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第五章
それぞれの再出発⑥(ジークハルト視点)
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椅子ごと転送されたのは、自分の部屋だった。今朝までルヴィと過ごした部屋。
ルヴィの残り香が漂う部屋にひとり閉じ込められ、主に下半身がつらい。
なんでルヴィはあんなに怒ってしまったんだろう。
キス以上のことをしても、恥ずかしがりこそすれ拒否したりしなかったのに。
ルヴィの魔法を初めてみた、…前回から待ち望んでいたルヴィの魔法よりも、ルヴィの態度が気になってどうしようもない。
あの時ルヴィは、「私はサヴィオン様の隣に座ります」と言って、実際に座ってしまった。
叔母上も、母上…アンジェ様もいたのに、父上の隣を選んだ。
ルヴィは…父上が好きなんだろうか。
冒険者として父上と暮らしていた時、とにかく父上は女性にモテた。食事に行った店では必ず声をかけられる。夜も道を歩いていると、「お金はいらないから抱いて」と娼婦に抱きつかれたりした。
父上は誰に声をかけられても、大きな声でカラカラ笑って、「わりぃな、息子が一緒だから」と一番無難な方法で断っていた。俺が寝た後、外に出ていたかはわからないが。
女性と過ごしたらどうか、と言う俺に、「いや~、興味がねぇんだよ」とガハハと笑う。
「叔父上は、男性が好きなのですか」
と聞いたら雷撃を喰らったのはいい思い出だ。
「カーディナルを出て、そうさなぁ、25歳くらいまではそれなりに女と関係を持ったりしたんだけど…そういうことに、あんまり自分の関心がねぇってことに気づいたんだよな。
裸の姉ちゃん相手に勃つのは勃つが、気持ちが燃えねぇというか…自分がやりたいことではないと思ってからは、すべて断ってる」
「生理的に、困ることはないんですか?」
「まあ、溜まれば抜くけど。それだけだな」
淡々とした答えに、今も昔も経験のない俺は納得が出来なかった。
父上には、俺にとってのルヴィのような存在がいないから、性欲もあまり感じないのだろうか。
俺は前回、ルヴィを味わうことは赦されなかった。ようやく味わえる、となったその日に無情にも取り上げられてしまった。自業自得でしかないけれど。今回ルヴィと再会して、今まで溜め込んできたルヴィへの性的な欲求がここかしこで顔を出す。早くルヴィと繋がりたい。でも、現実にはまだ無理だ。まだカラダが9歳なのに、ルヴィを妊娠させるわけにはいかない。子どもができても育てられない。自立していないのだから。
先の長さにため息しかでない。
そんなことを思いながら悶々としていると、父上が戻ってきた。
「お、ジーク。大人しくしてたか」
父上は、俺を縛りつけるルヴィの蔦を消してしまった。
「自分で解けばいいのに、なんだ、反省してたのか」
「違います。ルヴィに縛られて嬉しかったからそのままにしてたんです。勝手に消さないでくださいよ」
「…俺にはおまえやオーウェンが理解できねぇよ」
「オーウェンとはどなたですか?」
「ああ、さっきおまえを転送した後に来たからな、あいつ。カティが言ってた、弟だよ。継承権一位の方。そういやおまえ、ずいぶん強力なのを仕込んだな。あれ、下手したら死ぬぞ」
「…なんの話ですか」
「誓約魔法だよ」
「え!?」
俺は父上に掴みかかった。
「まさか、まさか、父上、ルヴィに触ったんですか!?」
「触るわけねぇだろ」
「じゃ、なんで、」
「そのオーウェンが触ったんだよ」
「なぜですか!」
ルヴィと初対面のくせにルヴィに触っただと!?
「あのな、ジーク。まず、オーウェンはルヴィア嬢に一切興味がない」
座れ、と言って俺を持ち上げるとソファに放り投げた。
「オーウェンはおまえと同じだ」
「…俺と同じ?」
「オーウェンはな、ケイトリンのとこの執事が好きなんだよ。筋金入りだ」
「…父上」
「なんだ」
「先ほど、そのオーウェン様を弟と言いませんでしたか?」
「言った」
「女性も、執事の仕事に就く方がいるのですか?」
「オーウェンもケビンも男だ」
「男性が好き…」
「ま、オーウェンの超絶片思いだろうがな。あいつもおまえと同じ変態なんだよ」
別に俺は変態ではない。ルヴィを好きなだけだ。
憮然とした表情を見て「自覚がねぇからなぁ」と嘆息する父上。
「オーウェンは、今28歳なんだが、甘やかされて育ってきてな。カティが5歳で魔術団を志願した話は知ってるよな?」
「はい」
「カティを甘えさせられなかった代理みたいな感じで、3倍近く可愛がられちまって。好きなことしかしないいい加減な男になっちまった。ただ、頭は良くてな。魔道具の開発しちまったんだよ、10歳で」
「魔道具」
「ああ。その、ケビンってのが今38歳で、ちょうどオーウェンの10歳上なんだが、ケビンが何をしてるか知りたくて監視する道具を作った」
「俺もそれが欲しいです」
「やめろ。おまえにはやらん。オーウェンも含めて、今後私的に使うのは禁止する。違反した場合には罰を与える法律も作る」
「私的じゃなければ、何に使うんですか」
「昨日、モンタリアーノ国の独立したい三領地の話は聞いてたな?」
そう言って父上は、今後のカーディナルの展望について話をした。
「移動手段ですか。考えたこともなかったです」
「だよなぁ。そのためにも、いろんな考えの人間を受け入れていくべきだと思うんだ」
父上は、腕組みしてウンウンと頷き、「おまえ、俺とシングロリアに行くぞ」と言った。
「…は?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえましたよ!シングロリア!なんで俺が!?」
「鉄道を取り入れるからその勉強だよ」
「いや、だから、なぜ俺ですか!」
「おまえは俺の息子だろ?だからだ」
カティが、シングロリアに行く人間を選定中だ。友好国だから問題ないだろうが、まずは交渉しなきゃならねぇし。「だいたい2週間後には出発できるだろ」
「父上!」
「なんだ」
「俺は、ようやくルヴィと会えたんですよ!?たった2日しか過ごしてない!」
「あと2週間は過ごせるぞ」
「そんな、」
「いいか、ジーク」
父上は俺をじっと見た。
「おまえ、このまま行くとルヴィア嬢に捨てられるぞ」
「え、」
「昨日から見てて思ったが、おまえ、嬉しいのはわかるけどよ、あんまりにもガッツキすぎだ」
「ガッツキ…?」
「さっきルヴィア嬢がなんで怒ったかわかるか?」
「…わかりません。父上のことが好きだからですか」
「おまえはほんとにポンコツだな」
「わかりません、わからないから教えてください!」
「ルヴィア嬢は、そのへんの安い女と違うんだぞ。本人はそんなこと鼻にもかけてねぇが、侯爵家令嬢として大切に育てられた淑女だ。それを、他人がいる前であんなふうにベタベタされたりあまつさえキスされたりしたら」
「なんですか」
「ルヴィア嬢の品性が疑われちまうだろうが。まあ、ルヴィア嬢が怒ったのは主におまえを思ってだろうがな」
「俺を…?」
「カティの執務室にはおまえが変態だと知ってる人間しかいなかった。しかし、お茶を準備したり取り次ぎの人間だって入ってくるだろ。そんときにルヴィア嬢を膝にのせてベタベタしてるおまえを目にしたら、おまえがどう思われるか心配したんだろうよ」
「心配、」
「おまえの事情がわかってるから俺たちも口はほぼ出さねぇでいたが、おまえのことを知らないヤツからすれば、カティだって変に思われるかもしれねぇんだぞ」
「叔母上が?」
「おまえみたいな態度を平気で許してることになるだろうが。注意もできないって」
「あ…」
父上は、「おまえは本当に中身が18歳とは思えねぇな。残念すぎる」と言った。
「…申し訳ありません。そんなふうに考えたりできませんでした」
「昨日の誓約魔法だってそうだぞ。ケイトリンがおまえとルヴィア嬢の関係について理解を示してくれているから特に何も起きなかったが、あんなふうに娘を強制的に縛り付けられたらカティに弓引く可能性だってあるんだぞ」
「そんな…」
「ルヴィア嬢を好きなのはわかるが、まずは自分の立場を、そしておまえに関わる周りの人間のことをかんがえるべきだ。中身は違うがありがたいことに現実ではまだ9歳なんだから、そういうところを成長させねぇと。好き好き言って、相手にしてもらえるのはそんなに長くねぇと俺は思う」
「…好きじゃダメなんですか」
「おまえ、いま、ルヴィア嬢とふたりで生活する力があるか?全部お膳立てしてもらってる中で、ベタベタしてるだけだろ。9歳だから仕事ができないのは仕方ねぇが、権利ばっかり主張するのはどうかと思うけどな。やりたいことをやるには、義務も生じる。それがわからねぇと、おまえオーウェンの二の舞だぞ」
あまりにも的確すぎる指摘に何も言えずに黙る俺に、「それとな」と父上はさらに追い討ちをかけた。
「おまえが幼すぎて、ルヴィア嬢はおまえをつまらなく思うようになるだろう」
「つま…?」
「つまらない男だって捨てられるだろうよ」
「つまらない!?つまらないって、どういうことですか!?大道芸人みたいなことをすればいいんですか!?」
父上は心底呆れたという目で俺を見た。
「おまえ、女性を楽しませる何かがあるか?」
「え…」
「昨日、ルヴィア嬢に『可愛い』とか『好きだ』とか『結婚したい』ってばっかり言ってたけど、最初はときめいても慣れてきたらただの挨拶以下になっちまうよな」
「そういうことを言うなということですか」
「言っていいけど、人間は慣れる動物だろ。いいか、ジーク。あんまり経験のない俺が偉そうに言えることでもないが、女性をときめかせるには意外性が必要だぞ」
「意外性…?」
「昨日、再会したとき、ルヴィア嬢はおまえに戸惑ってた。それは、前回自分を虐げてた人間と同じとは思えないくらい、おまえがルヴィア嬢にベタ惚れ状態だったからだ。だから、ルヴィア嬢は、おまえの行動にもなんとなく怒らずに受け入れてくれたんだろう。でも、そのあとの駄々コネ泣き虫のおまえを見て、気持ちが冷静になった瞬間もあったはずだ」
指摘されていることが思い返せばいちいちその通りすぎて反論もできない。
「お子ちゃまなおまえと婚約したものの、たとえば16歳で学園に通うようになって別な男を知ったとき、」
「やめてください、他の男にルヴィを抱かせるつもりはありません!」
「そう言う意味じゃねぇ!」
父上は呆れた顔で、
「おまえ以外の男と接点ができるだろ、授業を受けたりするんだから。そのときに優しく紳士的にエスコートなんかされてみろ、おまえの存在が邪魔で仕方なくなるだろうよ」
「そんな、」
「しかも、おまえに誓約魔法で物理的に縛られてるから逃げられない。絶望して死んじまうかもな」
「そんな…」
「だって、おまえ本当になんもねぇんだもん。残念すぎて何も言えねぇよ。おまえの紹介するときに、『ルヴィア嬢を好きなだけの変態です』ってしか言えねぇよ」
あまりにもひどい言い種に心がズタズタになる。
俺はノロノロと顔をあげた。
「じゃあ、どうすればいいんですか…」
「ルヴィア嬢をときめかせて、おまえを好きだと思わせる男になれ」
「抽象的すぎてわかりません!」
「それはおまえが考えることだろ。ただ、まあいくつかあげるとすれば、性的にガッツいてないこと」
「く…っ」
もうそれだけでアウトだ。今朝もルヴィにお願いしてしまったのだから。
「女性をスマートに誘えること。下心があっても、見えなければ相手も警戒しねぇが、それが見えた途端に覚めるわな。あとは、社交もあるんだからダンスが上手いこと」
これは、俺は教えられねぇぞ、と言って続ける。
「教養、知性があること。ただしひけらかしはダメだな。おまえ、前回皇太子教育受けたんだろ?本読んだり」
「ほとんどカーディナルにいたので、学園の勉強くらいです。ルヴィのことを見てたので、授業もさっぱりでした」
「おまえの国、ほんとおかしな国だな。皇太子が成績さっぱりで不安は感じねぇのか?…ジーク、おまえ、今回ルヴィア嬢に何か褒められたことはねぇのか」
「褒められたこと…」
昨日のルヴィの声がよみがえる。
「…カラダが、大きくなりましたね、びっくりしました、って言われました」
「じゃあ、カラダを鍛えろ」
「俺は父上みたいにはなりたくないんですが」
「どういう意味だ!」
「…リッツさんみたいになりたいです」
「リッツ?」
「はい。リッツさんは、細身に見えるけどすごく鍛えてて。風呂のときにカラダを見てびっくりしたんです」
「まあ、それは意外性のひとつかもな。じゃあその方向でいけ」
「…わかりました」
「というわけで、シングロリアに行くぞ」
「つながってましたか?つながってましたか、いま?」
「毎日ポンコツなおまえを見せ続けて嫌われる速度を速めるのと、会えない間に努力してルヴィア嬢にときめいてもらうのとどっちがいい」
「シングロリアに行きます」
「よし。じゃ、いつでも出られるように準備しといてくれよ」
「どのくらいの予定ですか?」
「一応、2ヶ月くらいだな。その後もちょくちょく教えを乞う必要はあるだろうが」
「わかりました。父上」
「ん?」
「ありがとうございます」
父上はニカッと笑うと、「ルヴィア嬢はいい子だ。俺の娘になってくれるよう頑張ってくれ」と言った。
ルヴィの残り香が漂う部屋にひとり閉じ込められ、主に下半身がつらい。
なんでルヴィはあんなに怒ってしまったんだろう。
キス以上のことをしても、恥ずかしがりこそすれ拒否したりしなかったのに。
ルヴィの魔法を初めてみた、…前回から待ち望んでいたルヴィの魔法よりも、ルヴィの態度が気になってどうしようもない。
あの時ルヴィは、「私はサヴィオン様の隣に座ります」と言って、実際に座ってしまった。
叔母上も、母上…アンジェ様もいたのに、父上の隣を選んだ。
ルヴィは…父上が好きなんだろうか。
冒険者として父上と暮らしていた時、とにかく父上は女性にモテた。食事に行った店では必ず声をかけられる。夜も道を歩いていると、「お金はいらないから抱いて」と娼婦に抱きつかれたりした。
父上は誰に声をかけられても、大きな声でカラカラ笑って、「わりぃな、息子が一緒だから」と一番無難な方法で断っていた。俺が寝た後、外に出ていたかはわからないが。
女性と過ごしたらどうか、と言う俺に、「いや~、興味がねぇんだよ」とガハハと笑う。
「叔父上は、男性が好きなのですか」
と聞いたら雷撃を喰らったのはいい思い出だ。
「カーディナルを出て、そうさなぁ、25歳くらいまではそれなりに女と関係を持ったりしたんだけど…そういうことに、あんまり自分の関心がねぇってことに気づいたんだよな。
裸の姉ちゃん相手に勃つのは勃つが、気持ちが燃えねぇというか…自分がやりたいことではないと思ってからは、すべて断ってる」
「生理的に、困ることはないんですか?」
「まあ、溜まれば抜くけど。それだけだな」
淡々とした答えに、今も昔も経験のない俺は納得が出来なかった。
父上には、俺にとってのルヴィのような存在がいないから、性欲もあまり感じないのだろうか。
俺は前回、ルヴィを味わうことは赦されなかった。ようやく味わえる、となったその日に無情にも取り上げられてしまった。自業自得でしかないけれど。今回ルヴィと再会して、今まで溜め込んできたルヴィへの性的な欲求がここかしこで顔を出す。早くルヴィと繋がりたい。でも、現実にはまだ無理だ。まだカラダが9歳なのに、ルヴィを妊娠させるわけにはいかない。子どもができても育てられない。自立していないのだから。
先の長さにため息しかでない。
そんなことを思いながら悶々としていると、父上が戻ってきた。
「お、ジーク。大人しくしてたか」
父上は、俺を縛りつけるルヴィの蔦を消してしまった。
「自分で解けばいいのに、なんだ、反省してたのか」
「違います。ルヴィに縛られて嬉しかったからそのままにしてたんです。勝手に消さないでくださいよ」
「…俺にはおまえやオーウェンが理解できねぇよ」
「オーウェンとはどなたですか?」
「ああ、さっきおまえを転送した後に来たからな、あいつ。カティが言ってた、弟だよ。継承権一位の方。そういやおまえ、ずいぶん強力なのを仕込んだな。あれ、下手したら死ぬぞ」
「…なんの話ですか」
「誓約魔法だよ」
「え!?」
俺は父上に掴みかかった。
「まさか、まさか、父上、ルヴィに触ったんですか!?」
「触るわけねぇだろ」
「じゃ、なんで、」
「そのオーウェンが触ったんだよ」
「なぜですか!」
ルヴィと初対面のくせにルヴィに触っただと!?
「あのな、ジーク。まず、オーウェンはルヴィア嬢に一切興味がない」
座れ、と言って俺を持ち上げるとソファに放り投げた。
「オーウェンはおまえと同じだ」
「…俺と同じ?」
「オーウェンはな、ケイトリンのとこの執事が好きなんだよ。筋金入りだ」
「…父上」
「なんだ」
「先ほど、そのオーウェン様を弟と言いませんでしたか?」
「言った」
「女性も、執事の仕事に就く方がいるのですか?」
「オーウェンもケビンも男だ」
「男性が好き…」
「ま、オーウェンの超絶片思いだろうがな。あいつもおまえと同じ変態なんだよ」
別に俺は変態ではない。ルヴィを好きなだけだ。
憮然とした表情を見て「自覚がねぇからなぁ」と嘆息する父上。
「オーウェンは、今28歳なんだが、甘やかされて育ってきてな。カティが5歳で魔術団を志願した話は知ってるよな?」
「はい」
「カティを甘えさせられなかった代理みたいな感じで、3倍近く可愛がられちまって。好きなことしかしないいい加減な男になっちまった。ただ、頭は良くてな。魔道具の開発しちまったんだよ、10歳で」
「魔道具」
「ああ。その、ケビンってのが今38歳で、ちょうどオーウェンの10歳上なんだが、ケビンが何をしてるか知りたくて監視する道具を作った」
「俺もそれが欲しいです」
「やめろ。おまえにはやらん。オーウェンも含めて、今後私的に使うのは禁止する。違反した場合には罰を与える法律も作る」
「私的じゃなければ、何に使うんですか」
「昨日、モンタリアーノ国の独立したい三領地の話は聞いてたな?」
そう言って父上は、今後のカーディナルの展望について話をした。
「移動手段ですか。考えたこともなかったです」
「だよなぁ。そのためにも、いろんな考えの人間を受け入れていくべきだと思うんだ」
父上は、腕組みしてウンウンと頷き、「おまえ、俺とシングロリアに行くぞ」と言った。
「…は?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえましたよ!シングロリア!なんで俺が!?」
「鉄道を取り入れるからその勉強だよ」
「いや、だから、なぜ俺ですか!」
「おまえは俺の息子だろ?だからだ」
カティが、シングロリアに行く人間を選定中だ。友好国だから問題ないだろうが、まずは交渉しなきゃならねぇし。「だいたい2週間後には出発できるだろ」
「父上!」
「なんだ」
「俺は、ようやくルヴィと会えたんですよ!?たった2日しか過ごしてない!」
「あと2週間は過ごせるぞ」
「そんな、」
「いいか、ジーク」
父上は俺をじっと見た。
「おまえ、このまま行くとルヴィア嬢に捨てられるぞ」
「え、」
「昨日から見てて思ったが、おまえ、嬉しいのはわかるけどよ、あんまりにもガッツキすぎだ」
「ガッツキ…?」
「さっきルヴィア嬢がなんで怒ったかわかるか?」
「…わかりません。父上のことが好きだからですか」
「おまえはほんとにポンコツだな」
「わかりません、わからないから教えてください!」
「ルヴィア嬢は、そのへんの安い女と違うんだぞ。本人はそんなこと鼻にもかけてねぇが、侯爵家令嬢として大切に育てられた淑女だ。それを、他人がいる前であんなふうにベタベタされたりあまつさえキスされたりしたら」
「なんですか」
「ルヴィア嬢の品性が疑われちまうだろうが。まあ、ルヴィア嬢が怒ったのは主におまえを思ってだろうがな」
「俺を…?」
「カティの執務室にはおまえが変態だと知ってる人間しかいなかった。しかし、お茶を準備したり取り次ぎの人間だって入ってくるだろ。そんときにルヴィア嬢を膝にのせてベタベタしてるおまえを目にしたら、おまえがどう思われるか心配したんだろうよ」
「心配、」
「おまえの事情がわかってるから俺たちも口はほぼ出さねぇでいたが、おまえのことを知らないヤツからすれば、カティだって変に思われるかもしれねぇんだぞ」
「叔母上が?」
「おまえみたいな態度を平気で許してることになるだろうが。注意もできないって」
「あ…」
父上は、「おまえは本当に中身が18歳とは思えねぇな。残念すぎる」と言った。
「…申し訳ありません。そんなふうに考えたりできませんでした」
「昨日の誓約魔法だってそうだぞ。ケイトリンがおまえとルヴィア嬢の関係について理解を示してくれているから特に何も起きなかったが、あんなふうに娘を強制的に縛り付けられたらカティに弓引く可能性だってあるんだぞ」
「そんな…」
「ルヴィア嬢を好きなのはわかるが、まずは自分の立場を、そしておまえに関わる周りの人間のことをかんがえるべきだ。中身は違うがありがたいことに現実ではまだ9歳なんだから、そういうところを成長させねぇと。好き好き言って、相手にしてもらえるのはそんなに長くねぇと俺は思う」
「…好きじゃダメなんですか」
「おまえ、いま、ルヴィア嬢とふたりで生活する力があるか?全部お膳立てしてもらってる中で、ベタベタしてるだけだろ。9歳だから仕事ができないのは仕方ねぇが、権利ばっかり主張するのはどうかと思うけどな。やりたいことをやるには、義務も生じる。それがわからねぇと、おまえオーウェンの二の舞だぞ」
あまりにも的確すぎる指摘に何も言えずに黙る俺に、「それとな」と父上はさらに追い討ちをかけた。
「おまえが幼すぎて、ルヴィア嬢はおまえをつまらなく思うようになるだろう」
「つま…?」
「つまらない男だって捨てられるだろうよ」
「つまらない!?つまらないって、どういうことですか!?大道芸人みたいなことをすればいいんですか!?」
父上は心底呆れたという目で俺を見た。
「おまえ、女性を楽しませる何かがあるか?」
「え…」
「昨日、ルヴィア嬢に『可愛い』とか『好きだ』とか『結婚したい』ってばっかり言ってたけど、最初はときめいても慣れてきたらただの挨拶以下になっちまうよな」
「そういうことを言うなということですか」
「言っていいけど、人間は慣れる動物だろ。いいか、ジーク。あんまり経験のない俺が偉そうに言えることでもないが、女性をときめかせるには意外性が必要だぞ」
「意外性…?」
「昨日、再会したとき、ルヴィア嬢はおまえに戸惑ってた。それは、前回自分を虐げてた人間と同じとは思えないくらい、おまえがルヴィア嬢にベタ惚れ状態だったからだ。だから、ルヴィア嬢は、おまえの行動にもなんとなく怒らずに受け入れてくれたんだろう。でも、そのあとの駄々コネ泣き虫のおまえを見て、気持ちが冷静になった瞬間もあったはずだ」
指摘されていることが思い返せばいちいちその通りすぎて反論もできない。
「お子ちゃまなおまえと婚約したものの、たとえば16歳で学園に通うようになって別な男を知ったとき、」
「やめてください、他の男にルヴィを抱かせるつもりはありません!」
「そう言う意味じゃねぇ!」
父上は呆れた顔で、
「おまえ以外の男と接点ができるだろ、授業を受けたりするんだから。そのときに優しく紳士的にエスコートなんかされてみろ、おまえの存在が邪魔で仕方なくなるだろうよ」
「そんな、」
「しかも、おまえに誓約魔法で物理的に縛られてるから逃げられない。絶望して死んじまうかもな」
「そんな…」
「だって、おまえ本当になんもねぇんだもん。残念すぎて何も言えねぇよ。おまえの紹介するときに、『ルヴィア嬢を好きなだけの変態です』ってしか言えねぇよ」
あまりにもひどい言い種に心がズタズタになる。
俺はノロノロと顔をあげた。
「じゃあ、どうすればいいんですか…」
「ルヴィア嬢をときめかせて、おまえを好きだと思わせる男になれ」
「抽象的すぎてわかりません!」
「それはおまえが考えることだろ。ただ、まあいくつかあげるとすれば、性的にガッツいてないこと」
「く…っ」
もうそれだけでアウトだ。今朝もルヴィにお願いしてしまったのだから。
「女性をスマートに誘えること。下心があっても、見えなければ相手も警戒しねぇが、それが見えた途端に覚めるわな。あとは、社交もあるんだからダンスが上手いこと」
これは、俺は教えられねぇぞ、と言って続ける。
「教養、知性があること。ただしひけらかしはダメだな。おまえ、前回皇太子教育受けたんだろ?本読んだり」
「ほとんどカーディナルにいたので、学園の勉強くらいです。ルヴィのことを見てたので、授業もさっぱりでした」
「おまえの国、ほんとおかしな国だな。皇太子が成績さっぱりで不安は感じねぇのか?…ジーク、おまえ、今回ルヴィア嬢に何か褒められたことはねぇのか」
「褒められたこと…」
昨日のルヴィの声がよみがえる。
「…カラダが、大きくなりましたね、びっくりしました、って言われました」
「じゃあ、カラダを鍛えろ」
「俺は父上みたいにはなりたくないんですが」
「どういう意味だ!」
「…リッツさんみたいになりたいです」
「リッツ?」
「はい。リッツさんは、細身に見えるけどすごく鍛えてて。風呂のときにカラダを見てびっくりしたんです」
「まあ、それは意外性のひとつかもな。じゃあその方向でいけ」
「…わかりました」
「というわけで、シングロリアに行くぞ」
「つながってましたか?つながってましたか、いま?」
「毎日ポンコツなおまえを見せ続けて嫌われる速度を速めるのと、会えない間に努力してルヴィア嬢にときめいてもらうのとどっちがいい」
「シングロリアに行きます」
「よし。じゃ、いつでも出られるように準備しといてくれよ」
「どのくらいの予定ですか?」
「一応、2ヶ月くらいだな。その後もちょくちょく教えを乞う必要はあるだろうが」
「わかりました。父上」
「ん?」
「ありがとうございます」
父上はニカッと笑うと、「ルヴィア嬢はいい子だ。俺の娘になってくれるよう頑張ってくれ」と言った。
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