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ラジトバウム編

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 カード勝負に持ち込めば俺にもわずかに勝機はあると思ったのだが、ローグのデッキ構成、プレイング共に手堅く隙がない。
 特にあの毒ヘドロ・ガイとスケルトン・スターが、うらやましいくらい厄介だ。 

 ハイロ戦では吸血鬼少女をメインに、複数のトリックカードで一気に相手を押しつぶす狙いだったはず。だが今回はやり方をすこし変えてきた。

 耐久力のあるカードを揃えて、じわじわとこちらの体力を削っていく作戦か。
 その上よくカードの性能を理解し、戦術として考え込まれている。

 テネレモの防御力を警戒して長期戦をとりつつ、耐久カードで審官の攻撃もいなしていく。といったところか。
 このままじゃ俺のほうはイタズラにオドコストを消費して、最後はマールシュの怪力につぶされるだけだ。
 やはり相手も相当なカードゲーマー。これは厳しいな……

 そうこうしている間にも、マールシュはまた黒い霧になり姿を隠す。
 俺は氷の魔女の元へと急いで向かう。もう戦形がどうのとは言っていられない、ここは防御に徹する。

 俺の切り札、宿命の魔審官はまだこない。
 カードを使うと、5秒ごとに手札はデッキからランダムに補填され、なにもせずとも10秒ごとには手札は増えていく。

 なんとか手札に審官が加わるまで耐えないと。
 ――新技のお披露目といくか。
 時間をかせぎつつ手札を補填させるには、この手だ。

 氷の魔女のところへはまだ微妙に距離がある。その上テネレモは足が遅いので、俺はいったん剣をしまってこいつを抱えて全力で走った。

 マールシュはまた氷の魔女を狙うつもりか、あるいは俺か。来い。どっちでも対応してやる。

 氷の魔女はすぐには復帰できなかったようで、ふらふらと立ち上がる。このままあいつを狙われたら回避も間に合わないだろう。
 俺はテネレモを彼女の方にブン投げ、無理やり防御を固めた。

 同時に背後からマールシュの嘲笑うような声がした。

「安易ね。拍子抜けだわぁ」

 俺もまた、笑みを浮かべた。

「そいつはどうかな!」

 振り向きざま、カードを引き放つ。マールシュの剣撃を【ソードオブカード】が受け止めた。かなりの衝撃だったが、この特殊な剣がマールシュの怪力を無効化してくれた。
 実は自分の手首のスナップや、頑丈さには自信がある。剣技はまったく知らないが今日まで冒険士としてなんとかやってこれたのは、カードゲームで山札から何万回もカードを引いてきた賜物なのだ。
 マールシュの顔が数十cmというところにある。さすがに驚いたという表情をしており、俺は余裕がないながらもほくそ笑んだ。

「さらにもう1枚!」

 俺は両手で剣を持ったまま指でカードを出す。
 肉体強化魔法【セルジャック】のおかげで、自身の反応速度、スピードとも大幅に上昇し、一撃二撃三撃と繰り出されるマールシュの連撃を俺は剣で合わせて捌(さば)き切ってみせた。
 それでも押されていたが、こうしていなければマールシュの攻撃で死んでいた可能性もあることも考えれば、全く充分だ。

 すぐにアクスティウスが加勢にくわわってくれ、俺はいったんひいて間合いをとる。
 【クロス・カウンター】のカードが手元になかったのが悔やまれる。あれば今の交差でマールシュにダメージを与えられたのだが。

 そしてようやく待っていたものがきた。俺はドローしたカードを地面に叩き伏せる。
 宿命の魔審官を召喚。さらに氷の魔女とテネレモの元へ行き、態勢をととのえる。

 マールシュはまたも霧に消えた。だが一瞬宿命の魔審官のスキル【反逆の双弾丸】の速度が上回り、攻撃が刺さった。
 次に彼女が自分のカードたちの後方に姿をあらわしたときには、肩のあたりを抑え、してやられたという表情をしていた。

「その戦形……考えたわね」

 俺はあえて宿命の魔審官を後方に置き、テネレモと氷の魔女、アクスティウスで前衛を固めている。

「これならあんたがどこに現れても対応できる。……形勢逆転だ」

 俺は胸の前で、カードをかまえる。
 マールシュといえど宿命の魔審官にはそう簡単に手を出せないはずだ。
 この陣形こそハイロとフォッシャと一緒に考えて編み出したマールシュ対策。やつがいくら俺の背後をとろうが、宿命の魔審官が対応してくれる。
 さらに宿命の魔審官の銃は自動で動くため、その背後を取られる心配はない。

 あえて切り札を守りと遠距離支援に使う戦術。こちらに分がある、とまで断言はできないが、完全にあの忍法霧がくれみたいなカードの効力は封じられたわけだ。
 強力なカードほどオドコストはかかる。やつにとって霧がくれが封じられたのは痛手のはずだ。

「そのカードを出されたからには、一気に流れも変わった。私といえど、それを相手にするには手を焼きそうだわぁ」

「……ああ。俺の切り札だからな」

「そのようね。……でも。時として、切り札がただの紙切れになり、なんてことはないはずの雑魚カードが勝因になることもある。それがカードゲームよねぇ」

 マールシュは手札から一気に3枚のカードを出してきた。
 勝負を決めるつもりか。
 彼女はささやくように優雅に、

「月明かりが影をとらえ。カードがあなたの本性を映し出す」

 相手が使ってきたのは【月光(げっこう)】、【廃墟にひそむ怨念】、【呪いの火の玉】3枚のカードだった。名称は知っているが、それぞれの効果までは思い出せない。
 すぐには異変に気づかなかったが、だんだんと辺りが暗くなっていき、嫌な予感が強まった。
 振り向くと、宿命の魔審官の体におびただしい数の火の玉がまとわりついており、身動きが封じられていた。

「なっ……!」

 状況が飲み込めず、そんな声しか出なかった。何もないところから黒い棺が出現し、宿命の魔審官はその中へと閉じ込められてしまう。
 棺が消え、今度は俺とマールシュの間にものものしい古びた家が出現した。ボロい扉がこちらから見える。

 ――このカードは……! ユニオンスキル!!

 ハイロが言っていたのを思い出した。死霊系のデッキの使い手が使ってくる可能性のある、警戒すべきコンビネーション。
 数枚のカードを組み合わせて発動するユニオンスキル。そのうちのひとつ、【辺境のお化け屋敷<ホーンテッドハウス>】か!

 たしか……自分の全ウォリアーの攻撃力が500低下する代わりに相手のカード一枚を2ターン封じる。そんな効果だったような。

 嘘だろ!? 審官が使えなくなったら、もう俺に勝ち目は残ってない。
 クッ……! こいつ、最初からこれを狙っていたのか! 

 エンシェント式の場合だと、どれだけの時間封じられているんだ。わからない。そのあいだ粘(ねば)れるのか、俺は。

 マールシュはすぐに攻めてくるのかと思ったが、そうではなかった。
 【辺境のお化け屋敷<ホーンテッドハウス>】の建物のなかへと、ウォリアーカードたちと一緒に壁を抜けて消えていったのである。

 どういうことだ……!?

 観客もどよめいている。というかこれじゃあ、こっちからなにも手出しができない。こんなのアリなのかよ。
 手出し……まさか!

 あいつ建物のなかで、確実に審官を破っておく気か。

 どうする……。あの扉の向こうになにがあるのか全くわからない。だがこのままじっとしていれば審官を失い、勝負も絶望的だ。
 だが逆に考えれば。マールシュはこれだけのトリックを発動するのにオドのほとんどを消費したはずだ。ここを乗り越えれば勝利は約束されたも同然。

 迷ってる場合じゃない。……行くしかない。

 アクスティウスを先行させ、斧で扉をぶち破る。
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