カードワールド ―異世界カードゲーム―

イサデ isadeatu

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王総御前試合編

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「この館、なんかおかしい……」と彼女はつぶやく。
 そういえばさっきフォッシャも同じようなこと言っていた。たしかになにか変だ。もう俺たちがこの部屋に落ちてから何分か経っている。だが一向にフォッシャたちが戻ってくる気配すらない。

「だれもこないな。……さすがにそろそろ気づいてもいいころだよな……」

 俺たちがいなくなったのに気づいてない、という可能性もフォッシャならありえるが、ローグとハイロは間違いなく異変に気づくはず。
 上は上でなにかあったいるのかもしれない。そう考えるのが自然だ。

「そこに座んなさい」と突然ミジルが言うので、俺は顔をしかめる。

「ケガ。治さないとでしょ」

 そこまで言われて、ようやく彼女の言葉が伝わった。さっき人形と交差したときに片手の甲がすこし切れてしまったので、その傷のことを言ってるのだろう。
 しかしどういう風の吹き回しなんだ。脅しとは別に、そういうのは見ていられないということなんだろうか。

「後ろからグサッとやらないよな……?」

「そんな卑怯なことするわけないでしょ」

 ついさっきやろうとしてたよなお前。
 おそるおそるという感じで、俺は大きな瓦礫(がれき)の山に腰掛ける。

 ミジルは俺のやや斜め後ろに座ったので、顔はよく見えない。俺の手を持って、傷薬をふんだんにかけている。自前のハンカチを使ってくれたりと丁寧にやってくれる。本当に治療してくれる気なのだろうと、はじめてこのとき彼女のことを信じた。

「さっき、別に私だけで本当は攻撃を避けれた。だけどあんたを試したの。どうするのか……。まさかケガするほどのろまだとは思わなかったけど」

「……あれでもがんばったほうだよ」

「……その……ごめん」

 しおらしい声で謝られても、何に対してのごめんなのかよくわからなかった。たぶん俺を試した結果軽いとはいえ傷を負わせたことについて悪く思ってるんだろう。脅してきたり、常に攻撃的な態度ばかりとってきたことも本当は謝ってほしいもんだけどな。
 それを言うとまた口論になりかねないので、最低限のことだけ伝えることにした。

「……なあ、ハイロはカードに本気だと思うぞ。なんとか、応援してあげてやれないか」

 ミジルの手がいったん止まった。すこし間があいて、ハンカチを俺の傷口にやさしく押し当てた。
 せっかく綺麗な代物なのに、俺の血なんかつけたらまずいだろ。

「おい、それ……」

「いいよ」

 かまわずに、彼女は続ける。脅したかとおもったら優しくなったり、なんだかよくわからんやつだな。

「むかし、ハイロにカードをプレゼントしたことがあるの。……私はよくわからないから、とりあえずあげたんだけど、ハイロはよろこんで使ってくれた。だけどカードショップまでついていって、ハイロの試合を見ていたら……ハイロは一度だけ負けたの。そしたら対戦相手が、私がハイロにあげたカードを指差して……『こんなゴミカード、つかわないほうがいい』って……」

 話を静かにきく。この広い部屋に二人だけでいるからか彼女の声がよく聞こえて、そのときの思いが伝わってくる。

「そいつは親切なアドバイスのつもりで言ったんでしょうけどね。だけどゴミカードだなんて……失礼にもほどがある。あれ以来ずっとカードは嫌いだわ。カードゲーマーも、カードに熱中する人たちも……マナーが大切だとか、礼儀が大事だとか、そんなの口ばっかじゃない。かっこよく勝てばいいと思ってるのよ、どうせみんな」

 位置の関係で彼女の顔は見えないが、失望や悔しさ、怒りや悲しみだとか、そんな暗い表情をしているんじゃないかと思う。

「……だからか、ハイロが強いのは」

 その話をきいて、納得がいった。

「ハイロは優秀なカードゲーマーだよ。俺が見てきたなかでもトップクラスの……。ハイロもたぶんそのときのことが悔しくて、一生懸命努力して強くなったんじゃないかな。今もお前があげたカードを使ってるかは知らないけど……」

「なんであんたに、そんなことわかるわけ? ……無責任なこと言わないで」

「いいや、わかるよ。……同じ生き物だから」

 ああ、自分で言っててよくわかる。ただカードゲームに限らずともそうだろう。悔しさってやつはいい気持ちじゃないが、力を伸ばす弾(はず)みになる。

「たしかにカードにまつわることでだれかが傷つくこともある……俺もそういう経験はある。だけどそれは使う人間が悪いからであって、カードに罪はないぞ!」

 立ち上がって、声を大にして言った。

「……はいはい」と、ミジルは感情のよみとりづらい返事をかえしてくる。

 俺は彼女に背を向けたまま、扉のほうへと歩き出した。

「俺は逆に、小さい頃からずっとカードをやってたよ。カードとゲームで育ったようなもんだった」

「ハッ。その割りにオドへの敬意も、歴史の知識もないんだね」

「……そういうのもここじゃ大切なんだろうけどな。カードには他にも力がある。ラジトバウムに来たとき……俺はまだなにも持ってなかった。食べるものもなくて、フォッシャも事情があってひとりで……でも今は一緒にがんばってる。カードは俺たちをつないでくれたんだ。そんなに悪いもんじゃないぞ」

 部屋を抜け、暗く汚い地下廊下のようなところに出た。
 階段をみつけぶ厚い扉をあけると、灯かりのついている場所にもどることができた。さきほど俺たちがいたのは隠し通路のようなものだったらしく、この入り口は外からは見えないようになっていた。
 正規の道にもどったはずなのに妙に静かで、気味の悪さが増している。
 その理由はすぐにわかった。すこし進んだ先で、イベントの参加者と思われる人たちが倒れていた。悪夢にうなされている人のように、苦しそうな声をだしている。

 彼らは揺さぶってみてもまるで起きる様子がない。ミジルと顔を見合わせ、さきほどの場所までもどると、フォッシャたちと出くわした。

「エイト! よかった、大変ワヌよ……!」

 フォッシャはいつもどおり元気そうだ。が、後ろのローグは息苦しそうにしており、その肩を抱えて彼女を運ぶようにしているハイロも顔色が優れないようだった。

「なにがあったんだ?」

「みんな急に倒れて……とりあえず持ってるトリックカード全部出して、『魔法の制御』がききそうだったから試したワヌ。そしたらハイロとローグは意識はとりもどしたけど、まだ気分は悪そうで……」

 フォッシャにもわからないのか。だがローグたちの様子をみるになにかオドに働きかけて、気力を奪う力が働いてるとみてよさそうだな。
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