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第四章

それぞれの思惑②(ケイトリン視点)

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「移住、ですか?」

ロレックスさんがポカンとした顔で陛下を見る。ヴィーちゃんも涙をぬぐいながら陛下のほうに顔を向けた。

「しかし、陛下…」

ロレックスさんは、自分の状態が恥ずかしくなったのか一瞬真っ赤になると、ハンカチを取り出して顔を拭った。

「陛下、私は魔力はないし、魔法は使えません。そんな人間がカーディナル魔法国に来てもお役にたてないでしょう」

「宰相」

陛下はロレックスさんに近づくと「我が国がいまだ復興の途上だということはわかっていただいているだろう」と言った。

「はい」

「残念なことに、なかなか進まない。これは、政治を行う側に問題があるからなんだ。
私自身が未熟だし、周りも…父上の側近たちがほとんど辞めてしまって若い人間しかいない。経験値も少ないし、うまく行っているとは正直言えない状況だ」

陛下は嘆息すると、「もう6年になるのに…」と悔しそうに言った。

「国民の生活はそれなりにできているが、これから先、カーディナル魔法国を発展させるためにもっとたくさんのことに取り組まなければならない。
案はあるのに、それを取りまとめて実行する実務側の人間がいないんだよ。
オルスタイン宰相、貴方がモンタリアーノ国にとって重要な人材であることは充分承知している、娘さんを…ルヴィア嬢のことを人質のようにして引き抜くなんて卑怯だということは、」

「よろしくお願いします」

90度、直角のお辞儀をするロレックスさんを見て、陛下はびっくりした顔になった。

「いや、オルスタイン宰相、返事はまだ、」

「いえ、大丈夫です。決まりました。ありがとうございます、陛下」

「ロレックスさん、でも、モンタリアーノ国の宰相職はどうするの?」

ロレックスさんのあまりにも早すぎる決断に、言い出した本人である陛下も焦っているようなので、私が代わりに質問することにした。

「ヴィーがいない間、私はずっと城にいたんですが、」

ロレックスさんはいつも通りの何を考えているかわからない無表情男に戻っていた。ヴィーちゃんに対する態度とのギャップが激しすぎて困惑する。

「その間に、宰相職を辞するための準備をしてきました。私が宰相になったのは、あのクズが自分のやりたいようにするのにちょうどいいと思ったからです。今まで宰相に就いていた方は、年も経験も自分より上ですから、仕事を押し付けることもできないし説教されるのも目に見えていましたからね」

だから、その人を無理矢理外して私にしたんです、とロレックスさんは吐き捨てた。

「私の前任の方は、『俺はもういい、バカに仕える忍耐力がない』と仰ったのですが、息子にやらせようと言って下さって。その息子さんというのが、」

ロレックスさんはヴィーちゃんを見て言った。

「前回、ヴィーを突き落としたという公爵令嬢の父親…コリンズ公爵です」

「そもそもなぜ、オルスタイン宰相は、職を辞そうと?」

「ヴィーを婚約者にしろと、うるさいからです。クズが」

「ジークの婚約者に、ということか?」

「はい。4ヶ月前、ヴィーがカーディナル魔法国に行ったことは報告したのですが、時を同じくして王妃陛下がクズと顔を合わせたくないと離宮に移ってしまわれて。
『離縁してやるって言ったんだから、早くして』と急かされて、このまま本当に離縁になったりしたら困るからと…王妃陛下を繋ぎ止めるために、ジークフリート皇子をモンタリアーノ国の皇太子として発表し、同時にヴィーを婚約者として発表するつもりだったようです。でも、」

ロレックスさんは陛下を見ると「肝心のジークフリート皇子がモンタリアーノ国から消えてしまった」と言った。

「ああ。あいつはいま、この国にもいない。私の兄上と行動を共にさせているからな」

「そうらしいですね。王妃陛下に伺いました。
王妃陛下に、クズが『ジークを連れて来い!』と言ったらしいのですが、お兄様…王妃陛下から見ると弟君ですね、その方も一緒に来ると言ったら黙ったそうです」

「怖いんだろうな。自分のやってきたことを白日の元にさらされてしまうから」

「ええ。クズはどこまでもクズですからね。ジークフリート皇子を皇太子として発表するには本人がいないとできないが、婚約者を選定してしまえば帰ってこざるを得ないと思っているんでしょう」

ついでにヴィーのことも俺が取り戻してやったと言って恩を売るつもりなんでしょうね。逆効果なのに。と言うロレックスさんは、魔法が使えないはずなのに部屋の温度を明らかに下げていた。寒気がする。

「だから、私は宰相を辞めて領地に戻り、兄の手伝いをしようかと考えていたのです」

「クズの了承が得られるとは思えないが」

「モンタリアーノ国は民主主義です。全貴族の三分のニの了承があれば、クズの了承はいりません」

さっきからクズクズ言われてるのはモンタリアーノ国国王で間違いないのよね、と自分で自分に突っ込んでしまうくらいに陛下もロレックスさんもひどい言い種だった。

「こちらに来る前に、了承は取り付けてきました。戻ったらクズに突きつけるつもりで…仕事の引き継ぎもほぼ終わりましたし」

「そうだったのか…我が国にとってはこれ以上ないくらいありがたいことだ。感謝する、オルスタイン宰相」

「こちらで、ロレックスさんの爵位はどうするのですか、陛下?」

「そうだな…」

「私は、できるならこのままサムソン家に婿養子として入りたいです。ですから、モンタリアーノ国で一度シーラとは離縁します。ヴィーと、アレックス、カーティスはシーラが親権を持つことにして正式にカーディナル魔法国に帰ったことにします。クズに文句を言わせないために。
その後、私がこちらに来て婿に入りたいのです」

元々、シーラが家を継ぐつもりだったのだからそれは問題ないだろう。ヘンドリックスは、このまま城に騎士として勤めさせて、どこかに婿入りさせればいい。

まったく想像もしなかったことではあるが、困惑よりも喜びのほうが大きかった。ヴィーちゃんが、カーディナル魔法国の人間になる…!

「ところで、なぜクズは離縁を渋っているんだろう?」

「王妃陛下への愛に気づいたからだそうです」

「は…?」

「今まで、キミを蔑ろにしてすまなかった、これからは大事にするから僕のそばにいてくれと。気持ち悪い死ね滅びろむしろ消滅させてやると王妃陛下が仰っていました」

「なんのつもりなんだろうな」

「自分が切り捨てるのは構わないけど、実際にそれを了承するなんて思わなかったんでしょう、クズの思考回路はどこまでもクズですから。
失うと思ったら惜しくなったのではないですか?」

「なるほど…クズだな…」

陛下はそう言ったあとに、「ジークをモンタリアーノ国に縛り付けるためにルヴィア嬢が使えないとなると、他の令嬢をあてがおうとするだろうな」

「一番確率が高いのは、コリンズ公爵令嬢ですね」

「そうだな。オルスタイン宰相と同じ立場になるわけだからな」

「それは困ります!」

つい叫んでしまった私を陛下とロレックスさんが見る。ヴィーちゃんも。

「申し訳ありません、大きな声を出したりして…でも、ジークフリート様をモンタリアーノ国に戻すのは反対です。あの方は我が国の至宝ですよ?」

「おばあ様?至宝とは?」

ヴィーちゃんが困惑したように聞いてくるので、私は説明することにした。ロレックスさんにも聞いてもらいたい。

「ヴィーちゃん、ジークフリート様は確かにちょっと…いえ、かなり難有りの性格をしているけれど、陛下と同じ黒髪、赤い瞳の色持ちで素晴らしい能力をお持ちでいらっしゃる。
モンタリアーノ国では、ジークフリート様を活かすことはできないわ。魔法を使う素地がない国なのだし、何しろ父親が能無しなんだもの。あの方は、カーディナル魔法国にとっての宝なのよ」

二人は何も言わずに黙っていた。

「しかし、ジークに関してこちらから仕掛けるわけにはいかないぞ。外交問題になりかねない」

「…それはそうです」

アンジェリーナ様が離縁してくださればいいが、クズが認めないと難しいだろう。第三者の目を入れて協議しても時間がかかり、その間にジークフリート様の婚約者を選定されてしまったら手を打つこともできなくなる。

するとロレックスさんが、「陛下」と言った。

「なんだろうか」

「ジークフリート皇子は、いま、陛下のお兄様と共に冒険者として生活していると仰いましたね?」

「そうだ」

「具体的に、どんなことをするのですか、冒険者とは」

「兄上は魔法を使って、魔物を倒すと言っていた。だんじょん?と呼ばれるところに行って、宝物を探したりとか、そんなこともするらしい」

「魔物というのは、強いのですか」

「私は目にしたことはないが、兄上によれば、トカゲの大きいのが火を吹いて攻撃してきたりするらしい。空を飛ぶのもいて、喰われてしまう者もいると、」

「それです!」

とロレックスさんは叫んだ。

訝しげに見る陛下に、ロレックスさんは無表情で言った。

「ジークフリート皇子を魔物に喰わせて殺してください」
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