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指輪がなくなった左手を見ながら、そんなことを思い出す。私とフェルナンドの結婚は確かに契約でしかなかったのだろうが、あの場で「離縁する契約の指輪だ」などと言われて、指輪を贈られて素直に嬉しいと思った気持ちは霧散した。そんなに離縁したいなら、指輪が割れたらなんて言わずにあの場で離縁すればよかったのに。わざわざこの国に住んでいるわけではないサフィールドさんを連れてきてまで作らなくては気が済まなかったのだろうか。
あんなに硬い金属がまるで小枝のようにパキリと割れて驚いたが、この脆さこそが私と夫の結婚生活を象徴するものだったのかもしれない。
毎日手を握られ、特に話をするわけでもなかったのに、「好き」という気持ちはままならないものである。近くにいる相手を見ているうちに、邪険にされていることを忘れてしまう日もあった。それは結局、私の一方的な想いでしかなかったのだけれど。
グズグズ思い悩んでも仕方がないことだ。離縁と決まったからにはここから出ていかなくてはならない。実家に一度身を寄せて、そこから今後を考えよう。薬草が手に入らなくなって父母も兄もガッカリするだろうなぁ…。ジルコニア夫妻にもすごく良くしてもらったのに申し訳ない。こんな形で、なんにもお返しできなくて。
そう言えば、ジルコニア侯爵家の我が家との結び付きって、なんのメリットがあったんだろう、と今更ながらに疑問が浮かぶ。我が家は薬草しかも珍種も手に入れ放題!っていうありがたさしかなかったけど、ジルコニア侯爵家は、我が家から何を得ていたのだろう。「家の結び付きのための結婚だから仕方なく受け入れる」とフェルナンドは言った。それは、いったいなんだったのか。
答えが出ないことを悩んでみても仕方がない。実家に戻るために私物をまとめ始めたが、本棚の前で途方に暮れる。ジルコニア夫妻は私が好きそうな本や研究に役立ちそうな本をどんどん買い与えてくれたので、膨大な量になってしまったのだ。
せっかく買ってもらったが、実家に置く場所もない。私が買い集めたものではないし、申し訳ないが必要なければ寄付してもらおう。そのほうが、本も日の目をみれるはず。
あとは、と机の引き出しを開け、あの緑色の石が目に入る。それを手に取ったとき、
「ユリアーナ、開けてくれ!」
とドアを叩く音とともにフェルナンドの声が聞こえてきた。いつの間にか習慣になっていて、カギをかけていたことにひとまず安心する。
「離縁のための書類を出していただけたのですか」
「書類なんか出さない、俺はユリアーナと離縁なんかしない!絶対にしない!」
「ご自分が仰ったのですよ、指輪が割れたら離縁すると。書類を出したらいらしてください」
すると、いきなりドアが蹴破られ、息を切らしたフェルナンドが入ってきた。きちんと身なりを整えていて、誠実で優しそうに見えるのになんてことをするのだろう。はじめて、正面からフェルナンドをマジマジと見る。整ったキレイな顔には、煌めく銀髪が汗で張りつき、今まで見たことのないくらい、取り乱した、ひどく焦った表情をしていた。なんでそんな顔をするの。むしろ離縁できて嬉しそうな顔をすればいいじゃない…!
「ユリアーナ、話がしたいんだ、俺は、あの女と何もない!」
「裸で寝ていたのに?」
「あれは違う!あれは、」
私は首を横に振ってみせた。そんなこと今となってはどうでもいい。
「婚約する、と初めて会った日からあなた様の気持ちはわかっていました。語らずともあなた様はアマンダ様を大切にされていた。いつでも触れさせていましたね、私の前でも関係なく。…そうですよね、私には愛がない、愛を求めるなと仰るのですから。もう、やめたいのです。離縁すると脅され、義妹との関係を見せつけられ、それでも大好きな研究のために、なんて意地を張るのはもううんざりなんです。私だって傷つくし、悲しくなるんです。私にだって心はあるんです」
「俺はっ!」
「今日、私の誕生日なんです」
フェルナンドは取れそうな勢いでブンブンと首を縦に振った。
「だから…っ、」
「だから、最高の贈り物をしてくださったんですよね。いつまでも気付かない鈍くて図々しい私のために。おまえの居場所はここにはないと、教えてくださったのでしょう?」
「違う!」
叫ぶフェルナンドに、私も我慢の限界がきた。
「何も違くない!アマンダが好きなら、ご自分でご両親を説得なさればよかったではないですか!私とは結婚したくない、アマンダを妻にしたいと!私と結婚した、という実績さえ作ればあとはいつ離縁しても構わないと考えたのですか?ご両親の意向通りに一度は結婚したのだから次は自分の好きにしていいと?勝手だわ。だいたい、我が家にメリットがあるだけでジルコニア侯爵家にはなんのメリットがあるのです?結び付き、だなんて、我が家がジルコニア侯爵家にもたらせるものなんてなんにもない。身の程知らずにノコノコやってきた私でアマンダとのことを許してもらえない鬱憤を晴らすつもりだったのですか?そしてやっぱりあなた方が間違っていたんだ、こんな無能な女を娶らせて、と当て擦り離縁するつもりだったのですか?バカにするのもいい加減にして!」
婚約してから今日まで積もり積もった感情のすべてが溢れ出す。
「こんなふうにバカにされながら生きていくなんてまっぴらです。慰謝料を払え、薬草やら何やら好きに使ったのだからと仰るなら請求を出してください。一生かけてお返しいたします。どんなことをしてでも。だから、ご自分が仰ったのだから、離縁してください」
「…イヤだ。イヤだ、イヤだ、イヤだ!ユリアーナ、離縁なんてイヤだ、言ったのは確かに俺だし、ユリアーナ、ごめん、謝って済むわけじゃない、すぐに赦してもらえるなんて、そんな虫のいいことも思ってない、だけど、どうか話を聞いてくれ!俺は、」
「何事なの、フェルナンド」
ジルコニア夫人の冷たい声が響いた。
あんなに硬い金属がまるで小枝のようにパキリと割れて驚いたが、この脆さこそが私と夫の結婚生活を象徴するものだったのかもしれない。
毎日手を握られ、特に話をするわけでもなかったのに、「好き」という気持ちはままならないものである。近くにいる相手を見ているうちに、邪険にされていることを忘れてしまう日もあった。それは結局、私の一方的な想いでしかなかったのだけれど。
グズグズ思い悩んでも仕方がないことだ。離縁と決まったからにはここから出ていかなくてはならない。実家に一度身を寄せて、そこから今後を考えよう。薬草が手に入らなくなって父母も兄もガッカリするだろうなぁ…。ジルコニア夫妻にもすごく良くしてもらったのに申し訳ない。こんな形で、なんにもお返しできなくて。
そう言えば、ジルコニア侯爵家の我が家との結び付きって、なんのメリットがあったんだろう、と今更ながらに疑問が浮かぶ。我が家は薬草しかも珍種も手に入れ放題!っていうありがたさしかなかったけど、ジルコニア侯爵家は、我が家から何を得ていたのだろう。「家の結び付きのための結婚だから仕方なく受け入れる」とフェルナンドは言った。それは、いったいなんだったのか。
答えが出ないことを悩んでみても仕方がない。実家に戻るために私物をまとめ始めたが、本棚の前で途方に暮れる。ジルコニア夫妻は私が好きそうな本や研究に役立ちそうな本をどんどん買い与えてくれたので、膨大な量になってしまったのだ。
せっかく買ってもらったが、実家に置く場所もない。私が買い集めたものではないし、申し訳ないが必要なければ寄付してもらおう。そのほうが、本も日の目をみれるはず。
あとは、と机の引き出しを開け、あの緑色の石が目に入る。それを手に取ったとき、
「ユリアーナ、開けてくれ!」
とドアを叩く音とともにフェルナンドの声が聞こえてきた。いつの間にか習慣になっていて、カギをかけていたことにひとまず安心する。
「離縁のための書類を出していただけたのですか」
「書類なんか出さない、俺はユリアーナと離縁なんかしない!絶対にしない!」
「ご自分が仰ったのですよ、指輪が割れたら離縁すると。書類を出したらいらしてください」
すると、いきなりドアが蹴破られ、息を切らしたフェルナンドが入ってきた。きちんと身なりを整えていて、誠実で優しそうに見えるのになんてことをするのだろう。はじめて、正面からフェルナンドをマジマジと見る。整ったキレイな顔には、煌めく銀髪が汗で張りつき、今まで見たことのないくらい、取り乱した、ひどく焦った表情をしていた。なんでそんな顔をするの。むしろ離縁できて嬉しそうな顔をすればいいじゃない…!
「ユリアーナ、話がしたいんだ、俺は、あの女と何もない!」
「裸で寝ていたのに?」
「あれは違う!あれは、」
私は首を横に振ってみせた。そんなこと今となってはどうでもいい。
「婚約する、と初めて会った日からあなた様の気持ちはわかっていました。語らずともあなた様はアマンダ様を大切にされていた。いつでも触れさせていましたね、私の前でも関係なく。…そうですよね、私には愛がない、愛を求めるなと仰るのですから。もう、やめたいのです。離縁すると脅され、義妹との関係を見せつけられ、それでも大好きな研究のために、なんて意地を張るのはもううんざりなんです。私だって傷つくし、悲しくなるんです。私にだって心はあるんです」
「俺はっ!」
「今日、私の誕生日なんです」
フェルナンドは取れそうな勢いでブンブンと首を縦に振った。
「だから…っ、」
「だから、最高の贈り物をしてくださったんですよね。いつまでも気付かない鈍くて図々しい私のために。おまえの居場所はここにはないと、教えてくださったのでしょう?」
「違う!」
叫ぶフェルナンドに、私も我慢の限界がきた。
「何も違くない!アマンダが好きなら、ご自分でご両親を説得なさればよかったではないですか!私とは結婚したくない、アマンダを妻にしたいと!私と結婚した、という実績さえ作ればあとはいつ離縁しても構わないと考えたのですか?ご両親の意向通りに一度は結婚したのだから次は自分の好きにしていいと?勝手だわ。だいたい、我が家にメリットがあるだけでジルコニア侯爵家にはなんのメリットがあるのです?結び付き、だなんて、我が家がジルコニア侯爵家にもたらせるものなんてなんにもない。身の程知らずにノコノコやってきた私でアマンダとのことを許してもらえない鬱憤を晴らすつもりだったのですか?そしてやっぱりあなた方が間違っていたんだ、こんな無能な女を娶らせて、と当て擦り離縁するつもりだったのですか?バカにするのもいい加減にして!」
婚約してから今日まで積もり積もった感情のすべてが溢れ出す。
「こんなふうにバカにされながら生きていくなんてまっぴらです。慰謝料を払え、薬草やら何やら好きに使ったのだからと仰るなら請求を出してください。一生かけてお返しいたします。どんなことをしてでも。だから、ご自分が仰ったのだから、離縁してください」
「…イヤだ。イヤだ、イヤだ、イヤだ!ユリアーナ、離縁なんてイヤだ、言ったのは確かに俺だし、ユリアーナ、ごめん、謝って済むわけじゃない、すぐに赦してもらえるなんて、そんな虫のいいことも思ってない、だけど、どうか話を聞いてくれ!俺は、」
「何事なの、フェルナンド」
ジルコニア夫人の冷たい声が響いた。
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