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最終章
ルヴィ(ジークハルト視点)
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「もう貴方には関わりません。さようなら、ジークフリート殿下」
さようなら…?
ルヴィの声?
霧の中をさまよっているような感覚が突如晴れる。
目の前には、
「ルヴィ…?」
ルヴィは、俺をじっと見つめていた。ルヴィのカラダに、あの時消えてしまった魔力がある。
「ルヴィ、生きてるの?生きてたの?」
自分の手で確かめたくてルヴィを抱き締めようとしたが、体が動かない。良く見ると、ルヴィの魔法で椅子に縛り付けられている。外そうとしても外れない。魔力を発動できないことに困惑するおれの目に、魔力封じの腕輪が映った。
「ルヴィ、この魔法、外して、ルヴィを確かめたい、お願い」
「ジークハルト殿下」
「…え?」
ルヴィは、俺を縛り付けた蔦を消すと、「少しだけ、お待ちください」と言った。そして、アンジェ様に向き合う。
「アンジェ様」
「なぁに、ルヴィちゃん、」
「今まで、私を見守り育てていただいて、ありがとうございました。本来なら手を掛けていただけるような立場ではないのに、このような僥倖をいただけて、本当に幸せでした」
「…ルヴィちゃん?」
「私は、もうアンジェ様に、そんなふうに呼んでいただけません。いいえ、本当は、あの7年前から」
ルヴィは俺を見ると、左手の指輪を外した。
それをアンジェ様に渡す。
「ジークハルト殿下と婚約を解消したのに、私が図々しく殿下を諦めないなどと言ってしまって…泣きはらした顔でそんなことを認めさせた卑怯な私をお許しください」
「ルヴィちゃん、」
ルヴィは今度は父上を向いた。
「サヴィオン様、私は、ジークハルト殿下と婚約したときに、サヴィオン様が義理のお父様になってくださるのが、本当に嬉しかったです。もうそれは叶いませんが、今後はサフィの一友人として交流をいただければ幸いです。おおらかで、優しいサヴィオン様が大好きでした」
「…ルヴィア嬢?なんでそんなことを、ルヴィア嬢は、もう俺にとって、」
「…ありがとうございました」
ルヴィは俺に向き合うと、しゃがんで、俺の手をとった。温かい、柔らかいルヴィの手。
「ジークハルト殿下」
「なんで。ルヴィ、なんでハルトって呼んでくれないの」
「私はもう、殿下を愛称で呼んでいい立場ではありません。殿下も、これからは私をルヴィア嬢と。そう、お呼びください」
そして、ふわっと笑うと、「ジークハルト・エイベル殿下、大好きでした。でももう、好きではありません」と言った。
ルヴィの言葉が頭に入ってこない。なにを、言われているのか、わからない。
好きではない?嘘だ。だって、
「さようなら、ジークハルト殿下」
俺だけに香る、ルヴィの甘い甘い匂いを残して、ルヴィは消えてしまった。
「父上…っ!この、腕輪を外してください!ルヴィが、ルヴィが!」
「ダメだよ、ハルト君」
「…あんた」
「ルヴィちゃんを追いかけちゃダメだよ」
俺は立ち上がり、ナディール叔父上の胸ぐらを掴んだ。
「ルヴィに何をしたんだ!」
「今から話すから。とりあえず座って」
「イヤだ。ルヴィを、」
「その腕輪を付けたのは僕だ。僕が外さない限り、ハルト君は魔力はつかえないよ。さあ、どうする。大人しく聞くかい?もう少し大人になりなよ」
「あんたに、そんなこと言われる筋合いはないっ」
「でも聞かないと、なにが起きたかわからないでしょ。さっきまでハルト君、別人だったんだよ」
「別人…?」
「ルヴィちゃんのこと、こっちに来いとかさ。僕のことも、赤い目だ、おまえがハルトか、って怒鳴ってたよ」
「どういうことですか、」
「貴方、ジークフリートって名乗ったそうよ、ルヴィちゃんに」
「え、…ジークフリート?」
「ルヴィちゃん、私の部屋に来たときに真っ青な顔してたの。でも、ルヴィちゃん、貴方のこと魔法で縛り付けてみせた。ルヴィちゃんは、恐怖に負けない人間に成長したのね」
「どういうことなんですか、そもそも、ルヴィはなんで、」
「ハルト君の魔力を暴走させてヴロンディ帝国を潰すために、僕がルヴィちゃんの魔力を止めたの」
「止めた…?」
「ハルト君も使ったでしょ、兄さんに刺されたとき。僕も使えるって言ったじゃん。それを、ルヴィちゃんが刺される瞬間に使ったんだよ。おかげさまで、ヴロンディ帝国は消滅したよ、ハルト君」
ナディール叔父上は、書類を俺に見せた。
「ハルト君のおかげで、条件丸呑みで降伏だよ。ありがとう」
「そんなことどうでもいい、ルヴィは、」
そのとき、ハッと気づく。
「カイルは…カイルは、なんで」
「あそこにルヴィちゃんを置いておいたら、ハルト君の魔力の暴発に巻き込まれて、せっかく生きてるのにルヴィちゃん死んじゃうでしょ。だからカイル君に連れ出してもらったんだよ。カイル君、あそこに来たとき真っ青な顔してたでしょ?涙こぼしたの見た?ハルト君に殺されるって、恐怖にうちふるえてたんだよ。でも、ルヴィちゃんを置いておくわけにいかないから、って」
「それもあんたが」
「それとさ。ハルト君が気を失ってるときに、ルヴィちゃんが僕に言ったんだ。『ナディール様だけが悪いんじゃない。私がナディール様に殺されるかもしれないと思って、勝手に私を遠ざけるハルト様にも問題がある』って。あんなに、お願いしたのに、って言ってたよ」
「お願い?」
「自分の中にしまいこまないで、話してって。言われてたんでしょ?」
ナディール叔父上は、「たぶんさ、」と目を伏せた。
「ルヴィちゃんは、ハルト君に隠しごとされて、イヤだったんじゃないの。僕のこともヴロンディ帝国のことも、魅了の女のことも、何も言わなかったんでしょ」
「…言ったら、ルヴィは気にするじゃないですか!」
「でもルヴィちゃんは、ハルト君に言ってほしかったんでしょ。守られるだけで生きていくのはイヤだって、そう言ってたよ。守られるだけがイヤだってのは、自分もハルト君を守りたいって。そういうことじゃないの?」
「俺を守りたい…?」
そんなこと、考えたこともなかった。俺が男だし、魔力も強いし、自分がルヴィを守るのが当然だってしか思わなかった。
「ハルト君、ルヴィちゃんの魔力感じないの?ルヴィちゃん、植物特性で調合できるでしょ。ハルト君の顔の傷、治療してくれたんだよ」
「ルヴィの調合してくれた薬…」
「ハルト君がルヴィちゃんを守りたいように、ルヴィちゃんだってハルト君を守りたいんじゃないの?ハルト君がルヴィちゃんを大切なように、ルヴィちゃんだってハルト君のこと大切に大切に思ってるんじゃないの。なんでわかんないの、こんなに愛されてるのに。ルヴィちゃんは、ハルト君を受け入れてるのに。ハルト君が、ルヴィちゃんがいなくなったらって不安に思うように、ルヴィちゃんだって、不安になるって思わないの?
自分だけがルヴィちゃんを好き、大切にしたい、守りたいんだね。
ハルト君を好きで、大切にしてくれたルヴィちゃんをバカにしてるんだね、ハルト君は。ずるいよ。ルヴィちゃんに赦されて愛されてるくせに。自分さえよければいいなんて」
そう言われて、ショックだった。
そんなふうに考えることができなかった自分に。ルヴィを傷つけないって言いながら、ルヴィのためって言いながら、俺はルヴィを拒絶してたんだ。
「俺は、」
「ハルト君は、自分さえ良ければいいんでしょ、それがわかったから、ルヴィちゃん、もうハルト君を好きじゃなくなったって言ったんじゃないの、いま。
僕がハルト君に仕掛けたのが悪いけど、これでわかってよかったよ、ルヴィちゃんは。さっきの話ぶりだと、もう僕たちには一切関わらないって感じだし。ルヴィちゃんらしく、慎ましやかに生きていくんでしょ。ハルト君みたいに、激しく好きじゃなくても、ルヴィちゃんを優しく包んでくれるそこそこの愛情の男と結婚すればいいじゃない」
…さっき、指輪を外してたルヴィ。婚約してないって。
バカだな、ルヴィ。俺がルヴィを手放すと思ったの?あの時、父上とアンジェ様に責められて、自分もバカだったってわかったし、だから誓約魔法は解除した。最初の誓約魔法は。
ねぇ、ルヴィ。あの時、ルヴィと離されるって、そう思ってた俺が、ルヴィを縛り付けないわけがないのに。なんで気付かなかったの?
ルヴィは、俺が指輪を着け直したあの時から、一度も指輪を外さなかったんだね。今日まで、一度も。
その事実に俺の顔がほころぶ。あぁ、可愛いルヴィ。俺から逃げるなんて赦さない。俺の運命であるおまえを、手放してなんてやるものか。
「父上」
「なんだ」
「俺たちは、もう実質高校を卒業したも同然です。冬休み明け、1月に、何日か登校したらもうあとは自由登校でしょう。卒業式までは何もない。だから、」
俺は父上を見据えて言った。
「俺が、ルヴィを抱いてもいいですね」
「…ルヴィア嬢は、もうおまえを好きじゃないと」
「いいえ。好きです」
「ジーク、貴方、ルヴィちゃんはもう、」
「アンジェ様にはわからないと思います。でも、父上にはわかりますよね。さっき、ルヴィは俺を好きじゃないと言いながら、俺に甘い匂いを香らせた。ものすごい強さで。まだ、残ってるくらいだ。言葉なんてどうでもいい。ルヴィは、俺を好きで欲情してるんだ。自分自身ではわからない、俺への愛の告白ですよ。ルヴィに告白されたのに、俺が応えないわけないでしょう。
いいですね、父上」
「わかった。いつだ」
「1月15日に終わり、3月1日が卒業式です。もしその間に妊娠しても、まだ目立たないから卒業式は無事に迎えさせられます」
「…おまえ、その間ずっと籠る気か?」
「俺は、4年我慢して、今回も自分がバカだったとは言え、ほぼ3年我慢しました。ずっと我慢してきた。ずっと。たかだか1ヶ月半ですよ。ダメなんですか?ダメだというなら、俺はルヴィを拐います。卒業式もなしですよ」
「わかった。ただし、ルヴィア嬢がイヤだと言ったら諦めろよ」
「ええ。匂いがなくなってたら諦めます。さっき俺に嘘をついたルヴィの言葉は信じません」
「…そこはかとなく怖い話をしてるけど、ルヴィちゃんが戻ってきてくれるなら私も賛成するわ。ただし、無理はさせないでね!ルヴィちゃんに!卒業式も絶対参加よ!」
「わかってます、アンジェ様」
「ねぇ、ハルト君。その、ルヴィちゃんの匂いってなんなの」
「俺にだけ香る、ルヴィの雌の匂いです。甘やかな、俺を誘う香りです」
「…そんなのが、わかるんだ」
「わかりますよ。ナディール叔父上もわかるはずですよ。ナディール叔父上だけに香る、運命の香りが」
「まだそんな香りを嗅いだことない」
「ナディール叔父上にはまだいないからでしょう。貴方、好きな女性どころか人間全拒否じゃないですか」
「…腕輪外さないよ」
「俺も叔父上につけますよ。あ、そうだ」
「なに?」
「叔父上、俺は魅了は効かないと言いましたよね?」
「うん。オーウェン兄さんが作った指輪型の機械でしょ?カイル君も付けてからあの女に会わせたからね」
「俺はつけてません、その指輪は」
「…え?」
「俺に魅了が効かないのは、」
俺はルヴィの瞳の色、パライバトルマリンのついた指輪を外して左手をかざして見せた。
「…それ、」
「誓約魔法です。俺がルヴィにかけた」
「なに?おまえ、あの場で、俺の目の前で解除したよな?」
「しましたよ。あれは。あのあと、ルヴィが受け入れてくれたから、成立したんです」
「怖い。怖すぎる。ずっとそんなふうにしてルヴィちゃんを縛り付けてたの?」
「ルヴィが俺と会えない間に誰かに襲われたりしたら困りますからね。相手は殺すにしても、ルヴィの心もカラダも傷つけるのはイヤだったので。離れてる間は守りきれませんから。
父上、これは法律施行前ですから、おれを処刑しないでくださいよ」
「…わかった。しかたねぇな」
「残念ですね、父上」
「なにがだ」
「ご自分で制定した法律のせいで、サフィア嬢に誓約魔法をかけられないことですよ」
「…なっ、」
俺は動揺する父上を見てニヤニヤしてやった。
「法律改正とかなしですよ?自分の好きに変えるなんて、独裁者と一緒ですからね。ははは、残念ですね。ルヴィに大好きなんて言われた父上への罰です。ははは」
「…クソッ」
「ねぇ、サヴィオンも変質者だったのね、やっぱり」
「僕もなりたい。いいな、そういう相手がいて」
「なりますよ、たぶんナディール叔父上も」
数年後、この時の自分の言葉に俺は後悔させられるのだ。
さようなら…?
ルヴィの声?
霧の中をさまよっているような感覚が突如晴れる。
目の前には、
「ルヴィ…?」
ルヴィは、俺をじっと見つめていた。ルヴィのカラダに、あの時消えてしまった魔力がある。
「ルヴィ、生きてるの?生きてたの?」
自分の手で確かめたくてルヴィを抱き締めようとしたが、体が動かない。良く見ると、ルヴィの魔法で椅子に縛り付けられている。外そうとしても外れない。魔力を発動できないことに困惑するおれの目に、魔力封じの腕輪が映った。
「ルヴィ、この魔法、外して、ルヴィを確かめたい、お願い」
「ジークハルト殿下」
「…え?」
ルヴィは、俺を縛り付けた蔦を消すと、「少しだけ、お待ちください」と言った。そして、アンジェ様に向き合う。
「アンジェ様」
「なぁに、ルヴィちゃん、」
「今まで、私を見守り育てていただいて、ありがとうございました。本来なら手を掛けていただけるような立場ではないのに、このような僥倖をいただけて、本当に幸せでした」
「…ルヴィちゃん?」
「私は、もうアンジェ様に、そんなふうに呼んでいただけません。いいえ、本当は、あの7年前から」
ルヴィは俺を見ると、左手の指輪を外した。
それをアンジェ様に渡す。
「ジークハルト殿下と婚約を解消したのに、私が図々しく殿下を諦めないなどと言ってしまって…泣きはらした顔でそんなことを認めさせた卑怯な私をお許しください」
「ルヴィちゃん、」
ルヴィは今度は父上を向いた。
「サヴィオン様、私は、ジークハルト殿下と婚約したときに、サヴィオン様が義理のお父様になってくださるのが、本当に嬉しかったです。もうそれは叶いませんが、今後はサフィの一友人として交流をいただければ幸いです。おおらかで、優しいサヴィオン様が大好きでした」
「…ルヴィア嬢?なんでそんなことを、ルヴィア嬢は、もう俺にとって、」
「…ありがとうございました」
ルヴィは俺に向き合うと、しゃがんで、俺の手をとった。温かい、柔らかいルヴィの手。
「ジークハルト殿下」
「なんで。ルヴィ、なんでハルトって呼んでくれないの」
「私はもう、殿下を愛称で呼んでいい立場ではありません。殿下も、これからは私をルヴィア嬢と。そう、お呼びください」
そして、ふわっと笑うと、「ジークハルト・エイベル殿下、大好きでした。でももう、好きではありません」と言った。
ルヴィの言葉が頭に入ってこない。なにを、言われているのか、わからない。
好きではない?嘘だ。だって、
「さようなら、ジークハルト殿下」
俺だけに香る、ルヴィの甘い甘い匂いを残して、ルヴィは消えてしまった。
「父上…っ!この、腕輪を外してください!ルヴィが、ルヴィが!」
「ダメだよ、ハルト君」
「…あんた」
「ルヴィちゃんを追いかけちゃダメだよ」
俺は立ち上がり、ナディール叔父上の胸ぐらを掴んだ。
「ルヴィに何をしたんだ!」
「今から話すから。とりあえず座って」
「イヤだ。ルヴィを、」
「その腕輪を付けたのは僕だ。僕が外さない限り、ハルト君は魔力はつかえないよ。さあ、どうする。大人しく聞くかい?もう少し大人になりなよ」
「あんたに、そんなこと言われる筋合いはないっ」
「でも聞かないと、なにが起きたかわからないでしょ。さっきまでハルト君、別人だったんだよ」
「別人…?」
「ルヴィちゃんのこと、こっちに来いとかさ。僕のことも、赤い目だ、おまえがハルトか、って怒鳴ってたよ」
「どういうことですか、」
「貴方、ジークフリートって名乗ったそうよ、ルヴィちゃんに」
「え、…ジークフリート?」
「ルヴィちゃん、私の部屋に来たときに真っ青な顔してたの。でも、ルヴィちゃん、貴方のこと魔法で縛り付けてみせた。ルヴィちゃんは、恐怖に負けない人間に成長したのね」
「どういうことなんですか、そもそも、ルヴィはなんで、」
「ハルト君の魔力を暴走させてヴロンディ帝国を潰すために、僕がルヴィちゃんの魔力を止めたの」
「止めた…?」
「ハルト君も使ったでしょ、兄さんに刺されたとき。僕も使えるって言ったじゃん。それを、ルヴィちゃんが刺される瞬間に使ったんだよ。おかげさまで、ヴロンディ帝国は消滅したよ、ハルト君」
ナディール叔父上は、書類を俺に見せた。
「ハルト君のおかげで、条件丸呑みで降伏だよ。ありがとう」
「そんなことどうでもいい、ルヴィは、」
そのとき、ハッと気づく。
「カイルは…カイルは、なんで」
「あそこにルヴィちゃんを置いておいたら、ハルト君の魔力の暴発に巻き込まれて、せっかく生きてるのにルヴィちゃん死んじゃうでしょ。だからカイル君に連れ出してもらったんだよ。カイル君、あそこに来たとき真っ青な顔してたでしょ?涙こぼしたの見た?ハルト君に殺されるって、恐怖にうちふるえてたんだよ。でも、ルヴィちゃんを置いておくわけにいかないから、って」
「それもあんたが」
「それとさ。ハルト君が気を失ってるときに、ルヴィちゃんが僕に言ったんだ。『ナディール様だけが悪いんじゃない。私がナディール様に殺されるかもしれないと思って、勝手に私を遠ざけるハルト様にも問題がある』って。あんなに、お願いしたのに、って言ってたよ」
「お願い?」
「自分の中にしまいこまないで、話してって。言われてたんでしょ?」
ナディール叔父上は、「たぶんさ、」と目を伏せた。
「ルヴィちゃんは、ハルト君に隠しごとされて、イヤだったんじゃないの。僕のこともヴロンディ帝国のことも、魅了の女のことも、何も言わなかったんでしょ」
「…言ったら、ルヴィは気にするじゃないですか!」
「でもルヴィちゃんは、ハルト君に言ってほしかったんでしょ。守られるだけで生きていくのはイヤだって、そう言ってたよ。守られるだけがイヤだってのは、自分もハルト君を守りたいって。そういうことじゃないの?」
「俺を守りたい…?」
そんなこと、考えたこともなかった。俺が男だし、魔力も強いし、自分がルヴィを守るのが当然だってしか思わなかった。
「ハルト君、ルヴィちゃんの魔力感じないの?ルヴィちゃん、植物特性で調合できるでしょ。ハルト君の顔の傷、治療してくれたんだよ」
「ルヴィの調合してくれた薬…」
「ハルト君がルヴィちゃんを守りたいように、ルヴィちゃんだってハルト君を守りたいんじゃないの?ハルト君がルヴィちゃんを大切なように、ルヴィちゃんだってハルト君のこと大切に大切に思ってるんじゃないの。なんでわかんないの、こんなに愛されてるのに。ルヴィちゃんは、ハルト君を受け入れてるのに。ハルト君が、ルヴィちゃんがいなくなったらって不安に思うように、ルヴィちゃんだって、不安になるって思わないの?
自分だけがルヴィちゃんを好き、大切にしたい、守りたいんだね。
ハルト君を好きで、大切にしてくれたルヴィちゃんをバカにしてるんだね、ハルト君は。ずるいよ。ルヴィちゃんに赦されて愛されてるくせに。自分さえよければいいなんて」
そう言われて、ショックだった。
そんなふうに考えることができなかった自分に。ルヴィを傷つけないって言いながら、ルヴィのためって言いながら、俺はルヴィを拒絶してたんだ。
「俺は、」
「ハルト君は、自分さえ良ければいいんでしょ、それがわかったから、ルヴィちゃん、もうハルト君を好きじゃなくなったって言ったんじゃないの、いま。
僕がハルト君に仕掛けたのが悪いけど、これでわかってよかったよ、ルヴィちゃんは。さっきの話ぶりだと、もう僕たちには一切関わらないって感じだし。ルヴィちゃんらしく、慎ましやかに生きていくんでしょ。ハルト君みたいに、激しく好きじゃなくても、ルヴィちゃんを優しく包んでくれるそこそこの愛情の男と結婚すればいいじゃない」
…さっき、指輪を外してたルヴィ。婚約してないって。
バカだな、ルヴィ。俺がルヴィを手放すと思ったの?あの時、父上とアンジェ様に責められて、自分もバカだったってわかったし、だから誓約魔法は解除した。最初の誓約魔法は。
ねぇ、ルヴィ。あの時、ルヴィと離されるって、そう思ってた俺が、ルヴィを縛り付けないわけがないのに。なんで気付かなかったの?
ルヴィは、俺が指輪を着け直したあの時から、一度も指輪を外さなかったんだね。今日まで、一度も。
その事実に俺の顔がほころぶ。あぁ、可愛いルヴィ。俺から逃げるなんて赦さない。俺の運命であるおまえを、手放してなんてやるものか。
「父上」
「なんだ」
「俺たちは、もう実質高校を卒業したも同然です。冬休み明け、1月に、何日か登校したらもうあとは自由登校でしょう。卒業式までは何もない。だから、」
俺は父上を見据えて言った。
「俺が、ルヴィを抱いてもいいですね」
「…ルヴィア嬢は、もうおまえを好きじゃないと」
「いいえ。好きです」
「ジーク、貴方、ルヴィちゃんはもう、」
「アンジェ様にはわからないと思います。でも、父上にはわかりますよね。さっき、ルヴィは俺を好きじゃないと言いながら、俺に甘い匂いを香らせた。ものすごい強さで。まだ、残ってるくらいだ。言葉なんてどうでもいい。ルヴィは、俺を好きで欲情してるんだ。自分自身ではわからない、俺への愛の告白ですよ。ルヴィに告白されたのに、俺が応えないわけないでしょう。
いいですね、父上」
「わかった。いつだ」
「1月15日に終わり、3月1日が卒業式です。もしその間に妊娠しても、まだ目立たないから卒業式は無事に迎えさせられます」
「…おまえ、その間ずっと籠る気か?」
「俺は、4年我慢して、今回も自分がバカだったとは言え、ほぼ3年我慢しました。ずっと我慢してきた。ずっと。たかだか1ヶ月半ですよ。ダメなんですか?ダメだというなら、俺はルヴィを拐います。卒業式もなしですよ」
「わかった。ただし、ルヴィア嬢がイヤだと言ったら諦めろよ」
「ええ。匂いがなくなってたら諦めます。さっき俺に嘘をついたルヴィの言葉は信じません」
「…そこはかとなく怖い話をしてるけど、ルヴィちゃんが戻ってきてくれるなら私も賛成するわ。ただし、無理はさせないでね!ルヴィちゃんに!卒業式も絶対参加よ!」
「わかってます、アンジェ様」
「ねぇ、ハルト君。その、ルヴィちゃんの匂いってなんなの」
「俺にだけ香る、ルヴィの雌の匂いです。甘やかな、俺を誘う香りです」
「…そんなのが、わかるんだ」
「わかりますよ。ナディール叔父上もわかるはずですよ。ナディール叔父上だけに香る、運命の香りが」
「まだそんな香りを嗅いだことない」
「ナディール叔父上にはまだいないからでしょう。貴方、好きな女性どころか人間全拒否じゃないですか」
「…腕輪外さないよ」
「俺も叔父上につけますよ。あ、そうだ」
「なに?」
「叔父上、俺は魅了は効かないと言いましたよね?」
「うん。オーウェン兄さんが作った指輪型の機械でしょ?カイル君も付けてからあの女に会わせたからね」
「俺はつけてません、その指輪は」
「…え?」
「俺に魅了が効かないのは、」
俺はルヴィの瞳の色、パライバトルマリンのついた指輪を外して左手をかざして見せた。
「…それ、」
「誓約魔法です。俺がルヴィにかけた」
「なに?おまえ、あの場で、俺の目の前で解除したよな?」
「しましたよ。あれは。あのあと、ルヴィが受け入れてくれたから、成立したんです」
「怖い。怖すぎる。ずっとそんなふうにしてルヴィちゃんを縛り付けてたの?」
「ルヴィが俺と会えない間に誰かに襲われたりしたら困りますからね。相手は殺すにしても、ルヴィの心もカラダも傷つけるのはイヤだったので。離れてる間は守りきれませんから。
父上、これは法律施行前ですから、おれを処刑しないでくださいよ」
「…わかった。しかたねぇな」
「残念ですね、父上」
「なにがだ」
「ご自分で制定した法律のせいで、サフィア嬢に誓約魔法をかけられないことですよ」
「…なっ、」
俺は動揺する父上を見てニヤニヤしてやった。
「法律改正とかなしですよ?自分の好きに変えるなんて、独裁者と一緒ですからね。ははは、残念ですね。ルヴィに大好きなんて言われた父上への罰です。ははは」
「…クソッ」
「ねぇ、サヴィオンも変質者だったのね、やっぱり」
「僕もなりたい。いいな、そういう相手がいて」
「なりますよ、たぶんナディール叔父上も」
数年後、この時の自分の言葉に俺は後悔させられるのだ。
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