逆行厭われ王太子妃は二度目の人生で幸せを目指す

蜜柑マル

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今夜も、また始まった。

執務室の隣、王太子と王太子妃のための寝室から女の甘ったるい喘ぎ声が聞こえる。わざと私に聞かせるためとはいえ、よく毎晩毎晩そんな大きな声を出せるものだ。閨教育は受けても実際に体験したことがない身としては、その最中どのような声が自分から出るのかわからないため、誰とも比べようがないのだが。

「あっ、あっ、気持ちいいっ!ああん、ハロルドさまぁ、もっとぉ」

「ふ、可愛いな、アリー。ほら、ここが好きだろ?」

「あ、すきぃっ!ハロルドさまぁ!」

その後、更に高い嬌声が聞こえてくる。最初の頃は聞きたくなくて、必死に耳を塞ぎ布団にくるまり時が経つのをひたすら待ち続けたが、一年も過ぎればただの雑音でしかなかった。胸が抉られることに変わりはないけれど。

15歳の時に婚約者に決まってから、同い年の王太子は一度として自分を見ることはなかった。公的な夜会には辛うじてエスコートしてくれるものの、ファーストダンスが済めば義務を果たしたとばかりにすぐに手を離された。学園でもまったく接点を持てず、それなのに卒業後は「王太子の強い希望」ですぐに結婚した。

その理由がわかったのは初夜だ。湯浴みを済ませ、緊張から冷たくなる指先を必死に動かし寝室に通じるドアノブを握ると、あちら側からカギがかかっていた。なぜなのか混乱する耳に、他の女の声が聞こえてきたのだ。

「ハロルド様、いいんですかぁ?今夜はお妃様との初夜でしょ?…あんっ、もうっ、我慢できないんですかぁ?」

クスクス笑う声に血の気が引いていくのがわかる。この声は、

「あの女は妃として娶った、それ以上でもそれ以下でもない。初夜なんぞおぞましくて吐き気がする。父上が言う通り、妃としてふさわしい女と結婚したのだからあとは俺の好きにさせてもらうさ。アリー、おまえを王妃にできないことだけを済まなく思う。だが、…な?」

「あっ、あんっ!まだ、だめぇ」

「ふ、こんなに濡らして…もう全部挿ったぞ、だめだなんて口先ばかり…」

肉のぶつかり合う音と耳を塞ぎたくなるような嬌声に、グウッと何かがせりあがってくるのを感じ、そこからの記憶はない。

気がつくと朝で、自分の嘔吐物にまみれ床に倒れていた。昨夜のことを思い出しまたえづくが、苦い液体しか出なかった。

自分が疎まれていることはわかっていたが、なぜなのか、理由がわからなかった。イヤなら婚約を解消してくださいと何度も家を通して願い出たのに聞き入れられることなく、結局結婚してしまった。それは、あの身分の低い女性を公然と愛妾にするため、ということなのか。愛妾の部屋もあるはずなのに、わざと私に聞かせるように、わざと二人のための寝室でするなんて。

急激に心が冷えていくなか、なんとか身を整えるのが精一杯だった。

あの日から一年、毎夜繰り広げられる情交に激しく揺さぶられることもなくなっていたはずなのに、

「ねぇ、ハロルドさまぁ、私に赤ちゃんが出来たら私がお妃様になれますかぁ?」

「アリー、妃なんて煩わしい仕事ばかりで何も楽しいことなんてない。おまえは俺の寵妃同然なのだから、なんでも好きなように暮らしていい。な、それだけは諦めろ。可愛いおまえが他の男の目に触れるのは耐えられない。な、頼むよアリー」

「もう、ハロルド様はズルいんだからぁ…じゃあ、その代わり、新しい指輪が欲しいなぁ」

「ああ、なんでも買ってやる。今まで通り好きにしていいからな」

国民の税金をわたくしするその発言に怒りを覚える。王太子とは、そんなに愚か者だったのだろうか?

「ねぇ、ハロルドさまぁ、そういえばお妃様はお元気なのぉ?」

「あんな人形しるか。妃という座に飾るだけの人形なのだから、生きてさえいればいいだろ、死んだと報告はきていないからまだ生きてはいるんだろうが。アリー、二人きりの時にあんな女の話をするな。興が醒めるだろ」

「ウソばっかり、まだこんなに元気なくせに」

バカにしたような笑い声を聞いて、久々にカラダから血の気が引くのを感じる。人形。生きてさえいればいい。

そんな風に思われながら、あいつらの思惑通りに生きていかなくてはならない自分の立場を初めて呪った。あいつらを愉しませるために私は自分を殺してこれから先も生きていかなければいけないのか?結婚後、王宮内で周囲からの嘲りや蔑みを感じたことはなかった、むしろ大切にされてきたと思う。その人たちのために、国のために、と思おうとしても、砕けた心はもう元に戻らなかった。
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