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婚約者編
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次の日の午前中、お菓子の入ったバスケットを片手に笑顔でやってきたクローディアは、そのお菓子をギルバートの弟たちに手渡し始めた。
「昨日帰ってから焼いたんです。マドレーヌです。よかったら、食べてください」
そう言ってニコニコするクローディアに、「ねぇ」とギルバートが声をかける。
「なんですか?ギル様」
「…なんで俺にはないの」
クローディアはビックリしたように目を大きくすると、
「…え?ギル様、お菓子食べるんですか?」
と首を傾げた。
「…食べるよ!」
ムッとして答えるギルバートを面白そうに見たクローディアは、
「だって昨日までまともにお食事されてないのでしょう?いきなりお菓子なんて無理ですよ、気持ち悪くなります」
とまたニコニコする。
「…じゃあなんで俺の前でお菓子を出すのさ」
「ご自分が悪いのでしょう。私は皆様と仲良くなりたいからお菓子を焼いてきたのです。ギル様が食べられないのは、私のせいではありませんわ」
ツン、と顔を逸らしたクローディアは、チェイサーに「お味はいかがですか」と微笑んだ。顔をほんのり赤く染めたチェイサーは、
「お、…おいしい、です、」
としどろもどろに答える。
「よかった!また作ってきますね?何かリクエストはありますか?」
チェイサーが答える前に、ギルバートが「俺も食べられるようになってからにしてくれ!」と怒鳴った。
「まあ、ギル様ったら…」
うふふ、と目を細めて笑ったクローディアは、
「いつになったら食べられるんですの?」
とチョコンと首を傾げてみせる。
「…昨日の、夜から、ちゃんと、食事をしてる。一週間したら、」
「二週間後ですわね」
遮られてまたムッとした顔になるギルバートに、クローディアはニコリとすると、
「ギル様、散歩に行きましょう」
とソファに座るギルバートに手を差し出した。
「…え、」
その手を困惑気味に見るギルバートに、
「お一人ではたくさん歩けないでしょうから、手を繋いでいきませんか?さ、どうぞ」
どうぞ、と言いながらギルバートの手を掴むと、グッと力を入れて立ち上がらせた。引っ張りあげられて思わずぐらつくギルバートの腰をクローディアが支える。
「…クローディア…ッ」
「ディーですわよ、ギル様」
またうふふ、と笑ったクローディアは、
「…こんなに細くなられて」
と少し怒ったように呟いた。
「きちんとご飯を食べて、体力を戻してください。せっかくの色持ちの魔力なのに宝の持ち腐れですわ」
「…別になりたくて色持ちになったわけじゃない」
そう言うと、クローディアの瞳がスウッと細まる。
「なりたくなくても持って生まれたのです。ギル様は欲しくなかったかもしれない、でも、欲しくても叶わない人はたくさんいるのですよ。王家に生まれたくて生まれたのではないにしても、生まれてしまったのですから。ならば、見合うだけの生き方をなさるべきです。努力をするべきです」
冷たい声音にカラダをビクリとさせたギルバートは、思わずクローディアの顔を見つめた。その瞳は先ほどまでと違い、鋭利な刃物のように鋭い。
「…それから。王子だからと、ギル様を利用してやろうと思う人間が出てくるでしょう。今はまだ確かに子どもであり守ってもらってもよいでしょうが、この先いつまでもいつまでも誰かに頼りながら守られながら生きていくおつもりですか。…せめて、何かがご自分の身に起きたら、周囲への影響を鑑みて行動できるだけの力は持っていなければ」
「…どういうこと」
クローディアは、「参りましょう、ギル様」と手を引き歩きだした。扉から出る前にチェイサーを振り向き、「30分程で戻ります」と告げる。
「…ねぇ、」
「ギル様、歩いてください。…車椅子をお持ちしましょうか?」
ギルバートを振り返ったクローディアは、とても冷たい微笑みを貼り付けていた。カラダの中の魔力が渦巻いているのを見て、クローディアがとてつもなく怒っていることに気付いたギルバートは、「歩ける…」と呟きクローディアの手を握り返した。クローディアは「うふふ」と小さく笑うと、そのままスタスタ歩き出す。ただし、ギルバートに合わせてくれているのだろう、歩調はゆっくりめだった。
「…ディー、ごめん」
「何について謝っているのですか」
前を真っ直ぐに向いたまま歩くクローディアの視線がこちらに向かないことに、ギルバートはジクジクと心が痛む。
「…ディーが、怒ってることは、わかるから、…でも、なんで怒ってるのかが、…わからないから、…ごめん」
ソロリと視線を向けて、ギルバートはあまりの驚きに足が止まる。
「…ディー、」
クローディアは静かに涙を流していた。真っ直ぐに前を向いたまま、ただ、静かに。そして徐に口を開いた。
「ギル様は、甘ったれですわ」
「…甘ったれ」
「ええ。お母様に愛情をもらえないことはツラく苦しく悲しいことでしょう。でも、相手にいくら求めても叶わないことはあるのですよ。相手を変えることはできないのです。ならば自分が変わるしかないのです。…ギル様は、私の母に記憶があるのを御存知ですか。私はギル様の婚約者に選ばれて、でもギル様には私ではない愛する女性ができた。でも結婚して、…私は死んだそうです。ギル様と結婚した半年後に」
淡々と告げるクローディアに、ギルバートは何も言えなかった。ただ、「…キミの、母上が、記憶を持ってることは、聞いた…」とだけ告げた。
「私の母は、今回私を死なせたくない、だからギルバート殿下の婚約者にならずに済むように、と…父と話し合って、いろいろと変えたそうです、自分の行動なども。その結果、私はもとはシャロンという名前で侯爵令嬢だったそうですが、クローディアと名前を変えた。シャロンという名前は父や母がつけた名前ではなかったそうで…だから、特に思い入れもなく、二人で話し合って新しい名前を私につけてくれたそうです」
「…そ、う、…なんだ、ね」
「ええ」
そう頷いたクローディアは、初めてギルバートに視線を向けた。
「ギル様。ギル様も、戻ってこられたそうですね、私が死んだという未来から。せっかく戻ってきたのに、なんで同じことをするんですか?」
強い怒りをはらんだ瞳に見据えられ、しかしギルバートは「…してない、」と呟いた。
「…俺は、同じことなんて、」
「ご自分を大事にしていないではないですか。ご自分の気持ちを、心を、大事にしていないではないですか。ひとりで不貞腐れて命を絶とうとするなんて…!!なぜ、お父様やお母様にご自分の気持ちを告げなかったのですか!だいっきらいだと、自分を見てくれないあんたたちなんて親だと思わないと言ってやれば良かったではないですか!なんでも自己完結して満足ですか?だったらたったひとりで生きていかれればいい。あなたを大事に思ってくださっている弟君たちを捨てて、自分を愛してくれている彼らを捨てて、自己満足のまま死ねばいい!!」
流れる涙を拭いもせずに睨み付けるクローディアに、ギルバートは、「…ごめん、」と告げた。
(そうだ。俺は、自分の身勝手で死にたくもなかったシャロンを殺したくせに、…自分は勝手に死にたいだなんて、…なんて、傲慢だったんだろう)
睨み付けたまま、しかし握ってくれているクローディアの手を、ギルバートはもう一度力を込めて握り返した。
「昨日帰ってから焼いたんです。マドレーヌです。よかったら、食べてください」
そう言ってニコニコするクローディアに、「ねぇ」とギルバートが声をかける。
「なんですか?ギル様」
「…なんで俺にはないの」
クローディアはビックリしたように目を大きくすると、
「…え?ギル様、お菓子食べるんですか?」
と首を傾げた。
「…食べるよ!」
ムッとして答えるギルバートを面白そうに見たクローディアは、
「だって昨日までまともにお食事されてないのでしょう?いきなりお菓子なんて無理ですよ、気持ち悪くなります」
とまたニコニコする。
「…じゃあなんで俺の前でお菓子を出すのさ」
「ご自分が悪いのでしょう。私は皆様と仲良くなりたいからお菓子を焼いてきたのです。ギル様が食べられないのは、私のせいではありませんわ」
ツン、と顔を逸らしたクローディアは、チェイサーに「お味はいかがですか」と微笑んだ。顔をほんのり赤く染めたチェイサーは、
「お、…おいしい、です、」
としどろもどろに答える。
「よかった!また作ってきますね?何かリクエストはありますか?」
チェイサーが答える前に、ギルバートが「俺も食べられるようになってからにしてくれ!」と怒鳴った。
「まあ、ギル様ったら…」
うふふ、と目を細めて笑ったクローディアは、
「いつになったら食べられるんですの?」
とチョコンと首を傾げてみせる。
「…昨日の、夜から、ちゃんと、食事をしてる。一週間したら、」
「二週間後ですわね」
遮られてまたムッとした顔になるギルバートに、クローディアはニコリとすると、
「ギル様、散歩に行きましょう」
とソファに座るギルバートに手を差し出した。
「…え、」
その手を困惑気味に見るギルバートに、
「お一人ではたくさん歩けないでしょうから、手を繋いでいきませんか?さ、どうぞ」
どうぞ、と言いながらギルバートの手を掴むと、グッと力を入れて立ち上がらせた。引っ張りあげられて思わずぐらつくギルバートの腰をクローディアが支える。
「…クローディア…ッ」
「ディーですわよ、ギル様」
またうふふ、と笑ったクローディアは、
「…こんなに細くなられて」
と少し怒ったように呟いた。
「きちんとご飯を食べて、体力を戻してください。せっかくの色持ちの魔力なのに宝の持ち腐れですわ」
「…別になりたくて色持ちになったわけじゃない」
そう言うと、クローディアの瞳がスウッと細まる。
「なりたくなくても持って生まれたのです。ギル様は欲しくなかったかもしれない、でも、欲しくても叶わない人はたくさんいるのですよ。王家に生まれたくて生まれたのではないにしても、生まれてしまったのですから。ならば、見合うだけの生き方をなさるべきです。努力をするべきです」
冷たい声音にカラダをビクリとさせたギルバートは、思わずクローディアの顔を見つめた。その瞳は先ほどまでと違い、鋭利な刃物のように鋭い。
「…それから。王子だからと、ギル様を利用してやろうと思う人間が出てくるでしょう。今はまだ確かに子どもであり守ってもらってもよいでしょうが、この先いつまでもいつまでも誰かに頼りながら守られながら生きていくおつもりですか。…せめて、何かがご自分の身に起きたら、周囲への影響を鑑みて行動できるだけの力は持っていなければ」
「…どういうこと」
クローディアは、「参りましょう、ギル様」と手を引き歩きだした。扉から出る前にチェイサーを振り向き、「30分程で戻ります」と告げる。
「…ねぇ、」
「ギル様、歩いてください。…車椅子をお持ちしましょうか?」
ギルバートを振り返ったクローディアは、とても冷たい微笑みを貼り付けていた。カラダの中の魔力が渦巻いているのを見て、クローディアがとてつもなく怒っていることに気付いたギルバートは、「歩ける…」と呟きクローディアの手を握り返した。クローディアは「うふふ」と小さく笑うと、そのままスタスタ歩き出す。ただし、ギルバートに合わせてくれているのだろう、歩調はゆっくりめだった。
「…ディー、ごめん」
「何について謝っているのですか」
前を真っ直ぐに向いたまま歩くクローディアの視線がこちらに向かないことに、ギルバートはジクジクと心が痛む。
「…ディーが、怒ってることは、わかるから、…でも、なんで怒ってるのかが、…わからないから、…ごめん」
ソロリと視線を向けて、ギルバートはあまりの驚きに足が止まる。
「…ディー、」
クローディアは静かに涙を流していた。真っ直ぐに前を向いたまま、ただ、静かに。そして徐に口を開いた。
「ギル様は、甘ったれですわ」
「…甘ったれ」
「ええ。お母様に愛情をもらえないことはツラく苦しく悲しいことでしょう。でも、相手にいくら求めても叶わないことはあるのですよ。相手を変えることはできないのです。ならば自分が変わるしかないのです。…ギル様は、私の母に記憶があるのを御存知ですか。私はギル様の婚約者に選ばれて、でもギル様には私ではない愛する女性ができた。でも結婚して、…私は死んだそうです。ギル様と結婚した半年後に」
淡々と告げるクローディアに、ギルバートは何も言えなかった。ただ、「…キミの、母上が、記憶を持ってることは、聞いた…」とだけ告げた。
「私の母は、今回私を死なせたくない、だからギルバート殿下の婚約者にならずに済むように、と…父と話し合って、いろいろと変えたそうです、自分の行動なども。その結果、私はもとはシャロンという名前で侯爵令嬢だったそうですが、クローディアと名前を変えた。シャロンという名前は父や母がつけた名前ではなかったそうで…だから、特に思い入れもなく、二人で話し合って新しい名前を私につけてくれたそうです」
「…そ、う、…なんだ、ね」
「ええ」
そう頷いたクローディアは、初めてギルバートに視線を向けた。
「ギル様。ギル様も、戻ってこられたそうですね、私が死んだという未来から。せっかく戻ってきたのに、なんで同じことをするんですか?」
強い怒りをはらんだ瞳に見据えられ、しかしギルバートは「…してない、」と呟いた。
「…俺は、同じことなんて、」
「ご自分を大事にしていないではないですか。ご自分の気持ちを、心を、大事にしていないではないですか。ひとりで不貞腐れて命を絶とうとするなんて…!!なぜ、お父様やお母様にご自分の気持ちを告げなかったのですか!だいっきらいだと、自分を見てくれないあんたたちなんて親だと思わないと言ってやれば良かったではないですか!なんでも自己完結して満足ですか?だったらたったひとりで生きていかれればいい。あなたを大事に思ってくださっている弟君たちを捨てて、自分を愛してくれている彼らを捨てて、自己満足のまま死ねばいい!!」
流れる涙を拭いもせずに睨み付けるクローディアに、ギルバートは、「…ごめん、」と告げた。
(そうだ。俺は、自分の身勝手で死にたくもなかったシャロンを殺したくせに、…自分は勝手に死にたいだなんて、…なんて、傲慢だったんだろう)
睨み付けたまま、しかし握ってくれているクローディアの手を、ギルバートはもう一度力を込めて握り返した。
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