逆行厭われ王太子妃は二度目の人生で幸せを目指す

蜜柑マル

文字の大きさ
上 下
65 / 91
ある出来事

しおりを挟む
「シア、おはよう」

「おはようございます、ハル様」

いつものように登園のためハロルド様が迎えに来てくれる。馬車にエスコートされ席につくと、ハロルド様がおもむろに口を開いた。

「…シア」

「はい?」

「なんか、…いつもと顔が…顔つきが違う。何かあったの?」

ハロルド様の手が私の頬に触れる。あたたかい、私を幸せにしてくれる手。私はこの手を、…なくしたくない。

訝しげな顔で私を覗き込むハロルド様の頬に、私はそっと口づけた。

「!?」

「ハル様」

「は、はいっ!?」

自分の頬に手を当て、真っ赤になるハロルド様をじっと見る。

「ハル様、私、昨夜考えたのです。これからのことを」

「これから…?」

ハロルド様の顔つきが一瞬で引き締まる。

「ねぇ、シア、…それは、俺にとって良くない話なのかな」

「良くないかどうか、私は判断できないのですが、…私、」

「俺は、絶対にシアと結婚する。夫婦になる。婚約解消とか、そんなことは絶対に認めない。シア、俺のことがイヤになったの?それでも、絶対、」

青ざめた顔で私を見据えるハロルド様。

「…どうして、そんなふうに思うのですか」

「シア、答えて」

「ハル様」

「前回、好きだったやつに会ったの?俺のことはやっぱり許せないの?」

ハロルド様のカラダがカタカタと小刻みに震え始める。その頬に触れると、驚くほどに冷たくなっていた。そこにもう一度口づけると、ハロルド様の目から涙が零れ始めた。

「シア、ねぇ、お別れってことなの?」

「ハル様、どうしてそんなふうに捉えるのですか。私がハル様に口づけるのはおかしなことですか?」

ハンカチを取り出し、ハロルド様の目元をそっと拭く。それでも後から後から溢れてくる涙。この方は、王太子にも相応しい、強くしなやかな心をお持ちのはずなのに。そのときふと、アデル様の話を思い出した。アデル様の首をしめたという男性が口にした、「妃殿下が死んでハロルド様が壊れてしまった」という言葉を。前回のハロルド様も、今のハロルド様と同じくらいに私を想ってくれていたのかもしれない。子爵令嬢との関係もなかったのかもしれないと。

「ハル様。私は、昨日覚悟を決めました。ハル様と人生を共にすると」

「…え?」

「さあ、拭いてください。そんなふうにお泣きにならないで…私は、ハル様を手放す気はありません。ハル様と、これから先の人生をずっとずっと一緒にいます。

婚約者になって、でもどこかに、私の望みではない、ハロルド様に押し切られただけだもの、という甘えがあったのです。逃げ道を作ろうとしていました。王太子妃に、…また王太子妃になったりしたらたまったものではない、そんなふうになるくらいなら逃げ出したいと…ハル様と向き合っているようで、私は覚悟が決まっていませんでした。申し訳ありません」

ハロルド様は、じっと私を見つめ、静かに話を促した。

「昨夜、覚悟を…自分の覚悟を問い直したのです。昨日、父からお叱りを受けまして…いろいろなことを反省して、ハル様とどうしたいのか、私はどうなりたいのかを」

「…それで?」

ハロルド様の目元が赤くなっている。こんなに、泣いてしまうほどに、この方は私を想ってくださっているのだ。

「私、これから先何が起きても、ハル様と生きていきます。ですから、ハル様。私を、少しだけ手放していただけませんか」

「やだ」

「…ハル様」

「イヤだ、なに、手放すってなに?シア、やっぱり俺から離れる気なんじゃないか!絶対にイヤだ、そんなこと認めない!」

「ハル様!」

ハル様の手を取り、自分の胸にあてさせる。

「シ、シア、」

「私の鼓動、わかりますか?ハル様。私は、ハル様が好きです。愛しているか、と言われれば、まだ、その言葉は返せません。でも、大好きです。ハル様、私と人生を共にしてください。そのために、これからのふたりのために、学園の間、私を成長させて欲しいのです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

処理中です...