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12(フェルナンド視点)

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「サフィールド!おまえに聞きたいことがある、正直に吐け!」

「ねぇフェルナンド君。それが人に物を頼む態度なの?人の家に入ってきて挨拶もなしにいきなり何?」

正論をかまされグッと詰まる。心なしかいつもふんわりしているサフィールドの瞳が冷たい。

「…申し訳なかった。失礼する、サフィールド氏。いま、少し時間をいただけないだろうか。お尋ねしたいことがある」

サフィールドは椅子を指すと「どうぞ」と言った。言い方も突き放すように冷たい。そしてお茶も出してくれない。

「ご用件は?」

「…ユリアーナが消えた」

「それで?」

「ユリアーナが消える前、まばゆい緑色の光が部屋を覆ってそれが消えると同時にユリアーナの姿もなくなっていた。母が言うには何か緑色の物を手に持っていたらしい。あんな芸当ができるのはおまえだけだろう!」

話しているうちに段々感情が高ぶってくる。早くユリアーナを探さなくてはならないのに、

「そうだよ。わたしのマジナイをかけた石をユリアーナさんが使ったから。カラダが転移したんだよ」

「…転移?どこに、ユリアーナはか弱い乙女なんだぞ!何かあったりしたら、」

「あのね、フェルナンド君。たしかにあれはわたしのマジナイだけど、使わずに済むなら済んだ代物なんだよ。なんでユリアーナさんに渡したかわかる?キミがあの時、『割れたら離縁する』なんてわたしの矜持をぶち壊す発言をしたからだ。わたしは以前言ったよね、わたしのマジナイは誰かを幸せにするために使うものだと。それなのにキミは、『離縁』なんていう幸せとは程遠い言葉を使った。わたしの信念を知りながら、いくら事情があるとは言え赦せないと思うのは当然のことだと思わないのかい?それともわたしみたいな平民の言うことなど取るに足りないことだと?」

サフィールドの突き刺すような言葉に何も反論できなくなる。確かに、たしかにそうだ。サフィールドの母上のことだって知っていながら、

「…申し訳なかった」

サフィールドはそれには返事をせずに、

「ユリアーナさんはここに転移してきたんだよ」

「…どこにいるんだ!」

「いまはもういない。ユリアーナさんは安全な場所にいるよ」

「サフィールド、頼む、頼む教えてくれ…っ!俺はユリアーナに、」

椅子から降りて床に手をつけ頭を下げる。

「そこまでさせて申し訳ないんだけど、いま教えることはできない」

「…なぜだっ」

サフィールドは、先ほどとはうってかわって穏やかな、凪いだ目付きに変わっていた。

「ユリアーナさんはね。まだキミに会いたくないんだって。気持ちの整理がつくまではたぶん冷静にキミの話も聞けないよ。キミ、義妹にキスされたんだって?ジルコニア家次期当主とは思えない隙だらけのていたらくぶりじゃない?事情を知らないユリアーナさんからしたら、ただの浮気としか思えないじゃない」

父母に言われたことをさらにサフィールドにまで言われて心底落ち込んでくる。たしかに、たしかにそうなんだが…!

サフィールドは俺の腕を掴むと、椅子に座らせた。席を外し、お茶を持ってきてくれる。

「これは…緑茶か?」

「そこはさすがと褒めておくよ、フェルナンド君。これはわたしからのヒント。キミのことだから、ユリアーナさんは安全だと言っても実際に自分の目でその姿を確認しない限り納得ができないんだろう?しつこく何度も訪ねてこられても困るし。ここまでヒントを出したんだから、あとは自分で探してごらんよ」

「…わかった。感謝する」

「ねぇフェルナンド君、さっき言ったようにユリアーナさんはまだキミに会いたくないんだからね。絶対に接触しちゃダメだよ。もしそれを破ったら、わたしの信念を曲げてでもキミを呪い殺すからね」

「…わかった」

緑茶が流通している国はジャポン皇国、そしてソルマーレ国。アミノフィア国はジャポン皇国と国交は開いたが、まだ貿易を開始してはいない。人的交流がなされているだけだし、その人的交流もまだ限られた層だけだ。元々アミノフィア国の国民ではない、ジャポン皇国とまだ国交を開いていない我が国のユリアーナがジャポン皇国に行けるはずがない。だとすればソルマーレ国にユリアーナはいるということだ。ユリアーナの母上はソルマーレ国の子爵家の出、ソルマーレにそれ以外の繋がりはないはず。

「…ソルマーレ国には今、」

イアンがいる。イヤな偶然に知らず舌打ちが出た。

イアンは俺の弟だ。父母が同じ、れっきとした俺の弟。イアンの他にあと4人弟がいる。再婚して子どもは作らない、あんなのは表向きのしょせんは作り話だ。影の一族が跡継ぎを一人などあり得ない。幼い頃から毒や催淫剤、睡眠薬、あらゆる薬に耐性をつけさせられる。ちょっとでも分量を間違えれば死ぬ可能性がある。母は死んだと見せ掛け違う女になったのをいいことに、「再婚相手の息子の教育にすべてを捧げたい」と一歩も屋敷から出ないという夫人を演じた。父が御披露目もしなかったため、未だに再婚してジルコニア夫人になったという女性は、「立派な淑女」という根拠のない噂だけが独り歩きする謎に包まれた妻なのだ。幼い時は「ハソックヒル国の間者に見られたから」という理由を素直に受け取っていたが、成長した今ならわかる。そういうことにしてなるべく一緒に過ごす時間を作りたかっただけだ。主に父が。任務とわかっていても、自分の手が届かない、他の男がいる場所に母を行かせたくなかったのだろう。

その設定をいいことに父はこれでもかと母を抱き潰し、子どもを作りまくった。いつ、誰が死んでも代わりはきく。そう、俺が死んでも。

「…絶対、渡すもんか」

ユリアーナを、俺のリアを、手放すなんて選択肢はない。
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