24 / 91
あの時のことを
4
しおりを挟む
この方と、あの時のハロルド殿下は違う。そしてなにより、子爵令嬢はいないのだ。侯爵令嬢のアデル様になったのだから。…でも、彼女と接点があることに変わりはない。
逡巡する私を見て、ハロルド殿下は悲しそうな顔をした。申し訳ないという気持ちはある、でも…。あの時の声が。言葉が。私を苛むように頭の中にこだまするのだ。一年近く苦しめられてきて、その相手に、…中身はどうあれ、結婚したいと言われてもまだ感情の整理がつかない。
「セシリア」
呼ばれて見上げると、ハロルド殿下が私の頭を胸に抱き込んだ。ハロルド殿下の鼓動が、激しい。ハロルド殿下の緊張が強ばるカラダから伝わってくる。
「…初めて顔を合わせた婚約者として、これからお互いのことを知っていく、そのチャンスをくれないか。俺がキミの話の中の俺とは違うと言っても、キミは納得がいかないんだろう。それでも、今日公式に婚約は整ったのだし、まずは、俺を知って欲しい。その機会まで、俺から奪わないで欲しいんだ」
耳元で懇願するように囁かれ、振り払うことができない。関わりたくないと、思っているのに。
答えられずにいる私を、ハロルド殿下も何も言わずに抱き締め続けた。前回一度たりとも触れ合うことのなかったカラダなのに、その温もりにいいようのない安らぎを感じてしまうのはなぜなのか。
「セシリア、」
「わかりました、…わかりました、なんて、申し訳ありません。ハロルド殿下、これから…今日から、婚約者として、よろしくお願いいたします」
すると、頬に手を添えられ顔をそっと向けさせられた。煌めく黒い瞳が、心なしか潤んで見える。
「本当か、セシリア、本当にいいのか」
「正直に申し上げれば、まだ、気持ちの整理がついていない状態で…前回、ハロルド殿下とはまったく接点が持てず、言葉も交わすことなく、子爵令嬢との仲を見せつけられて、」
「俺が謝ることではないが、俺として謝る、済まなかった」
頭を下げられて慌ててしまう。そんな、こんなことさせてしまうなんて、
「殿下、」
「セシリア、ハルと呼んでくれ。キミにだけ、そう呼ばれたい。俺もキミをシアと呼びたい。…いいだろうか」
熱の籠った瞳に見つめられて、とたんに胸がドキドキと激しく脈打つ。私、普通にハロルド殿下の膝の上に乗ったりして、今更だけど、恥ずかしい…!図々しすぎるわ、どうしよう…!
「で、殿下、申し訳ありません、私…っ」
「ハル」
「あ、の、まだ、無理です…?」
「ハル」
「殿下、」
「ハル」
「…ハル、様」
ハロルド様は、ふにゃ、と顔を緩ませると「なんだい、シア」と微笑んだ。…こんな顔、なさるんだ。激しく脈打つ鼓動が、更に強くなった。
逡巡する私を見て、ハロルド殿下は悲しそうな顔をした。申し訳ないという気持ちはある、でも…。あの時の声が。言葉が。私を苛むように頭の中にこだまするのだ。一年近く苦しめられてきて、その相手に、…中身はどうあれ、結婚したいと言われてもまだ感情の整理がつかない。
「セシリア」
呼ばれて見上げると、ハロルド殿下が私の頭を胸に抱き込んだ。ハロルド殿下の鼓動が、激しい。ハロルド殿下の緊張が強ばるカラダから伝わってくる。
「…初めて顔を合わせた婚約者として、これからお互いのことを知っていく、そのチャンスをくれないか。俺がキミの話の中の俺とは違うと言っても、キミは納得がいかないんだろう。それでも、今日公式に婚約は整ったのだし、まずは、俺を知って欲しい。その機会まで、俺から奪わないで欲しいんだ」
耳元で懇願するように囁かれ、振り払うことができない。関わりたくないと、思っているのに。
答えられずにいる私を、ハロルド殿下も何も言わずに抱き締め続けた。前回一度たりとも触れ合うことのなかったカラダなのに、その温もりにいいようのない安らぎを感じてしまうのはなぜなのか。
「セシリア、」
「わかりました、…わかりました、なんて、申し訳ありません。ハロルド殿下、これから…今日から、婚約者として、よろしくお願いいたします」
すると、頬に手を添えられ顔をそっと向けさせられた。煌めく黒い瞳が、心なしか潤んで見える。
「本当か、セシリア、本当にいいのか」
「正直に申し上げれば、まだ、気持ちの整理がついていない状態で…前回、ハロルド殿下とはまったく接点が持てず、言葉も交わすことなく、子爵令嬢との仲を見せつけられて、」
「俺が謝ることではないが、俺として謝る、済まなかった」
頭を下げられて慌ててしまう。そんな、こんなことさせてしまうなんて、
「殿下、」
「セシリア、ハルと呼んでくれ。キミにだけ、そう呼ばれたい。俺もキミをシアと呼びたい。…いいだろうか」
熱の籠った瞳に見つめられて、とたんに胸がドキドキと激しく脈打つ。私、普通にハロルド殿下の膝の上に乗ったりして、今更だけど、恥ずかしい…!図々しすぎるわ、どうしよう…!
「で、殿下、申し訳ありません、私…っ」
「ハル」
「あ、の、まだ、無理です…?」
「ハル」
「殿下、」
「ハル」
「…ハル、様」
ハロルド様は、ふにゃ、と顔を緩ませると「なんだい、シア」と微笑んだ。…こんな顔、なさるんだ。激しく脈打つ鼓動が、更に強くなった。
17
お気に入りに追加
4,794
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

王太子妃候補、のち……
ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる