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14(フェルナンド視点)

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「はぁ…可愛い、リア、可愛い…」

「兄上、兄弟という贔屓目で見てもキモいです。さっきから40分以上『はぁ…可愛い、リア、可愛い…』の繰り返しですよ、まともな国語は話せないんですか?だいたい何回言ったかわかります?127回ですよ。ユリアーナ様も兄上がこんな男だと知ったらドン引きでしょうね。いい加減、ユリアーナ様につきまとうのはやめて国に帰ってくださいよ。きちんと僕がお守りしますから。もうひとつ言わせていただけば、勝手に『リア』なんて愛称で呼ぶのは失礼ですよ。ユリアーナ様に赦しを得たんですか」

薬草を摘んでその匂いを嗅ぎ幸せそうに微笑むユリアーナを見て、あまりの幸福に頭が蕩けそうになっている俺を急速に現実に引き戻すこの失礼な物言いの男はイアン・ジルコニア、15歳、俺のすぐ下の弟だ。

イアンは友好国であるソルマーレ国が王太子が変わってから急速に発展し続けているため、自国に取り入れられるものはないかと勉強のために来ていて、ソルマーレ国の影の一族の家で世話になっている。

「うるさい。集中できないから少し黙っていてくれ。ああ、今日も可愛い…リアの髪はあの緑だらけの温室で映えるな、美しいオレンジ色の髪の毛…艶々している…ああ、俺と同じシャンプーじゃないいま、どんな匂いになっているんだろう。リア自身が上品な薔薇の香りがするからどんなシャンプーでも石鹸でも構わないのは構わないんだが…いや構わなくない…俺のリアだと印をつけておかなくては…!イアン、今すぐあの家のシャンプーを俺と同じモノに入れ替えてきてくれ!」

「早く死ぬべきだと思います。そんなことしたらすぐに賊が入ったとバレるでしょうが。頭がさらにおかしくなってますよ、自覚はないのでしょうが。次期当主なんですから、ユリアーナ様が関わっていても冷静に対処できるようになってくださいよ。鋼の忍耐力はどこに行ったんですか、遠く離れた異国の地にでも出掛けているのですか」

わざとらしくため息をついたイアンはナメクジでも見ているかのような視線を俺に向けた。分かりやすくわざと蔑みを表すのは母にそっくりだ。

「僕が守ります、なんて言葉信じられるか。あわよくばリアを自分のモノにしようとしているんだろう」

「兄上。『妻が心配するほど夫はモテず』と言う格言を御存知ですか。兄上の場合は逆です。兄上が病的に心配するほどユリアーナ様は他の男の目にとまったりしませんよ。たしかに10人くらいは惹き付けるでしょうが。魅力的ですからね」

「おまえ、言ってることに一貫性がないぞ」

それに、とイアンは俺を見ると一転して真剣な顔になった。

「僕が欲しいのはアリスちゃんだけですから。他の女性には興味がないんです」

「…アリスちゃん?」

「死にたいんですね、兄上。会ったこともないのにまるで知り合いのように図々しくもアリスちゃんだなどと」

スッと針を取り出すイアンの目は本気だった。

「じゃあなんて呼べばいいんだ!だいたいおまえだってユリアーナを名前で呼んでるだろうが!」

「兄上に『ユリアーナを名前で呼ぶな』と言われたことはありませんし、離縁するわけですから義姉上とはお呼びできないでしょう、それこそ失礼です」

「おまえが俺に失礼だ!離縁なんか、…離縁なんかしないし…」

兄上がそう思ってるだけでしょ、と冷たく言われて落ち込む。

サフィールドにヒントをもらってから俺は早急にイアンにつなぎを取り、間違いなくユリアーナがソルマーレ国の親戚の家にいるということを知った。父に許可をもらうために足元を見られ、めんどくさい仕事を押し付けられたがためにソルマーレ国に来れたのは2日前だ。ユリアーナがこの国に来てまもなく1ヶ月。こちらに来る前に、ユリアーナに手紙を出してきた。

「…ほんとに、話も聞いてもらえなかったりしたらどうしよう」

「仕方ないですよね、スッパリ諦めて離縁するしかないですよ」

「イヤだ!リアと婚約したいがために、あの人使いが荒い両親に唆されて命がけであらゆる国から薬草を手に入れてきたんだぞ!栽培して根付いてくれるまでどれだけの歳月を費やしたと思っているんだ!ようやくリアの両親の目にとまって、さもなんにもないふりをして、それならばお互いの利益のために子ども同士を婚約させましょう、とあのクソ親父に言わせるまでの努力がおまえにわかるか!?」

「わかりません。わかる必要性を感じません」

父の横暴さを思い出してイライラし、癒されようとユリアーナを見ると、温室で封筒を手渡されていた。あれは、

「あ、キモい人からの手紙だ。ユリアーナ様、お気の毒に。手が腐っちゃう」

「俺はキモくないし、病原菌でもない」

ユリアーナは封筒を裏返し、少し困惑気味な顔になった。…当たり前だが目の前で見せられると落ち込んでくる。

そのままユリアーナは温室を出ると、自室に戻った。

「破り捨てられたらどうしよう…」

「…兄上、ほんと女々しくてウザイです。キモい上に女々しくてウザイなんてどこにも救いがないですよ」

仕方ないだろう、自分がやってきたこととは言え、…死刑宣告を受ける前の囚人の気持ちだ。動悸が激しすぎて気持ち悪くなってきた。どんなに難しい仕事であってもこんなに緊張した試しはない。口から心臓が飛び出そうだ。

「…あー…」

「…うっさい。ウザイ。僕が見ててあげますから、あっち見ててくださいよ」

そんなわけにはいかない。ユリアーナを傷つけておきながら、自分は傷つきたくないなんて傲慢にも程がある。

ユリアーナは封筒を指で撫でた。その仕草に胸がドキリとする。ああ、なんて美しい指…あの指で俺の頬を撫でてくれないだろうか。頬と言わず、首とか、胸とか、腹とか、もちろんその下の

「兄上、顔が崩壊してます」

「…いちいち俺を見ないでくれ」

便箋を開いたユリアーナは、即座に閉じた。

「破られる寸前ですね」

やっぱりダメか、と思わず視線を落とす。

「あ、また開きましたよ」

イアンの言葉に顔を上げると、読み進めるユリアーナの顔が少しずつ赤く染まってきた。

「…っ、かわっ、可愛いっ!可愛い、リア、可愛い、」

「うるさい!」

イアンが脇腹に肘鉄を喰らわせる。こいつは俺を兄だと思っているのか。痛さに悶えていると、ユリアーナが便箋を取り出しペンを手にした。サラサラと書く、その文字、

「…迎えに行く」

「ちょ、…兄上っ」

イアンの手をすり抜け、俺はユリアーナの元に走った。やっと、やっと、やっとユリアーナに会える。
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