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ある出来事
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「シア、おはよう」
「おはようございます、ハル様」
いつものように登園のためハロルド様が迎えに来てくれる。馬車にエスコートされ席につくと、ハロルド様がおもむろに口を開いた。
「…シア」
「はい?」
「なんか、…いつもと顔が…顔つきが違う。何かあったの?」
ハロルド様の手が私の頬に触れる。あたたかい、私を幸せにしてくれる手。私はこの手を、…なくしたくない。
訝しげな顔で私を覗き込むハロルド様の頬に、私はそっと口づけた。
「!?」
「ハル様」
「は、はいっ!?」
自分の頬に手を当て、真っ赤になるハロルド様をじっと見る。
「ハル様、私、昨夜考えたのです。これからのことを」
「これから…?」
ハロルド様の顔つきが一瞬で引き締まる。
「ねぇ、シア、…それは、俺にとって良くない話なのかな」
「良くないかどうか、私は判断できないのですが、…私、」
「俺は、絶対にシアと結婚する。夫婦になる。婚約解消とか、そんなことは絶対に認めない。シア、俺のことがイヤになったの?それでも、絶対、」
青ざめた顔で私を見据えるハロルド様。
「…どうして、そんなふうに思うのですか」
「シア、答えて」
「ハル様」
「前回、好きだったやつに会ったの?俺のことはやっぱり許せないの?」
ハロルド様のカラダがカタカタと小刻みに震え始める。その頬に触れると、驚くほどに冷たくなっていた。そこにもう一度口づけると、ハロルド様の目から涙が零れ始めた。
「シア、ねぇ、お別れってことなの?」
「ハル様、どうしてそんなふうに捉えるのですか。私がハル様に口づけるのはおかしなことですか?」
ハンカチを取り出し、ハロルド様の目元をそっと拭く。それでも後から後から溢れてくる涙。この方は、王太子にも相応しい、強くしなやかな心をお持ちのはずなのに。そのときふと、アデル様の話を思い出した。アデル様の首をしめたという男性が口にした、「妃殿下が死んでハロルド様が壊れてしまった」という言葉を。前回のハロルド様も、今のハロルド様と同じくらいに私を想ってくれていたのかもしれない。子爵令嬢との関係もなかったのかもしれないと。
「ハル様。私は、昨日覚悟を決めました。ハル様と人生を共にすると」
「…え?」
「さあ、拭いてください。そんなふうにお泣きにならないで…私は、ハル様を手放す気はありません。ハル様と、これから先の人生をずっとずっと一緒にいます。
婚約者になって、でもどこかに、私の望みではない、ハロルド様に押し切られただけだもの、という甘えがあったのです。逃げ道を作ろうとしていました。王太子妃に、…また王太子妃になったりしたらたまったものではない、そんなふうになるくらいなら逃げ出したいと…ハル様と向き合っているようで、私は覚悟が決まっていませんでした。申し訳ありません」
ハロルド様は、じっと私を見つめ、静かに話を促した。
「昨夜、覚悟を…自分の覚悟を問い直したのです。昨日、父からお叱りを受けまして…いろいろなことを反省して、ハル様とどうしたいのか、私はどうなりたいのかを」
「…それで?」
ハロルド様の目元が赤くなっている。こんなに、泣いてしまうほどに、この方は私を想ってくださっているのだ。
「私、これから先何が起きても、ハル様と生きていきます。ですから、ハル様。私を、少しだけ手放していただけませんか」
「やだ」
「…ハル様」
「イヤだ、なに、手放すってなに?シア、やっぱり俺から離れる気なんじゃないか!絶対にイヤだ、そんなこと認めない!」
「ハル様!」
ハル様の手を取り、自分の胸にあてさせる。
「シ、シア、」
「私の鼓動、わかりますか?ハル様。私は、ハル様が好きです。愛しているか、と言われれば、まだ、その言葉は返せません。でも、大好きです。ハル様、私と人生を共にしてください。そのために、これからのふたりのために、学園の間、私を成長させて欲しいのです」
「おはようございます、ハル様」
いつものように登園のためハロルド様が迎えに来てくれる。馬車にエスコートされ席につくと、ハロルド様がおもむろに口を開いた。
「…シア」
「はい?」
「なんか、…いつもと顔が…顔つきが違う。何かあったの?」
ハロルド様の手が私の頬に触れる。あたたかい、私を幸せにしてくれる手。私はこの手を、…なくしたくない。
訝しげな顔で私を覗き込むハロルド様の頬に、私はそっと口づけた。
「!?」
「ハル様」
「は、はいっ!?」
自分の頬に手を当て、真っ赤になるハロルド様をじっと見る。
「ハル様、私、昨夜考えたのです。これからのことを」
「これから…?」
ハロルド様の顔つきが一瞬で引き締まる。
「ねぇ、シア、…それは、俺にとって良くない話なのかな」
「良くないかどうか、私は判断できないのですが、…私、」
「俺は、絶対にシアと結婚する。夫婦になる。婚約解消とか、そんなことは絶対に認めない。シア、俺のことがイヤになったの?それでも、絶対、」
青ざめた顔で私を見据えるハロルド様。
「…どうして、そんなふうに思うのですか」
「シア、答えて」
「ハル様」
「前回、好きだったやつに会ったの?俺のことはやっぱり許せないの?」
ハロルド様のカラダがカタカタと小刻みに震え始める。その頬に触れると、驚くほどに冷たくなっていた。そこにもう一度口づけると、ハロルド様の目から涙が零れ始めた。
「シア、ねぇ、お別れってことなの?」
「ハル様、どうしてそんなふうに捉えるのですか。私がハル様に口づけるのはおかしなことですか?」
ハンカチを取り出し、ハロルド様の目元をそっと拭く。それでも後から後から溢れてくる涙。この方は、王太子にも相応しい、強くしなやかな心をお持ちのはずなのに。そのときふと、アデル様の話を思い出した。アデル様の首をしめたという男性が口にした、「妃殿下が死んでハロルド様が壊れてしまった」という言葉を。前回のハロルド様も、今のハロルド様と同じくらいに私を想ってくれていたのかもしれない。子爵令嬢との関係もなかったのかもしれないと。
「ハル様。私は、昨日覚悟を決めました。ハル様と人生を共にすると」
「…え?」
「さあ、拭いてください。そんなふうにお泣きにならないで…私は、ハル様を手放す気はありません。ハル様と、これから先の人生をずっとずっと一緒にいます。
婚約者になって、でもどこかに、私の望みではない、ハロルド様に押し切られただけだもの、という甘えがあったのです。逃げ道を作ろうとしていました。王太子妃に、…また王太子妃になったりしたらたまったものではない、そんなふうになるくらいなら逃げ出したいと…ハル様と向き合っているようで、私は覚悟が決まっていませんでした。申し訳ありません」
ハロルド様は、じっと私を見つめ、静かに話を促した。
「昨夜、覚悟を…自分の覚悟を問い直したのです。昨日、父からお叱りを受けまして…いろいろなことを反省して、ハル様とどうしたいのか、私はどうなりたいのかを」
「…それで?」
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「やだ」
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「イヤだ、なに、手放すってなに?シア、やっぱり俺から離れる気なんじゃないか!絶対にイヤだ、そんなこと認めない!」
「ハル様!」
ハル様の手を取り、自分の胸にあてさせる。
「シ、シア、」
「私の鼓動、わかりますか?ハル様。私は、ハル様が好きです。愛しているか、と言われれば、まだ、その言葉は返せません。でも、大好きです。ハル様、私と人生を共にしてください。そのために、これからのふたりのために、学園の間、私を成長させて欲しいのです」
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