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皇太子サイド

俺という存在意義②

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次の日の朝方、目が覚めたものの起き上がる気になれず、ベッドでぼんやりとしていると、部屋の中でコソコソと話す声が聞こえてきた。

「カイルセン皇子付きになった人たち、羨ましいわね」

「本当ねぇ。
なんでも、国王陛下にそっくりの容姿でいらっしゃるんでしょ?まず、次の国王陛下はカイルセン様に決まりよね」

そう言ってその声は蔑みを含んだ笑いを漏らした。

「それに比べてこちらの皇子ときたら…黒い髪に、赤い目だなんて…!
こちらをすべて見透かしているみたいで、ニコリともしないし、ほんと気味が悪い」

国民が受け入れるはずないもんね、これじゃ。とクスクス笑う。

「そもそもさ。王妃様は、この皇子が産まれたときに、魔力が強いって喜んだらしいけど、モンタリアーノ国で魔力が強いからって何の役にも立たないわよね?」

役に立たない。

その言葉に俺の頭は真っ白になった。

「…キャアっ!?」

一気に部屋の温度が上がり、カーテンが燃え始める。

「誰かっ!誰か来て!」

バタバタと部屋を逃げ出して行く足音が遠ざかっていく。

俺は、ただただひとつの言葉を繰り返した。

「役に立たない。役立たず。役立たず…」

じゃあ、なんで俺はここにいる?

国民が受け入れるのはカイルセンだと。あの声は確かにそう言った。

国民に受け入れられないなら、国王になれない。

なれなくてもいい、なれなくてもいいが…ふさわしくないなら、それで構わないが…。

俺はなぜこの国に産まれたんだ…?

ここにいる意味はなんだ…?

「ジーク!」

ギュッと抱き締められ、ジュワッと火が消える音とともにあたりに焦げ臭さがたちのぼる。

「…母様」

「ジーク、どうしたの!?身体は?大丈夫?痛いところはない!?」

俺の顔や身体をペタペタ触って、「良かった、ケガはないみたい…」と母様はほっと息をついた。

「ジーク!アンジー!大丈夫か!?」

続けて父様が飛び込んできた。

何があったのかを聞かれたが、俺は話す気はなかった。あの声が言っていたのは本当のことだ。

この一件で、俺に付くのはイヤだと言い始める者が出始めた。当然のことだと思う。役立たずな王族に仕えるのなんて俺だってお断りだ。

父様は、「仕事を放棄する人間にはむしろやめてもらって構わない」と怒り心頭の様子だったが、俺はその日から自分のことは自分でできるように努力することにした。

母様は心配して、「私がするから」と言うが、そんな時間をかける必要はない。俺のような役立たずに。

3歳なのに、可愛げがないと言われていた俺は、更に可愛さの欠片もなくなった。

講師陣にも渋られて教えてもらうこともできなくなり、俺は城内の図書館で過ごすことにした。

字もまともに読めないのだから、置いてある本など理解できるわけはない。

ただ、並んでる本の背表紙を眺めて時間をやり過ごすだけだった。

父様も、母様も、俺と過ごす時間を極端に減らし始めた。今まで一緒に囲んでいた食事の時間も、父様は仕事、母様はカイルセンの世話とのことで、ひとりで食べた。

俺がなんの役にも立たないから。仕方ないのだと思った。

あの事件からひとつき、その日も図書館で並んでいる本をひとり眺めていると、「ジークフリート皇子?」と声をかけられた。

振り返ると、なんの感情も読み取れない、ガラス玉のような緑色の瞳の男が立って俺を見ていた。

「何をしているんですか」

俺は答えなかった。

「何をしているんですか」

無表情の男はまた同じ言葉を繰り返す。

俺も同じように答えなかった。

すると、男は俺をヒョイっと抱き上げて、図書館を出て歩き始めた。

「…どこに行く気だ?」

お返しとばかりに男は答えない。

そのまますごいスピードで歩き続け、部屋の前で立ち止まるとノックもせずに蹴り開けた。

中でザワッとした反応が起きるが、すぐに、「宰相閣下!」と騎士が敬礼する。

そちらに目を向けることなくスタスタと進むと、目の前に父様がいた。

「…ロレックス?どうした?」

「どうしたじゃない」

頭の上から響く恐ろしい声に思わず顔をあげると、ガラス玉のような瞳は怒りに燃えていた。

「この皇子は、このまま飼い殺しにするのか」

「…なんて言い方だ!」

「事実をのべている」

淡々とした口調とは反対に、瞳は爛々と光る。

「いま、講師を、」

「一ヶ月だ」

「なに?」

「ジークフリート皇子が図書館に来るようになってもう一ヶ月だ」

男は父様を見下ろして続ける。

「人の時間は限られている。
ましてや、このくらいの子どもは、与えられるか与えられないか、それで今後が決まってしまうんだぞ」

おまえはどうでもいいが、この子の時間を無駄にするな。

「どうでもいいって…」

「心底どうでもいい。おまえは、魔法が使えないな?」

「おまえだって使えないだろ!」

「使える人がいるところで生活させろ」

「は?」

「カーディナルに行かせろ、と言っているんだ。そんなことも理解できないか?」

「何を言ってる!?ジークフリートは、モンタリアーノ国の皇太子だぞ!!」

「まだ発表してないだろう。そもそもする気があるのか?彼との時間を持とうともしないくせに」

「…それは、」

「ジークフリート皇子」

男は父様から俺に目をうつす。ガラス玉が透き通っている。すべてを見透かされているようで怖い。

「ジークフリート皇子」

もう一度呼ばれて、はい、と返事をした。

「貴方は、ひとつき前に自分の部屋を燃やしましたね」

「おい…っ」

「燃やしましたね?」

父様を完全に無視して俺をじっと見つめる男。コクリと頷くと、「自分の魔力を、コントロールする自信はありますか」と言った。

「魔力を、コントロール…?」

「私の妻は、貴方の母上と同じカーディナルの出身です。
一ヶ月前のことを、妻に話しました」

他の人にも知られたのかと思わず俯いた俺に「顔をあげなさい」と言う。

「いいですか、ジークフリート皇子。
まず、私たちは…この国生粋の人間は、貴方を助けることができません。
なぜなら魔力がないからです。
対応できるのは貴方のお母様だけです」

この城の中では、と言って続ける。

「私の妻は、『カーディナルでは、魔力の使い方を学び、それによって大なり小なり魔法が使えるようになる。ただし、王族、特にジークフリート皇子のように黒い髪、赤い目の方々は魔力が強い。だから、それをコントロールさせるには、より強い魔力の方に教わるのが最善ではないか』と。
魔力がなんたるかをわからない人間が、貴方の周りにいても意味がない。だから、」

男は俺をまっすぐに見て言った。

「まだ3歳の貴方に酷なことを言っているのは充分承知です。しかし、いま、現実に起きてしまったことをなかったことにはできない。
父上、母上から離れて、カーディナルにお行きなさい。
そして、あちらで、魔力がなんたるかを学び、身につけてくるといい」

「…そんな、丸投げみたいなこと…!第一、僕たちがジークフリートを見捨てるみたいじゃないか!!」

すると男がぶわっと殺気を漲らせた。

怖くて、身体がガタガタと震えるのをとめることができない。

「…さ、宰相閣下…!落ち着いてください…!」

「死にたくなければ黙っていろ」

なんとか呼び掛ける騎士に目も向けず男は叫んだ。

「今の状態は、じゃあなんだ!?彼をひとりにしておきながら、それは見捨ててると言わないなんて、言わせないぞ!!」

俺は、彼に向かって何とか声を絞り出した。

「でも、」

「ジークフリート皇子?」

「でも、俺が役立たずな子どもだから、」

「それ以上、言ってはいけません」

有無を言わせない威圧感で、部屋の中の人間は誰も動けなかった。

「ジークフリート皇子」

「…はい」

「あなたはまだ3歳です。自分を他人の評価で測ってしまうのは致し方ない。しかし、子ども相手に『役立たず』などというクズの言葉を聞く必要はないのです」

そして父様に視線を向けたが…まるで、汚物をみるかのような嫌悪感を漂わせていた。

「子どもにこんなことを言わせて…」

完全に冷えきった声だった。

「決断しろ」

「…いま?」

「一ヶ月ムダにしたんだぞ。これから先のおまえの一生をムダにしてやろうか?」

「…わかった。近衛」

「はっ」

「アンジェリーナを、ここに呼んでくれ」

「御意」

男は、俺を床におろすと、しゃがんで目線を合わせて言った。

「ジークフリート皇子」

「…はい」

「今の私の話はわかりましたね」

わかりましたか?じゃない。わかりましたね、と断言された。

「…はい」

よろしい、と言うと、男は俺の頭を撫でた。

「ご両親から離れるのはつらいでしょう。
私のことを恨んでも構わない」

俺は、ぶんぶんと首を振る。今、寂しく、つらいことに変わりはない。‥そうか、俺は…

「寂しかった」

「皇子」

ボタボタとたれる涙を男は自分のハンカチで押さえてくれた。

「あちらでも寂しい想いはするでしょう。
でも、人間は誰しもが寂しい生き物です」

だから、と言って男は初めて笑った。

「寂しくても努力して…いつか、自分を寂しさから救ってくれる存在を見つけてください」

私は、妻を見つけました、と言った。「そして、もうひとり…私を寂しさから救ってくれる我が子に…娘に出会えました」

だから、皇子も努力してください。

「…わかりました」

「ちょっと!ロレックス!父親は僕!」

「では、皇子、私はこれで失礼します」

「人の話を聞け!失礼するな!」

父様を華麗に無視して出ていく男に「あの…!」と声を掛ける。

「どうしました?」

「名前を、聞いてもいいですか」

「ああ、これは…
失礼しました。ジークフリート皇子、私は、宰相を務めております、ロレックス・オルスタインです。
…皇子が、魔力をコントロールする力を身に付け、カーディナルからお帰りになる日を。心よりお待ちしております」

そう言って、スッと右手を出す。

その手を握り返すと、一瞬だけニコリとして、「では」とまた無表情になり一度も振り返らず出ていった。
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