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婚約者編
目覚めたら腕の中にキミがいなかった③
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「俺は、…俺は、婚約者を決めるなんて知らなかったんです。あれは、母が俺をコントロールしようとし始めた、そのひとつでした」
「コントロール…?コントロールとはなんだ、ギルバート」
訝しげな父に、「カーティス君」とジークハルト様が声をかける。
「それも含めて、ギルバート君に話をしてもらおう。アズライト陛下への並々ならぬ想いがあるようだし。彼女はたしかにまだ何もしていないが、ギルバート君は未来を経験した、その記憶があることで彼女と今まで通りにすることは難しいだろう。マリアンヌさんの話でも、ギルバート君がモロゾフを持ち上げてアズライト陛下に向けてぶん投げた…つまり、攻撃した、と聞いている。ギルバート君、キミは、アズライト陛下に対して憎しみを抱いているんだろう?それが未来の話としても、」
「義兄上、…それは俺たち夫婦のせいかもしれません。彼女は色持ちの息子たちを、どうにも愛してるように思えず…本来なら自分が助ける、育てるべきところを、幼いうちに魔力が発現したこの子たちを『色持ちではない自分には荷が重い』と言って放置した。色持ちでなくとも、子どもたちを制御するくらいまったく問題ない魔力を持っているのに…。魔力がほとんどない俺には無理で、結局4人とも義兄上のお世話になってしまったわけですが、…末の双子たちまでもが色持ちで生まれたときのあの彼女の表情を俺は忘れられません。そこから俺は、…彼女に対して、距離を置くようになってしまいまして…。双子が生まれた直後から寝室も別にしました。子どもたちを優先したくて。彼女は、食事すら一緒にしなくなりました。俺が彼女の運命の香りだからと俺には執着があるようですが、二人の間にできた可愛いこの子たちを大事にしようとしない彼女に、俺は、…」
父が苦しそうに話す内容は、初めて聞くことだった。色持ちの俺たちに劣等感を持ち、自分の思うようにコントロールしようと躍起になる母が、だんだんとあのモロゾフとの距離が近まり、父との間に溝ができたのだと思っていた。
「…父上は、俺の未来では母上と離縁してジークハルト様を追ってこの国を出て行くんです。俺だけ、置いて…。弟3人は連れて行ってもらえたのに…。その時、父上は母上にこう言いました。『他の男のお手付きになったような女をもはや妻と呼びたくない』と」
「…なんだと?」
途端に父のカラダから威圧が迸る。
「…アズライトが、そのモロゾフとやらに抱かれたというのか…っ」
「わ、かりません、母上は否定していました、泣いて、父上にすがりついていました、でも、父上は母上を見限り、出て行ったのです」
俺の話を眼光鋭く聞いていた父は、「もしそれが本当なのだとしたら、そうなる前にモロゾフとやらを殺す」と吐き捨てた。
「カーティス君、とにかく落ち着いて。城で、話を、するんだよ!わかった?カーティス君、わかった?ギルバート君も、わかったかな?」
ジークハルト様はそう言うと、またうっすらと嗤い「…まったく」と呟いた。それと同時に景色が変わる。着いた先は城の、俺の部屋だった。父はまだ硬い表情で虚空を睨み付けている。
「…父上」
俺の声にハッ、とした父は、
「…ギルバート、」
と俺に視線を向けた。
「さっき、そのモロゾフとやらは、サヴィオン様と関係があると言ったか?」
「はい、…サヴィオン様の長女の夫です。まだ公爵位は継いでいないはず…その男は、別な女性と結婚したかったのにサヴィオン様の長女、ミアに邪魔されて…二人の間は早々に冷えきったようです。子どもはひとり、ランベールという息子がいます。将来のモロゾフ公爵は元の恋人を愛人にしていて、二人、息子が…ランベールの異母兄弟がおります」
父は「…そんな男の何が良くてアズは…」と呟くと、
「義兄上が来る前に皆様を呼ぼう。…最初に、アズに、…陛下に話してくる。ギルバート、おまえはお祖父様とお祖母様を呼んできてくれるか?サヴィオン様には俺が声をかけるから」
そう言って姿を消した父からは、まだ威圧が洩れていた。
俺たち兄弟を思って母との距離をあけたという父上の話は、運命の香りだからと母が無理を言って結婚しただけの関係ではなく、父は父なりに母を大事に思っていたことを感じさせられて、そのことに動揺する自分がいた。運命だからと、そんな曖昧なものでシャロンを縛りたくない、そう言いながら実は俺はそれに胡座をかいていたのではないか。運命だからこそ、唯一だからこそ、シャロンが俺に何も感じていなくても、大事にしたい、キミが俺のただ一人の最愛だとなぜ伝えなかったのか。…俺だけが、一方的に、シャロンを好きだと、…仕方なく、…婚約者になってしまったから仕方なくシャロンが俺に付き合ってくれていると、…認めたくなかったからではないのか。
俺がたぶん、無意識に一線を引いてしまっていたから、シャロンも俺に心を許せず、…大事にしてきたつもりでいたが、シャロンからすれば義務感としか感じなかったのかもしれない、俺の態度が。俺がシャロンを好きだと伝えてもおらず、穏やかに過ごしてはいたが俺とシャロンの間には知人に毛が生えたほどの親愛しかなかったのであろう。少なくとも、シャロンにとっては。
義務として婚約を継続していたのに、結局俺はあんなバカな手にひっかかり、シャロンをズタズタに痛め付けた。他の女の名前を呼びながら犯され、暴力を受け、シャロンの人権などまったくなかった。亡くなった彼女を抱き締め俺を側にいかせて欲しいと願ったが、シャロンからすればとんでもない話だろう。俺に対して愛情どころか、親愛の情すらないだろう。俺は彼女にとって、恐ろしいという概念を体現するモノでしかないのだから。
俺はどうすればいいのか。
記憶を持って戻ったシャロンの母上は、俺と関わらせないためにとシャロンの名前を変えたという。彼女の存在を俺から遠ざけるために…。
もう、会えないのか?シャロンに?
せっかく、こうしてまっさらな時に戻れたのに?
あの時。俺が、したことを。
俺がシャロンにしたことをすべて明らかにしたら、…どんなことがあっても、俺はシャロンに会うことは叶わないだろう。さっきジークハルト様は、嬉しそうに嗤っていた。あれはたぶん、俺にシャロンを見つける術がないとわかっているからだ。俺には、「ジェンキンス」という手掛かりしかない。…いや、待てよ。
(シャロンの魔力が発現していたら、探ることは可能なはず…)
彼女はご両親の魔力量を受け継ぎ、炎、雷、氷の特性を持っていた。しかしながら親子関係はあまり良くなかったようで、特に魔力を磨いたりもせず、ただただ、大人しい女性だった。何かに興味を持つこともなかったように思う。俺にも微笑んでくれはしたが、…あれは、「やらなくてはならないからやる」という義務のようなものだったのかもしれない。本当は、俺になど関わりたくなかったのかもしれない。初等部では特に問題もなく過ごしたが、高等部で俺が魅了に堕ちたせいでシャロンは周りにも蔑まれた生活を送るようになった。俺の態度もあるが、たぶんランベールも裏で周りを煽っていたはずだ。あいつにとってシャロンは、憎き恋敵だったのだから。
いま探ってみても、彼女の弱々しい魔力は感じられない。あんなにも量があるのに、シャロンを現すように魔力も弱々しく儚げだった。
こうして考えてみて、俺はシャロンが好きなことすら何一つ知らないことに気づく。婚約者だからと言いながら交流は必要最低限だったし、シャロンから俺に会いたいと言ってくれることは一度もなかった。自嘲しか出ない。俺はシャロンに、初めから好かれてなどいなかったのだ。無理矢理婚約者にされて、ただ流されるしかなかったのだ。
シャロン。会いたい。今度は、キミの好きなことを教えて欲しい。家族関係はどうなんだろう。どんな本を読み、どんな友だちがいるんだろう。将来は何になりたいんだろう。
キミの未来を変えるために、キミの母上が動いた。キミはいま、以前と違っているだろうか。あんな、寂しそうな笑顔ではなく、心から楽しいと笑っているだろうか。
ポタリと、頬を熱いものが伝う。
シャロン。
今度こそ、キミが幸せになれるように。
俺がキミを守れるように。
未来を必ず変えて見せる。
袖で顔を拭い、俺は祖父母の元へ飛んだ。
「コントロール…?コントロールとはなんだ、ギルバート」
訝しげな父に、「カーティス君」とジークハルト様が声をかける。
「それも含めて、ギルバート君に話をしてもらおう。アズライト陛下への並々ならぬ想いがあるようだし。彼女はたしかにまだ何もしていないが、ギルバート君は未来を経験した、その記憶があることで彼女と今まで通りにすることは難しいだろう。マリアンヌさんの話でも、ギルバート君がモロゾフを持ち上げてアズライト陛下に向けてぶん投げた…つまり、攻撃した、と聞いている。ギルバート君、キミは、アズライト陛下に対して憎しみを抱いているんだろう?それが未来の話としても、」
「義兄上、…それは俺たち夫婦のせいかもしれません。彼女は色持ちの息子たちを、どうにも愛してるように思えず…本来なら自分が助ける、育てるべきところを、幼いうちに魔力が発現したこの子たちを『色持ちではない自分には荷が重い』と言って放置した。色持ちでなくとも、子どもたちを制御するくらいまったく問題ない魔力を持っているのに…。魔力がほとんどない俺には無理で、結局4人とも義兄上のお世話になってしまったわけですが、…末の双子たちまでもが色持ちで生まれたときのあの彼女の表情を俺は忘れられません。そこから俺は、…彼女に対して、距離を置くようになってしまいまして…。双子が生まれた直後から寝室も別にしました。子どもたちを優先したくて。彼女は、食事すら一緒にしなくなりました。俺が彼女の運命の香りだからと俺には執着があるようですが、二人の間にできた可愛いこの子たちを大事にしようとしない彼女に、俺は、…」
父が苦しそうに話す内容は、初めて聞くことだった。色持ちの俺たちに劣等感を持ち、自分の思うようにコントロールしようと躍起になる母が、だんだんとあのモロゾフとの距離が近まり、父との間に溝ができたのだと思っていた。
「…父上は、俺の未来では母上と離縁してジークハルト様を追ってこの国を出て行くんです。俺だけ、置いて…。弟3人は連れて行ってもらえたのに…。その時、父上は母上にこう言いました。『他の男のお手付きになったような女をもはや妻と呼びたくない』と」
「…なんだと?」
途端に父のカラダから威圧が迸る。
「…アズライトが、そのモロゾフとやらに抱かれたというのか…っ」
「わ、かりません、母上は否定していました、泣いて、父上にすがりついていました、でも、父上は母上を見限り、出て行ったのです」
俺の話を眼光鋭く聞いていた父は、「もしそれが本当なのだとしたら、そうなる前にモロゾフとやらを殺す」と吐き捨てた。
「カーティス君、とにかく落ち着いて。城で、話を、するんだよ!わかった?カーティス君、わかった?ギルバート君も、わかったかな?」
ジークハルト様はそう言うと、またうっすらと嗤い「…まったく」と呟いた。それと同時に景色が変わる。着いた先は城の、俺の部屋だった。父はまだ硬い表情で虚空を睨み付けている。
「…父上」
俺の声にハッ、とした父は、
「…ギルバート、」
と俺に視線を向けた。
「さっき、そのモロゾフとやらは、サヴィオン様と関係があると言ったか?」
「はい、…サヴィオン様の長女の夫です。まだ公爵位は継いでいないはず…その男は、別な女性と結婚したかったのにサヴィオン様の長女、ミアに邪魔されて…二人の間は早々に冷えきったようです。子どもはひとり、ランベールという息子がいます。将来のモロゾフ公爵は元の恋人を愛人にしていて、二人、息子が…ランベールの異母兄弟がおります」
父は「…そんな男の何が良くてアズは…」と呟くと、
「義兄上が来る前に皆様を呼ぼう。…最初に、アズに、…陛下に話してくる。ギルバート、おまえはお祖父様とお祖母様を呼んできてくれるか?サヴィオン様には俺が声をかけるから」
そう言って姿を消した父からは、まだ威圧が洩れていた。
俺たち兄弟を思って母との距離をあけたという父上の話は、運命の香りだからと母が無理を言って結婚しただけの関係ではなく、父は父なりに母を大事に思っていたことを感じさせられて、そのことに動揺する自分がいた。運命だからと、そんな曖昧なものでシャロンを縛りたくない、そう言いながら実は俺はそれに胡座をかいていたのではないか。運命だからこそ、唯一だからこそ、シャロンが俺に何も感じていなくても、大事にしたい、キミが俺のただ一人の最愛だとなぜ伝えなかったのか。…俺だけが、一方的に、シャロンを好きだと、…仕方なく、…婚約者になってしまったから仕方なくシャロンが俺に付き合ってくれていると、…認めたくなかったからではないのか。
俺がたぶん、無意識に一線を引いてしまっていたから、シャロンも俺に心を許せず、…大事にしてきたつもりでいたが、シャロンからすれば義務感としか感じなかったのかもしれない、俺の態度が。俺がシャロンを好きだと伝えてもおらず、穏やかに過ごしてはいたが俺とシャロンの間には知人に毛が生えたほどの親愛しかなかったのであろう。少なくとも、シャロンにとっては。
義務として婚約を継続していたのに、結局俺はあんなバカな手にひっかかり、シャロンをズタズタに痛め付けた。他の女の名前を呼びながら犯され、暴力を受け、シャロンの人権などまったくなかった。亡くなった彼女を抱き締め俺を側にいかせて欲しいと願ったが、シャロンからすればとんでもない話だろう。俺に対して愛情どころか、親愛の情すらないだろう。俺は彼女にとって、恐ろしいという概念を体現するモノでしかないのだから。
俺はどうすればいいのか。
記憶を持って戻ったシャロンの母上は、俺と関わらせないためにとシャロンの名前を変えたという。彼女の存在を俺から遠ざけるために…。
もう、会えないのか?シャロンに?
せっかく、こうしてまっさらな時に戻れたのに?
あの時。俺が、したことを。
俺がシャロンにしたことをすべて明らかにしたら、…どんなことがあっても、俺はシャロンに会うことは叶わないだろう。さっきジークハルト様は、嬉しそうに嗤っていた。あれはたぶん、俺にシャロンを見つける術がないとわかっているからだ。俺には、「ジェンキンス」という手掛かりしかない。…いや、待てよ。
(シャロンの魔力が発現していたら、探ることは可能なはず…)
彼女はご両親の魔力量を受け継ぎ、炎、雷、氷の特性を持っていた。しかしながら親子関係はあまり良くなかったようで、特に魔力を磨いたりもせず、ただただ、大人しい女性だった。何かに興味を持つこともなかったように思う。俺にも微笑んでくれはしたが、…あれは、「やらなくてはならないからやる」という義務のようなものだったのかもしれない。本当は、俺になど関わりたくなかったのかもしれない。初等部では特に問題もなく過ごしたが、高等部で俺が魅了に堕ちたせいでシャロンは周りにも蔑まれた生活を送るようになった。俺の態度もあるが、たぶんランベールも裏で周りを煽っていたはずだ。あいつにとってシャロンは、憎き恋敵だったのだから。
いま探ってみても、彼女の弱々しい魔力は感じられない。あんなにも量があるのに、シャロンを現すように魔力も弱々しく儚げだった。
こうして考えてみて、俺はシャロンが好きなことすら何一つ知らないことに気づく。婚約者だからと言いながら交流は必要最低限だったし、シャロンから俺に会いたいと言ってくれることは一度もなかった。自嘲しか出ない。俺はシャロンに、初めから好かれてなどいなかったのだ。無理矢理婚約者にされて、ただ流されるしかなかったのだ。
シャロン。会いたい。今度は、キミの好きなことを教えて欲しい。家族関係はどうなんだろう。どんな本を読み、どんな友だちがいるんだろう。将来は何になりたいんだろう。
キミの未来を変えるために、キミの母上が動いた。キミはいま、以前と違っているだろうか。あんな、寂しそうな笑顔ではなく、心から楽しいと笑っているだろうか。
ポタリと、頬を熱いものが伝う。
シャロン。
今度こそ、キミが幸せになれるように。
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