目が覚めたらあと一年で離縁される王妃になっていた件。

蜜柑マル

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「王妃様、おはようございます。今朝の装いは、」

「あんたさ」

振り向いて睨み付けると、嘲りの表情を浮かべていた侍女はビクリとカラダを震わせた。

「…は、」

「ノックもしないで入ってくるって何のつもり?あんた、あたしより偉いさんなの?王妃より偉いのは誰なんだろ…ねえ、あんた誰?わかんないから教えてよ」

無表情のまま淡々と告げてやると、侍女はみるみる顔を青ざめさせた。カラダがカタカタと震え出している。

「あ、…あの、」

「ここはさぁ、この国で一番偉いとされる国王陛下が住んでる城だよねぇ。あたしはその国王の妻だよ。国王があたしを放置してるからって、仕えるべき相手を蔑ろにしていいってことにはならないでしょ、あんたはあたしの夫じゃない、国王じゃない。金貰ってる限りそれはボランティアじゃなく仕事なんだから、やるべきことを責任を持ってやるべきでしょ。あたしのことが嫌いでも、あたしのことを蔑んでても、侍女としてあたしに仕えるのを選んでる時点で自分の仕事は何か考えるべきじゃないの?あんたは姿勢からして間違ってるんだよ。給料泥棒じゃん。あたしが嫌なら辞めればいいだろうが」

そうだよ。嫌なら辞めればいいんだよ。辞めない時点でその仕事を受け入れてるんだから給料分は働かなきゃおかしいんだよ!私は給料以上に働かされてきたけどな!

「も、申し訳、」

「謝罪とか必要ないから出て行って」

侍女は真っ青な顔のまま、しかしこちらをキッと睨み付けて出ていった。ふん、結局まともに謝罪すらできないのかよ。こちとら社畜歴10年越えなんじゃ!口先だけの謝罪なんて何回口にしたと思っとんじゃ!その時重要なのは口先だけとは思わせない殊勝な態度なんだよボケぇ!

装い、と言われたのを思い出し自分の姿を改めて見る。ありがたいことに薄くはない生地のナイトドレスに身を包んでいたが、このままで外に出るのはまずいだろうなあ。着替えようとクローゼットを開け、予想通りの光景にため息が出た。漫画通りのゴタゴタ飾りやらレースやらの付いたドレスがわんさか並んでいる。すっぴんでも化粧済みですか、みたいな整った顔立ちなのに、オパールは塗りたくってしっちゃかめっちゃかにしてしまうのだ。母親がおらず、着飾れば愛されると思った単純な発想だろうが何しろイタイ。素材をまったく生かしきれていない。生で食べるのが一番の、一粒一万円とかする高級苺を擂り潰して牛乳かけて食べるようなもんだ。まあうまいんだろうけど。

しかしオパールは味見もしてもらえないんだからうまいかどうかもわからない。塗りたくった肌を味見したいとも思わないだろう。

(そしてこれかぁ…)

漫画でも、オパールからは香水の匂いがプンプンして同じ部屋にいると吐き気がする、なんて描かれてたけど。

ズラリと並ぶ香水の瓶は、すべて薔薇の香りばかり。これしか思いつかなかったのかなあ。『美しき薔薇』のリリアを引き立てるためにわざと薔薇にしてんのか?いくら薔薇の香りをまとったところで、あんたはしょせん偽物の薔薇なんだよ、って?読んでたときにも思ったけど、この作者、オパールへのヘイトが激しいよな…「こんなに阿呆な女なんですよ!だから嫌われて当然でしょ!」みたいな。ユージーンとリリアの至高の愛を描くためなんだと言われればそれまでだが、ただの不倫だからね、それ。ユージーンがオパールにさっさと引導を渡してれば、真実の愛を最初から貫けたろうに。ことなかれ主義が一番回りを巻き込みダメージを与えること、私はよく知っている。だから、憎まれても嫌がられても声を上げなきゃならないときがあることも。

オパールはたぶんゴタゴタ肌に塗りたくるのと同様に、香水もブシャブシャ吹き掛けてたんだろう。そりゃ吐き気も催すわ。

(誰も教えてくれなかったんだろうなあ…)

現代みたいに手軽に情報が手に入るわけでもないし、何をどうするのが正解なのか、伝えてくれる相手もいない。本来ならば夫が苦言を呈してくれればいいのに関わりたくないと放置している。たぶん目にも入れてないんだろう。事なかれ主義の権化め。国王のくせに自分には傷をつけないようにするユージーンが、私はものすごく嫌いだった。あいつがきちんと言うべきことを言わないから…まあ、それじゃ『後宮の美しき薔薇』は物語が成り立たなくなっちゃうんだけど。

ひとりぼっちだったオパールの身を思いなんだか切なくなっていると、ノックの音が聞こえ、「王妃陛下」と男性の声が聞こえる。

「はい」

返事をすると「失礼いたします」と入ってきたのは、侍従の装いの男性だった。金髪碧眼の美丈夫。こんなカッコいい名前すらないモブは漫画に出てきていなかったが。

「おはようございます、朝早くから申し訳ございません。王妃陛下に、少しお話を伺いたく」

その侍従の後ろにはさっきの女がこちらを睨み付けながら立っている。なーにー?告げ口に行ったわけー?職業人としてあるまじき行為…。ありえねー…。口から魂が抜けそうになっていると、侍従はいきなりクルリ、と後ろを振り返った。

「貴女からの一方的な話では、と思い王妃陛下をお訪ねしたわけですが、よくわかりました。貴女はクビです」

「…は?」

女だけでなく、自分の口からも思わず洩れてしまい、慌てて口を塞ぐ。…え、いま、なんて?

「…っ、フェルナンドさん、まだ、話もしてないのに…っ、」

「貴女はずっと王妃陛下を睨み付けていましたね。あの鏡にしっかり映っていましたよ。主君を主君と思わない不遜な人間はこの城で働くに相応しくない。今朝までの給金は仕方ないので支払いますが、今を持って貴女はクビです。荷物をまとめ、即刻出ていくように」

侍従の淡々とした、しかしながら冷酷さを孕む声に女も冗談ではないとわかったのだろう。顔がドンドン青ざめていく。この侍従はフェルナンドというのか。覚えとこ。

「で、でも…っ、同じことをされても特に何も言わなかったのに…!」

「だから?だから何をしてもいいと?そもそもこの方は王妃陛下なのですよ。貴女がするべきことはこの方が日々快適に過ごされるようお手伝いをすることで、私情を挟み貶めて楽しむ相手ではない。…そんなこともわからないのか?」

だんだん言葉使いが粗くなるフェルナンドの身に纏う雰囲気も、剣呑なものに変わっていく。

「不敬罪で命を取られないだけありがたいと思うことだ」

と告げられた女は、ヒュッ、と息を飲むと真っ青な顔のまま走り去った。

「まったく…最後に挨拶もできないとは…雇い入れる際の試験を見直さなければなりませんね」

と呟くとフェルナンドはまた私に向き直り、深々と頭を下げた。

「大変申し訳ございませんでした。…しかしながら王妃陛下、ひとつ質問させていただいても?」

スウッ、と目を細めたフェルナンドに、なぜか背筋がゾクリとする。わー、カッコいい…。

「…なにかしら」

なんとか心の萌え叫びを抑え込み声を出すと、

「先ほどの者が言った通り、今まで二年も黙っていらしたのに、なぜ今朝声をあげられたのですか。王妃陛下のご真意を伺いたい」

ニッコリと、しかしこちらを値踏みする瞳が私を鋭く見つめていた。
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