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最終章
ハルト様
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目の前に、ハルト様が眠っている。静かな寝息をたててはいるが、顔色が悪い。そっと頬に触れると、ひんやりと冷たかった。布団を少し捲り、カラダに手を当てる。冷たい。ハルト様の心臓のあたりに手をのせる。トクトクと伝わる鼓動は、いつもよりゆっくりだった。
学校からそのまま向かったので、ハルト様はブレザーは脱いでいるが、制服のままだ。このままではゆっくり休めない。
私は、部屋を暖かくして、タオルを準備し、まずハルト様の顔を拭いた。ところどころ、傷がつき、汚れている。
「…痛くないですか」
ハルト様から答えはない。私は、タオルを取り替えながら首の辺りまで丁寧に拭った。
ハルト様の傷に、自分で調合した薬をつける。魔術師養成学校に通い、植物魔法について一から学んだおかげで、治療に関する知識もだいぶ身につけることができた。離れているとき、ハルト様の話をおばあ様からお聞きして、いつか私もハルト様の治療ができるようにしたいと思っていた。まさか、こんな形でとは考えもしなかったが。
「ハルト様、寒くないですか」
返事はないが、話かける。カイルセン様から「兄上はただ眠っているだけですが、魔力を暴発させたので目覚めるかわからないそうです」と聞かされたため、とにかく声をかけることにした。
ブラウスのボタンを外すと、ハルト様の鍛えられた上半身が露になる。再会したあの日、見たきりのハルトさまの肌。
「ハルト様、触れていいですか?触れますね」
タオルで、カラダも清める。私より大きい上に覚醒してないため、カラダを起こすことが叶わず、そのままゴロリとハルト様をうつ伏せにした。袖を外し、背中も拭う。腕には、ハルト様が私につけたことがある魔力封じの腕輪がついていた。
「ハルト様、とても逞しい背中になりましたね。あの時と同じ年齢なのに、ずいぶんカラダが変わりましたね、ハルト様も、私も」
ハルト様は、私を抱き上げるのが好きだが、学校生活では必ず歩いて移動したし、街にでかけるときにも、「手を繋ぎたい」と言って一緒に歩いた。汽車に乗り、湖を見に行ったこともある。たくさんたくさん、一緒に歩いたおかげで、私も前回に比べてかなり変わったと思う。魔力を育てるために、おばあ様の指導のもと食事も変わったし、運動もたくさんした。訓練も。
ハルト様に、パジャマを着せる。なんとかまた仰向けにして、ボタンを留める。
次に、ズボンを脱がせる。足もつめたい。タオルで拭いて、パジャマのズボンをはかせる。布団をカラダにかけて、私はベッドに乗った。
ハルト様の足だけ出るように布団を捲り、右足に触れる。冷たい肌を暖めるように何度も何度もさする。次に左足。タオルを少し熱めにして、足をくるむ。また、さする。足先がほんのり暖かくなったので、靴下をはかせる。
ハルト様のお顔を確認する。まだ冷たいままだ。
「ハルト様、私も着替えてきますね」
声をかける。
私もパジャマになり、ハルト様の横に入った。
「…髪の毛が、洗えませんね」
あの時、一度だけ洗ったハルト様の髪をそっと撫でる。あんなにサラサラでキレイだった黒髪は、ところどころ熱を浴びたせいで傷んでいた。
ハルト様の魔力の暴発、そしてヴロンディ帝国のことをカイルセン様に聞かされたときに、私が感じたのはハルト様に対する怒りだった。
鼻をキュッと摘まんでやる。
「ハルト様。また、私に言わずにひとりで勝手に決めましたね」
何も言わないハルト様。私の目から涙がこぼれる。あんなに、言って欲しいと伝えたのに。私を大切に思ってくれて、わたしを守ろうとしてくれたのだろう。でも、「共に歩んで欲しい」と言ってくれたのに。
「…私は、頼りになりませんか」
話してくれればいいのに、ハルト様は険しい顔で私を抱き締めるだけだった。
「ずっと、キスもしませんでしたね」
私は、ハルト様のくちびるに口づけた。ひんやり冷たいくちびる。
前回、私が死んだとき。死んだ私の手を握ったハルト様は、こんな気持ちだったのだろうか。でも、ハルト様は生きている。
「ハルト様、」
私はもう一度ハルト様に口づけて、ハルト様を抱き締め目を閉じた。
誰かの手の感触に、意識が覚醒する。ぼんやり目を開けると、私に覆い被さり、上からわたしを見下ろすハルト様が目に入った。
「ルヴィ、どうして隣にいる?ここは、おまえの部屋か?」
「…ハルト様?」
すると、ハルト様の目がギラリと光り、私の首に手をかけた。
「ルヴィ。ハルトって誰だ」
「え、」
「答えろ!早く!」
「ハ、」
「なぁ、ルヴィ、誰なんだ?なんで、違う男の名前を呼ぶ?俺がいるのに。なんで、」
そう言ってハルト様は私のパジャマに手をかけると、ボタンを引きちぎりはだけさせた。
「ルヴィ、」
ハルト様は私の胸をギュッと掴む。痛さに眉をしかめると、「またその顔だ」と睨み付けた。
「ルヴィ、なんでわからない?なんで、俺がやってることを理解しない?魔力を発現してくれれば、ルヴィは俺だけのものになるのに。この国には、魔力があるのはカイルだけだ。俺と結婚するしかないんだよ、ルヴィ。カイルはもう、婚約者がいるんだから。…なぁ、」
ハルト様は私をじっと見て、「ハルトって誰なんだ」とまた聞いた。
答えられない私に痺れを切らしたのか、イライラしたように私の下も脱がせる。
「なんで答えない?俺がずっと見てたのに、どこで知り合ったんだ!…おい!ルヴィ、これはなんだ!?」
ハルト様は私の鎖骨の下を摘まんだ。
「なんなんだ、これ。魔力を感じる。なんでこんなのが俺のルヴィについてる?ルヴィ、そいつに何をされた!?こんな、こんなのついてなかった!俺が見てないときに何かしたのか!?なぁ、ルヴィ、…クソッ」
「…っ!」
ハルト様は摘まんでいた箇所にガリッと噛みつき、「なんで、こんな…俺と同じ色?…そいつのこと好きなのか!?なぁ、ルヴィ、ダメだ。なんで俺より先に他の男に…」ベロリと舐め上げると、「そいつの目玉をくりぬいてやる」と言った。
「あ、」
「答える気になったか、どこの誰だ!他の男に色目を使ったのか!?おまえ、」
「貴方は、誰ですか」
するとハルト様は私の髪を引っ張りあげた。痛みに目がチカチカする。
「おまえは、何を言ってる?俺はおまえの婚約者だろう!俺はジークフリート・モンタリアーノだ!」
そう言ってまた私を睨み付けた、そして、そのまま瞳が閉じた。
私の上に倒れるハルト様。
「ジークフリート…?」
あまりの衝撃に髪の毛を引っ張られた痛みも忘れ、私は殿下を見た。
パジャマを破られてしまったためワンピースに手早く着替えて、殿下を仰向けにする。震える手で布団をかけなおし、私は部屋を出た。
今、何時なのかもわからず、アンジェ様の部屋に向かう。ノックをすると、「どうぞ」とアンジェ様の声が聞こえた。
「ルヴィちゃん!大丈夫だった?心配したのよ!」
「アンジェ様、ハルト様が、」
「目が覚めたの?」
「違うんです、」
すると、部屋の外から「ルヴィ!ルヴィ、どこだ!ルヴィ!」と叫ぶ声が聞こえる。ビクッとする私を見て、「…ルヴィちゃん?」とアンジェ様が声をかける。
「アンジェ様、ハルト様が、…俺はジークフリート・モンタリアーノだと」
「…なんですって」
その間も、「ルヴィ!」と私を呼ぶ声が聞こえる。
「ルヴィちゃん、サヴィオンのところに行きましょう」アンジェ様はそう言って、私を連れて飛んだ。
「サヴィオン、」
「アンジェ?ルヴィア嬢も、」
「ジークが、記憶が、」
「なに?」
「ジークの記憶が、」
すると、ドアがドンドンと叩かれ、「開けろ!なんなんだここは?ルヴィを出せ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「…ジーク?」
訝しげに呟くサヴィオン様は、「ルヴィア嬢、何があったんだ」と私を見た。
「ハルト様は、目を覚まして、自分をジークフリートだと」
「…なに?」
「ルヴィ!声が聞こえた、出てこい!ここにいるんだろ!ルヴィ!」
サヴィオン様は「アンジェ、ルヴィア嬢を頼む」と言ってドアを開けた。
「…あんた、誰だ」
殿下はサヴィオン様を睨み付けると、視線を私に移し、こちらに向かってきた。
サヴィオン様がその腕を掴む。
「離せ!おまえがハルトか?同じ、俺と同じ赤い目だ!離せ!ルヴィ、こっちに来い!…クソッ、なんで魔力が使えない?ルヴィ!離せ!離せ!離せ…っ」
そう言うと、ハルト様は「…ルヴィ?」と呟いた。
「あ、あ、あ、イヤだ、ルヴィ、イヤだ、俺を置いていかないで、イヤだ、やめろ、俺からルヴィを、…違う、殺したのは、ルヴィを殺したのは俺…」
そして、「うわーっ!!!!!」と叫ぶと、その場に倒れてしまった。
「ごめんね、ルヴィちゃん」
突然聞こえた声に顔を上げると、そこには黒髪、赤い瞳の男性が立っていた。
「挨拶するのは初めてだね、ルヴィちゃん。僕は、ナディール・エイベル」
「はじめまして、ルヴィア・サムソンです」
ナディール様はハルト様を見ると、「僕が煽りすぎちゃったんだ。ごめんね」と言った。
「いいえ、ナディール様、ナディール様だけの責任ではありません」
「…え?」
「ハルト様は今回のナディール様とのいさかいについて、私に何も言いませんでした。共に歩いて欲しいと言ったくせに、私をまた隠そうとした。ナディール様から。自分勝手に守ろうとした」
「それは、」
「ナディール様、もし、私がナディール様に殺される、だから守りたいとハルト様が思ったとしても、自分の考えを隠して私をどうにかナディール様から遠ざけようとするのは間違ってます。私は、ハルト様の影に隠れて生きていくのはイヤだと伝えたのですから。あんなに、勝手に判断しないで、話してください、しまいこまないでください、と言ったのに、」
この先、ハルト様には、今回のナディール様のように敵ができるかもしれない。その時に、また、こんなふうに同じことを繰り返すの?私を守るために自分で勝手に判断して、自分を追い詰めて。
ハルト様の隣に、私がいてはダメなんだ。
私を大切にしすぎて、自分を壊す。今回の人生で再会したとき、「ご自身も大切にしてください」とお伝えした。ハルト様がハルト様を大切にできない原因である私が、いつまでもハルト様の隣にいるべきではない。
私を虐げたことを心から反省して謝罪し、「もうルヴィを絶対に傷つけない」と言ったハルト様が、ジークフリート殿下になってしまうほど、今回のことでひどくひどく傷ついてしまったのだろう。
ハルト様は、私を手放せない。
私が、ハルト様を自由にしなければ。
そう思ったとき、殿下がまた目を開けて、「ルヴィ!」と立ち上がった。
「そいつも赤い目だ!そいつがハルトか!?ルヴィ、他の男と話すな!こっちに来い!」
私に手を伸ばす殿下を、私は植物魔法で椅子に縛り付けた。
殿下は一瞬ポカンとした顔になり、その後怒りを滲ませ叫んだ。
「誰だ、こんな、」
「私です」
「なに?」
「私は魔力が発現しました。これは、私の魔法です」
殿下は破顔して、「ほんと!?ほんとに!?やった、ルヴィ!やっと魔力が発現したんだ!」と叫んだ。
「ルヴィ、良かった。魔法が使えるようになったんだ!もうひどいことはしない、カーディナルに行こう、結婚しよう」
「お断りします」
「…なんで?なんで、ルヴィ、俺はもう、ひどいことしないよ、今までやってきたのはルヴィのためなんだよ、」
「自分勝手に決めて、何が私のためですか。人のせいにしないでください」
「なんでそんな言い方をする?俺はルヴィが好きで、ルヴィのために、」
「私は貴方がだいっきらいです。ジークフリート・モンタリアーノ殿下」
「…え?」
「もう貴方には関わりません。さようなら、ジークフリート殿下」
学校からそのまま向かったので、ハルト様はブレザーは脱いでいるが、制服のままだ。このままではゆっくり休めない。
私は、部屋を暖かくして、タオルを準備し、まずハルト様の顔を拭いた。ところどころ、傷がつき、汚れている。
「…痛くないですか」
ハルト様から答えはない。私は、タオルを取り替えながら首の辺りまで丁寧に拭った。
ハルト様の傷に、自分で調合した薬をつける。魔術師養成学校に通い、植物魔法について一から学んだおかげで、治療に関する知識もだいぶ身につけることができた。離れているとき、ハルト様の話をおばあ様からお聞きして、いつか私もハルト様の治療ができるようにしたいと思っていた。まさか、こんな形でとは考えもしなかったが。
「ハルト様、寒くないですか」
返事はないが、話かける。カイルセン様から「兄上はただ眠っているだけですが、魔力を暴発させたので目覚めるかわからないそうです」と聞かされたため、とにかく声をかけることにした。
ブラウスのボタンを外すと、ハルト様の鍛えられた上半身が露になる。再会したあの日、見たきりのハルトさまの肌。
「ハルト様、触れていいですか?触れますね」
タオルで、カラダも清める。私より大きい上に覚醒してないため、カラダを起こすことが叶わず、そのままゴロリとハルト様をうつ伏せにした。袖を外し、背中も拭う。腕には、ハルト様が私につけたことがある魔力封じの腕輪がついていた。
「ハルト様、とても逞しい背中になりましたね。あの時と同じ年齢なのに、ずいぶんカラダが変わりましたね、ハルト様も、私も」
ハルト様は、私を抱き上げるのが好きだが、学校生活では必ず歩いて移動したし、街にでかけるときにも、「手を繋ぎたい」と言って一緒に歩いた。汽車に乗り、湖を見に行ったこともある。たくさんたくさん、一緒に歩いたおかげで、私も前回に比べてかなり変わったと思う。魔力を育てるために、おばあ様の指導のもと食事も変わったし、運動もたくさんした。訓練も。
ハルト様に、パジャマを着せる。なんとかまた仰向けにして、ボタンを留める。
次に、ズボンを脱がせる。足もつめたい。タオルで拭いて、パジャマのズボンをはかせる。布団をカラダにかけて、私はベッドに乗った。
ハルト様の足だけ出るように布団を捲り、右足に触れる。冷たい肌を暖めるように何度も何度もさする。次に左足。タオルを少し熱めにして、足をくるむ。また、さする。足先がほんのり暖かくなったので、靴下をはかせる。
ハルト様のお顔を確認する。まだ冷たいままだ。
「ハルト様、私も着替えてきますね」
声をかける。
私もパジャマになり、ハルト様の横に入った。
「…髪の毛が、洗えませんね」
あの時、一度だけ洗ったハルト様の髪をそっと撫でる。あんなにサラサラでキレイだった黒髪は、ところどころ熱を浴びたせいで傷んでいた。
ハルト様の魔力の暴発、そしてヴロンディ帝国のことをカイルセン様に聞かされたときに、私が感じたのはハルト様に対する怒りだった。
鼻をキュッと摘まんでやる。
「ハルト様。また、私に言わずにひとりで勝手に決めましたね」
何も言わないハルト様。私の目から涙がこぼれる。あんなに、言って欲しいと伝えたのに。私を大切に思ってくれて、わたしを守ろうとしてくれたのだろう。でも、「共に歩んで欲しい」と言ってくれたのに。
「…私は、頼りになりませんか」
話してくれればいいのに、ハルト様は険しい顔で私を抱き締めるだけだった。
「ずっと、キスもしませんでしたね」
私は、ハルト様のくちびるに口づけた。ひんやり冷たいくちびる。
前回、私が死んだとき。死んだ私の手を握ったハルト様は、こんな気持ちだったのだろうか。でも、ハルト様は生きている。
「ハルト様、」
私はもう一度ハルト様に口づけて、ハルト様を抱き締め目を閉じた。
誰かの手の感触に、意識が覚醒する。ぼんやり目を開けると、私に覆い被さり、上からわたしを見下ろすハルト様が目に入った。
「ルヴィ、どうして隣にいる?ここは、おまえの部屋か?」
「…ハルト様?」
すると、ハルト様の目がギラリと光り、私の首に手をかけた。
「ルヴィ。ハルトって誰だ」
「え、」
「答えろ!早く!」
「ハ、」
「なぁ、ルヴィ、誰なんだ?なんで、違う男の名前を呼ぶ?俺がいるのに。なんで、」
そう言ってハルト様は私のパジャマに手をかけると、ボタンを引きちぎりはだけさせた。
「ルヴィ、」
ハルト様は私の胸をギュッと掴む。痛さに眉をしかめると、「またその顔だ」と睨み付けた。
「ルヴィ、なんでわからない?なんで、俺がやってることを理解しない?魔力を発現してくれれば、ルヴィは俺だけのものになるのに。この国には、魔力があるのはカイルだけだ。俺と結婚するしかないんだよ、ルヴィ。カイルはもう、婚約者がいるんだから。…なぁ、」
ハルト様は私をじっと見て、「ハルトって誰なんだ」とまた聞いた。
答えられない私に痺れを切らしたのか、イライラしたように私の下も脱がせる。
「なんで答えない?俺がずっと見てたのに、どこで知り合ったんだ!…おい!ルヴィ、これはなんだ!?」
ハルト様は私の鎖骨の下を摘まんだ。
「なんなんだ、これ。魔力を感じる。なんでこんなのが俺のルヴィについてる?ルヴィ、そいつに何をされた!?こんな、こんなのついてなかった!俺が見てないときに何かしたのか!?なぁ、ルヴィ、…クソッ」
「…っ!」
ハルト様は摘まんでいた箇所にガリッと噛みつき、「なんで、こんな…俺と同じ色?…そいつのこと好きなのか!?なぁ、ルヴィ、ダメだ。なんで俺より先に他の男に…」ベロリと舐め上げると、「そいつの目玉をくりぬいてやる」と言った。
「あ、」
「答える気になったか、どこの誰だ!他の男に色目を使ったのか!?おまえ、」
「貴方は、誰ですか」
するとハルト様は私の髪を引っ張りあげた。痛みに目がチカチカする。
「おまえは、何を言ってる?俺はおまえの婚約者だろう!俺はジークフリート・モンタリアーノだ!」
そう言ってまた私を睨み付けた、そして、そのまま瞳が閉じた。
私の上に倒れるハルト様。
「ジークフリート…?」
あまりの衝撃に髪の毛を引っ張られた痛みも忘れ、私は殿下を見た。
パジャマを破られてしまったためワンピースに手早く着替えて、殿下を仰向けにする。震える手で布団をかけなおし、私は部屋を出た。
今、何時なのかもわからず、アンジェ様の部屋に向かう。ノックをすると、「どうぞ」とアンジェ様の声が聞こえた。
「ルヴィちゃん!大丈夫だった?心配したのよ!」
「アンジェ様、ハルト様が、」
「目が覚めたの?」
「違うんです、」
すると、部屋の外から「ルヴィ!ルヴィ、どこだ!ルヴィ!」と叫ぶ声が聞こえる。ビクッとする私を見て、「…ルヴィちゃん?」とアンジェ様が声をかける。
「アンジェ様、ハルト様が、…俺はジークフリート・モンタリアーノだと」
「…なんですって」
その間も、「ルヴィ!」と私を呼ぶ声が聞こえる。
「ルヴィちゃん、サヴィオンのところに行きましょう」アンジェ様はそう言って、私を連れて飛んだ。
「サヴィオン、」
「アンジェ?ルヴィア嬢も、」
「ジークが、記憶が、」
「なに?」
「ジークの記憶が、」
すると、ドアがドンドンと叩かれ、「開けろ!なんなんだここは?ルヴィを出せ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「…ジーク?」
訝しげに呟くサヴィオン様は、「ルヴィア嬢、何があったんだ」と私を見た。
「ハルト様は、目を覚まして、自分をジークフリートだと」
「…なに?」
「ルヴィ!声が聞こえた、出てこい!ここにいるんだろ!ルヴィ!」
サヴィオン様は「アンジェ、ルヴィア嬢を頼む」と言ってドアを開けた。
「…あんた、誰だ」
殿下はサヴィオン様を睨み付けると、視線を私に移し、こちらに向かってきた。
サヴィオン様がその腕を掴む。
「離せ!おまえがハルトか?同じ、俺と同じ赤い目だ!離せ!ルヴィ、こっちに来い!…クソッ、なんで魔力が使えない?ルヴィ!離せ!離せ!離せ…っ」
そう言うと、ハルト様は「…ルヴィ?」と呟いた。
「あ、あ、あ、イヤだ、ルヴィ、イヤだ、俺を置いていかないで、イヤだ、やめろ、俺からルヴィを、…違う、殺したのは、ルヴィを殺したのは俺…」
そして、「うわーっ!!!!!」と叫ぶと、その場に倒れてしまった。
「ごめんね、ルヴィちゃん」
突然聞こえた声に顔を上げると、そこには黒髪、赤い瞳の男性が立っていた。
「挨拶するのは初めてだね、ルヴィちゃん。僕は、ナディール・エイベル」
「はじめまして、ルヴィア・サムソンです」
ナディール様はハルト様を見ると、「僕が煽りすぎちゃったんだ。ごめんね」と言った。
「いいえ、ナディール様、ナディール様だけの責任ではありません」
「…え?」
「ハルト様は今回のナディール様とのいさかいについて、私に何も言いませんでした。共に歩いて欲しいと言ったくせに、私をまた隠そうとした。ナディール様から。自分勝手に守ろうとした」
「それは、」
「ナディール様、もし、私がナディール様に殺される、だから守りたいとハルト様が思ったとしても、自分の考えを隠して私をどうにかナディール様から遠ざけようとするのは間違ってます。私は、ハルト様の影に隠れて生きていくのはイヤだと伝えたのですから。あんなに、勝手に判断しないで、話してください、しまいこまないでください、と言ったのに、」
この先、ハルト様には、今回のナディール様のように敵ができるかもしれない。その時に、また、こんなふうに同じことを繰り返すの?私を守るために自分で勝手に判断して、自分を追い詰めて。
ハルト様の隣に、私がいてはダメなんだ。
私を大切にしすぎて、自分を壊す。今回の人生で再会したとき、「ご自身も大切にしてください」とお伝えした。ハルト様がハルト様を大切にできない原因である私が、いつまでもハルト様の隣にいるべきではない。
私を虐げたことを心から反省して謝罪し、「もうルヴィを絶対に傷つけない」と言ったハルト様が、ジークフリート殿下になってしまうほど、今回のことでひどくひどく傷ついてしまったのだろう。
ハルト様は、私を手放せない。
私が、ハルト様を自由にしなければ。
そう思ったとき、殿下がまた目を開けて、「ルヴィ!」と立ち上がった。
「そいつも赤い目だ!そいつがハルトか!?ルヴィ、他の男と話すな!こっちに来い!」
私に手を伸ばす殿下を、私は植物魔法で椅子に縛り付けた。
殿下は一瞬ポカンとした顔になり、その後怒りを滲ませ叫んだ。
「誰だ、こんな、」
「私です」
「なに?」
「私は魔力が発現しました。これは、私の魔法です」
殿下は破顔して、「ほんと!?ほんとに!?やった、ルヴィ!やっと魔力が発現したんだ!」と叫んだ。
「ルヴィ、良かった。魔法が使えるようになったんだ!もうひどいことはしない、カーディナルに行こう、結婚しよう」
「お断りします」
「…なんで?なんで、ルヴィ、俺はもう、ひどいことしないよ、今までやってきたのはルヴィのためなんだよ、」
「自分勝手に決めて、何が私のためですか。人のせいにしないでください」
「なんでそんな言い方をする?俺はルヴィが好きで、ルヴィのために、」
「私は貴方がだいっきらいです。ジークフリート・モンタリアーノ殿下」
「…え?」
「もう貴方には関わりません。さようなら、ジークフリート殿下」
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