78 / 91
なにかがはじまる
6
しおりを挟む
「アデル様、お元気そうで良かったです」
「うん、まぁ、…そうだね」
イーストウェル家からの帰り道、そう伝えるとハロルド様からは歯切れの悪い返答が返ってきた。
「…すみません。お元気に見せてるだけですよね」
幼馴染みのことは私よりよくわかっているはず。私には気づかないような何かがあったのだろう。
「…いや、…ごめん、シア。…ごめん。俺のこと、許してね」
まだ、爵位のことに拘っているのだろうか?
ハロルド様は終始心ここにあらず、という様子で私を送り届けるとそのまま帰っていった。…大丈夫だろうか。
(アデル様のことで、心を痛めていらっしゃるのね)
私も心配しているが、ハロルド様はイーストウェル家との付き合いの深さが違う。きっと私の想像以上にハロルド様は苦しんでいるのかもしれない。
エイサン殿下はアデル様との婚約を解消されたことに不貞腐れ、王太子を辞めると陛下に告げたそうだ。帰り際、イーストウェル侯爵が面白そうに教えてくださった。
「エイサンからすれば、脅しのつもりだったんだろうけどね」
「脅し、ですか?」
「うん。あいつは、自分が王太子を辞めると言ったら慌ててアデルを婚約者に戻すとでも考えていたんだろうね。浅はかな。その言葉をみんなが待っていたとは思いもよらなかったのだろう」
イーストウェル侯爵はクツクツと嗤うと、
「兄…いや、陛下に『了承した。おまえはいまこのときを持って王太子から外す』と言われた時のあのエイサンの顔と言ったら」
「…叔父上、素が出てますよ」
「すまん、嬉しくてつい、な。おまえたちが学園に行っている間に、エイサンは王太子から外された上にクリミア皇国に婿入りが決まった」
「…クリミアですか。これはまた、陛下も思いきりましたね」
「今までエイサンを甘やかしてきた反動なのかなぁ。本人からしたら堪ったもんじゃないだろうが」
クリミア皇国は、何年か前に他国の従属国になった国で、今はまた復権したものの元皇帝派と現皇帝派で争いが激化していると聞く。
「ちなみに、エイサンはどちらに…?」
「現皇帝の娘に婿入りだそうだ。他国から婿を取るということは、元皇帝の血筋を取り入れる気はないという宣言に等しい。…エイサンも、無事に王配になれるといいがな」
「未来の国王から、他国の王配ですか。…我が国から出ていってくれるならどうでもいいです。今まで好き放題してきたんだ、残りの人生で少しは苦労したらいい」
吐き捨てるように言うハロルド様に驚き、そんな私の視線に気づいたハロルド様は、
「…酷い兄だと思うだろうが、本心だ。俺はあいつを許さない」
とポツリと呟いた。その表情からは感情が読み取れず、いつもと違いすぎるハロルド様に背筋がぞくりとした。…そんなにも、実の弟を憎むほど、アデル様のことが心に重くのしかかっているのだろうか。ハロルド様は、…本当はアデル様が好きなのだろうか。でも、幼い時から育ってきたコンラッド様に遠慮して、…私と、婚約したのだろうか。
帰り道のハロルド様の態度に、疑念がポツリと跳ねた。凪いだ水面に、一滴。
「うん、まぁ、…そうだね」
イーストウェル家からの帰り道、そう伝えるとハロルド様からは歯切れの悪い返答が返ってきた。
「…すみません。お元気に見せてるだけですよね」
幼馴染みのことは私よりよくわかっているはず。私には気づかないような何かがあったのだろう。
「…いや、…ごめん、シア。…ごめん。俺のこと、許してね」
まだ、爵位のことに拘っているのだろうか?
ハロルド様は終始心ここにあらず、という様子で私を送り届けるとそのまま帰っていった。…大丈夫だろうか。
(アデル様のことで、心を痛めていらっしゃるのね)
私も心配しているが、ハロルド様はイーストウェル家との付き合いの深さが違う。きっと私の想像以上にハロルド様は苦しんでいるのかもしれない。
エイサン殿下はアデル様との婚約を解消されたことに不貞腐れ、王太子を辞めると陛下に告げたそうだ。帰り際、イーストウェル侯爵が面白そうに教えてくださった。
「エイサンからすれば、脅しのつもりだったんだろうけどね」
「脅し、ですか?」
「うん。あいつは、自分が王太子を辞めると言ったら慌ててアデルを婚約者に戻すとでも考えていたんだろうね。浅はかな。その言葉をみんなが待っていたとは思いもよらなかったのだろう」
イーストウェル侯爵はクツクツと嗤うと、
「兄…いや、陛下に『了承した。おまえはいまこのときを持って王太子から外す』と言われた時のあのエイサンの顔と言ったら」
「…叔父上、素が出てますよ」
「すまん、嬉しくてつい、な。おまえたちが学園に行っている間に、エイサンは王太子から外された上にクリミア皇国に婿入りが決まった」
「…クリミアですか。これはまた、陛下も思いきりましたね」
「今までエイサンを甘やかしてきた反動なのかなぁ。本人からしたら堪ったもんじゃないだろうが」
クリミア皇国は、何年か前に他国の従属国になった国で、今はまた復権したものの元皇帝派と現皇帝派で争いが激化していると聞く。
「ちなみに、エイサンはどちらに…?」
「現皇帝の娘に婿入りだそうだ。他国から婿を取るということは、元皇帝の血筋を取り入れる気はないという宣言に等しい。…エイサンも、無事に王配になれるといいがな」
「未来の国王から、他国の王配ですか。…我が国から出ていってくれるならどうでもいいです。今まで好き放題してきたんだ、残りの人生で少しは苦労したらいい」
吐き捨てるように言うハロルド様に驚き、そんな私の視線に気づいたハロルド様は、
「…酷い兄だと思うだろうが、本心だ。俺はあいつを許さない」
とポツリと呟いた。その表情からは感情が読み取れず、いつもと違いすぎるハロルド様に背筋がぞくりとした。…そんなにも、実の弟を憎むほど、アデル様のことが心に重くのしかかっているのだろうか。ハロルド様は、…本当はアデル様が好きなのだろうか。でも、幼い時から育ってきたコンラッド様に遠慮して、…私と、婚約したのだろうか。
帰り道のハロルド様の態度に、疑念がポツリと跳ねた。凪いだ水面に、一滴。
8
お気に入りに追加
4,794
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

王太子妃候補、のち……
ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる