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第五章

それぞれの再出発⑦(ジークハルト視点)

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あと2週間会える、と言われたが父上の「ポンコツなおまえを見せ続けて嫌われる速度を速める」という言葉に怖じ気づいた俺は、ルヴィに会うのを迷っていた。

ルヴィが婚約者になってくれると言ったのも誓約魔法のためなんだと思い、卑怯な男だと思われているのだと思うとますます会えない気がしてきた。

ルヴィの柔らかい髪、甘い匂い。

知らなかった時に戻りたいと思うほど、ルヴィのすべてが俺を苛む。

何もしないでいるとルヴィのことばかり考えてしまうので、まずはリッツさんに話を聞きに行くことにした。

第三部隊隊長室前に飛び、ノックをすると「入れ」とリッツさんの声がする。

「リッツさん」

「お?ジークか?おまえ、でかくなったなぁ。元気にやってたか」

リッツさんの笑顔に、俺は涙が出そうになった。

「おい、どうしたんだよ、なんかあったのか。とりあえず座れ」

俺の様子に慌てたリッツさんは、来客用のソファに俺を座らせ「アキラ!茶!」と叫んだ。

「言い方!ったく…あれ?ジーク君?久しぶりだねぇ、元気だったかい?」

思わず涙があふれてしまった俺に「ちょ!?リッツさん、何泣かしてんの!」とリッツさんを睨み付ける。

「オレじゃねぇ!…よな、ジーク?」

コクコクうなずく俺を見て「いま、何か甘いもの持ってくるね」とアキラさんは消えた。

「ジーク、どうしたんだ」

「リッツさん…」

見上げると、困った顔のリッツさんと目が合った。

「おまえ、昨日エカたんと会って話し合いだったんだろ?」

「はい、すみません、挨拶にも来なくて」

「いいんだよ、こうやって来てるじゃねぇか。愛しのルヴィア嬢には会えたのか?彼女、変わってなかったか?おまえのこと怖がってたのに、大丈夫だったのか?」

「一気に聞きすぎですよ!はい、ジーク君、どうぞ」

アキラさんが、紅茶とクッキーを出してくれた。

「いただきます」

クッキーを齧りながら昨日の再会したときの話をすると「相変わらずおまえ、ぶっとんでんなぁ…」と言われた。

「…そうですか」

「そうだろ。つーかまず、勝手に誓約魔法はダメだわな」

「でも、ルヴィはいいって言ったんです」

「ジーク君、それは騙し討ちだよ。きちんと説明してないじゃない、受け入れたらどうなるか、って」

「…でも」

「あのさ、ジーク君」

「…はい」

「キミ、もう少し自分に自信持っていいと思うけど」

「え、」

「そんなことしてまで縛り付けないと、ルヴィアさんはキミのこと見てくれないのかい?」

「でも、父上が、」

「父上?モンタリアーノ国の国王?」

俺は改名したことと、新しい父ができたことを話した。さっき言われたことも。

「サヴィオン様が父親ねぇ。まあ、おまえみたいなネクラなヤツにはあの人の明るさはいいかもな」

「ネクラ?」

「おまえ、暗いじゃん。なんでも内にこもってて」

「リッツさん、言葉選んで!」

「いや、ほんとのことだろ。まず、周りに話したりしろってあんときも言ったじゃねぇか。サヴィオン様が言うのは至極当たり前のことだぞ。ジークおまえ、エカたんに迷惑かけんのやめろよな」

「…すみません」

まったく、とリッツさんは嘆息すると、「で、自分のやったことが怖くて今度は逃げることにしたのか、ルヴィア嬢から」と俺を睨んだ。

「逃げる…」

「サヴィオン様が言ったことは当たってるけど、会いに行くなって言ってねぇんだろ?シングロリアに行ったら2ヶ月帰ってこれねぇのに、」

「いや、飛んではこれますけど」

「いや、公務で行くんだからやめろよ。せっかく行かせてもらうんだから、シングロリアの鉄道以外にも取り入れられるところを探してこい。視点が変われば気付きも変わるだろ」

俺は行きたいとは言ってない、という言葉は飲み込んだ。

「だから、ルヴィア嬢に会いに行けよ」

「でも、ポンコツだからって」

「それも含めておまえだろ?ルヴィア嬢に、おまえのことを知ってもらえよ。サヴィオン様がなんでルヴィア嬢が怒ったかを教えてくれたけど、それは推測だろ?本人に聞いてこいよ。ジーク、せっかく会えるようになったんだぞ。また独りよがりにあーでもないこーでもないって考えて、ルヴィア嬢を見る気があるのか?」

「ルヴィを、見る?」

「どっちかってぇと、おまえは前回のルヴィア嬢に固執してて、今回再会できたのに目の前の現実のルヴィア嬢に向き合ってないようにオレは思う。ルヴィア嬢が、言ってくれたんだろ?おまえが何が好きか知りたいって」

「俺が好きなのはルヴィです」

「それじゃねえ!おまえが、やってみたいこととかだよ!」

「俺は、ルヴィがいれば、」

「でも、ジーク君。ルヴィアさんはそのあいだどうすればいいの?」

「え?」

「いや、キミは、ルヴィアさんがいればいいってルヴィアさんを昨日みたいに抱っこしたりして満足なんだろうけど、ルヴィアさんはキミにそうされてる間、お人形みたいにしてなきゃダメなの?」

「いや、話を、」

「新しいものをふたりで共有した思い出ができていかないのに、いつまで会話できるのかな」

「え、」

「ジーク、とりあえず、現実のルヴィア嬢と出掛けてこい」

「出かける?」

「うんまあ、おまえは王族だし本来はダメだけど…でもおまえ、強いんだから大丈夫だろ。ちゃんと行動計画は出せよ」

「18歳までの記憶があるなら、ルヴィアさんを連れて行けるカフェとかあるでしょ?」

「いや、ふたりで家にいようと思ってたので」

「引きこもりストーカーはやめろ!卒業するんだ、ジーク君!」

「ルヴィア嬢は、カーディナルにもう5年目か?」

「そのくらいです」

「じゃあ彼女に、オススメを聞けよ」

「でも、俺が男なのに、」

「ジーク君のオススメは家しかないんだからダメだよ」

「いいじゃねえか、わかんなくても。できなくても。できるふりするより、出来ないって正直に言って、ルヴィア嬢におまえのこともさらけ出せよ。ほんとのおまえを知ってもらって、好きになってもらえばいいじゃん」

「でも、」

「あー、もう、グズグズうるせえなあ!アキラ!エカたん連れてこい!」

「いや、あんたがいきなよ!陛下呼び出すっておかしいでしょ!」

「ま、そうだな。じゃ、行くぞ、ジーク」

「へ?」

リッツさんは俺を抱えると飛んだ。








「陛下」

「リッツ、ジークも。どうした?ジーク、さっきはどこに飛ばされたんだ?兄上が椅子だけ戻しに来たんだが教えてくれなくてな」

「陛下、ルヴィア嬢は今は?」

「姉様が話したいからと姉様の部屋にいるはずだが」

「げー、アンジェリーナ様のとこかよ。オレはいかねえぞ、ジーク、おまえだけ行け」

「え…」

「何かあるのか?」

「いや、ジークにルヴィア嬢ときちんと向き合わせようかと。サヴィオン様にも説教くらって、ルヴィア嬢に会わずにシングロリアに行こうとしてるから」

「ジーク、おまえはなんでそう極端なんだ」

「…すみません」

「リッツ、すまないが一緒に行ってやってくれ」

「やだよ!オレが、」

「頼む、リッツ」

「…ずるいよ、エカたん」

リッツさんはため息をつくと、「じゃあ、エカたん、後でオレの部屋に来てよ」と叔母上を見た。「一緒にお茶飲みたい」

「いや、すまない、今日はダメなんだ。姉様に、これを」

叔母上は腕を見せた。以前叔母上がオレに付けた魔力封じの腕輪がついてる。

「な、なにしてんだよ!」

「今日はゆっくり眠れるように、魔力の感知を出来ないようにということらしい。言葉に甘えて、そうさせてもらうことにしたんだ。だから、移動できないんだよ。すまないな」

「…わかった。いくぞ、ジーク」

「リッツ…?」

「エカたんは、オレがそう言ったときには聞いてくれなかったくせにアンジェリーナ様のことは信用して聞くわけだ。もういい」

そう言うと、リッツさんはまた俺を抱えて飛んだ。

飛ぶ直前、「リッツ!」と呼び止める叔母上の声がしたがリッツさんは無視して飛んだ。








「失礼します」

ノックして返事もまたずにリッツさんはアンジェ様の部屋に入る。なんだか洩れ出す冷気がすごい。叔母上に対してあんなふうに言うリッツさんを初めて見た俺は、戸惑いを隠せなかった。

「ちょっと、失礼ね…あら、リッツ?ジークも」

「ご無沙汰しております、アンジェリーナ様」

「…まだ怒ってんのね」

アンジェ様の言葉は無視し、リッツさんは俺をおろした。そしてルヴィを見て、スッと片膝をついた。

「美しいレディ、私のことは覚えてますか?」

ルヴィは、立ち上がるとニコニコして、「リッツさん、ですよね、ご挨拶もしないで、」と言った。

「いいえ、こちらこそ」

リッツさんはそのままの姿勢で、「私は、第三部隊隊長を務めております、リッツ・ハンフリートです。レディのおばあ様にはお世話になっております」と言った。

「ルヴィア・サムソンです、よろしくお願いいたします」

リッツさんはルヴィを見てニコッとすると立ち上がり、「ルヴィア嬢とお呼びしても?」と言った。

「もちろんです」

「私のことは、リッツと。では名残惜しいですが、ルヴィア嬢、私はこれで失礼いたします」

と言って、俺には「頑張れよ」と囁いて消えた。

「相変わらずスマートな男ねぇ」

「素敵ですね」

「ルヴィ!?」

ルヴィは俺を見ると今気づいたかのように「あ、ハルト様」と言った。リッツさんに見せたような笑顔もない。

アンジェ様は俺とルヴィを見てニヤニヤしている。

「ジーク、座ったら?貴方もケーキ食べなさいよ。美味しいわよ。ルヴィちゃんも、ほら、座って」

「はい」

ルヴィはまったく俺を見ない。

「ルヴィちゃん、リッツ、格好いいでしょう」

「そうですね、とても紳士的な方です。勝手に手を取って口づけたりもしませんでした」

「あいつはそういうところ、ほんとできるからねぇ。モテるのに、カティ一筋なのよ」

「陛下を、」

「そうなの。ずーっとね」

「素敵ですね、陛下が羨ましいです」

「あいつがカティを守ってくれるから安心して出たつもりだったんだけど、あいつからすると私はカティに迷惑をかけた罪人みたいよ」

ま、いいんだけど、ほんとのことだし。と言って、ルヴィの言葉に呆然としている俺に「ほら、ジーク、なにしてんのよ」と言って椅子に座らせた。

座っても何も言わない俺に、アンジェ様はため息をつくと、「ルヴィちゃん、私、ちょっと離れるからこいつのことよろしくね」と言って消えた。

訪れる沈黙に、動悸が激しくなり胸が痛む。俯いたままの俺を「ハルト様」とルヴィが呼んだ。

ノロノロと顔を上げると、まっすぐに俺を見るルヴィと目が合い慌てて逸らす。

「ハルト様、こっちにきてください」

ルヴィは立ち上がり自分の隣の椅子を引いた。

動けないでいる俺を見てため息をつく。

呆れられてる…。

父上、リッツさん、アキラさんに言われたことが頭の中をぐるぐる回り、俺はその場から飛ぼうとした。

その手を、ぎゅっとルヴィが握った。

「逃げないでください。さあ、座ってください」

ルヴィは俺を椅子に座らせると、…膝の上に座った。

「…ルヴィ?」

「ハルト様」

ルヴィは俺を見上げ、俺の頭を撫でた。

ビクッとして顔が赤くなる。

「ハルト様、なぜさっき私が怒ったのかわかりましたか?」

俺は、小さな声で「…わからない」と言ってしまい、ハッとしたが、ルヴィはそのまま俺の頭を撫でてくれていた。

「ハルト様、私は、ハルト様と婚約します。私はハルト様の婚約者ですね?」

ルヴィの言いたいことがわからずにコクコクすると、

「婚約者がいるのに、他の男性に私が目を奪われると思いますか?」

と少し怒った顔で言った。

「…ごめん」

「ごめんじゃなくて。思いますか、と聞いているんですよ」

「思いません」

「ハルト様」

ルヴィは、また俺の頭を撫でて「私がさっき怒ったのは、ハルト様がきちんと線引きをしないからです」と言った。

「…線引き?」

「そうです。二人きりのときはいいですが、他の人がいるところで、私をこうやって抱っこしたり、キスしたりはダメです」

「…なんで」

「見て、イヤだなと思う方だっているかもしれないではないですか。先ほどのリッツさんは素敵ですが、」

「ルヴィ、やだ!」

「ハルト様、私は、ハルト様のなんですか」

「…婚約者」

「私の心を疑うのですか?」

「違うけど、でも、」

「ハルト様」

ルヴィは、俺の頬にそっと手を添えると、チュッ、と口づけた。

「!?」

ルヴィは真っ赤になりながら、「ハルト様」とまた言った。

「は、はい」

「リッツさんは素敵ですが、もし、リッツさんが人前で陛下と、その、イチャイチャされてたらどう思いますか?私は、お二人のきちっとした面を知っているだけに、目の前でそんなことをされたらイヤです」

「…うん」

「だから、ハルト様も、人前ではしないでくださいますか?」

「でも、髪にキスするのは?ダメ?手も繋ぎたいよ」

ルヴィはまた真っ赤になると、「…それは、いいです」と言った。

「ほんと!?ほんとに!?」

「でも、あとはダメですよ!」

「額には?」

「ダメです」

「頬は?」

「ダメです」

「ルヴィ…」

涙目で見る俺に、ルヴィは、「だから、人前ではダメです、と言ったんです」とまた小さい声で言った。

「じゃ、二人のときはいい?」

「…いいです」

そう言ったルヴィが可愛くて、俺はルヴィを抱き締めた。

「ごめん、ルヴィ、俺、気を付けるから。人前では、ルヴィのこと可愛くても我慢するから」

「約束ですよ」

「うん!」

ルヴィはニコッと笑ってくれた。

「ルヴィ、俺、2週間後シングロリアって国に行くことになったんだ」

「え?」

「鉄道をカーディナルに取り入れるために、父上と。2ヶ月くらい」

「そうですか…」

ルヴィは俺をじっと見ると、「お手紙をくださいますか?」と言った。

「手紙?」

「はい。なんでもいいので、ハルト様が元気かどうかわかるように書いていただきたいです」

「ルヴィも、書いてくれる?」

「もちろん、書きます。さしあげてもいいですか?」

「うん!」

ルヴィはまたニコッとすると、「私はシングロリアに行ったことはないので、どんな国か、どんな食べ物がおいしいか、どんな人たちが住んでいるか、教えてください」と言った。

行きたくない気持ちが、ルヴィのおかげで楽しみになってきた。ルヴィにいろんなことを教えたい。

「ありがとう、ルヴィ」

「ハルト様」

ルヴィは、また俺の頭を撫でた。

「私は魔法の訓練がありますし、お料理もいま勉強中なので、」

「料理!?」

「ええ、サムソン家は自分でできることはやる主義なので。
午前中に頑張って終わらせますから、午後2時から5時までの3時間、ハルト様の時間を私にくださいますか?」

「…ずるいよ、ルヴィ」

「え?」

「そんなふうに言われちゃって…嬉しくて仕方ないよ。毎日会ってくれるの?」

「ハルト様がよろしければ」

「いいよ、もちろんいいよ!」

「週末は訓練もお休みなので、10時ごろから街でデートしませんか?」

「デート!?」

「イヤですか?」

「ち、ちがうよ、ちがう。ルヴィに、誘われて嬉しいんだよ」

ニコニコしたルヴィは、「約束ですよ」と言った。


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