上 下
6 / 19

しおりを挟む
指輪がなくなった左手を見ながら、そんなことを思い出す。私とフェルナンドの結婚は確かに契約でしかなかったのだろうが、あの場で「離縁する契約の指輪だ」などと言われて、指輪を贈られて素直に嬉しいと思った気持ちは霧散した。そんなに離縁したいなら、指輪が割れたらなんて言わずにあの場で離縁すればよかったのに。わざわざこの国に住んでいるわけではないサフィールドさんを連れてきてまで作らなくては気が済まなかったのだろうか。

あんなに硬い金属がまるで小枝のようにパキリと割れて驚いたが、この脆さこそが私と夫の結婚生活を象徴するものだったのかもしれない。

毎日手を握られ、特に話をするわけでもなかったのに、「好き」という気持ちはままならないものである。近くにいる相手を見ているうちに、邪険にされていることを忘れてしまう日もあった。それは結局、私の一方的な想いでしかなかったのだけれど。

グズグズ思い悩んでも仕方がないことだ。離縁と決まったからにはここから出ていかなくてはならない。実家に一度身を寄せて、そこから今後を考えよう。薬草が手に入らなくなって父母も兄もガッカリするだろうなぁ…。ジルコニア夫妻にもすごく良くしてもらったのに申し訳ない。こんな形で、なんにもお返しできなくて。

そう言えば、ジルコニア侯爵家の我が家との結び付きって、なんのメリットがあったんだろう、と今更ながらに疑問が浮かぶ。我が家は薬草しかも珍種も手に入れ放題!っていうありがたさしかなかったけど、ジルコニア侯爵家は、我が家から何を得ていたのだろう。「家の結び付きのための結婚だから仕方なく受け入れる」とフェルナンドは言った。それは、いったいなんだったのか。

答えが出ないことを悩んでみても仕方がない。実家に戻るために私物をまとめ始めたが、本棚の前で途方に暮れる。ジルコニア夫妻は私が好きそうな本や研究に役立ちそうな本をどんどん買い与えてくれたので、膨大な量になってしまったのだ。

せっかく買ってもらったが、実家に置く場所もない。私が買い集めたものではないし、申し訳ないが必要なければ寄付してもらおう。そのほうが、本も日の目をみれるはず。

あとは、と机の引き出しを開け、あの緑色の石が目に入る。それを手に取ったとき、

「ユリアーナ、開けてくれ!」

とドアを叩く音とともにフェルナンドの声が聞こえてきた。いつの間にか習慣になっていて、カギをかけていたことにひとまず安心する。

「離縁のための書類を出していただけたのですか」

「書類なんか出さない、俺はユリアーナと離縁なんかしない!絶対にしない!」

「ご自分が仰ったのですよ、指輪が割れたら離縁すると。書類を出したらいらしてください」

すると、いきなりドアが蹴破られ、息を切らしたフェルナンドが入ってきた。きちんと身なりを整えていて、誠実で優しそうに見えるのになんてことをするのだろう。はじめて、正面からフェルナンドをマジマジと見る。整ったキレイな顔には、煌めく銀髪が汗で張りつき、今まで見たことのないくらい、取り乱した、ひどく焦った表情をしていた。なんでそんな顔をするの。むしろ離縁できて嬉しそうな顔をすればいいじゃない…!

「ユリアーナ、話がしたいんだ、俺は、あの女と何もない!」

「裸で寝ていたのに?」

「あれは違う!あれは、」

私は首を横に振ってみせた。そんなこと今となってはどうでもいい。

「婚約する、と初めて会った日からあなた様の気持ちはわかっていました。語らずともあなた様はアマンダ様を大切にされていた。いつでも触れさせていましたね、私の前でも関係なく。…そうですよね、私には愛がない、愛を求めるなと仰るのですから。もう、やめたいのです。離縁すると脅され、義妹との関係を見せつけられ、それでも大好きな研究のために、なんて意地を張るのはもううんざりなんです。私だって傷つくし、悲しくなるんです。私にだって心はあるんです」

「俺はっ!」

「今日、私の誕生日なんです」

フェルナンドは取れそうな勢いでブンブンと首を縦に振った。

「だから…っ、」

「だから、最高の贈り物をしてくださったんですよね。いつまでも気付かない鈍くて図々しい私のために。おまえの居場所はここにはないと、教えてくださったのでしょう?」

「違う!」

叫ぶフェルナンドに、私も我慢の限界がきた。

「何も違くない!アマンダが好きなら、ご自分でご両親を説得なさればよかったではないですか!私とは結婚したくない、アマンダを妻にしたいと!私と結婚した、という実績さえ作ればあとはいつ離縁しても構わないと考えたのですか?ご両親の意向通りに一度は結婚したのだから次は自分の好きにしていいと?勝手だわ。だいたい、我が家にメリットがあるだけでジルコニア侯爵家にはなんのメリットがあるのです?結び付き、だなんて、我が家がジルコニア侯爵家にもたらせるものなんてなんにもない。身の程知らずにノコノコやってきた私でアマンダとのことを許してもらえない鬱憤を晴らすつもりだったのですか?そしてやっぱりあなた方が間違っていたんだ、こんな無能な女を娶らせて、と当て擦り離縁するつもりだったのですか?バカにするのもいい加減にして!」

婚約してから今日まで積もり積もった感情のすべてが溢れ出す。

「こんなふうにバカにされながら生きていくなんてまっぴらです。慰謝料を払え、薬草やら何やら好きに使ったのだからと仰るなら請求を出してください。一生かけてお返しいたします。どんなことをしてでも。だから、ご自分が仰ったのだから、離縁してください」

「…イヤだ。イヤだ、イヤだ、イヤだ!ユリアーナ、離縁なんてイヤだ、言ったのは確かに俺だし、ユリアーナ、ごめん、謝って済むわけじゃない、すぐに赦してもらえるなんて、そんな虫のいいことも思ってない、だけど、どうか話を聞いてくれ!俺は、」

「何事なの、フェルナンド」

ジルコニア夫人の冷たい声が響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【R18】 義理の弟は私を偏愛する

あみにあ
恋愛
幼いころに両親が他界し、私はある貴族に引き取られた。 これからどうなるのか……不安でいっぱいだった私の前に会わられたのが、天使のように可愛い男の子。 とろけそうな笑顔に、甘えた声。 伸ばされた小さな手に、不安は一気に吹き飛んだの。 それが私と義弟の出会いだった。 彼とすぐに仲良くなって、朝から晩まで一緒にいた。 同じ食卓を囲み、同じベッドで手をつないで眠る毎日。 毎日が幸せだった。 ずっと続けばいいと願っていた。 なのに私は……彼の姉として抱いてはいけない感情を持ってしまった。 気が付いた時にはもう後戻りできないところまで来ていたの。 彼の傍に居たいのに、もう居続けることは出来ない。 だから私は彼の傍を離れると決意した。 それなのに、どうしてこんなことになってしまったの……? ※全14話(完結)毎日更新【5/8完結します】 ※無理やりな性描写がございます、苦手な方はご注意ください。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

【R18】「媚薬漬け」をお題にしたクズな第三王子のえっちなお話

井笠令子
恋愛
第三王子の婚約者の妹が婚約破棄を狙って、姉に媚薬を飲ませて適当な男に強姦させようとする話 ゆるゆるファンタジー世界の10分で読めるサクえろです。 前半は姉視点。後半は王子視点。 診断メーカーの「えっちなお話書くったー」で出たお題で書いたお話。 ※このお話は、ムーンライトノベルズにも掲載しております※

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

処理中です...