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十四時間目 からかい ※微

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 雨はまた強さを増し、うるさく窓に打ち付けている。外はすでに真っ暗で、街灯の明かりが視界不良の雨の中滲むように照らしていた。
 湿度の高い教室に隣同士。意識せずとも、真城の柔らかい匂いが鼻腔を付く。反対に自分の匂いも嗅がれているのかと思うと、内心とても気になってしまった。

「先生、今日の分はこれで終わりですか?」
「ああ。真城は理解してしまえば応用にも引っかからず解くことができるから、教え甲斐がないな」
「素直に褒めてくれていいんですよ? 俺、本当は頭良いのかも」
「ほう、なら次のテストは満点取るんだぞ」
「えー、それは厳しすぎるでしょ」

 真城は小さく肩を揺らして笑う。教科書を閉じて片付けをしながら、籐矢は腕時計に視線をやった。時間はまだあと少しだけ残っていた。

「真城は家でどれくらい勉強しているんだ?」
「俺が家で勉強してないってことは、先生だってよく知ってるでしょ」
「いや……そんなこと知らん」
「じゃあ色々教えてあげますよ。何か聞きたいこととかあります? 先生になら特別に教えてあげても良いですよ」

 自分のことを聞かれるよりは、相手のことを聞いたほうがまだ良い時間稼ぎにはなるだろう。籐矢は少し考え、それから口を開いた。

「じゃあ家族構成は?」
「母と兄と俺ですね。兄ちゃんはもう一緒に住んでないから、今は母さんと二人暮らし」
「へえ……じゃあ、好きな食べ物は?」
「んー、辛くないカレーかな。辛いのは苦手です」
「ふうん。じゃあ趣味は?」
「ねえ、全然聞いてないでしょ。……趣味は男漁り。先生も俺とやってみない?」
「へえ、じゃあ…………ん、んあぁ!? お、お前、何言ってるんだ!」

 動揺する籐矢を楽しげに見つめる真城は、ぐっと距離を詰めてきた。肩で押され、じわじわと体が傾いていく。

「俺、結構本気なんだけどな。先生がノンケだとしても大丈夫、痛くなんてしないよ。ゆっくり解して、今まで味わったことのない気持ち良さを教えてあげることだってできる」
「い、いらん! 大体、男相手に興奮するわけがない!」
「うそつき。ね、先生、随分と汗ばんでますね。肌寒いくらいなのに、どうしたんですか?」

 つつ、と真城の指が輪郭を撫でていく。普段この指で他の男を気持ち良くしているのだろう。しなやかな手つきは女性のような柔らかさを連想させた。

「やめ、ろ、俺は本当に、ゲイじゃないんだ……!」
「そうかな? 素質ありますよ、先生。俺はね、さっきからずっと先生の匂いに興奮してたんだ。先生の匂いってえっちだよね。男を誘う匂いしてる」

 真城の声が低くなる。心地が良い重低音が内臓にじくじくと沁みわたっていった。なんだか本当に真城に興奮しているみたいだ。洗脳されているかのように、息が上がって熱くなっていく。スーツのボタンを外されたことにも気づかず、真城の手のひらがシャツ越しに触れていた。

「ちがう、真城、お前、欲求不満だからって、手を出す相手はちゃんと選べ。昨日、何人かに誘われてただろう」
「あ、先生、昨日の俺のつぶやき見ててくれたんだ。嬉しいな。確か六人かな、それくらいに誘われたんだけど、なんだかパッとしなくて全員断っちゃいました」

 だから、俺、今すごく欲求不満なんです。
 吐息が耳にかかり、籐矢はびくりと肩をすくめる。なぜこうなった。どうしたら良いんだ。
 頭の中ではぐるぐると同じ疑問が駆け回っているし、それに伴ってか身体は全く抗おうとしていない。硬直するばかりの籐矢に、真城はボタンのすき間から指を二本差し入れた。

「乳首感じる人って、後ろでも感じることができるんだって。先生はどうかな、ここ、気持ちよくなれる?」

 二本の指で挟まれた乳首を、ぴんと引っぱって弾かれる。それからくりくりと中指でこねられ、流石に真城の腕を力強く掴んだ。

「っ、やりすぎだ、この馬鹿!」
「…………あー、ごめんなさい、やりすぎました」

 真城は籐矢の顔色を見て、それからパッと手を離す。籐矢は体中が脈打つほどに逆立っていて、今ものすごく暑かった。
 時計を見た真城は鞄を肩にかけて教室を出ていく。怒っているのか、それとも不貞腐れているのか分からなかったが、何も言わずに行ってしまった。

 強く言いすぎてしまった。しかしそれもこれも、真城が大人をからかうから、つい本気になってしまったのだ。

「くそ……真城のやつめ……」

 こんな状態じゃ、しばらく教室から出られそうにない。籐矢は机に突っ伏して、ただ静かに時間が過ぎるのを待つばかりだった。


 



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