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婚約者編
初めまして、ギルバート様
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ギルバートが自害を図ってから半年が過ぎた。弟たちの話を嬉しそうに聞き、笑顔も見せるようになったが一向に声を出さず、また食事もほとんど摂らず、ただ静かにベッドの上で過ごす毎日。ジェライトやルヴィアが植物魔法で栄養を入れているものの、口から摂取することはほぼなく、静かに枯れ果てるのを待っているようだった。
そんなある日。
ベッドの上でぼんやりと窓を眺めていたギルバートは、部屋にふわりと薫った匂いにカラダが固まった。
(…この匂い、)
恐る恐る扉に目を向けると、そこにはアッシュグリーンの髪の毛の少女が立っていた。そのオレンジの瞳は柔らかく微笑みを湛えギルバートを見つめている。ギルバートが固まったままのベッドに近付いてきた少女は、ベッドの脇でしゃがみこみギルバートと視線を合わせた。
「…シ、…っ」
半年間頑なに口をきかなかったために、ギルバートの口はまったく思うように動かず、喉が噎せり咳き込んでしまう。傍らの少女は何も言わずにギルバートの背中を優しい手つきで擦り、ギルバートの唇に傍らに置いてあるコップを押し当てた。コクリ、と音が鳴るがまた噎せる。唇の端から垂れる水の跡を少女は自らのハンカチで優しく拭ってくれた。その間にも、少女の香りが強くなる。
「ギルバート様、初めまして。私はクローディア・ガーランド、ガーランド伯爵家の長女です」
クローディア。
そうだ。もう、シャロンはいないのだ。
そう思い至り、俯くギルバートの頬に少女がそっと手を当てる。
「半年前に酷いケガをなさったそうですね。お食事もなさらないとか。私の母が魔術師団で働いておりまして、幼い頃からエイベル団長によく遊んでいただいたんです。そのご縁で、…私、ギルバート様と同い年なので、ギルバート様のお話を聞いて、何かできないかとお邪魔させていただいたんです」
顔を覗き込むように自分を見つめてくるオレンジの瞳に、ギルバートは堪らず泣き出した。
「ご、…う、ご、ごめ、…っ、」
「ギルバート様、大丈夫ですよ。泣かないで…大丈夫ですから。私は、ここにいますから。だから、泣かないで。大丈夫ですから」
優しくハンカチでギルバートの涙を拭うと、少女はギルバートをそっと横向きに寝かせた。その顔の位置にくるように床に座る。
「冷える、」
「私、すごく元気なんです。ギルバート様と違って、健康なんですよ、風邪もひいたことないんです。だから、大丈夫。心配しなくて大丈夫ですから。ね?」
優しく微笑んだ少女は、
「私の名前、長いでしょう?ディー、って、呼んでくれませんか?私もギルバート様をギル様と呼びますから」
いいですか?と首を傾げられたギルバートは、いったい何が起きているのかわからず返事ができなかった。
「…ダメ、ですか?」
途端に、甘い香りがふわっとギルバートを包み込み、ギルバートの顔が真っ赤に染まる。
「あ、の、」
「いいですか?ダメ?」
そっと頬に手を添えられて、その温かさにまた涙が溢れてくる。あんな、枯れ木のようだったシャロンの手とは違う、温かくて、柔らかい手。
「泣かないで、ギル様。大丈夫ですから」
またそう繰り返したクローディアは、
「ディーと、呼んでくださいね」
とニッコリしてギルバートの髪の毛を優しく撫で始める。
「…き、たない、」
「汚くないですよ。お母様がきちんと水泡でキレイにしてくださってるんですよ。大事な大事な息子であるギル様のために、付きっきりで看病してくださっているでしょう?…いまは、赦せなくても、いつか、赦せる日がきます。お母様の愛情に気付いたら、必ず赦せる日がきます。だから、安心して、カラダを治してください。ギル様が悲しんだりすることは何も起きませんよ。これからは、幸せになれるんですよ、自分の力で。周りが変わるのですから、ギル様も変われます。ね?いい子ですから…元気になりましょう?ね?」
髪の毛を撫でられながら囁くように言われ、ギルバートはだんだん眠くなってきた。
「ね、むい」
「寝ていいですよ」
「や、だ、ねむり、たくない…」
「ギル様が起きるまでいます」
「ウソだ…」
「います」
クローディアは微笑むと、ギルバートの瞼に唇を落とす。
「…っ!?」
また真っ赤になるギルバートに、「ギル様、おやすみなさい」と告げるクローディア。そのオレンジ色の瞳は優しくて、ギルバートは吸い込まれるように意識を失った。
そんなある日。
ベッドの上でぼんやりと窓を眺めていたギルバートは、部屋にふわりと薫った匂いにカラダが固まった。
(…この匂い、)
恐る恐る扉に目を向けると、そこにはアッシュグリーンの髪の毛の少女が立っていた。そのオレンジの瞳は柔らかく微笑みを湛えギルバートを見つめている。ギルバートが固まったままのベッドに近付いてきた少女は、ベッドの脇でしゃがみこみギルバートと視線を合わせた。
「…シ、…っ」
半年間頑なに口をきかなかったために、ギルバートの口はまったく思うように動かず、喉が噎せり咳き込んでしまう。傍らの少女は何も言わずにギルバートの背中を優しい手つきで擦り、ギルバートの唇に傍らに置いてあるコップを押し当てた。コクリ、と音が鳴るがまた噎せる。唇の端から垂れる水の跡を少女は自らのハンカチで優しく拭ってくれた。その間にも、少女の香りが強くなる。
「ギルバート様、初めまして。私はクローディア・ガーランド、ガーランド伯爵家の長女です」
クローディア。
そうだ。もう、シャロンはいないのだ。
そう思い至り、俯くギルバートの頬に少女がそっと手を当てる。
「半年前に酷いケガをなさったそうですね。お食事もなさらないとか。私の母が魔術師団で働いておりまして、幼い頃からエイベル団長によく遊んでいただいたんです。そのご縁で、…私、ギルバート様と同い年なので、ギルバート様のお話を聞いて、何かできないかとお邪魔させていただいたんです」
顔を覗き込むように自分を見つめてくるオレンジの瞳に、ギルバートは堪らず泣き出した。
「ご、…う、ご、ごめ、…っ、」
「ギルバート様、大丈夫ですよ。泣かないで…大丈夫ですから。私は、ここにいますから。だから、泣かないで。大丈夫ですから」
優しくハンカチでギルバートの涙を拭うと、少女はギルバートをそっと横向きに寝かせた。その顔の位置にくるように床に座る。
「冷える、」
「私、すごく元気なんです。ギルバート様と違って、健康なんですよ、風邪もひいたことないんです。だから、大丈夫。心配しなくて大丈夫ですから。ね?」
優しく微笑んだ少女は、
「私の名前、長いでしょう?ディー、って、呼んでくれませんか?私もギルバート様をギル様と呼びますから」
いいですか?と首を傾げられたギルバートは、いったい何が起きているのかわからず返事ができなかった。
「…ダメ、ですか?」
途端に、甘い香りがふわっとギルバートを包み込み、ギルバートの顔が真っ赤に染まる。
「あ、の、」
「いいですか?ダメ?」
そっと頬に手を添えられて、その温かさにまた涙が溢れてくる。あんな、枯れ木のようだったシャロンの手とは違う、温かくて、柔らかい手。
「泣かないで、ギル様。大丈夫ですから」
またそう繰り返したクローディアは、
「ディーと、呼んでくださいね」
とニッコリしてギルバートの髪の毛を優しく撫で始める。
「…き、たない、」
「汚くないですよ。お母様がきちんと水泡でキレイにしてくださってるんですよ。大事な大事な息子であるギル様のために、付きっきりで看病してくださっているでしょう?…いまは、赦せなくても、いつか、赦せる日がきます。お母様の愛情に気付いたら、必ず赦せる日がきます。だから、安心して、カラダを治してください。ギル様が悲しんだりすることは何も起きませんよ。これからは、幸せになれるんですよ、自分の力で。周りが変わるのですから、ギル様も変われます。ね?いい子ですから…元気になりましょう?ね?」
髪の毛を撫でられながら囁くように言われ、ギルバートはだんだん眠くなってきた。
「ね、むい」
「寝ていいですよ」
「や、だ、ねむり、たくない…」
「ギル様が起きるまでいます」
「ウソだ…」
「います」
クローディアは微笑むと、ギルバートの瞼に唇を落とす。
「…っ!?」
また真っ赤になるギルバートに、「ギル様、おやすみなさい」と告げるクローディア。そのオレンジ色の瞳は優しくて、ギルバートは吸い込まれるように意識を失った。
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