あなたを守りたい

蜜柑マル

文字の大きさ
上 下
22 / 35
婚約者編

キーマン、ランベール②

しおりを挟む
「…その男は、確実に罰を受けるんですよね」

「ああ。家庭教師の男だけではなく、モロゾフ公爵家は取り潰しが決まった。ランベール君の父親は無理矢理ミアを娶らされた、自分は被害者だ、なんて言いやがったから氷で貫いてやったよ、足を。イヤならイヤだといくらでも断れたくせにいいとこ取りばかりしやがって、義務も権利もごった煮だ。あんな貴族、いるだけで害悪だ。ふざけた家族ごっこをしていたようだがその金も貴族だからこそ得られた金だからな。これからは自分で稼いで家族を養っていけばいい。…まあ、相手の女は貴族じゃなくなると聞いたら子どもまで投げ捨てて逃げていったよ。真実の愛とやらはどうしたんだろうな。滑稽だ」

冷たく嗤うジークハルトは、「それから、」と話を続ける。

「ランベール君の母親、ミアは捕縛された。息子が犯されたのを、あの女は知っていたそうだ。痛みにうち震えるランベール君に、おまえが誘ったんだろう、気持ち悪いカラダだから性根も気持ち悪く育ったんだとそう言い放ったそうだ。それを聞いたサヴィオン父上は嘔吐後、卒倒した」

重いのに迷惑な、とブツブツ文句を言ったジークハルトは、眠るランベールに視線を移す。

「サヴィオン父上は孫だから自分が面倒を見ると言ったんだが、父上自身、離縁して独り身になる。陸にいない日のほうが多いし、ランベール君が一人でいることに代わりはないように思うんだよな…可哀想だ。こうして今日、奇跡的にアレクの運命の相手だとわかったわけだろう?アレク、ランベール君をうちで預からないか?ルヴィは常に家にいるわけだし、ここは賑やかだろう?ナディール叔父上もなんともないような顔をしながら内心かなり心配しているのがバレバレだし、ランベール君が自分の目に届く範囲にいるのは叔父上にとってもいいことだと思う。アルマディンもいるし」

ジークハルトの言葉にブンブンと首を縦に振るアレクサンドライトを見て、「ただな、」と続ける。

「ランベール君はさっき言ったように、まだ10歳だ。おまえ、我慢できるか?」

「我慢、…ですか?」

ジークハルトの言葉の意味がわからず首を傾げたアレクサンドライトに、

「おまえ、さっき、ランベール君の匂いで発情しただろう。彼に手を出さずに、彼が少なくとも高等部に入るまで、カラダの関係を我慢できるか、と聞いているんだ。おまえ、いま17歳だろ?いままでは良かったが、ヤりたい真っ盛りに相手が家の中にいて我慢できるか、って聞いてるんだ」

途端に顔を真っ赤にしたアレクサンドライトは、

「お、俺は、そんな鬼畜みたいな真似、しません!!…意に染まないことを強要されて傷ついたランベールに、そんなこと、しません…俺が、守ってやりたい。それは、俺からも、です。俺は香りを感じますが、ランベールがそうだとは限らない…そのときは、…諦めます」

それは無理だろうな、と思いつつ、ジークハルトはそれ以上突っ込むのはやめることにした。せっかく、こうして変わろうとしているアレクサンドライトを見守りたいと、そう思ったから。

「わかった」

そう返事をして、アレクサンドライトの顔を乱暴に拭いてやる。アレクサンドライトは恥ずかしそうに小さく笑った。これからこんなふうに感情を見せてくれるようになるのかと思うと、ジークハルトも嬉しく泣きそうになった。

そのとき、扉がノックされる。

「食事の用意ができました」

ルヴィアの声に相好を崩したジークハルトは、「わかった、ありがとうルヴィ」と答えると、

「じゃ、飯にしよう、アレク」

「…ランベールを、連れて行ってもいいですか」

躊躇いがちにランベールを見つめるアレクサンドライトに、「そうだな」と答える。

「おまえの温もりを教えてやるといい。おまえの腕の中が世界で一番安心できる場所だと」

コクリ、と頷いたアレクサンドライトは、そっと眠るランベールを抱き上げた。

(…軽い)

よく見れば、幼い顔には隈も見える。頬も心なしか痩けているようだ。アレクサンドライトは自分がいかに恵まれた境遇にいるのかを思い知り、ランベールの今までを思ってまた涙した。

(俺が、必ず守ってやるからな)

たとえ俺がキミの運命にはなれなくても、キミを守るから。

(だから、きっと、幸せになって欲しい)

ランベールを少しでも感じたくて、アレクサンドライトはいつもなら飛んで移動するのだが、ゆっくり、噛み締めるように食堂へと歩いて行った。















食堂に入ってきた息子が大事そうにランベールを抱き抱えているのを見て、ルヴィアは顔を緩ませた。ジークハルト同様、息子の感情の起伏がないこと、なににも、誰にも興味をしめさず淡々と生きている様に心を痛めていたため、その変化が嬉しくて仕方なかった。アレクサンドライトの運命の香りがするランベールを、ルヴィアはより一層大切にしたいと強く思う。息子とともに、守っていきたいと。

アレクサンドライトはそんなことを両親が考えているとは露ほども思わず、じっ、とランベールを見つめたまま器用に椅子に腰を降ろした。そのままランベールを膝の上に乗せ、背中を支えるようにして上半身を起き上がらせる。自分の胸にランベールの顔を抱き込むようにしたアレクサンドライトは、ふ、と微笑んだ。

(あらあ…なんて可愛い…)

思わずジークハルトを見ると、夫も同じ様に感じたのだろう、顔をほんのり赤くして身悶えている。ルヴィアは微笑み、

「…アレク、あったかいうちに食べて」

「はい、いただきます。…母上、」

「なあに?」

「いつも、ありがとう。これまで、俺を大事に育ててくれてありがとう。恥ずかしい話だけど、俺、そういうのわかってなかった。当然だ、なんて胡座をかいてたつもりはないけど、当たり前のように父上と母上の愛情を受けてきたんだな、って。…感謝します。ありがとう、父上、母上」

そう言って食べ始めた息子を見ながら、(…ああ)とルヴィアは静かに感動に震えた。やはり、人は人と関わって成長していくものなのだ、と。誰にも興味を示さないアレクサンドライトは、恵まれた容姿と能力にも関わらずまったくと言っていいほど欲求のない子どもだった。自分たち家族にはそれなりだったが、学園での話などは一切出ない。学園の教師であるジークハルトの弟カイルセンにそれとなく聞いてみた時にも、「大人しく、静かで、常に一人でいる。周りを寄せ付けないようにしているのかな…感じる人間は感じると思います、アレクの静かな拒絶を」と言われた。

それが、こんなふうに変わろうとしている。ルヴィアは、ランベールに感謝した。アレクサンドライトの前に偶然とは言え、現れてくれたランベールに。

モグモグ咀嚼する息子を夫婦揃ってほっこりと見ていると、「…う、」と小さな呻き声が聞こえ、ランベールが身動ぎするのが見えた。アレクサンドライトは途端に箸を置き、優しくランベールを抱き締め直す。

うっすらと瞳を開けるランベールは、自分を優しい顔で見つめる美しい赤い瞳に見惚れた。

「キレイ…」

そっと手を伸ばし頬に触れると、目の前の人物は顔を真っ赤にした。そのとき、ぶわっ、と涼やかなとてもいい薫りに包まれる。安心する、いい薫り。

(これ、…この人の、匂いなのかな)

確かめたくてランベールは相手の胸に顔を埋めた。ドクドクと激しい鼓動を感じるとともに、とてもいい香りがする。清涼なのに、ほんのりと甘い香りが。

「…ふわ、」

何かに酔ったようにランベールは恍惚とした表情になり、ギュウッとアレクサンドライトに抱き付く。

「いい匂い…」

その言葉に、激しく脈うつアレクサンドライトの心臓がドクリ、と跳ねた。

「ランベール、…ラン…ッ」

名前を呼ばれて見上げると、男性は顔を真っ赤にして瞳を潤ませていた。自分が何かしてしまったのかと、「…ごめんなさい、」と謝ると、ギュ、と抱き締められた。

(…あったかい)

大好きだと言いきれるくらいのいい薫りに包まれて、ランベールも相手にギュウギュウと抱き付いた。

「…なにも、謝らなくていいんだ。はじめまして、ラン、俺はアレクサンドライト・エイベルっていうんだよ」

「アレクサンドライト、さま、」

ランベールは顔を上げると、「アレクサンドライト様は、とてもいい匂いがします」と微笑んだ。

(…っ、か…っっっっわ、いい…っ!んん…っ!!)

胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けて、しかし両親がニヤニヤしながら自分たちを見ていることに気付き、アレクサンドライトはなんとか息を整える。

「…どんな、匂いがする?」

「スーッとする、ひんやりした朝の匂いと、優しくて甘い匂いがします。初めて嗅ぐけど、すごく、好きな匂いです。すごくいい匂い。…アレクサンドライト様の、匂いなんですか?」

アレクサンドライトは深呼吸すると、「ランは、」

「…ランベール、キミは、エイベルの血をひいているだろう?エイベルの運命の香りについて、聞いたことはないか?」

「…エイベル?アレクサンドライト様のお名前ですよね、僕はモロゾフです、ランベール・モロゾフ」

その返事を聞いてジークハルトが口を開いた。

「ランベール君」

声のしたほうに視線を向けたランベールは、「…あ」と小さく洩らした。

「…僕を、助けてくれた、」

「そうだ。俺はジークハルト・エイベル。一緒にいたのは俺の叔父、ナディール・エイベル。まだ会ってないが、キミの祖父はサヴィオン・エイベルだ。…会ったことが、ないんだろう?」

「…おじいさま?…会ったこと、ないです。あの家には、お父様もいない。いるのは、お母様と、お手伝いさんたちだけ、あと、…あの、イヤなことばかり、する、気持ち悪い男の人…」

顔を歪めたランベールは、またアレクサンドライトの胸に顔を埋めた。スウスウと匂いを嗅いでいる。

「…気持ち悪いから、やだ、って言ったけど、僕が可愛いからだ、って、好きだよ、って言われて、そんなこと、言ってくれる人、誰もいなかったから、気持ち悪いけど、僕も好きになったほうがいいのかな、って、でも、気持ち悪いことに変わりはなくて、僕のおちんちんとか舐めたんだ、気持ち悪くて、でも、嫌われたらまた一人になっちゃうかもしれないって思って、僕のこと、好きになってくれる人なんていないから、」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...