初夜すら私に触れようとしなかった夫には、知らなかった裏の顔がありました~これって…ヤンデレってヤツですか?

蜜柑マル

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フェルナンドは夕食後、必ず一緒に本宅から離れに戻り、私の部屋の前まで来てカギをかけるかどうかを確認した。いったい何の真似なのか。私が何かを盗むとでも考えているのだろうか。ある晩、自室でしばらく過ごした後、そう言えば読みかけの本を忘れてしまったと、まだ遅い時間ではないため本宅に行こうとカギを開け、部屋から足を踏み出した瞬間、

「何をしている?」

あまりにびっくりして声が出ない私を睨み付けるフェルナンドの瞳は爛々と光っていた。

「俺は言ったな。カギをかけ、夜は出てくるなと。なぜわからないんだ!」

はじめは怖くて仕方なかった怒鳴り声も、3ヶ月もすると嫌われてるのだから仕方のないことだと受けとめるようになった。たぶん、心が凍りはじめていたのだろう。ジルコニア夫妻は相変わらず優しいが、夫妻は私の結婚した相手ではない。この先ずっと、こうして疎まれながら生きていくならば、感情をなくさないと自分の心が壊れてしまう。

「おい、聞いてるのか?」

…私なんかと婚約しないで、結婚しないで、アマンダを妻にすれば良かったのに。

「おい!」

いつの間にか目の前に立っていたフェルナンドに肩を掴まれ、ハッと覚醒する。

「…はい」

「はいじゃない、なぜ出てきたのか聞いてるんだ!」

「本を食堂に忘れてしまったので取りに行こうと」

フェルナンドはギュッと眉をしかめると、「そんなこと…」と呟いた。その言葉にユラァっと胸の中に怒りが立ち上る。

「そんなこと?あなた様にはそんなことでも、私には大事なことです。今開発している薬についてヒントが得られる大事な本です。今夜のうちに読みたいから取りに行くのです。失礼します」

そのまま通り抜けようとすると、ガッと腕を掴まれた。

「俺が取ってきてやる」

「結構です」

「なんだと…?」

睨み付けてくるフェルナンドを負けじと睨み返すと、なぜか彼は傷付いたような顔になった。私のことは傷付けても平気なくせに、なぜそんな顔をするのか。

「離してください」

そう言ってフェルナンドの手を振り払い歩き出すと、今度は手を握られた。

いきなりのことに呆気にとられていると、そのままグイグイ歩き出す。

「…っ、離してください!」

「イヤだ」

ますます力をこめられ、手が痛くなる。

「痛いから離してください!」

「俺は何も痛いことなんてしてない。ただ手を繋いで歩いているだけだ」

「痛いものは痛いです!」

フェルナンドは私の言葉を聞くと、「おまえが振り払おうとするからだ」とだけ言ってまたグイグイ歩き出した。

本宅に入ると、久しぶりに見るアマンダがいた。私とフェルナンドが結婚した日、アマンダは出席していなかった。きっと不貞腐れての抗議のつもりなのだろうと考えていた。その後も見かけることがなくどうしたのかと思っていたのだが。

アマンダは私と手を繋いでいるフェルナンドに駆け寄ってくると、

「お義兄様、手が汚れちゃうわ!こんな女の手を握るなんて。無理矢理繋がれたの?バッカみたい、あんた、なんの真似よ!」

と私を思い切り突き飛ばした。そのまま手が離れ、尻餅をつく格好になる。

「ふん、いい気味」

「何をしている」

痛さに顔をしかめていると、頭の上から声がした。顔を上げようとしたら、そのままフワリとカラダが浮いた。

「…父上、やめてください!」

私を抱き上げたのはジルコニア侯爵だった。

「そうよ、あなた、やめてください。わたくしの可愛いユリちゃんに触れるなんてズルいわ!わたくしだってユリちゃんを抱っこしたいのに!」

「ダメだ。いくらおまえが怪力女でも、ユリちゃんを任せることはできん。ユリたん…あ、ユリたん!いいな、これからユリたんと呼ぼう!ユリたん、どうしたんだい?この時間に来るなんて珍しいじゃないか。俺に会いたくなっちゃったのかな?ん?」

「キモいわ。そんなわけないじゃない。ユリちゃんが困惑してるからやめて。ユリちゃん、どうしたの?何かあった?」

目の前で呆然と佇む二人の存在はまるっと無視して私に構う夫妻に、本を忘れたことを告げると、

「まあ、そうだったのね。じゃあ、出てきたついでに食後のお茶にしましょうよ。ユリちゃんが読んでる本について聞きたいわ。…セドリック!」

すると、音もなく目の前に男性が現れてびっくりする。

「お茶をお願い。昨日旦那様が買ってきたクッキーも出して」

「な、なんで知ってるんだ!あれは俺がユリたんと一緒に食べようと、」

「さ、いきましょユリちゃん」

一礼してまた音もなく消えた男性を見送り、夫妻は私を連れて歩き出した。

「父上っ」

「…ん?なんだ、いたのか。可愛いユリたんがこんな目に遭わされてるのにそこにまさか夫であるはずのおまえが居たとはな。庇うことも抱き上げることもせず、害した相手に処罰を与えるわけでもなく、ただぼんやりと突っ立ってた野郎がなんか用か?」

「約束が違います!もう、」

「約束?なんのことだ」

ギリギリとこちらを睨み付けるフェルナンドの腕にアマンダが絡み付く。

「お義兄様ぁ、離れのお義兄様の部屋に行きたいわ、わたしまだ一度も入ってないのよ」

「当たり前だ!あの離れは俺とユリアーナの大事な新居なんだぞ!おまえなんかが来ていい場所じゃない!馴れ馴れしく触るな、離せ!」

「どうしたの、お義兄様、照れてるの?あんな女に義理だてする必要なんてないんだから、」

「アマンダ。なぜここにいるの?」

ひんやりしたジルコニア夫人の声にアマンダはビクリと反応し、フェルナンドからサッと手を離す。

「…お母様、」

「なぜここにいるのか聞いているのよ」

アマンダはビクビクした様子で夫人を見ると、

「今夜は、熱っぽいから休もうかと、」

「そう。なら部屋に行きなさい。リリア、いる?」

「はい、奥様」

またもや音もなく現れた年配の女性は、夫人の前にひざまずいた。

「アマンダを部屋に入れて。熱があるらしいから冷やしてあげてちょうだい」

「かしこまりました」

「イヤ、お母様、やめて、わたし戻るから」

なぜか顔色が悪くなるアマンダをニィッと見た夫人は、

「遠慮しないで。さ、リリアよろしくね」

「イヤ、離して!」

騒ぐアマンダを荷物のように担ぎ上げた女性も音もなく消えた。

「さ、ユリたん、行こうか。時間がもったいない。本の内容もそうだが、今進めている研究についても聞きたいな」

「父上っ」

ジルコニア侯爵も夫人と同じ顔でフェルナンドを見ると、

「俺が責任を持ってユリたんを離れに連れて行く。役立たずはさっさと寝ろ」

そのまま振り向くことなく夫人を伴い歩き出す。横抱きにされたままそっと窺うと、下を向いて拳を握り締めるフェルナンドの姿があった。
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