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ある出来事
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それから私とハロルド様は、たまに昼食を共にするくらいで登下校以外は別々に過ごすようになった。初めは仲違いしたのではないかと噂されていたようだが、登下校は変わらず一緒であり、仲睦まじくいる様子からその噂もすぐに消えた。
クリストファー様の婚約者…表向きはまだ「候補」であるが…、その方はホワイト公爵家のロゼリア様だった。私たちと同じ学年で、ヒル家と同格の力を持つ公爵家の長女。前回の人生ではマリエル様とともにハロルド様の妃候補と目されていた方だ。私が婚約者に決まってしまってからも、それ以前も、ほとんど交流はなかった。今回も学園の同級生という以上の関係はない。だから、どのような方なのか詳しくわからない。
「ロゼリア様」
それでも。私はこの方と繋がりを強めなければならない。
「…セシリア様」
振り向いたロゼリア様の顔は、なんの感情も読み取らせない表情だった。完璧な公爵令嬢。ロゼリア様も、前世とお変わりない。
「わたくしに何かご用ですか?」
「…今までなんの交流もなく、突然お声をかけて申し訳ありません」
「いいえ。セシリア様だけでなく、わたくしと交流のある方はおりません。…ヒル家に睨まれてしまいますから」
そう呟くように言ったロゼリア様の顔に、ほんの少し哀しみの色がのる。…ヒル家に睨まれる?
「…どういうことなのか、お伺いしても?」
ロゼリア様は哀しみで揺らぐ瞳を私に向けた。
「聞いてしまったら、セシリア様に御迷惑がかかるやも」
「ロゼリア様も御存知かと思いますが、私はいまやマリエル様の公然たる敵です。私のせいでマリエル様は二度も停学になっています。ヒル公爵から謝罪はいただきましたが、マリエル様ご自身は私を憎んでおられるでしょう。私と関わることでロゼリア様も目の敵にされるやもしれません…関わらないほうがよろしければ、この声かけはなかったものとしてください」
ロゼリア様は驚いたような顔つきになると、目元が赤く染まり始めた。その瞳から涙がハラハラと零れおちる。
「ロゼリア様…っ」
崩れ落ちそうになるロゼリア様を抱き止める。その細い感触にギクリとする私の横から、誰かの手がロゼリア様を支えた。
「…キャサリン様」
「セシリア様、私が運びます。参りましょう」
「え、あの、」
同じ女性でありながらキャサリン様はロゼリア様を抱き上げ、スタスタと歩いてゆく。その後を必死で追いかけるが、小走りにならないとついていけないくらい速い。将来ジルコニア家に嫁入りするキャサリン様が様々な訓練を受けていることは耳にしていたが、その身のこなしを見て感嘆してしまう。同時に、婚家のためにそれだけの努力をされているキャサリン様に比べて自分の甘さをまざまざと見せつけられる思いだった。
前回はただ逃げ回っていただけだった。そのうえ、一番卑怯な逃げ方をした。死んで逃げるなんて。
今回は覚悟を決めた。ハロルド様とともに生きると。だからこそ、私も努力する。キャサリン様のように。
「キャサリン様、あの、」
「ロゼリア様は意識を失っておいでです。今日は早退されたほうがよいかと。我が家の馬車でお送りいたします」
「私もご一緒してもよろしいですか」
息も絶え絶えの思いでかろうじて絞り出すと、キャサリン様はピタリと足を止め振り返った。
「では、セシリア様にお願いいたします。何かお話があるご様子でしたし…学園には私が説明をいたします。セシリア様、我が家の馬車はそのままロゼリア様のところに待たせますので、帰りはそのまままた馬車に乗りお帰りください」
「で、も、」
「私が、イーサン様にお叱りを受けます。お願いいたします」
有無を言わせぬキャサリン様の瞳に何も言えず、私は頷くしかなかった。
クリストファー様の婚約者…表向きはまだ「候補」であるが…、その方はホワイト公爵家のロゼリア様だった。私たちと同じ学年で、ヒル家と同格の力を持つ公爵家の長女。前回の人生ではマリエル様とともにハロルド様の妃候補と目されていた方だ。私が婚約者に決まってしまってからも、それ以前も、ほとんど交流はなかった。今回も学園の同級生という以上の関係はない。だから、どのような方なのか詳しくわからない。
「ロゼリア様」
それでも。私はこの方と繋がりを強めなければならない。
「…セシリア様」
振り向いたロゼリア様の顔は、なんの感情も読み取らせない表情だった。完璧な公爵令嬢。ロゼリア様も、前世とお変わりない。
「わたくしに何かご用ですか?」
「…今までなんの交流もなく、突然お声をかけて申し訳ありません」
「いいえ。セシリア様だけでなく、わたくしと交流のある方はおりません。…ヒル家に睨まれてしまいますから」
そう呟くように言ったロゼリア様の顔に、ほんの少し哀しみの色がのる。…ヒル家に睨まれる?
「…どういうことなのか、お伺いしても?」
ロゼリア様は哀しみで揺らぐ瞳を私に向けた。
「聞いてしまったら、セシリア様に御迷惑がかかるやも」
「ロゼリア様も御存知かと思いますが、私はいまやマリエル様の公然たる敵です。私のせいでマリエル様は二度も停学になっています。ヒル公爵から謝罪はいただきましたが、マリエル様ご自身は私を憎んでおられるでしょう。私と関わることでロゼリア様も目の敵にされるやもしれません…関わらないほうがよろしければ、この声かけはなかったものとしてください」
ロゼリア様は驚いたような顔つきになると、目元が赤く染まり始めた。その瞳から涙がハラハラと零れおちる。
「ロゼリア様…っ」
崩れ落ちそうになるロゼリア様を抱き止める。その細い感触にギクリとする私の横から、誰かの手がロゼリア様を支えた。
「…キャサリン様」
「セシリア様、私が運びます。参りましょう」
「え、あの、」
同じ女性でありながらキャサリン様はロゼリア様を抱き上げ、スタスタと歩いてゆく。その後を必死で追いかけるが、小走りにならないとついていけないくらい速い。将来ジルコニア家に嫁入りするキャサリン様が様々な訓練を受けていることは耳にしていたが、その身のこなしを見て感嘆してしまう。同時に、婚家のためにそれだけの努力をされているキャサリン様に比べて自分の甘さをまざまざと見せつけられる思いだった。
前回はただ逃げ回っていただけだった。そのうえ、一番卑怯な逃げ方をした。死んで逃げるなんて。
今回は覚悟を決めた。ハロルド様とともに生きると。だからこそ、私も努力する。キャサリン様のように。
「キャサリン様、あの、」
「ロゼリア様は意識を失っておいでです。今日は早退されたほうがよいかと。我が家の馬車でお送りいたします」
「私もご一緒してもよろしいですか」
息も絶え絶えの思いでかろうじて絞り出すと、キャサリン様はピタリと足を止め振り返った。
「では、セシリア様にお願いいたします。何かお話があるご様子でしたし…学園には私が説明をいたします。セシリア様、我が家の馬車はそのままロゼリア様のところに待たせますので、帰りはそのまままた馬車に乗りお帰りください」
「で、も、」
「私が、イーサン様にお叱りを受けます。お願いいたします」
有無を言わせぬキャサリン様の瞳に何も言えず、私は頷くしかなかった。
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