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第三章

おばあ様とのお話②

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「彼の方を見て、」

おばあ様は私を見る。

「昨日シーラから聞いた皇太子像とまったく重ならなかったの」

シーラも直接会ったことはないみたいだし、だからね。おばあ様は、もう一度私の手を握った。

「ヴィーちゃんが以前の人生で、皇太子殿下からされたことを教えてほしいのよ」

「おばあ様、」

「なぁに、ヴィーちゃん」

「皇太子殿下がカーディナルにいたことをお父様もお母様も知っていたのですか」

「そうよ。さっき言ったように、この国に来させた張本人だから」

でも、皇太子殿下は、モンタリアーノ国に帰ったのよ。とおばあ様は言った。

「貴女のお父様は魔法についての知識があるわけではない。魔力の目覚めさせ方なども知らないはずね。
シーラはこの国出身だけど残念ながら魔力は強くないから…王族クラス、しかも皇太子殿下のような色持ちについてはどんなふうに成長させるかはわからないでしょうね」

私の仕事にも、まったく興味を持たなかったし、と少しおどけたように言った。

「だからね。たぶん、皇太子殿下がモンタリアーノ国に帰ったのを見て、もうカーディナルに来ることはないと考えたんじゃないかと思うのよ」

「なぜですか」

「皇太子殿下はモンタリアーノ国の第一皇子でしょう。その彼がカーディナルに来たのは、魔力を制御して、暴走しないようにするため。ただそれだけだと考えているからよ」

「そうではないのですか?」

「だって皇太子殿下は、まだ魔法が使えないのよ。これから先も訓練のためにカーディナルに来るでしょう」

「モンタリアーノ国で、魔法は必要ないのでは、」

「それはモンタリアーノ国の考えよ」

おばあ様は冷たく吐き捨てた。

「魔力を持っている人間に魔法を使うなということがどれだけ酷なことか…モンタリアーノ国の方々にはわからないでしょうね。ヴィーちゃんのように、魔力を自覚していなければ使わなくても済むでしょう。無いと思っているものを使おうとする人間はいないから。
でもね。皇太子殿下は色持ちよ。ものすごい魔力を持っているの。それを制御できるようになったからと言って、使うなというのは拷問に近いわ」

「…制御できるのに、ですか?」

「これから成長すると、身体や心の変化で魔力が変わっていくの。
その時にある程度魔法を使いこなせるようになっていないと、」

たぶん、と前置きしておばあ様は言った。

「内側から壊されてしまうと思う」

「壊される?」

「死ぬ、ということよ」

「え…」

今までの王族にはいなかったから、あくまで仮説よ、とおばあ様は言った。

「なぜいなかったのですか?」

おばあ様はポカンとした顔で私をマジマジと見た。

「だってヴィーちゃん、カーディナル魔法国の王族に生まれて魔法を使わず成長する子どもなんて誰もいないわよ。
息をするのと同じように魔法が使えるように訓練するのだから」

「モンタリアーノ国の王妃陛下は、魔法を使っているのでしょうか?」

「それはわからないけど、アンジェリーナ様はもう成人しているから魔力も変容することはないし使わなくても問題はないはずよ。
…皇太子殿下は、まだ幼いでしょう。これから先、成長するにあたって魔法の訓練をしないという選択肢はない。…アンジェリーナ様も、それはわかってるはずなんだけどねぇ」

そもそも、子どもが生まれて魔力を持っていたらどうするか、そんなことも話し合わなかったのかしら、モンタリアーノ国のご夫妻は?と呟くおばあ様。

「…大変なことなんですね」

「え?」

「魔力を、たくさん持って生まれてくるということは、大変なことなんですね…」

「皇太子殿下は、ヴィーちゃんにそういう話をしなかったの?」

おばあ様に聞かれて私はフルフルと首を振った。

「おばあ様がさっき聞きたいと言ったことですが、」

「皇太子殿下から受けた仕打ちについてね」

「はい。10歳の顔合わせのときに、私は殿下に罵られて、…髪を引っ張られました。
痛くて、それ以上に、なぜこんなふうにされなくてはならないのか理解できなくて、」

「ヴィーちゃん、その時黙ってたの?」

「…黙って…?」

「皇太子殿下に向かって、『何しやがるこのクソガキ!』って言って、蹴っ飛ばしたりしなかったの?」

「…怖かったので」

その前に、その言葉は不敬罪にあたるのではないかとおばあ様をコッソリ見る。

ふーん、と言ったおばあ様は何かを考え込むように黙ってしまった。

「…ヴィーちゃん」

「はい」

「ヴィーちゃんはさっき、皇太子殿下に会ったのは10歳のとき…その時が初めてだと言ったわよね?」

「はい、記憶にないのかどうかわかりませんが、お父様もお母様も『初めて会うけど、緊張しなくていいからね』と仰っていたので…あの時初めてだと思っています」

「でも、皇太子殿下はヴィーちゃんを知ってるわよ。今、もうすでに」

「え!?」

「魔力を制御できるようになったからモンタリアーノに一度戻したと言ったでしょう?
その時、陛下も一緒にモンタリアーノに飛んだそうなの。2年ぶりの帰国だし、自分で国を跨いで飛ぶのは皇太子殿下も初めてだから付いて行ったのね。
その時、ヴィーちゃん、貴女の魔力を感知してふたりで見に行ったそうよ」

私より先にヴィーちゃんの魔力を見るなんてずるい、とぶつぶつ言うおばあ様に私は尋ねた。声が震える。

「私を、知っていたのですか?皇太子殿下が?」

「ええ。その時、とても嬉しそうな顔をしていて、陛下は良かったと思ったそうよ」

「良かった…?」

「ええ。モンタリアーノ国に魔力を持っている子どもがいて。
皇太子殿下の孤独感が少しでも紛れるならば、と」

「嘘です!!」

「ヴィーちゃん?」

「だって、だって…じゃあ、なぜあの時、あんなに酷いことを私に言ったのですか?私を、憎らしそうに見て…おまえが宰相の娘じゃなければ、って!死んだように生きて行け、って!!」

ボロボロと涙が零れる。

「私を見て嬉しそうだったなら、どうしてあんなことするんですか!?
私のこと、私の存在なんて、」

感情が爆発する。

「落ちてるゴミのような扱いだったくせに!!」

「ヴィーちゃん!!」

私の身体の内側から何かがあふれだす。おばあ様は、「ケビン!!邸をドームで囲って!!」と叫び、私をギュウッと抱き締めた。

「ヴィーちゃん、大丈夫よ、落ち着いて!」

「嘘つき!だいっきらい!殿下なんて、殿下なんて、だいっきらい!」

私を見るあの冷たい瞳。顔を合わせれば口にされる私への蔑み。突き飛ばされ、足で踏みつけられ、髪の毛も何度引っ張られたかわからない。
キライなら、構わないでくれればいい。私の存在をないことにすればいい。なのに。

「…だいっきらい」

私の意識はそこで途切れた。
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