魔法は空から降ってきました

皇亭ぺんたった

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太陽の国編

第三話

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「『夜の理』が動き始めた」
 空気の流れが重く溜まるように、静まり返った。パースが眉をひそめる。その表情は先ほどまでと違い、険しくそして抵抗という美学を体現していた。
 億劫そうにため息を吐くと、パースは外の景色に目をやった。
「それは今までの小競り合いとは違うのですか」
 どこか現実逃避めいた、最後の希望を託したその言葉をゼロは容赦なく否定した。
「違う。すでに私の部下が数人殺された。その中には【オーバーフロー】の使い手もいた。彼は特に惨たらしい死に様だった」
 【オーバーフロー】という言葉が耳に入ると、途端にパースは唖然としたように額に汗を浮かべた。
 しかし、何故。何故今なのだろう。パースはタイミングの悪さを呪い、胸中で口汚く罵った。ようやく平穏を手にし、未来ある若者を守り、巣立たせる親鳥のような生活が始まったというのに。
「『夜の理』……人員は名を持たないし、口も堅い」
 突然、口に含むような不明瞭な調子でゼロが続ける。
「先ほどの質問、覚えているだろう? 性格や記憶の改ざん、こんなのは可能だとしても禁忌だ。
 しかし、それを彼らは犯した」
 この言葉の真意に気がつき、パースは思わず血の気が引くのを感じた。
「まさか記憶を奪い取って……」
「そのまさかさ。職員の一人が行方不明になって数日後、私を殺そうとする組織の人間が来た。今年だけで四人目だったからね、少々苦戦したがいつも通りに返り討ちにした。
 だが、そいつが死に際に放った魔法。それは……行方不明になった彼にしか使えないはずの魔法だった」
 その時のことがまだ目の前にあるかのように、激昂しかけていた。しかし、彼は冷静であろうと心がけるように呼吸を整えると、ソファに深く体重を預けた。
「理性が吹き飛ぶのを感じた。しかし、意識はあったし、まだあの生ぬるい肉塊を執拗に叩いていた拳の感触がある。
 その職員は……私の親友だったんだ。君との文通でも何度も話したかもしれない。……彼だ。何故、殺したんだ……」
 言葉がうわごとのように力なく弱まっていく。呻くように頭を抱えたゼロはまたしばらく間をおくと、意を決したように切り出した。決意を見出した彼の目には迷い無いヴィジョンが見えているようで、自然と語気も強まった。
「パース、今こそ協力が必要なのではないのか。これ以上、私たちは失うわけにはいかない」
 あまりもの圧にパースは僅かな間、押し黙る他無かった。熱くなるゼロと反比例するように、パースの明晰な頭脳は冷静さを徐々に取り戻していた。
 彼は、私を懐柔するつもりだ。悪意は無いのだろうが、彼の類まれな才は無意識下で月と太陽が強い結束で結ばれることを望んでいる。
 ここからは、国の存亡を担う者としての言葉だ。一言一句が、教育よりも遥かに思い決断へと繋がっていく。
 生徒を諭す時のようにわざとゆったりとした動作で茶を手に取り、そのまま口に運んだ。この間が、人というものを冷静にさせる。
「それは本腰を入れて彼らと戦争をしあおうというわけですか?」
 冷たく突き放すようにそう言うと、ゼロはやや驚いた顔をした後、俯いた。
「わかっている、そんなことをしたら犠牲者は増えるだけだ。しかし、別にこれは国同士の戦争では無い」
「どういうことですか?」
 すらりと立ち上がると、窓際に近づいてゼロは囁いた。
「彼らは名も、拠点も、国境も持たない。しかし、『指導者』はいるらしい」
 まるで敵の心臓をその手に握っているかのようにゼロが拳を固めた。窓に映るその表情には一片のわだかまりも無い純粋な憎悪に満ちていた。
 親友を殺された、一人の男の顔だった。
「魔力が濁りますよ。それこそ彼らのように」
 忠告するようにパースが鋭く言い放つと、ゼロはしばらく呼吸を整えて穏やかな笑みを浮かべた。感情を押し殺したような虚ろな笑いだった。
「大丈夫さ、私たちは【アンダーフロー】する程に縮こまっちゃいない」
 一つため息を吐くと、先ほどまでの熱さがらしくないと思ったのか手を振ってゼロは茶化し始めた。随分と落ち着いているように見える。
 窓から目を離し様に振り向き、揺れ動く灯のような瞳でパースを見据えた。
「私は別にトップの男を惨たらしく殺そうとなんて微塵も考えていない。この国を守るために幾度も汚した手だが、これ以上は未来ある子どもたちの頭を撫でることすら叶わない。
 捕縛して、正しく法の下に裁く。ここは法治国家だ」
 ゼロは夢想家のようにそう呟くと、冷静さを欠いた言動を「取り乱して悪かった」と短く詫びた。余裕のある大人の笑みを浮かべるとまるで別人のように思えた。
「気分も話題も変えようか。協力するかどうかは話の終わりでも構わないさ」
 ゼロが右腕を突き出すと、不意に肩の辺りから輪郭がぼやけていった。慣れない魔法の気配を感じ、思わずパースは興味津々といった感じで身を乗り出してしまった。
彼の胸ポケット辺りから滾るような魔力の波が感じられる。メリサたちに渡した情報端末と同程度の大きさだろうと推測出来た。おそらく、あれには魔法を使うための媒体として使用出来る機能が付いているのであろう。
「確か甘党だったね。文通の時にしきりに食べたいと君が言っていたものだよ」
 そう言って音もなく腕を振り下ろすと、ほんの少し前まで何も持っていなかった手には白い紙の箱があった。
 魔法にも驚かされたが、箱の中には度肝を抜かれた。いつかに送られてきた色褪せた写真の中の菓子だった。
「五年くらい前の約束なのによく覚えていましたね」
「ははは、覚えているさ。私の好物でもあるんだ」
 実に愉快そうに笑うとゼロは手際よく茶を淹れ始めた。再び果実の香りが立ち込めると、不穏な空気が洗い流されるように錯覚出来た。
 二人は再び談笑に徹することとなった。しかし、先ほどまでの会話のようには弾まず、どこかギクシャクとしたものである。茶菓子の類にもパースは手をつけていない。
 そんな中、思い出したようにゼロが口を開いた。
「そういえば彼女たちは?」
「メリサさんたちでしょうか?」
 確認をするように名を挙げると、「そうだ」と言ってゼロは頷いた。どうやらパースの一存で連れてきた彼女たちに興味があるらしい。
 パースがやや悩んだ素振りを見せた後、困ったような悪戯な笑みを浮かべた。
「未来有望な魔女、でしょうか。エリさんには知性、メリサさんは鋭い感性が備わっています。それに彼女たちは人を護るために魔法を使いたいらしいです」
 一つ息を吸い、思っていることを全て吐き出すようにパースは続けた。
「私が彼女たちを選んだ理由はそれだけです。
『始まりの日』からこの世界は不条理に生まれ変わってしまいました。年端もいかない少女たちに倫理観や魔法の正しい使い方を教えるという口実で、戦うための術を少なからず教えるこの環境には吐き気すら覚えます。
だけど、そんな中でも魔法を世のため人のために使おうとする子どもたちがいます。彼女たちを戦争の道具なんかには使わせない。幸せになって欲しい」
誰よりも大人びて見えるパースの口から発せられたとは思えないほどに、感情的で感傷的な弁舌はゼロの心を深くえぐった。
彼女たちの戦う力に強く関心を示していた自身を恥じた。足場が落ち着かない場所に皆を住まわせているような不安が常に纏わりつき、臆病になっていたところがある。
ゼロは顔をしかめて自身を戒めるように呟いた。
「そうだ、戦争の道具なんかじゃない」
 反芻するように言葉を噛みしめた。自分では、わかっているつもりだった。
ゼロは自身を卑下するように力なく笑った。
「君はいつも正しくて、真っ直ぐだ。私が復讐に燃える太陽とするなら、君はそれを冷徹に映す月そのものかもしれない」
「あら、少々心外ですね」
 軽口を言って笑いあうと、本当に昔から見知った親友のようだった。互いが強大な力を有する彼らだからこそ理解しあえた。
 パースは上品な仕草で立ち上がると、やや控えめに言った。
「あなたは昔から悲観的に物事を考えすぎです」
「そうかい?」
 ゼロはおどけたように肩をすくめてみせる。その動きのぎこちなさをどのように捉えたか、パースの瞳が僅かに揺れた。
「そうです。もっと未来に希望を抱いても良いはずです。若い芽は着実に成長していますし、魔法という未知の分野もこれからは次第に開拓されていくでしょう」
 パースは一息吐き、表情を和らげた。その姿は慈愛に満ち、さながら我が子を慈しむ獣に通じる輝かしいものがあった。
「はなから私も愛しい生徒たちを護るためなら手段を選ぶつもりはありませんよ。生徒たち……これから育つ未来ある子どもたちを巻き込まないと誓うなら私は喜んであなたの手をとりましょう」
 パースが協力してくれるという事実がよほど衝撃的だったのか。しばらくの間ゼロは唖然とした様子で座ったままでいたが、突然弾むように立ち上がった。彼の顔には先ほどとは全く違う生気が感じられた。
「君が手をとってくれるだけでとても心強いよ。私はこの戦いを私たちの世代だけで終わらせようと思う。怨恨を残さず、栄光ある未来を築くためにもだ」
 そう言って、ゼロは手を差し出した。パースは躊躇することなく握手に応じ、強く固く握った。
「約束ですよ」
「誓おう」
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