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ラジトバウム編

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 ローグとハイロは飛龍と一戦交えたらしく、かなりひどく負傷していた。

 オドの加護があっても、これだけ手ひどくやられたのか。しかも優秀なこの二人が。
 回復薬や治癒の魔法カードをフル活用し、二人を運んで俺たちはいったんラジトバウムへともどった。

 ふたりを病院に任せ、街に向かう。
 
 緊急事態に市民も混乱しすでに避難の仕度(したく)をはじめていた。すでに荷物を運び出している者もいた。

 冒険士ギルドに寄ると、ラトリーが中でポツンと立っていた。俺は彼女の肩をつかんで、叱るようにして話しかける。

「こんなところで、どうしたんだ。はやく避難したほうがいい」

「……できないんです。おじいちゃんの薬が必要で」

「どういうことワヌ?」

「……持病の薬を王都から仕入れているんですが、龍があらわれたとかで、商人の方がラジトバウムに来れなくて……。
 冒険士の方に龍をやっつけてもらうか、薬を運んでもらいたくてここに依頼をしにきたんです」

 こんなときに、薬が足りないだって? ラトリーには悪いが、今起きてることはどう考えても町長さんどころの話じゃない。
 そんな依頼だれも受けるわけがないし、ローグにできないことを他のやつにできるわけ……

「エイトさん……お願いできませんか」

「うっ……」

 そんなことを言われても、俺がどうこうできるレベルを完全に越えているとしか思えない。
 だけど町長さんには恩があるのもたしかだ。ラトリーにも。カネだけ払って終わりだなんて、そんなやつにはなりたくはないって意地くらいは俺にもある。
 薬のために商人と接触すればいいわけだよな。今あの地帯に寄るのは危険だけど、それならなんとか……

「任せるワヌ。なんとかするワヌ」

「おいおいおい……」

 言い切るフォッシャに俺は驚いたが、いつになくフォッシャの顔は真剣だった。

「……フォッシャ?」

「……なんとかしないと……」

 その目には、本当に自分がどうにかするという強い決意が感じられた。仲の良いラトリーのため、というだけではないように思える。


-----


 病院にもどると、ハイロとローグが意識をとりもどして、ベッドの上でやすんでいた。まだ動くのはムリなようだ。
 ローグは女性の兵士二人となにかを話していた。

「賛同できないわ……。どれだけ向こうが人間を敵視しているかもわからないし……変に刺激を与えて暴れられても困るから……ね」

 内容から察するに、あの飛龍を討伐するかどうかの件だろう。
 ローグが勝てなかったのに、ほかの有象無象(うぞうむぞう)が挑んでどうにかなるわけがない。
 おそらくこの二人だから生き残れているんだ。ほかの冒険士や兵士では、近づく前に殺されてしまう。

 ローグもそのことはわかっているはず。

「無駄な犠牲を出すより、市民には安全なところに隠れてもらって、王都や周辺国からの援軍を待ったほうがいい。対策本部にはそう伝えて」

 ハイロがこちらに気づいて、泣きそうな顔を向けてきた。

「エイトさん……あのカード、実体化していました」

 やはりというべきか。最悪の予感があたってしまった。
 氷の魔女のこともそうだ、どうしてだ。なぜそんなことが俺の周囲で起こる。

 いやなんとなくもう見当はついている。だが聞き出すのが怖い。

「実体化? なら、コミュニケーションとか取れないかな。平和にいこう、ってアピールしてみるとか」

 俺は精一杯ジョークのようにおちゃらけた調子で言ったが、フォッシャもノってこないのでむなしい空振りに終わった。

「『ゼルクフギア・ドラゴン・ラージャ』第四次神話戦争の時代最も恐れられたという六幻魔札、その一角。話が通じるとは思えないわぁ」

 意味はわからないが仰々(ぎょうぎょう)しい名前だな。かなりの強カード間違いナシだ。

「封印の六幻魔っていうのは?」と俺はたずねる。

「つまりあのカードは……『災厄カード』です。オドの力でも抑え切れないほどの力をもっていたカードのことです」

 災厄カード。呪いのカードか。

「そうだ。カードなら、データベースにスキルなどの詳細はのっていませんか? 攻略のヒントになるかも……」

 ハイロに言われて気がつく。
 そうだよな。実体化しているとはいえカード、それにそんなに有名なものならスキルや能力が判明していてもおかしくない。
 冒険士カードを取り出して、データベースを検索する。
 書いてあったのは、概要的な説明だけだったが、俺は読み上げる。

「『どこの軍勢に属すこともなく、己の力のみで二千年の乱世を戦い抜いたという。封印の六幻魔の一柱を成す。多くの強者がかの古龍に挑んだが、束になっても敵うことはなかった』……スキルのことは書いてないな」

「問題はなぜ、何千年もの間解かれなかった封印が今解けたのか、だわぁ。なにかおかしな力が働いているのはまちがいない。オドの封印を破る禁断の魔法のカードを……誰かが使ったか。オドに異変が起きたか」

 ローグの言うことは的を得ている。さすがカードゲーマーとして優秀なだけあって合理的だ。

「……ここまで迷惑かけて、黙ってるわけにはいかないワヌね」

 と、突然フォッシャが真面目な調子で言った。

「フォッシャは……古代族なんワヌ」

「……なんだそれ」

 コダイゾク?
 いまいちリアクションがとれないでいる俺をよそに、ハイロとローグは驚愕の表情を浮かべ固まっていた。そんなにおおごとなのか。

「ハイロ、どういうことだ?」

「……あ……古代族、というのは……オドの法則をよく守っていたから、オドの制限を免れた一族のことで……今の生物にはない特別なスキル、つまり特殊な力を持っている生物のことです。伝説上の存在かと思っていましたが……」

 制限、とか言われても俺にはなんのことかよくわからない。

「エイトは知らないワヌね。強すぎる力を持たないよう、生物にはオドの制限がかかってるワヌ。ふつうはね……」

「カードゲームで言えば、強すぎるカードたちが公式運営によって禁止されたり弱体化されたりしたけど、なぜか一部の強すぎるカードはそのままで猛威を振るってる状態ってことか?」

「まあそんなところワヌね」

 それならなんとなく理解できる。

「私の一族はカードを管理する役割を、オドの法則によって任せられていて……。それで、ある危険なカードを探して旅をしていたワヌ」

 いきなりそういわれてもイメージはつかないのだが、フォッシャはやっぱりこの世界でも変わった存在だったんだなとなぜか納得している自分がいた。
 だってここにきてから不思議なことばかり目にしてきたけど、昼は獣で夜は人間って、そんなやつ他にいないもんな。……いやエロい意味はなく、真面目な話。

「きけんなカード、というのは……」

 歯切れの悪いフォッシャの話を、ローグが促(うなが)す。
 さすがのローグも声に動揺が混じっている。この世界でもカードが実体化するというのはそれほどのことなのだろう。

「……カードを……召喚カードを、実体化させる魔法」

 うすうすこういう話になる気はしていたが、それでもさすがに驚いてしまいなにも言葉が出てこなかった。

「カードはただのオドの塊だけど、そもそもオドにはあらゆる生命や具象の情報が詰まっているワヌ。その魔法は、ほとんど残ってないに等しいはずの情報を復活させて、カードに命を吹き込むことができるワヌ」

 なにかフォッシャは、辛そうだった。

「私の一族にも同じ力があるみたいで。たぶんあいつが実体化したのも、私のせいで……。こういうことにならないために、カードを探してたのに……」

 氷の魔女のときも、フォッシャのスキルが関係していたんだな。

 どうしてフォッシャが孤独な旅をしていたのか不思議だったけど、こういう事態を防ぐために余計なかかわりを増やさないようにしていたのか。
 それを俺が、彼女に頼りきったばっかりに。

「みんなを守るために来たのに……どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」

 悔しそうに言うと、フォッシャは部屋を飛び出していった。

 俺は静まり返った病室から動けずにいたが、少ししてから後を追いかけた。
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