4 / 19
4
しおりを挟む
フェルナンドは夕食後、必ず一緒に本宅から離れに戻り、私の部屋の前まで来てカギをかけるかどうかを確認した。いったい何の真似なのか。私が何かを盗むとでも考えているのだろうか。ある晩、自室でしばらく過ごした後、そう言えば読みかけの本を忘れてしまったと、まだ遅い時間ではないため本宅に行こうとカギを開け、部屋から足を踏み出した瞬間、
「何をしている?」
あまりにびっくりして声が出ない私を睨み付けるフェルナンドの瞳は爛々と光っていた。
「俺は言ったな。カギをかけ、夜は出てくるなと。なぜわからないんだ!」
はじめは怖くて仕方なかった怒鳴り声も、3ヶ月もすると嫌われてるのだから仕方のないことだと受けとめるようになった。たぶん、心が凍りはじめていたのだろう。ジルコニア夫妻は相変わらず優しいが、夫妻は私の結婚した相手ではない。この先ずっと、こうして疎まれながら生きていくならば、感情をなくさないと自分の心が壊れてしまう。
「おい、聞いてるのか?」
…私なんかと婚約しないで、結婚しないで、アマンダを妻にすれば良かったのに。
「おい!」
いつの間にか目の前に立っていたフェルナンドに肩を掴まれ、ハッと覚醒する。
「…はい」
「はいじゃない、なぜ出てきたのか聞いてるんだ!」
「本を食堂に忘れてしまったので取りに行こうと」
フェルナンドはギュッと眉をしかめると、「そんなこと…」と呟いた。その言葉にユラァっと胸の中に怒りが立ち上る。
「そんなこと?あなた様にはそんなことでも、私には大事なことです。今開発している薬についてヒントが得られる大事な本です。今夜のうちに読みたいから取りに行くのです。失礼します」
そのまま通り抜けようとすると、ガッと腕を掴まれた。
「俺が取ってきてやる」
「結構です」
「なんだと…?」
睨み付けてくるフェルナンドを負けじと睨み返すと、なぜか彼は傷付いたような顔になった。私のことは傷付けても平気なくせに、なぜそんな顔をするのか。
「離してください」
そう言ってフェルナンドの手を振り払い歩き出すと、今度は手を握られた。
いきなりのことに呆気にとられていると、そのままグイグイ歩き出す。
「…っ、離してください!」
「イヤだ」
ますます力をこめられ、手が痛くなる。
「痛いから離してください!」
「俺は何も痛いことなんてしてない。ただ手を繋いで歩いているだけだ」
「痛いものは痛いです!」
フェルナンドは私の言葉を聞くと、「おまえが振り払おうとするからだ」とだけ言ってまたグイグイ歩き出した。
本宅に入ると、久しぶりに見るアマンダがいた。私とフェルナンドが結婚した日、アマンダは出席していなかった。きっと不貞腐れての抗議のつもりなのだろうと考えていた。その後も見かけることがなくどうしたのかと思っていたのだが。
アマンダは私と手を繋いでいるフェルナンドに駆け寄ってくると、
「お義兄様、手が汚れちゃうわ!こんな女の手を握るなんて。無理矢理繋がれたの?バッカみたい、あんた、なんの真似よ!」
と私を思い切り突き飛ばした。そのまま手が離れ、尻餅をつく格好になる。
「ふん、いい気味」
「何をしている」
痛さに顔をしかめていると、頭の上から声がした。顔を上げようとしたら、そのままフワリとカラダが浮いた。
「…父上、やめてください!」
私を抱き上げたのはジルコニア侯爵だった。
「そうよ、あなた、やめてください。わたくしの可愛いユリちゃんに触れるなんてズルいわ!わたくしだってユリちゃんを抱っこしたいのに!」
「ダメだ。いくらおまえが怪力女でも、ユリちゃんを任せることはできん。ユリたん…あ、ユリたん!いいな、これからユリたんと呼ぼう!ユリたん、どうしたんだい?この時間に来るなんて珍しいじゃないか。俺に会いたくなっちゃったのかな?ん?」
「キモいわ。そんなわけないじゃない。ユリちゃんが困惑してるからやめて。ユリちゃん、どうしたの?何かあった?」
目の前で呆然と佇む二人の存在はまるっと無視して私に構う夫妻に、本を忘れたことを告げると、
「まあ、そうだったのね。じゃあ、出てきたついでに食後のお茶にしましょうよ。ユリちゃんが読んでる本について聞きたいわ。…セドリック!」
すると、音もなく目の前に男性が現れてびっくりする。
「お茶をお願い。昨日旦那様が買ってきたクッキーも出して」
「な、なんで知ってるんだ!あれは俺がユリたんと一緒に食べようと、」
「さ、いきましょユリちゃん」
一礼してまた音もなく消えた男性を見送り、夫妻は私を連れて歩き出した。
「父上っ」
「…ん?なんだ、いたのか。可愛いユリたんがこんな目に遭わされてるのにそこにまさか夫であるはずのおまえが居たとはな。庇うことも抱き上げることもせず、害した相手に処罰を与えるわけでもなく、ただぼんやりと突っ立ってた野郎がなんか用か?」
「約束が違います!もう、」
「約束?なんのことだ」
ギリギリとこちらを睨み付けるフェルナンドの腕にアマンダが絡み付く。
「お義兄様ぁ、離れのお義兄様の部屋に行きたいわ、わたしまだ一度も入ってないのよ」
「当たり前だ!あの離れは俺とユリアーナの大事な新居なんだぞ!おまえなんかが来ていい場所じゃない!馴れ馴れしく触るな、離せ!」
「どうしたの、お義兄様、照れてるの?あんな女に義理だてする必要なんてないんだから、」
「アマンダ。なぜここにいるの?」
ひんやりしたジルコニア夫人の声にアマンダはビクリと反応し、フェルナンドからサッと手を離す。
「…お母様、」
「なぜここにいるのか聞いているのよ」
アマンダはビクビクした様子で夫人を見ると、
「今夜は、熱っぽいから休もうかと、」
「そう。なら部屋に行きなさい。リリア、いる?」
「はい、奥様」
またもや音もなく現れた年配の女性は、夫人の前にひざまずいた。
「アマンダを部屋に入れて。熱があるらしいから冷やしてあげてちょうだい」
「かしこまりました」
「イヤ、お母様、やめて、わたし戻るから」
なぜか顔色が悪くなるアマンダをニィッと見た夫人は、
「遠慮しないで。さ、リリアよろしくね」
「イヤ、離して!」
騒ぐアマンダを荷物のように担ぎ上げた女性も音もなく消えた。
「さ、ユリたん、行こうか。時間がもったいない。本の内容もそうだが、今進めている研究についても聞きたいな」
「父上っ」
ジルコニア侯爵も夫人と同じ顔でフェルナンドを見ると、
「俺が責任を持ってユリたんを離れに連れて行く。役立たずはさっさと寝ろ」
そのまま振り向くことなく夫人を伴い歩き出す。横抱きにされたままそっと窺うと、下を向いて拳を握り締めるフェルナンドの姿があった。
「何をしている?」
あまりにびっくりして声が出ない私を睨み付けるフェルナンドの瞳は爛々と光っていた。
「俺は言ったな。カギをかけ、夜は出てくるなと。なぜわからないんだ!」
はじめは怖くて仕方なかった怒鳴り声も、3ヶ月もすると嫌われてるのだから仕方のないことだと受けとめるようになった。たぶん、心が凍りはじめていたのだろう。ジルコニア夫妻は相変わらず優しいが、夫妻は私の結婚した相手ではない。この先ずっと、こうして疎まれながら生きていくならば、感情をなくさないと自分の心が壊れてしまう。
「おい、聞いてるのか?」
…私なんかと婚約しないで、結婚しないで、アマンダを妻にすれば良かったのに。
「おい!」
いつの間にか目の前に立っていたフェルナンドに肩を掴まれ、ハッと覚醒する。
「…はい」
「はいじゃない、なぜ出てきたのか聞いてるんだ!」
「本を食堂に忘れてしまったので取りに行こうと」
フェルナンドはギュッと眉をしかめると、「そんなこと…」と呟いた。その言葉にユラァっと胸の中に怒りが立ち上る。
「そんなこと?あなた様にはそんなことでも、私には大事なことです。今開発している薬についてヒントが得られる大事な本です。今夜のうちに読みたいから取りに行くのです。失礼します」
そのまま通り抜けようとすると、ガッと腕を掴まれた。
「俺が取ってきてやる」
「結構です」
「なんだと…?」
睨み付けてくるフェルナンドを負けじと睨み返すと、なぜか彼は傷付いたような顔になった。私のことは傷付けても平気なくせに、なぜそんな顔をするのか。
「離してください」
そう言ってフェルナンドの手を振り払い歩き出すと、今度は手を握られた。
いきなりのことに呆気にとられていると、そのままグイグイ歩き出す。
「…っ、離してください!」
「イヤだ」
ますます力をこめられ、手が痛くなる。
「痛いから離してください!」
「俺は何も痛いことなんてしてない。ただ手を繋いで歩いているだけだ」
「痛いものは痛いです!」
フェルナンドは私の言葉を聞くと、「おまえが振り払おうとするからだ」とだけ言ってまたグイグイ歩き出した。
本宅に入ると、久しぶりに見るアマンダがいた。私とフェルナンドが結婚した日、アマンダは出席していなかった。きっと不貞腐れての抗議のつもりなのだろうと考えていた。その後も見かけることがなくどうしたのかと思っていたのだが。
アマンダは私と手を繋いでいるフェルナンドに駆け寄ってくると、
「お義兄様、手が汚れちゃうわ!こんな女の手を握るなんて。無理矢理繋がれたの?バッカみたい、あんた、なんの真似よ!」
と私を思い切り突き飛ばした。そのまま手が離れ、尻餅をつく格好になる。
「ふん、いい気味」
「何をしている」
痛さに顔をしかめていると、頭の上から声がした。顔を上げようとしたら、そのままフワリとカラダが浮いた。
「…父上、やめてください!」
私を抱き上げたのはジルコニア侯爵だった。
「そうよ、あなた、やめてください。わたくしの可愛いユリちゃんに触れるなんてズルいわ!わたくしだってユリちゃんを抱っこしたいのに!」
「ダメだ。いくらおまえが怪力女でも、ユリちゃんを任せることはできん。ユリたん…あ、ユリたん!いいな、これからユリたんと呼ぼう!ユリたん、どうしたんだい?この時間に来るなんて珍しいじゃないか。俺に会いたくなっちゃったのかな?ん?」
「キモいわ。そんなわけないじゃない。ユリちゃんが困惑してるからやめて。ユリちゃん、どうしたの?何かあった?」
目の前で呆然と佇む二人の存在はまるっと無視して私に構う夫妻に、本を忘れたことを告げると、
「まあ、そうだったのね。じゃあ、出てきたついでに食後のお茶にしましょうよ。ユリちゃんが読んでる本について聞きたいわ。…セドリック!」
すると、音もなく目の前に男性が現れてびっくりする。
「お茶をお願い。昨日旦那様が買ってきたクッキーも出して」
「な、なんで知ってるんだ!あれは俺がユリたんと一緒に食べようと、」
「さ、いきましょユリちゃん」
一礼してまた音もなく消えた男性を見送り、夫妻は私を連れて歩き出した。
「父上っ」
「…ん?なんだ、いたのか。可愛いユリたんがこんな目に遭わされてるのにそこにまさか夫であるはずのおまえが居たとはな。庇うことも抱き上げることもせず、害した相手に処罰を与えるわけでもなく、ただぼんやりと突っ立ってた野郎がなんか用か?」
「約束が違います!もう、」
「約束?なんのことだ」
ギリギリとこちらを睨み付けるフェルナンドの腕にアマンダが絡み付く。
「お義兄様ぁ、離れのお義兄様の部屋に行きたいわ、わたしまだ一度も入ってないのよ」
「当たり前だ!あの離れは俺とユリアーナの大事な新居なんだぞ!おまえなんかが来ていい場所じゃない!馴れ馴れしく触るな、離せ!」
「どうしたの、お義兄様、照れてるの?あんな女に義理だてする必要なんてないんだから、」
「アマンダ。なぜここにいるの?」
ひんやりしたジルコニア夫人の声にアマンダはビクリと反応し、フェルナンドからサッと手を離す。
「…お母様、」
「なぜここにいるのか聞いているのよ」
アマンダはビクビクした様子で夫人を見ると、
「今夜は、熱っぽいから休もうかと、」
「そう。なら部屋に行きなさい。リリア、いる?」
「はい、奥様」
またもや音もなく現れた年配の女性は、夫人の前にひざまずいた。
「アマンダを部屋に入れて。熱があるらしいから冷やしてあげてちょうだい」
「かしこまりました」
「イヤ、お母様、やめて、わたし戻るから」
なぜか顔色が悪くなるアマンダをニィッと見た夫人は、
「遠慮しないで。さ、リリアよろしくね」
「イヤ、離して!」
騒ぐアマンダを荷物のように担ぎ上げた女性も音もなく消えた。
「さ、ユリたん、行こうか。時間がもったいない。本の内容もそうだが、今進めている研究についても聞きたいな」
「父上っ」
ジルコニア侯爵も夫人と同じ顔でフェルナンドを見ると、
「俺が責任を持ってユリたんを離れに連れて行く。役立たずはさっさと寝ろ」
そのまま振り向くことなく夫人を伴い歩き出す。横抱きにされたままそっと窺うと、下を向いて拳を握り締めるフェルナンドの姿があった。
91
お気に入りに追加
3,825
あなたにおすすめの小説
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる