逆行厭われ王太子妃は二度目の人生で幸せを目指す

蜜柑マル

文字の大きさ
上 下
43 / 91
新たな火種

しおりを挟む
「ハロルド殿下、セシリア様、おはようございます」

教室に入り席につくと、ヒル公爵家のクレイグ様が近づいてきた。立ち上がろうとすると、ハロルド様に肩をぐっと押さえつけられる。

「シア、立ち上がる必要はない。…ヒル公爵子息、なんの用だ」

取り付く島もない言い方に驚いて見上げたハロルド様の顔は、エイサン殿下に対していたとき同様能面のようで、冷え冷えとした雰囲気のままだった。

「ハロルド殿下、昨日はマリエルが申し訳ございませんでした。本人も大変反省しており、」

「今日から2週間の停学だと伝えられて、『なんで公爵家のわたくしがあんなどぶねずみとその取り巻きなんかのために!』と叫んだそうだが、その態度のどこをどう解釈すると大変反省につながるのか、俺には理解できない。そもそも、謝る相手が間違っているぞヒル公爵子息。貴様の妹に理不尽にも傷つけられたのは俺ではない、ウッドベル侯爵令嬢だ。どぶねずみの取り巻きだから謝罪の必要もないとでも?不愉快だ、消えろ」

「…っ、も、申し訳、」

「ヒル公爵子息。今、ハロルド殿下は『消えろ』と仰ったのです。頭だけでなく耳もお悪いのですか」

音もなくクレイグ様の後ろに現れ耳元で囁くのは、イーサン・ジルコニア様だ。今朝も煌めく銀髪が眩しい。

「…失礼なっ」

「失礼はあなたです。さ、お引き取りください」

イーサン様はクレイグ様を後ろ手に拘束すると、そのまま引き摺るように席を離れた。

「シア、あいつは相手にするな。話し掛けるなと言っておくから、心配しなくていい」

そう言って、ハロルド様はクレイグ様を睨み付けるように見ていた。その横顔は昨日の入学式とまったく同じで、怒りに彩られている。確かに、幼いころから一緒に育ってきたアデル様をあんな風に貶められたら怒りが湧くのも当然だろう。私だってそうなのだから。

「いや、間に合った、初日から遅刻するところだった」

そんな風に思いを巡らせていると、息を切らせたコンラッド様が入ってきた。

「おはようございます、セシリア様。昨日はアデルのためにありがとうございました」

「コンラッド様、おはようございます。アデル様は今朝は如何でしたか」

「もうお聞きになったでしょうが…」

そう言うとコンラッド様はチラリと視線を移した。その先にいるのはエイサン殿下。憎々しげな瞳でコンラッド様を睨み付けている。コンラッド様もエイサン殿下から目を離すことなく、

「アデルは学園を辞めます。おかげで、昨夜はこれまでになくぐっすり眠れて、今朝も体調は良さそうでした。朝食も、だいぶ摂れましたし…セシリア様、本当にありがとうございます。感謝しかありません」

そう言って頭を下げるコンラッド様に慌ててしまう。

「コンラッド様、私は何もしていませんから、そんなことお気になさらず」

「…セシリア様はご自覚がないのでしょうが、元は犯罪者の娘と聞いたのにアデルと仲良くしてくれたのはセシリア様だけです。他の人間は、それを聞くと必ず態度を変える。どこかしらアデルをバカにした、蔑んでいるような目付きに変わるのです。そんな中、セシリア様の存在がどれだけアデルには心強かったことか…。改めて礼を言います。我が家を代表して、…本当に、ありがとうございます。これからも仲良くしてやってください」

「もちろんです、」

「シア、コンラッドと見つめ合うのやめて。俺を見てよ。コンラッド、潰すぞ。遠慮しろ」

「今朝もバカ発言は健在だな、ハロルド。通常運転で何よりだ。おまえも、ありがとな」

ハロルド様は私をコンラッド様から隠すようにすると、ボソリと

「始まったばかりだぞ、コンラッド」

と言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...