【R18】今度は逃げません?あの決意はどこへ~あまくとろかされてしまうまで~

蜜柑マル

文字の大きさ
上 下
100 / 110
最終章

ハルト様

しおりを挟む
目の前に、ハルト様が眠っている。静かな寝息をたててはいるが、顔色が悪い。そっと頬に触れると、ひんやりと冷たかった。布団を少し捲り、カラダに手を当てる。冷たい。ハルト様の心臓のあたりに手をのせる。トクトクと伝わる鼓動は、いつもよりゆっくりだった。

学校からそのまま向かったので、ハルト様はブレザーは脱いでいるが、制服のままだ。このままではゆっくり休めない。

私は、部屋を暖かくして、タオルを準備し、まずハルト様の顔を拭いた。ところどころ、傷がつき、汚れている。

「…痛くないですか」

ハルト様から答えはない。私は、タオルを取り替えながら首の辺りまで丁寧に拭った。

ハルト様の傷に、自分で調合した薬をつける。魔術師養成学校に通い、植物魔法について一から学んだおかげで、治療に関する知識もだいぶ身につけることができた。離れているとき、ハルト様の話をおばあ様からお聞きして、いつか私もハルト様の治療ができるようにしたいと思っていた。まさか、こんな形でとは考えもしなかったが。

「ハルト様、寒くないですか」

返事はないが、話かける。カイルセン様から「兄上はただ眠っているだけですが、魔力を暴発させたので目覚めるかわからないそうです」と聞かされたため、とにかく声をかけることにした。

ブラウスのボタンを外すと、ハルト様の鍛えられた上半身が露になる。再会したあの日、見たきりのハルトさまの肌。

「ハルト様、触れていいですか?触れますね」

タオルで、カラダも清める。私より大きい上に覚醒してないため、カラダを起こすことが叶わず、そのままゴロリとハルト様をうつ伏せにした。袖を外し、背中も拭う。腕には、ハルト様が私につけたことがある魔力封じの腕輪がついていた。

「ハルト様、とても逞しい背中になりましたね。あの時と同じ年齢なのに、ずいぶんカラダが変わりましたね、ハルト様も、私も」

ハルト様は、私を抱き上げるのが好きだが、学校生活では必ず歩いて移動したし、街にでかけるときにも、「手を繋ぎたい」と言って一緒に歩いた。汽車に乗り、湖を見に行ったこともある。たくさんたくさん、一緒に歩いたおかげで、私も前回に比べてかなり変わったと思う。魔力を育てるために、おばあ様の指導のもと食事も変わったし、運動もたくさんした。訓練も。

ハルト様に、パジャマを着せる。なんとかまた仰向けにして、ボタンを留める。

次に、ズボンを脱がせる。足もつめたい。タオルで拭いて、パジャマのズボンをはかせる。布団をカラダにかけて、私はベッドに乗った。

ハルト様の足だけ出るように布団を捲り、右足に触れる。冷たい肌を暖めるように何度も何度もさする。次に左足。タオルを少し熱めにして、足をくるむ。また、さする。足先がほんのり暖かくなったので、靴下をはかせる。

ハルト様のお顔を確認する。まだ冷たいままだ。

「ハルト様、私も着替えてきますね」

声をかける。

私もパジャマになり、ハルト様の横に入った。

「…髪の毛が、洗えませんね」

あの時、一度だけ洗ったハルト様の髪をそっと撫でる。あんなにサラサラでキレイだった黒髪は、ところどころ熱を浴びたせいで傷んでいた。

ハルト様の魔力の暴発、そしてヴロンディ帝国のことをカイルセン様に聞かされたときに、私が感じたのはハルト様に対する怒りだった。

鼻をキュッと摘まんでやる。

「ハルト様。また、私に言わずにひとりで勝手に決めましたね」

何も言わないハルト様。私の目から涙がこぼれる。あんなに、言って欲しいと伝えたのに。私を大切に思ってくれて、わたしを守ろうとしてくれたのだろう。でも、「共に歩んで欲しい」と言ってくれたのに。

「…私は、頼りになりませんか」

話してくれればいいのに、ハルト様は険しい顔で私を抱き締めるだけだった。

「ずっと、キスもしませんでしたね」

私は、ハルト様のくちびるに口づけた。ひんやり冷たいくちびる。

前回、私が死んだとき。死んだ私の手を握ったハルト様は、こんな気持ちだったのだろうか。でも、ハルト様は生きている。

「ハルト様、」

私はもう一度ハルト様に口づけて、ハルト様を抱き締め目を閉じた。







誰かの手の感触に、意識が覚醒する。ぼんやり目を開けると、私に覆い被さり、上からわたしを見下ろすハルト様が目に入った。

「ルヴィ、どうして隣にいる?ここは、おまえの部屋か?」

「…ハルト様?」

すると、ハルト様の目がギラリと光り、私の首に手をかけた。

「ルヴィ。ハルトって誰だ」

「え、」

「答えろ!早く!」

「ハ、」

「なぁ、ルヴィ、誰なんだ?なんで、違う男の名前を呼ぶ?俺がいるのに。なんで、」

そう言ってハルト様は私のパジャマに手をかけると、ボタンを引きちぎりはだけさせた。

「ルヴィ、」

ハルト様は私の胸をギュッと掴む。痛さに眉をしかめると、「またその顔だ」と睨み付けた。

「ルヴィ、なんでわからない?なんで、俺がやってることを理解しない?魔力を発現してくれれば、ルヴィは俺だけのものになるのに。この国には、魔力があるのはカイルだけだ。俺と結婚するしかないんだよ、ルヴィ。カイルはもう、婚約者がいるんだから。…なぁ、」

ハルト様は私をじっと見て、「ハルトって誰なんだ」とまた聞いた。

答えられない私に痺れを切らしたのか、イライラしたように私の下も脱がせる。

「なんで答えない?俺がずっと見てたのに、どこで知り合ったんだ!…おい!ルヴィ、これはなんだ!?」

ハルト様は私の鎖骨の下を摘まんだ。

「なんなんだ、これ。魔力を感じる。なんでこんなのが俺のルヴィについてる?ルヴィ、そいつに何をされた!?こんな、こんなのついてなかった!俺が見てないときに何かしたのか!?なぁ、ルヴィ、…クソッ」

「…っ!」

ハルト様は摘まんでいた箇所にガリッと噛みつき、「なんで、こんな…俺と同じ色?…そいつのこと好きなのか!?なぁ、ルヴィ、ダメだ。なんで俺より先に他の男に…」ベロリと舐め上げると、「そいつの目玉をくりぬいてやる」と言った。

「あ、」

「答える気になったか、どこの誰だ!他の男に色目を使ったのか!?おまえ、」

「貴方は、誰ですか」

するとハルト様は私の髪を引っ張りあげた。痛みに目がチカチカする。

「おまえは、何を言ってる?俺はおまえの婚約者だろう!俺はジークフリート・モンタリアーノだ!」

そう言ってまた私を睨み付けた、そして、そのまま瞳が閉じた。

私の上に倒れるハルト様。

「ジークフリート…?」

あまりの衝撃に髪の毛を引っ張られた痛みも忘れ、私は殿下を見た。

パジャマを破られてしまったためワンピースに手早く着替えて、殿下を仰向けにする。震える手で布団をかけなおし、私は部屋を出た。

今、何時なのかもわからず、アンジェ様の部屋に向かう。ノックをすると、「どうぞ」とアンジェ様の声が聞こえた。

「ルヴィちゃん!大丈夫だった?心配したのよ!」

「アンジェ様、ハルト様が、」

「目が覚めたの?」

「違うんです、」

すると、部屋の外から「ルヴィ!ルヴィ、どこだ!ルヴィ!」と叫ぶ声が聞こえる。ビクッとする私を見て、「…ルヴィちゃん?」とアンジェ様が声をかける。

「アンジェ様、ハルト様が、…俺はジークフリート・モンタリアーノだと」

「…なんですって」

その間も、「ルヴィ!」と私を呼ぶ声が聞こえる。

「ルヴィちゃん、サヴィオンのところに行きましょう」アンジェ様はそう言って、私を連れて飛んだ。

「サヴィオン、」

「アンジェ?ルヴィア嬢も、」

「ジークが、記憶が、」

「なに?」

「ジークの記憶が、」

すると、ドアがドンドンと叩かれ、「開けろ!なんなんだここは?ルヴィを出せ!」と叫ぶ声が聞こえた。

「…ジーク?」

訝しげに呟くサヴィオン様は、「ルヴィア嬢、何があったんだ」と私を見た。

「ハルト様は、目を覚まして、自分をジークフリートだと」

「…なに?」

「ルヴィ!声が聞こえた、出てこい!ここにいるんだろ!ルヴィ!」

サヴィオン様は「アンジェ、ルヴィア嬢を頼む」と言ってドアを開けた。

「…あんた、誰だ」

殿下はサヴィオン様を睨み付けると、視線を私に移し、こちらに向かってきた。

サヴィオン様がその腕を掴む。

「離せ!おまえがハルトか?同じ、俺と同じ赤い目だ!離せ!ルヴィ、こっちに来い!…クソッ、なんで魔力が使えない?ルヴィ!離せ!離せ!離せ…っ」

そう言うと、ハルト様は「…ルヴィ?」と呟いた。

「あ、あ、あ、イヤだ、ルヴィ、イヤだ、俺を置いていかないで、イヤだ、やめろ、俺からルヴィを、…違う、殺したのは、ルヴィを殺したのは俺…」

そして、「うわーっ!!!!!」と叫ぶと、その場に倒れてしまった。

「ごめんね、ルヴィちゃん」

突然聞こえた声に顔を上げると、そこには黒髪、赤い瞳の男性が立っていた。

「挨拶するのは初めてだね、ルヴィちゃん。僕は、ナディール・エイベル」

「はじめまして、ルヴィア・サムソンです」

ナディール様はハルト様を見ると、「僕が煽りすぎちゃったんだ。ごめんね」と言った。

「いいえ、ナディール様、ナディール様だけの責任ではありません」

「…え?」

「ハルト様は今回のナディール様とのいさかいについて、私に何も言いませんでした。共に歩いて欲しいと言ったくせに、私をまた隠そうとした。ナディール様から。自分勝手に守ろうとした」

「それは、」

「ナディール様、もし、私がナディール様に殺される、だから守りたいとハルト様が思ったとしても、自分の考えを隠して私をどうにかナディール様から遠ざけようとするのは間違ってます。私は、ハルト様の影に隠れて生きていくのはイヤだと伝えたのですから。あんなに、勝手に判断しないで、話してください、しまいこまないでください、と言ったのに、」

この先、ハルト様には、今回のナディール様のように敵ができるかもしれない。その時に、また、こんなふうに同じことを繰り返すの?私を守るために自分で勝手に判断して、自分を追い詰めて。

ハルト様の隣に、私がいてはダメなんだ。

私を大切にしすぎて、自分を壊す。今回の人生で再会したとき、「ご自身も大切にしてください」とお伝えした。ハルト様がハルト様を大切にできない原因である私が、いつまでもハルト様の隣にいるべきではない。

私を虐げたことを心から反省して謝罪し、「もうルヴィを絶対に傷つけない」と言ったハルト様が、ジークフリート殿下になってしまうほど、今回のことでひどくひどく傷ついてしまったのだろう。

ハルト様は、私を手放せない。

私が、ハルト様を自由にしなければ。

そう思ったとき、殿下がまた目を開けて、「ルヴィ!」と立ち上がった。

「そいつも赤い目だ!そいつがハルトか!?ルヴィ、他の男と話すな!こっちに来い!」

私に手を伸ばす殿下を、私は植物魔法で椅子に縛り付けた。

殿下は一瞬ポカンとした顔になり、その後怒りを滲ませ叫んだ。

「誰だ、こんな、」

「私です」

「なに?」

「私は魔力が発現しました。これは、私の魔法です」

殿下は破顔して、「ほんと!?ほんとに!?やった、ルヴィ!やっと魔力が発現したんだ!」と叫んだ。

「ルヴィ、良かった。魔法が使えるようになったんだ!もうひどいことはしない、カーディナルに行こう、結婚しよう」

「お断りします」

「…なんで?なんで、ルヴィ、俺はもう、ひどいことしないよ、今までやってきたのはルヴィのためなんだよ、」

「自分勝手に決めて、何が私のためですか。人のせいにしないでください」

「なんでそんな言い方をする?俺はルヴィが好きで、ルヴィのために、」

「私は貴方がだいっきらいです。ジークフリート・モンタリアーノ殿下」

「…え?」

「もう貴方には関わりません。さようなら、ジークフリート殿下」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...