魔法は空から降ってきました

皇亭ぺんたった

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『始まりの日』

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 儚く、淡い光をはらんだ星空に一筋の虹がかかる。それは、速さという概念を忘れてしまったかのように、あっという間に落ちてしまった。
 幼い少女が窓辺からそれを覗き、あっと声をあげる。
 初めは夜明けかと思った。しかし、幾分様子がおかしい。時計の短針は寡黙に三という数字を示している。
慌ててベッドから跳ね起き、布団を乱雑にどかした。思い出したように、傍に目をやったが、眠る若き母親はすうすうと静かな寝息を立てている。ほっと胸をなでおろし、扉を開いて外へ飛び出した。
辺りのしんとした空気が肌寒かったが、ひと呼吸するとかえって気持ちが良かった。
 静かだ。寝間着の袖がすれる音だけが聞こえた。
 少女は手を広げて、空を仰いだ。さまよう風が黄金色の髪をなびかせる。まだ生えそろってない歯を見せ、満面の笑みを浮かべた。
 綺麗だった。一体、幾つの星がこの風景を作っているのだろう、と思った。きっと、これからの人生でたくさんの綺麗を見る。それでも、これを上回ることはきっとないと少女は確信した。
 ちらほらと陰影のついた雲が、ひそりと身を引いたことで丸い月が出てきた。荘厳な、何かを語るようなそれは、彼女だけを照らすスポットライトのように照り輝いていた。
なんだか、不思議な予感がした。腹の奥がむず痒くなるような、大人になったら忘れてしまう衝動だった。胸焼けするような、未来への胎動。
背伸びをして、掴みとるように手をかざした。
その瞬間、眩い閃光が全身を覆い、包み込み、飲み込んでいった。

今は無理でも、いつかは……。


 顔に深く皺が刻まれた老年の教師が教壇に立ち、まくしたてるような口調で熱弁をふるっている。対照的に、話を聞き飽きた生徒が既にうつらうつらと、眠たげな雰囲気を漂わせていた。
「いいですか。試験に出ますよ、ここ。『始まりの日』、僕たち魔法使い全ての起源です。この事象により誕生した魔法は主に三つ、『月』、『太陽』、『大地』の三つの性質に分類され、その後の国際社会に影響を……」
 彼が口を止め、一点に視線を集中させていると、何かを察知するように眠りかけていた生徒が一斉に顔を上げた。
 しかし、ある少女は一向に起きる気配がない。それどころか、気持ちよさげに何やら寝言を呟いていた。
「何これ……眩しい」
 皆がくすくすと笑い始めると、隣に座っている少女は、慣れたように揺り起こそうと試みた。しかし、なるほど強情だ。全く起きる気配が見いだせず、少女は一つため息を吐いた。
しばらくすると、教師がつかつかと歩み寄り、分厚い指導書で軽く小突いた。叩かれた当人はまどろんだ様子で、顔を上げた。
老教師は、杖を手で弄ばせていた。
「おはよう、メリサさん。何か言うことはありますか?」
「えーと、おはようございます?」
 ぱしんと乾いた音が教室に響くと、授業が再開された。
「それでは、この内容の続きをメリサさんの隣。本日の内容を朗読してください、百二ページの七行目あたりからです」
メリサと呼ばれた少女は額に赤い痕を残して仰向けにのびている。隣の少女がその様子を横目で確認した。苦笑いを浮かべ、淀みない、すらすらとした調子で読み始めた。
「空から生命の素が降ってきた人類の転換点。俗に『始まりの日』と呼ばれるこの事象は、現代社会において様々な影響を与えました。
 なかでも、地域による魔法の差異が生み出す差別を無くすために他大陸との国交は、現在も断絶されたままです。さらに、指導者の出現により各大陸はそれぞれ連邦国家として独立しています。
 現在では、我々が暮らす、月の国『ムーンアクト』の他、太陽の国『サンウェーブ』、大地の国『コールグランド』の三つが独立しています」
 次の章も読むべきか、僅かな間をおいて教師に視線を送ると、頷く姿が見えた。
「ありがとうございます、エリさん。そこまでで良いです」
 ふっと息を漏らし、緊張を抑えるように胸に手を当てて、エリは席に着いた。濡れ羽色の長髪がふわりと乱れたため、整えるように後ろに払った。
大勢の人の前で朗読させられるのは、高等部になった今でも心臓に悪い。
 そこでちょうど、授業の終わりを知らせる鐘の音が鳴り響いた。教師も長々と話す気は無いらしく、終わりの挨拶を省略して早々と教室から出ていった。

 人気の無い、廃墟になった旧館の庭園に、二人の少女がベンチに座っている。一人は、黄金色の髪をした、整った顔立ちをした少女。遠慮のない満面の笑みは年相応とは言えない幼い印象を与えていた。
もう一人は彼女よりも少し背の高い少女である。彼女は東の民の特徴をよく捉えた、気品ある佇まいを見せていた。凛とした近寄りがたい雰囲気を漂わせていたが、時折見せる笑みを含む表情は穏やかなものだった。
幽霊の噂があり、滅多に人が来なくなった場所だったが、誰かが手入れをしているらしく景観は損なわれていなかった。
「わはー。これは体罰だよ体罰―」
 間延びした声でメリサがぼやく。額についた赤い痕は未だくっきりと残り、昼食をいつもとっている場所に着くまでに、友人たちに随分と笑われた。
「授業中に居眠りなんかするから。懲罰魔法は正午に消えるからそろそろね」
 エリがそう言うと同時に、メリサの額から痣がひいていった。
 ほっとしたように一息つくと、エリが持ってきたバスケットを取り出した。促すように、メリサの前に差し出すと、自分はサンドイッチを手に持った。陽光に照らされ、なお白く見せるパン生地が美味しそうに思えた。
同じようにそれを取り出し、二人は昼食にした。
 二人の話は他愛のない物から、他の友人には話せないような内容にまで及んだ。それでも彼女たちは笑顔を絶やさず、明るく話し続けた。
 すると、唄を披露するように鳴いていた鳥が、突然ぴっと鋭い音を立て飛び立った。それを見た、メリサの蜜色の瞳はどこか物悲しげだった。
 憂いを帯びた表情に気がついたエリだったが、あえて詮索するようなことはしなかった。聞かずとも、わかっている。
 メリサが静かに口を開いた。
「あの鳥、どこまで飛んでいくのかな」
「……あれは、ツピ鳥ね。渡り鳥じゃないし、国有種に指定されるくらいだから、そう遠くまでは飛んでいかないわ」
 そして、戒めのように柔らかな語調で付け加える。
「間違っても、外の国へ行こうとしちゃだめ」
 メリサは少し驚いた顔をした後、また笑みを浮かべた。わかってるよ、と答えた。
「大陸の外を見てみたいなんて、無茶は言わないよ。まだ、エリちゃんの生まれ育った場所も見てないし」
 メリサがゆっくりと立ち上がり、エリの方に向き直って手を広げる。
「それに、頑張って凄い魔女になればいいんだよ! そうすれば、国際交流活動とかそういうので行けるよ。……たぶん」
 最後は自身でも突拍子の無いことだと思い、苦笑した。つられて笑ったエリの胸中は、どこかすっきりとしていた。メリサの強がりを成長として感じたのか、或いは……。
 メリサが照れくさそうにしながら、再び座ろうとベンチに近づくと、不意に背後から声がかかった。
「お話、聞かせてもらいました~」
驚いたメリサが咄嗟に振り向くと、誰もいなかった。ただ、綺麗に整備された花畑が広がっているだけだ。
しかし、エリは自分をずっと見ていたはずだ。そう思い、エリの方に視線を移すと、彼女の横で優雅に佇む美女がいた。エリにとっても突然だったようであり、面食らったようだった。
陶器のように白く艶やかな肌に、白銀の髪。すらりとした体躯は、モデルと比較しても引けを取らないであろう。現実離れした美貌を持つ、彼女がこんなところで座っているのは一種の皮肉のようにも思えた。
エリがようやく口が回ったようで、素直に疑問を投げかけた。
「パ、パース学長。なぜ、このようなところに」
「あら、ご存じないのですか~。ここの無駄に広大な敷地は全部、私が一人で管理しているのですよ」
 伸びる語尾に、ゆったりとした話し方。そして、常に眩しそうに目を細める彼女は、本当におとぎの世界から来たのではないだろうかと思わされる。だぼっとした白いローブを羽織っているのも一つの原因だった。
 パース。名家の生まれでない彼女は、名だけで淡白に呼ばれる。素性も生徒には一切明かされておらず、知られているのは国内最強の魔女であるということだけだった。そこに疑問を呈すものはおらず、神出鬼没に現れる彼女は心臓に悪い存在となっている。腹黒いという噂も絶えない。
 そして、メリサが口にしていた、『凄い魔女』というアバウトな存在は彼女のことであった。
「話を聞かせてもらったって、どういうことですか?」
 メリサがそう尋ねると、たいして間もおかずにパースは返答した。
「そのままの意味ですよ。凄い魔女になって、他大陸に行きたいとおっしゃっていたではないですか~。その願い、叶えることが出来るかもしれませんね」
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