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婚約者編
生きていく意味を
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ギルバートが目を開けると、自分を見つめるオレンジ色の瞳がある。その瞳は柔らかく弧を描き、「ギル様」と微笑んだ。
「…シ、」
「クローディアですよ、ギル様。ね、お約束通りいたでしょう?」
そう言って得意気に笑った顔が可愛らしく、そしてまた甘い香りがふわりと自分を包むのを感じたギルバートは、また顔を赤くした。
「ギル様、どうしました?寝てる間、暑かったですか?」
額に手を乗せられて固まるギルバートを心配そうに見つめたクローディアは、
「熱はないみたいですが…水分、とりましょうか」
と傍らのテーブルからコップを取りギルバートの口に近づける。
「飲めますか?」
頷いて飲み込むと、「ふふ」とクローディアが微笑む。
「ギル様、カラダ、痛いところありますか?」
「痛い、とこ、」
「ええ。ギル様のお母様が水泡で包んで傷はほとんど塞がりましたが、傷は残ってしまう部分もあるとお聞きしています。痛むところはあるかな、って」
ギルバートは、「…わからない」と首を振った。
「わからない、ですか?」
不思議そうにじっと見つめられて、ギルバートは恥ずかしくなり視線を外す。
「…もう、死にたかったから、痛みとか、よくわからない」
「まあ…」
クローディアは呆れたような声をあげ、それからキュッと眉をしかめた。
「せっかく助けていただいたのに死にたいなんて。なんでそんなふうに考えるのですか…生きている限り、ご自分の命を粗末に扱うのは許されないことです」
きつく睨み付けられ、ギルバートは「でも…っ」と反論した。
「でももう、生きていたくないんだ!俺なんて、生きてる意味ないんだ!」
「生きてる意味がないと思うなら、生きてる意味を作ればいいじゃないですか」
「…生きてる、意味を、作る?」
「ええ」
そう頷いてまた微笑んだクローディアは、
「じゃあまずは、私が明日までギル様が生きている意味を作ってあげます。明日、一緒に散歩しましょう?…あら、でも無理かしら」
少し悪戯っぽく笑ったクローディアに、ギルバートは「…なぜ無理だと?」と尋ねる。
「だってギル様、目覚めてから5ヶ月近く一度もベッドから降りてないと聞いてます」
「…トイレくらいは、」
「ええ、すぐそこの、部屋の中の、ですよね?しかも弟君に肩を借りていらっしゃるとか。散歩はやめて、別なことにしましょうか」
うふふ、と意地悪そうに笑うクローディアを、ギルバートは呆けたように見つめた。
「キミは…」
「ディーとは呼んでくださらないのですか?ギル様?」
「…呼んで、いいの?」
「そう言ってますのに。呼んでください、ギル様」
今度はニコニコと屈託なく笑うクローディアに、ギルバートは「…うん、」と頷くと、
「…ディーは、そんなふうな顔で笑うんだね」
「?…そうですよ?ふふ、私はギル様みたいな仏頂面はできないんです」
「…仏頂面」
憮然とした声を出すギルバートの頬を、「ほら」と指でつつくクローディア。そのまま眉間も指ですりすりする。突然の触れ合いに驚き固まるギルバートを見て、クローディアはまた可笑しそうに笑った。
「ふふ、今は仏頂面ではありませんね」
その指先からもふわっと甘い香りがして、ギルバートはだんだん胸がドキドキしてきた。自分の運命の香りは、前回こんなに強く感じなかった。それなのになぜ、今回はハッキリと漂うのだろう。
「…散歩にする」
ギルバートの返事を聞いて嬉しそうに笑ったクローディアは、
「じゃあ車椅子も準備しておきますね!」
とウインクした。暗に「歩けないだろう」と言われて悔しかったギルバートは、「また明日来ます」とクローディアが部屋から出るとすぐに、ベッドから降りてゆっくりと歩く練習をした。部屋を一周してはベッドに腰を降ろし、また一周しては腰を降ろし、何度か繰り返した。
クローディアが帰ったのを見送った弟のチェイサーたちは、部屋に戻り兄が歩いている姿に驚いて慌てて駆け寄った。
「兄上、大丈夫ですか!?」
肩で息をする兄を支えると、今までに見たことのない笑顔で「ああ、ありがとう」と答える。そのままベッドに腰を降ろさせると、ギルバートはチェイサーを見上げて「いつもありがとう、チェイサー、…今まで、助けてくれてありがとう。感謝してる」と微笑んだ。
「…兄、上」
思わず目が潤むチェイサーを困ったように見つめたギルバートは、チェイサーの頭を優しく撫でた。先ほど自分がクローディアにやってもらったように。
「俺は、世の中を悲観して、儚くなりたかった。だけど、生きてみろって。助けてもらったんだから生きてみろ、って、そう言われて、…ごめんな。たくさん、助けて支えてくれてきたのに、おまえの優しさに胡座をかいて、何も返さず死のうだなんて…傲慢だった。すまなかった。今日から、生きるために努力する。まずは体力をつけるためにきちんと食べるよ。一緒に食べてくれるか?」
ギルバートの言葉に何も言えず、チェイサーは真っ赤な顔で泣きながら、しかし嬉しそうに何度も頷いた。
「…シ、」
「クローディアですよ、ギル様。ね、お約束通りいたでしょう?」
そう言って得意気に笑った顔が可愛らしく、そしてまた甘い香りがふわりと自分を包むのを感じたギルバートは、また顔を赤くした。
「ギル様、どうしました?寝てる間、暑かったですか?」
額に手を乗せられて固まるギルバートを心配そうに見つめたクローディアは、
「熱はないみたいですが…水分、とりましょうか」
と傍らのテーブルからコップを取りギルバートの口に近づける。
「飲めますか?」
頷いて飲み込むと、「ふふ」とクローディアが微笑む。
「ギル様、カラダ、痛いところありますか?」
「痛い、とこ、」
「ええ。ギル様のお母様が水泡で包んで傷はほとんど塞がりましたが、傷は残ってしまう部分もあるとお聞きしています。痛むところはあるかな、って」
ギルバートは、「…わからない」と首を振った。
「わからない、ですか?」
不思議そうにじっと見つめられて、ギルバートは恥ずかしくなり視線を外す。
「…もう、死にたかったから、痛みとか、よくわからない」
「まあ…」
クローディアは呆れたような声をあげ、それからキュッと眉をしかめた。
「せっかく助けていただいたのに死にたいなんて。なんでそんなふうに考えるのですか…生きている限り、ご自分の命を粗末に扱うのは許されないことです」
きつく睨み付けられ、ギルバートは「でも…っ」と反論した。
「でももう、生きていたくないんだ!俺なんて、生きてる意味ないんだ!」
「生きてる意味がないと思うなら、生きてる意味を作ればいいじゃないですか」
「…生きてる、意味を、作る?」
「ええ」
そう頷いてまた微笑んだクローディアは、
「じゃあまずは、私が明日までギル様が生きている意味を作ってあげます。明日、一緒に散歩しましょう?…あら、でも無理かしら」
少し悪戯っぽく笑ったクローディアに、ギルバートは「…なぜ無理だと?」と尋ねる。
「だってギル様、目覚めてから5ヶ月近く一度もベッドから降りてないと聞いてます」
「…トイレくらいは、」
「ええ、すぐそこの、部屋の中の、ですよね?しかも弟君に肩を借りていらっしゃるとか。散歩はやめて、別なことにしましょうか」
うふふ、と意地悪そうに笑うクローディアを、ギルバートは呆けたように見つめた。
「キミは…」
「ディーとは呼んでくださらないのですか?ギル様?」
「…呼んで、いいの?」
「そう言ってますのに。呼んでください、ギル様」
今度はニコニコと屈託なく笑うクローディアに、ギルバートは「…うん、」と頷くと、
「…ディーは、そんなふうな顔で笑うんだね」
「?…そうですよ?ふふ、私はギル様みたいな仏頂面はできないんです」
「…仏頂面」
憮然とした声を出すギルバートの頬を、「ほら」と指でつつくクローディア。そのまま眉間も指ですりすりする。突然の触れ合いに驚き固まるギルバートを見て、クローディアはまた可笑しそうに笑った。
「ふふ、今は仏頂面ではありませんね」
その指先からもふわっと甘い香りがして、ギルバートはだんだん胸がドキドキしてきた。自分の運命の香りは、前回こんなに強く感じなかった。それなのになぜ、今回はハッキリと漂うのだろう。
「…散歩にする」
ギルバートの返事を聞いて嬉しそうに笑ったクローディアは、
「じゃあ車椅子も準備しておきますね!」
とウインクした。暗に「歩けないだろう」と言われて悔しかったギルバートは、「また明日来ます」とクローディアが部屋から出るとすぐに、ベッドから降りてゆっくりと歩く練習をした。部屋を一周してはベッドに腰を降ろし、また一周しては腰を降ろし、何度か繰り返した。
クローディアが帰ったのを見送った弟のチェイサーたちは、部屋に戻り兄が歩いている姿に驚いて慌てて駆け寄った。
「兄上、大丈夫ですか!?」
肩で息をする兄を支えると、今までに見たことのない笑顔で「ああ、ありがとう」と答える。そのままベッドに腰を降ろさせると、ギルバートはチェイサーを見上げて「いつもありがとう、チェイサー、…今まで、助けてくれてありがとう。感謝してる」と微笑んだ。
「…兄、上」
思わず目が潤むチェイサーを困ったように見つめたギルバートは、チェイサーの頭を優しく撫でた。先ほど自分がクローディアにやってもらったように。
「俺は、世の中を悲観して、儚くなりたかった。だけど、生きてみろって。助けてもらったんだから生きてみろ、って、そう言われて、…ごめんな。たくさん、助けて支えてくれてきたのに、おまえの優しさに胡座をかいて、何も返さず死のうだなんて…傲慢だった。すまなかった。今日から、生きるために努力する。まずは体力をつけるためにきちんと食べるよ。一緒に食べてくれるか?」
ギルバートの言葉に何も言えず、チェイサーは真っ赤な顔で泣きながら、しかし嬉しそうに何度も頷いた。
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