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ラジトバウム編
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ホーンテッドハウスの中は薄暗く、構造はまるで廃ホテルのような感じだった。
廊下と部屋、階段がボロい板でつながっており、一言でいえば気味が悪い。
「うえぇ……」
少女のうなり声のようなものが聞こえ、俺は戦慄する。
鳥肌が立つのをおさえ、あたりに目をやると氷の魔女がげんなりした表情を浮かべていた。
「なんだか気味が悪いなぁ……」
「なんだか気味が悪いなあ、じゃねーよ。気味が悪いのはお前だよ……お前……また実体化してたのか!」
「あ。あー……バレた? なんだか、そうみたいだね」
ごまかすように、微笑を浮かべる氷の魔女。こうしていると本当にただの女の子と話しているような感じだ。
「そうみたいだね、じゃねえよ。……とにかく、おとなしくしといてくれ。まちがってもマールシュの前で喋るなよ。これ以上変に疑われたくないんだからな」
「……どういうこと? 勝負に勝ちたいんじゃないの?」
「それはそうだけど、面倒なことになったら意味ないんだよ」
「……そう。事情はあまりよくわからないけど、うまくやってみるよ」
試合に意識を戻そう。
この建物のどこかに審官が捉えられているのか。マールシュより先に見つけるか、マールシュの足止めをしないと。
俺は次々と部屋を開けていくが、荒れ果てた寝室だったり書斎だったりがあるだけど、それらしき棺は見当たらない。
薄気味悪い廊下を歩いていると突然、毒ヘドロ・ガイに遭遇した。単独で行動していたらしく、足止め要員だろう。
あまりに至近距離での出会いがしらだったので、俺はカードを引くより早くソードオブカードで敵をなぎ払っていた。
そういえば聞こえはいいが、実際には驚いてむしゃらに手をじたばたさせただけである。
剣撃があたり、毒ヘドロ・ガイはその一発で消滅した。
これでカードは破れたのだろうか。いくらソードオブカードを使っているとはいえ、あまりに手ごたえがない。
それに動きもまるでのろかった。ふつうなら今の交錯で、ダメージを負っていたのは俺のほうだったはずだ。
……相手のカードが、弱くなっている。
いくらなんでもホーンテッドハウスは無条件に敵のカード一枚を拘束できるのなら、はっきり言って強力すぎる。
こういう頭抜(ずぬ)けた能力のカードには、なんらかのリスクやデメリットがあるのがカードゲームのセオリーだ。
ホーンテッドハウスのマイナス面として、相手のカードが弱くなっているのだろう。これならそこまで厳しくはないかもしれない。
マールシュが出したと思われる『レインゴースト』と『ゾンビパン』カードも、道中撃破した。
恐怖で内心ハラハラしていたが、敵が弱いのとソードオブカードのおかげでなんとか前に進む。
途中、黒いコウモリと遭遇する。まばたきの間に吸血鬼の少女へと変貌を遂げ、手の袖の下から牙のような長い剣を出して、こちらに猛突進してきた。
時間稼ぎに付き合っている場合じゃない。俺はテネレモを抱えてすぐに逃げる。曲がり角に入り振り切ったはずだったが、吸血鬼は怪力で壁を貫通させ破壊し、俺たちの前をふさいだ。
やむを得ず総動員で剣を交える。少女の外見をしているがおそろしく強く、マールシュにも匹敵するのではないかと思えるほどだった。
マールシュどころかアクスティウス、氷の魔女と俺3人がかりになっても、歯がたたない。どうなってるんだ。
それになんだか、身体が重い? 足がふらつく。なにかトリックを使われたのか。
俺は自分の手元をみて、そうではない、とすぐに気がついた。
ソードオブカードだ。こいつを剣撃に使うたび、オドが減っていたんだ。
計算に入れるのを忘れていた。たぶんマールシュとかち合ったとき、かなりの量を消費したんだろう。あの怪力をいなすには、かなりのオドコストが要(い)ったはずだ。
まずいな。だとするとおそらくもうほとんどオドが残ってない。最悪マールシュのほうがすこし余裕があるかもしれない。
そうこうしているうちにソードオブカードが弾き飛ばされ、吸血鬼の手の牙剣が俺の胸を切り裂く。
胸を打たれた衝撃で呼吸がみだれ、俺はその場に倒れこんだ。
ダメージ判定だ。この威力なら、あと二回も食らえば終わりだろう。防具のおかげで傷は浅いが、なによりこれ以上太刀打ちができないという精神的ショックもある。
あのカードのスピードは、この狭い場所では猛威をふるう。
マールシュは最初からこうなることはわかっていたんだ。審官をつかまえ、俺たちをおびき寄せてあえてカードを捨て駒にし、吸血鬼のスキルで決める。
彼女の方がエンシェントヴァルフとして、何枚も上手だった。
吸血鬼はゆっくりと、こちらに近づいてきた。俺の前に氷の魔女が立ち、最後まで戦うという意志を背中でみせる。
「もういい、……やめろ」
だが氷の魔女は、俺の言葉を聞き入れない。
まんまと策略にのっかり、彼女との実力差をくつがえすことができなかった。俺の手持ちには、もうエース以上のカードはない。
氷の魔女の奴は、まったく話をきかずにそこに立ったままでいる。
このままじゃ……破られる。
吸血鬼は牙剣をかまえて、こちらに向かってきた。テネレモは遠い。
気づいたときには、俺はたちあがって氷の魔女を後ろにつきとばしていた。吸血鬼の攻撃が腹部にクリーンヒットし、俺は吹き飛んで壁に叩きつけられる。
床にうずくまりながら腹部を触ると、手にあたたかいものが触れたのがわかった。
顔をあげ、かすれる眼をひらくと、アクスティウスとテネレモが、吸血鬼とやりあっているのが見えた。
アクスティウスはもうそろそろ限界だ。これ以上やらせると破られる。アクスティウスをカードに戻す。一度戻したカードはゲームからは除外しなくてはならない。
代わりにウォリアー『ケセラン・パセラン』を召喚して、軽快な動きで吸血鬼を翻弄させ、俺の回復まで時間をかせぐ。
氷の魔女が俺の近くに寄り添って、心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「どうして私をかばったの?」
不思議そうに、そしてどこか申し訳なさそうに彼女はきいてきた。
「……わからない」
「それにどうしてこんなに傷だらけなの……? ヴァルフって変わってるね」
「……俺のことはエイトでいい」
「……エイト……。あなたは、カードの力を、信じていないの?」
彼女の言葉に、俺ははっとなる。
「大丈夫。エイトが怖いなら、私が戦うよ」
「……もういい。よくやった、俺たちは」
くやしいが勝負はついた。これ以上やってももうどうしようもない。
いたずらにカードを消費するだけだ。
「あら、ここにいたのね」
マールシュの声がした。扉をあけて、俺たちのいる通路へと姿をあらわす。
「あなたに切り札があったように、私にも切り札がある。『ヴァンパイア・メドヘン』。味方のウォリアーカードが倒れるたびに強くなる。なぜこんなスキルを持ってしまったのか……モデルの生前のことを想像すると悲しくもあり、儚くもある」
「……あんたの勝ちだ。調査とやらも……ここまでで、もう充分だろう。俺はカードを失いたくない」
俺は息も途切れ途切れに言う。
「カードを大切に思う気持ちはよくわかるわぁ……。あなたのことがこの試合ですこしは分かった。だけどまだ何か隠しているはず……そうでしょう?」
なんだ……なにを言っている?
「エンシェントの中でしか使えない古代カード……このときのためにわざわざ『サイコメトリー<魂の測知>』というカードを取り寄せた。思念と記憶を読み取る魔法。これであなたと、ミスフォッシャの秘密もわかる……」
それが最初から目的だったのか。
もうなんでもいい。なんでもいいから、早く終わってくれ。
だけど……悔しいな。俺はマールシュと、勝負の土俵にすら立ててなかったのか。ここまでカードゲームでコテンパンにされたことは、今までなかったんだけどな。
「あなたは優秀だった。それだけのデッキで、よくここまでやったわ。敬意を表して、カードは破らずにおいてあげる。だから無駄な抵抗はしないようにね」
いつホーンテッドハウスの効果は切れるんだ。もう10分は経過している、いくらなんでも長すぎる。
なにか効果の持続を延長させるトリックを使ったのか。そんなカードもあるなんて……彼女の言うとおり、かなりの面で差があったようだ。
勝負に負けるのは癪だけど、秘密がわかるならそれはそれでいいことなのかもな。
だが、これで終わりではなかった。
手元に、勝手に氷の魔女のカードが出現し、まばゆいオーラを輝かせた。
なにかが変だ。バチバチと光がスパーク、イナズマのような黄色い火花を散らしている。
スキルには通常のスキルと、トリック1枚を犠牲にして試合に1度だけ使えるアドバンススキルがある。
今回は作戦上まだ使っていない、というより使うような展開にマールシュはさせてくれなかったのだが、アドバンスのときはカードが強い光を放つ。
しかし、これは……初めて見る。これも氷の魔女のなんらかのスキルなのか。
いったい――
部屋が、黒い氷でうめつくされていく。空中には黒雪の結晶が舞い、マールシュと吸血鬼たちをつつむ。
彼女も予想外の事態だったのか、俺と同じく困惑の表情をうかべていた。
建物の壁がくずれはじめ、床が崩壊しはじめた。瓦礫と氷がうずまく中、俺とカードたちは宙に浮かんでいるような状況になる。
なにが起きているのかわからないまま下をみると暗い空間の底に、棺から審官が出てきたのがみえた。
俺は力を振り絞って、審官のスキルを発動させた。弾丸が二発ともマールシュの背中に命中した。
曇り空がみえる。気づいたときには、ホーンテッドハウスも、壁もなくなって俺たちはさっきの遺跡跡地にいた。
冒険士カードが鳴り、勝負が終わったことをしらせてくれる。
勝った、のか。
わずかに残った黒い雪だけが、さっきまでの信じられないような光景が現実だったと教えてくれた。
俺が地面にへたれこんだまま唖然としていると、カードに戻る間際、氷の魔女がフッとこちらを振り向き片目でウィンクしてみせた。
「あんな奥の手を隠し持っていたとはね……」
淡々と言うマールシュもどこか納得いかないままのようで、まだ眼差しには敵意がこもっていた。
「あなた……何者なの?」
「何者でもない。ただのカードゲーマーさ」
俺が答えられるのは、自分が知っていることだけだった。
かくして、マールシュとの結闘は終わった。
----
研究室にて。
ラトリーがまた手当てをしてくれた。
左腕のがようやく取れたと思ったら、今度はお腹のあたりに包帯が増えた。ここにきてからいつもどこかに包帯を巻いている。
「やっぱりやってみなきゃわからないモンワヌねぇ~」
「ローグさんに勝っちゃうなんてすごいですよ!」
さっきからハイロはずっとこの調子だ。目を輝かせながらも、信じられないといった困惑と興奮の入り混じった表情を向けてくる。
でも、俺は冷静だった。
「どうだろう。……あいつは俺の実力をはかろうとしてたんじゃないかな。素性を暴くのが目的だったみたいだし……すっきりいく終わり方じゃなかった」
「外からじゃ、なにもわからなかったワヌ。エイトたちが消えて……どうやって勝ったワヌか?」
「氷の魔女のシークレットスキルが発動したんだ。ハイロが言ってたろ。長年そのカードを使用することでしか習得できないはずのスキルだ。テネレモや、他のカードでは使えなかった。なのに氷の魔女は……氷の魔女が実体化したのと、何か関係があるんじゃないか」
ハイロもフォッシャも、黙りこくってしまった。
それなりに長い時間、一緒に過ごしてきたからわかる。フォッシャの後ろめたそうな、暗い表情。
あいつはなにかを隠してる。
聞くべきなのかもしれない。だけど、確信はもてない。
マールシュとのいざこざは解決した。アクシデントもあったけど、気にしなくていい。
これからまた平穏がもどってくる。
そうだと言ってくれ、フォッシャ。
もやもやした気持ちは晴れないまま、時間は過ぎていった。
廊下と部屋、階段がボロい板でつながっており、一言でいえば気味が悪い。
「うえぇ……」
少女のうなり声のようなものが聞こえ、俺は戦慄する。
鳥肌が立つのをおさえ、あたりに目をやると氷の魔女がげんなりした表情を浮かべていた。
「なんだか気味が悪いなぁ……」
「なんだか気味が悪いなあ、じゃねーよ。気味が悪いのはお前だよ……お前……また実体化してたのか!」
「あ。あー……バレた? なんだか、そうみたいだね」
ごまかすように、微笑を浮かべる氷の魔女。こうしていると本当にただの女の子と話しているような感じだ。
「そうみたいだね、じゃねえよ。……とにかく、おとなしくしといてくれ。まちがってもマールシュの前で喋るなよ。これ以上変に疑われたくないんだからな」
「……どういうこと? 勝負に勝ちたいんじゃないの?」
「それはそうだけど、面倒なことになったら意味ないんだよ」
「……そう。事情はあまりよくわからないけど、うまくやってみるよ」
試合に意識を戻そう。
この建物のどこかに審官が捉えられているのか。マールシュより先に見つけるか、マールシュの足止めをしないと。
俺は次々と部屋を開けていくが、荒れ果てた寝室だったり書斎だったりがあるだけど、それらしき棺は見当たらない。
薄気味悪い廊下を歩いていると突然、毒ヘドロ・ガイに遭遇した。単独で行動していたらしく、足止め要員だろう。
あまりに至近距離での出会いがしらだったので、俺はカードを引くより早くソードオブカードで敵をなぎ払っていた。
そういえば聞こえはいいが、実際には驚いてむしゃらに手をじたばたさせただけである。
剣撃があたり、毒ヘドロ・ガイはその一発で消滅した。
これでカードは破れたのだろうか。いくらソードオブカードを使っているとはいえ、あまりに手ごたえがない。
それに動きもまるでのろかった。ふつうなら今の交錯で、ダメージを負っていたのは俺のほうだったはずだ。
……相手のカードが、弱くなっている。
いくらなんでもホーンテッドハウスは無条件に敵のカード一枚を拘束できるのなら、はっきり言って強力すぎる。
こういう頭抜(ずぬ)けた能力のカードには、なんらかのリスクやデメリットがあるのがカードゲームのセオリーだ。
ホーンテッドハウスのマイナス面として、相手のカードが弱くなっているのだろう。これならそこまで厳しくはないかもしれない。
マールシュが出したと思われる『レインゴースト』と『ゾンビパン』カードも、道中撃破した。
恐怖で内心ハラハラしていたが、敵が弱いのとソードオブカードのおかげでなんとか前に進む。
途中、黒いコウモリと遭遇する。まばたきの間に吸血鬼の少女へと変貌を遂げ、手の袖の下から牙のような長い剣を出して、こちらに猛突進してきた。
時間稼ぎに付き合っている場合じゃない。俺はテネレモを抱えてすぐに逃げる。曲がり角に入り振り切ったはずだったが、吸血鬼は怪力で壁を貫通させ破壊し、俺たちの前をふさいだ。
やむを得ず総動員で剣を交える。少女の外見をしているがおそろしく強く、マールシュにも匹敵するのではないかと思えるほどだった。
マールシュどころかアクスティウス、氷の魔女と俺3人がかりになっても、歯がたたない。どうなってるんだ。
それになんだか、身体が重い? 足がふらつく。なにかトリックを使われたのか。
俺は自分の手元をみて、そうではない、とすぐに気がついた。
ソードオブカードだ。こいつを剣撃に使うたび、オドが減っていたんだ。
計算に入れるのを忘れていた。たぶんマールシュとかち合ったとき、かなりの量を消費したんだろう。あの怪力をいなすには、かなりのオドコストが要(い)ったはずだ。
まずいな。だとするとおそらくもうほとんどオドが残ってない。最悪マールシュのほうがすこし余裕があるかもしれない。
そうこうしているうちにソードオブカードが弾き飛ばされ、吸血鬼の手の牙剣が俺の胸を切り裂く。
胸を打たれた衝撃で呼吸がみだれ、俺はその場に倒れこんだ。
ダメージ判定だ。この威力なら、あと二回も食らえば終わりだろう。防具のおかげで傷は浅いが、なによりこれ以上太刀打ちができないという精神的ショックもある。
あのカードのスピードは、この狭い場所では猛威をふるう。
マールシュは最初からこうなることはわかっていたんだ。審官をつかまえ、俺たちをおびき寄せてあえてカードを捨て駒にし、吸血鬼のスキルで決める。
彼女の方がエンシェントヴァルフとして、何枚も上手だった。
吸血鬼はゆっくりと、こちらに近づいてきた。俺の前に氷の魔女が立ち、最後まで戦うという意志を背中でみせる。
「もういい、……やめろ」
だが氷の魔女は、俺の言葉を聞き入れない。
まんまと策略にのっかり、彼女との実力差をくつがえすことができなかった。俺の手持ちには、もうエース以上のカードはない。
氷の魔女の奴は、まったく話をきかずにそこに立ったままでいる。
このままじゃ……破られる。
吸血鬼は牙剣をかまえて、こちらに向かってきた。テネレモは遠い。
気づいたときには、俺はたちあがって氷の魔女を後ろにつきとばしていた。吸血鬼の攻撃が腹部にクリーンヒットし、俺は吹き飛んで壁に叩きつけられる。
床にうずくまりながら腹部を触ると、手にあたたかいものが触れたのがわかった。
顔をあげ、かすれる眼をひらくと、アクスティウスとテネレモが、吸血鬼とやりあっているのが見えた。
アクスティウスはもうそろそろ限界だ。これ以上やらせると破られる。アクスティウスをカードに戻す。一度戻したカードはゲームからは除外しなくてはならない。
代わりにウォリアー『ケセラン・パセラン』を召喚して、軽快な動きで吸血鬼を翻弄させ、俺の回復まで時間をかせぐ。
氷の魔女が俺の近くに寄り添って、心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「どうして私をかばったの?」
不思議そうに、そしてどこか申し訳なさそうに彼女はきいてきた。
「……わからない」
「それにどうしてこんなに傷だらけなの……? ヴァルフって変わってるね」
「……俺のことはエイトでいい」
「……エイト……。あなたは、カードの力を、信じていないの?」
彼女の言葉に、俺ははっとなる。
「大丈夫。エイトが怖いなら、私が戦うよ」
「……もういい。よくやった、俺たちは」
くやしいが勝負はついた。これ以上やってももうどうしようもない。
いたずらにカードを消費するだけだ。
「あら、ここにいたのね」
マールシュの声がした。扉をあけて、俺たちのいる通路へと姿をあらわす。
「あなたに切り札があったように、私にも切り札がある。『ヴァンパイア・メドヘン』。味方のウォリアーカードが倒れるたびに強くなる。なぜこんなスキルを持ってしまったのか……モデルの生前のことを想像すると悲しくもあり、儚くもある」
「……あんたの勝ちだ。調査とやらも……ここまでで、もう充分だろう。俺はカードを失いたくない」
俺は息も途切れ途切れに言う。
「カードを大切に思う気持ちはよくわかるわぁ……。あなたのことがこの試合ですこしは分かった。だけどまだ何か隠しているはず……そうでしょう?」
なんだ……なにを言っている?
「エンシェントの中でしか使えない古代カード……このときのためにわざわざ『サイコメトリー<魂の測知>』というカードを取り寄せた。思念と記憶を読み取る魔法。これであなたと、ミスフォッシャの秘密もわかる……」
それが最初から目的だったのか。
もうなんでもいい。なんでもいいから、早く終わってくれ。
だけど……悔しいな。俺はマールシュと、勝負の土俵にすら立ててなかったのか。ここまでカードゲームでコテンパンにされたことは、今までなかったんだけどな。
「あなたは優秀だった。それだけのデッキで、よくここまでやったわ。敬意を表して、カードは破らずにおいてあげる。だから無駄な抵抗はしないようにね」
いつホーンテッドハウスの効果は切れるんだ。もう10分は経過している、いくらなんでも長すぎる。
なにか効果の持続を延長させるトリックを使ったのか。そんなカードもあるなんて……彼女の言うとおり、かなりの面で差があったようだ。
勝負に負けるのは癪だけど、秘密がわかるならそれはそれでいいことなのかもな。
だが、これで終わりではなかった。
手元に、勝手に氷の魔女のカードが出現し、まばゆいオーラを輝かせた。
なにかが変だ。バチバチと光がスパーク、イナズマのような黄色い火花を散らしている。
スキルには通常のスキルと、トリック1枚を犠牲にして試合に1度だけ使えるアドバンススキルがある。
今回は作戦上まだ使っていない、というより使うような展開にマールシュはさせてくれなかったのだが、アドバンスのときはカードが強い光を放つ。
しかし、これは……初めて見る。これも氷の魔女のなんらかのスキルなのか。
いったい――
部屋が、黒い氷でうめつくされていく。空中には黒雪の結晶が舞い、マールシュと吸血鬼たちをつつむ。
彼女も予想外の事態だったのか、俺と同じく困惑の表情をうかべていた。
建物の壁がくずれはじめ、床が崩壊しはじめた。瓦礫と氷がうずまく中、俺とカードたちは宙に浮かんでいるような状況になる。
なにが起きているのかわからないまま下をみると暗い空間の底に、棺から審官が出てきたのがみえた。
俺は力を振り絞って、審官のスキルを発動させた。弾丸が二発ともマールシュの背中に命中した。
曇り空がみえる。気づいたときには、ホーンテッドハウスも、壁もなくなって俺たちはさっきの遺跡跡地にいた。
冒険士カードが鳴り、勝負が終わったことをしらせてくれる。
勝った、のか。
わずかに残った黒い雪だけが、さっきまでの信じられないような光景が現実だったと教えてくれた。
俺が地面にへたれこんだまま唖然としていると、カードに戻る間際、氷の魔女がフッとこちらを振り向き片目でウィンクしてみせた。
「あんな奥の手を隠し持っていたとはね……」
淡々と言うマールシュもどこか納得いかないままのようで、まだ眼差しには敵意がこもっていた。
「あなた……何者なの?」
「何者でもない。ただのカードゲーマーさ」
俺が答えられるのは、自分が知っていることだけだった。
かくして、マールシュとの結闘は終わった。
----
研究室にて。
ラトリーがまた手当てをしてくれた。
左腕のがようやく取れたと思ったら、今度はお腹のあたりに包帯が増えた。ここにきてからいつもどこかに包帯を巻いている。
「やっぱりやってみなきゃわからないモンワヌねぇ~」
「ローグさんに勝っちゃうなんてすごいですよ!」
さっきからハイロはずっとこの調子だ。目を輝かせながらも、信じられないといった困惑と興奮の入り混じった表情を向けてくる。
でも、俺は冷静だった。
「どうだろう。……あいつは俺の実力をはかろうとしてたんじゃないかな。素性を暴くのが目的だったみたいだし……すっきりいく終わり方じゃなかった」
「外からじゃ、なにもわからなかったワヌ。エイトたちが消えて……どうやって勝ったワヌか?」
「氷の魔女のシークレットスキルが発動したんだ。ハイロが言ってたろ。長年そのカードを使用することでしか習得できないはずのスキルだ。テネレモや、他のカードでは使えなかった。なのに氷の魔女は……氷の魔女が実体化したのと、何か関係があるんじゃないか」
ハイロもフォッシャも、黙りこくってしまった。
それなりに長い時間、一緒に過ごしてきたからわかる。フォッシャの後ろめたそうな、暗い表情。
あいつはなにかを隠してる。
聞くべきなのかもしれない。だけど、確信はもてない。
マールシュとのいざこざは解決した。アクシデントもあったけど、気にしなくていい。
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もやもやした気持ちは晴れないまま、時間は過ぎていった。
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