフォッシャならありえるが、ローグとハイロは間違いなく異変に気づくはず。
 上は上でなにかあったいるのかもしれない。そう考えるのが自然だ。

「そこに座んなさい」と突然ミジルが言うので、俺は顔をしかめる。

「ケガ。治さないとでしょ」

 そこまで言われて、ようやく彼女の言葉が伝わった。さっき人形と交差したときに片手の甲がすこし切れてしまったので、その傷のことを言ってるのだろう。
 しかしどういう風の吹き回しなんだ。脅しとは別に、そういうのは見ていられないということなんだろうか。

「後ろからグサッとやらないよな……?」

「そんな卑怯なことするわけないでしょ」

 ついさっきやろうとしてたよなお前。
 おそるおそるという感じで、俺は大きな瓦礫(がれき)の山に腰掛ける。

 ミジルは俺のやや斜め後ろに座ったので、顔はよく見えない。俺の手を持って、傷薬をふんだんにかけている。自前のハンカチを使ってくれたりと丁寧にやってくれる。本当に治療してくれる気なのだろうと、はじめてこのとき彼女のことを信じた。

「さっき、別に私だけで本当は攻撃を避けれた。だけどあんたを試したの。どうするのか……。まさかケガするほどのろまだとは思わなかったけど」

「……あれでもがんばったほうだよ」

「……その……ごめん」

 しおらしい声で謝られても、何に対してのごめんなのかよくわからなかった。たぶん俺を試した結果軽いとはいえ傷を負わせたことについて悪く思ってるんだろう。脅してきたり、常に攻撃的な態度ばかりとってきたことも本当は謝ってほしいもんだけどな。
 それを言うとまた口論になりかねないので、最低限のことだけ伝えることにした。

「……なあ、ハイロはカードに本気だと思うぞ。なんとか、応援してあげてやれないか」

 ミジルの手がいったん止まった。すこし間があいて、ハンカチを俺の傷口にやさしく押し当てた。
 せっかく綺麗な代物なのに、俺の血なんかつけたらまずいだろ。

「おい、それ……」

「いいよ」

 かまわずに、彼女は続ける。脅したかとおもったら優しくなったり、なんだかよくわからんやつだな。

「むかし、ハイロにカードをプレゼントしたことがあるの。……私はよくわからないから、とりあえずあげたんだけど、ハイロはよろこんで使ってくれた。だけどカードショップまでついていって、ハイロの試合を見ていたら……ハイロは一度だけ負けたの。そしたら対戦相手が、私がハイロにあげたカードを指差して……『こんなゴミカード、つかわないほうがいい』って……」

 話を静かにきく。この広い部屋に二人だけでいるからか彼女の声がよく聞こえて、そのときの思いが伝わってくる。

「そいつは親切なアドバイスのつもりで言ったんでしょうけどね。だけどゴミカードだなんて……失礼にもほどがある。あれ以来ずっとカードは嫌いだわ。カードゲーマーも、カードに熱中する人たちも……マナーが大切だとか、礼儀が大事だとか、そんなの口ばっかじゃない。かっこよく勝てばいいと思ってるのよ、どうせみんな」

 位置の関係で彼女の顔は見えないが、失望や悔しさ、怒りや悲しみだとか、そんな暗い表情をしているんじゃないかと思う。

「……だからか、ハイロが強いのは」

 その話をきいて、納得がいった。

「ハイロは優秀なカードゲーマーだよ。俺が見てきたなかでもトップクラスの……。ハイロもたぶんそのときのことが悔しくて、一生懸命努力して強くなったんじゃないかな。今もお前があげたカードを使ってるかは知らないけど……」

「なんであんたに、そんなことわかるわけ? ……無責任なこと言わないで」

「いいや、わかるよ。……同じ生き物だから」

 ああ、自分で言っててよくわかる。ただカードゲームに限らずともそうだろう。悔しさってやつはいい気持ちじゃないが、力を伸ばす弾(はず)みになる。

「たしかにカードにまつわることでだれかが傷つくこともある……俺もそういう経験はある。だけどそれは使う人間が悪いからであって、カードに罪はないぞ!」

 立ち上がって、声を大にして言った。

「……はいはい」と、ミジルは感情のよみとりづらい返事をかえしてくる。

 俺は彼女に背を向けたまま、扉のほうへと歩き出した。

「俺は逆に、小さい頃からずっとカードをやってたよ。カードとゲームで育ったようなもんだった」

「ハッ。その割りにオドへの敬意も、歴史の知識もないんだね」

「……そういうのもここじゃ大切なんだろうけどな。カードには他にも力がある。ラジトバウムに来たとき……俺はまだなにも持ってなかった。食べるものもなくて、フォッシャも事情があってひとりで……でも今は一緒にがんばってる。カードは俺たちをつないでくれたんだ。そんなに悪いもんじゃないぞ」

 部屋を抜け、暗く汚い地下廊下のようなところに出た。
 階段をみつけぶ厚い扉をあけると、灯かりのついている場所にもどることができた。さきほど俺たちがいたのは隠し通路のようなものだったらしく、この入り口は外からは見えないようになっていた。
 正規の道にもどったはずなのに妙に静かで、気味の悪さが増している。
 その理由はすぐにわかった。すこし進んだ先で、イベントの参加者と思われる人たちが倒れていた。悪夢にうなされている人のように、苦しそうな声をだしている。

 彼らは揺さぶってみてもまるで起きる様子がない。ミジルと顔を見合わせ、さきほどの場所までもどると、フォッシャたちと出くわした。

「エイト! よかった、大変ワヌよ……!」

 フォッシャはいつもどおり元気そうだ。が、後ろのローグは息苦しそうにしており、その肩を抱えて彼女を運ぶようにしているハイロも顔色が優れないようだった。

「なにがあったんだ?」

「みんな急に倒れて……とりあえず持ってるトリックカード全部出して、『魔法の制御』がききそうだったから試したワヌ。そしたらハイロとローグは意識はとりもどしたけど、まだ気分は悪そうで……」

 フォッシャにもわからないのか。だがローグたちの様子をみるになにかオドに働きかけて、気力を奪う力が働いてるとみてよさそうだな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・

マーラッシュ
ファンタジー
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

今度こそ幸せになります~もう貴方のものにはなりません~

柚木ゆず
ファンタジー
 シーザニル侯爵家の嫡男、ヴァンサン。彼はパーティーで見かけた子爵令嬢・リアナを気に入り、強引な手を使って自分のものにしようと企み始めます。  高い地位や、シーザニル家の強力な『影』。様々な武器を使い無理やり結婚をさせようとしていたヴァンサンでしたが、そんな彼はまだ知りません。  ヴァンサンが目をつけたリアナには、大きな秘密があることを――。

王子は新たな旅立ちへの準備がしたい

水姫
ファンタジー
王子は新たな旅立ちへの準備がしたいが、周りがそれを許してくれない的な話です。 毎週金曜日17:30に公開します。

処理中です...